名古屋城の紹介 16 二の丸1 | みどりの木のブログ

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3日おきに更新しています。

昨日の続きです、

今日は二の丸です。

ここは江戸時代を通じて、藩主御殿と藩庁の

あったところです。

 

清正公の石曳き像です。

 

現地にある案内板です。

 

二の丸部分を拡大すると

現在地にある案内板です。風景が反射して写り込みました。

この風景は②の右にある休憩所です。

 

休憩所です。

 

②の所にある石碑は

上図②の所が、青松葉事件の現場です。

 

青松葉事件の解説板です。

勤王派前藩主の徳川慶勝が、

1868年の明治維新の年に、

佐幕派の藩士14人を処刑し

たそうです。佐幕派でもない

気に入らない藩士も、ついで

に処刑されました。

 

 

 

現地にあった江戸時代の二の丸絵図です。

右半分が藩庁で、左が尾張藩主御殿です。

 

現在二の丸の南側には、愛知県体育館が

あります。

愛知県体育館です。

 

二之丸広場は現在

 

夏祭りの会場になっている二之丸広場です。

向こうの方に見えるのは東南隅櫓と天守です。

 

二之丸広場です。

 

現在地と書かれたところにある案内板です。

 

上図①の左側に水飲み場があり

水飲み場にある井戸です。

江戸時代のものと思われます。

 

①には那古野城跡の解説板があります。

 

①の辺りに今の名古屋城が出来る以前、

織田信長の那古野城がありました。

カメラを引くと

那古野城跡です。

 

①の右上は

 

二之丸東庭園の南池です。

下図の青く塗られたところです。

 

江戸時代の二之丸です。

 

二之丸東庭園の解説板です。

 

次に二之丸庭園に行きます

二之丸庭園の解説板です。

二之丸庭園は有事の際に、藩主が一時隠れる所

として設計されました。明治になり、陸軍の施設と

なったので、二の丸御殿が撤去されて、さらには

二之丸庭園も撤去されて、平地にされましたが、

第二次世界大戦後になり発掘復元されました。

 

二之丸庭園への道です。

 

 

 

 

 

 

 

北池です。

 

北池です。堀が深いです。

 

北の方に行くと、起伏の激しい庭園です。

 

北側は山地形の庭園です。

 

庭園の一番北から見たところです。

 

二之丸茶亭が見えています。

 

二之丸茶亭です。

 

北側には水琴窟があります。

 

二之丸茶庭のの内部です。

この左側は和室です。

 

今日はここまでで、明日は二之丸の続きです。

 

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