松前城(日本100名城) 4 多聞櫓から天守へ | みどりの木のブログ

みどりの木のブログ

3日おきに更新しています。

前回の続きです。

今回は多聞櫓から天守へです。

 

搦手二の門⑥をくぐったところです。

下図⑦付近に行くと

 

本丸御門以外はすべて再建です。

 

⑦付近にある松前城の石碑です。

カメラを右(北)に回すと

 

⑦付近から北(東郭)方向です。

搦手門は復元されていません。

 

Google地図です。

 

多聞櫓は幕末には裏門だった

ようです。多聞櫓の位置に建

設された搦手門です。現在は

受付です。

江戸時代の裏門は

 

裏門です。

下図から⑦の裏門を通り、

内堀の橋を渡り、堀上ヶ門

から本丸に入ったようです。

 

 

搦手門はまだ復元されてい

ません。この付近はよく分

からない復元がされていま

す。

 

現在は多聞櫓から地下道で

天守地下に入れます。

 

多聞櫓内から地下道に入る所です。

 

町役場からの出火で焼け落ちる

前の天守です。屋根は銅板葺き

でした。

 

内堀(堀の右側は本丸)から見た

再建天守です。

天守は外観のみの鉄筋コンクリート

での復元です。

天守の構造は地下1階で地上3階で

す。展示内容は

地下:福山城縄張図・松前奉行所図

1階:松前藩・松前神楽関係

2階:近江商人の持船・長者丸関係

3階:展望室と古写真

 

展示図です。

 

展示品の一部だけ紹介します。

地下では

 

地下展示パネル

松前氏初代の慶広木像です。

安東氏の支配から脱し、豊臣・

徳川家臣になりました。

 

松前氏略系図

 

 

大舘から松前の福山館に

福山館は陣屋(または館)でした。

 

松前奉行所経営地割図

幕府は松前蝦夷地全部を直轄し、

なお文化四年十月より奉行所を

福山に移し、松前奉行と改称し

ています。松前氏は領地替えで、

福山館を幕府に取り上げられて

います。

福山館絵図です。

 

拡大解説板です。

 

蝦夷地の中心は函館に移り、

福山館は返却されて、館から

城へと改修されます。

 

福山館を改修して完成した

松前城(福山城)です。

 

拡大絵図の一部です。

 

史跡指定範囲です。

 

今回はここまでで、次回に続く

 

読者募集中、読者登録はここのリンクです。

希望があれば読者(フォロアー)相互登録を

します

1日おきに後午後8時半~9時頃に更新して

す。
登録では「相手わかるように」に設定して

読者登録してください。
読者様のブログはたまに拝見に行き、

「いいね」やブログ村・ブログラン

キング押してもらっていたら、礼儀

として、出来るだけお返しします。

1日あたり約50件のブログを見て

います。

Ctrlキーを押したままで、下の

ボタンを押すと画面飛びしません。

お手数ですがよろしくお願いします。

        下矢印ダウンぽちっと下矢印ダウン押すだけ

                                         にほんブログ村 歴史ブログへ

 

                                         ブログランキング・にほんブログ村へ

 

                                        にほんブログ村 歴史ブログ 城・宮殿へ

 

                                        にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ

                                               
                  

ポチお願いします。