幼少のころより、釣り竿を握っている。
父からは、ヘラブナ釣りと多摩川の釣りを、
祖父からは清流の毛鉤釣りと渓流釣りを習った。
それぞれが引率してくれたのは小学校2年生までで、
3年生には一人か、弟か、友達とだけで
西武多摩川線の是政でクチボソやモロコを、
または、電車を乗り継いで武蔵五日市までオイカワを
釣りに行っていた。
4年生になると、ボートこそ乗らないが、
津久井湖の沼本ワンドや奥多摩湖でバスフィッシングを始め、
祖父からならった毛鉤釣りが高じて、フライも始めた。
同時期に父もバスを始め、中学生になったあたりには
毎週のように相模湖や山中湖へ行っていた。
それ以降、父は父親としてというよりも、
ライバルのような、友達のような存在になり、
バスフィッシングこそ、やらなくなってしまったが、
その関係は現在も続いている。
17年前に、祖父が他界したとき、
長野県の横川川で祖父が釣った大きなアマゴのことを思い出した。
祖父はアマゴのことをアメノウオと呼んでて、
雨が降った次の日に大物が釣れるという。
『そのときは、川虫じゃダメだ、ミミズを使え』
父も同じとき、同じ言葉を思い出していたらしい。
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