鎌倉 2 鎌倉駅前から段葛まで | みどりの木のブログ

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1日おきに更新しています。

前回の続きです。

今回は鎌倉駅前から段葛までです。

 

鎌倉駅を出た所です。

托鉢の雲水がいました。

 

現在地付近から駅方向は

 

現在地付近から鎌倉駅方向です。

観光客が多いです。

 

下図にある二の鳥居です。

 

Google地図です。

鶴岡八幡宮から由比ケ浜に

向かって、一直線に延びる

若宮大路の南端に一の鳥居

があります。

 

Googleストリートビューより

一の鳥居です。

寛文8年(1668)に徳川家綱の祖母

崇源院の大願を承け備前の国犬嶋

から石材を取り寄せ、檜で作られ

ていた一の鳥居を改築しました。

当時は海上を輸送したので、瀬戸

内海を経て、荒海の中を東へ東へ

と進み、時の権威者徳川家に認め

られ、ここ鎌倉の地に建てられま

した。
明治37年8月に国宝に指定され保

存されていましたが、大正12年

の関東大震災で倒壊し、昭和11

年に修復されました。
修復には犬島から補足材を取り寄

せ、古流の手法を用いて改修され

ました。

 

二の鳥居です。

鎌倉駅東口に近い「ニノ鳥居」です。

「ニノ鳥居」 は、源頼朝が治承四年

(1180年)に造営して以来、木造で

したが、 1688年に 将軍:徳川家綱

が石造に建替えました。 しかし関東

大震災で倒壊しました。現在のこの

「ニノ鳥居」 は昭和2年(1927年)

11月に丈夫なコンクリートで再建さ

れました。朱塗り鉄筋コンクリート

造りとなっています。

戦前の二の鳥居前には青銅製の狛犬

があったが、戦中に供出されたので、

戦後の1961年(昭和36年)に、

コンクリート製の狛犬が奉納されて

います。 

 

段葛にある石碑です。

屋敷地を造成したので、そのために

山の保水力が低下し、雨が降るたび

若宮大路に土砂や水が流れ込み、道

がぬかるんで歩き辛くなったために、

頼朝はじめ武士らが、道から一段高

い道を建設したのが段葛です。

低湿地に石を置いて整えたものであ

ることから置道(おきみち)と呼ば

れていたこともあり、特定の地位や

高貴な人のための通路であったと考

えられています。

段葛に樹木が植えられたのは明治の

中期(明治初期頃の写真にはない)

からです。

 

現地の解説板です。

 

明治の段葛古写真です。

 

1917年(大正6年)の改修工事まで

は、その種類も桜(ソメイヨシノ)

ではなく、梅や松でした。

桜は1913年(大正2年)3月に国と

県から植樹許可が下りて、158本が

植えられています。

 

段葛は鶴岡八幡宮の参道で、

境内の私道です。

 

Googleの段葛地図です。

 

段葛の左右にはソメイヨシノ

の桜の木が植えられています。

2014年(平成26年)10月より、再び

改修工事が行われ、この大改修で路面は

舗装され、土剥き出しの部分はなくなり、

老木化した桜も全て植え替えられました。

 

今回はここまでで、次回に続く

 

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