ゴシュインデイズ -126ページ目

國魂神社(福島県いわき市勿来町)

國魂神社(くにたまじんじゃ)。



福島県いわき市勿来町に鎮座。
御祭神は大国主命(オオクニヌシノミコト)、事代主命(コトシロヌシノミコト)、須勢理姫命(スセリヒメノミコト)、少彦名命(スクナヒコナノミコト)。
社格は……どこかで郷社と見かけた気がするんだけどどうだったかな……

大同元年(806年)、菊田国造が出雲大社より勧請奉斎し代々国造自身が祭祀を掌ると伝えられている。
保元二年(1157年)、時の領主・国井政広が鎮国のため常陸国から春日の御神体を勧請、当社に合祀し氏神として尊崇された。
その後、水戸領主佐竹氏、江戸時代には棚倉藩領主の尊敬の念が厚く社領寄進を受け明治に至る。

……とのことなんですが、春日神社の御祭神って常陸国一の宮・鹿島神宮にも祀られているタケミカヅチ様だと思うのですが、当社の御祭神に名前が出てないのは何故なんでしょ。
何かご存知の方、ぜひ教えていただければ幸いです。

で、菊田国造さんというのは古代の律令制度下にこの辺りが陸奥国菊田郡と呼ばれていて、そのミヤツコさんのこと。
勿来といえば古代大和朝廷の支配の及ぶ北限として、「勿来の関」なんかが有名ですが蝦夷地との境界ということもあって重要な地でもあったんでしょうね。

ちなみに、勿来(なこそ)の名前は「な来そ」(古語で「な○○そ」で「○○するな」の意)
、つまり「来るな、来ちゃダメだ」ってことなんだそうですね。
ここから先は蝦夷地だから来るなよ、ってことなんでしょうかね。



【 鳥居 】
銅版?のような金属で覆われた鳥居。
結構な大きさがあります。
社号標や道路標識を見比べていただけると大きさが分かるかと。



【 参道 】



【 狛犬 】
鳥居をくぐった先にある狛犬。
右側の狛犬は木の枝がかかってしまってちょっと見づらい感じに。
もったいない感じが。。



【 鐘楼 】
大永元年時の領主、窪田山城主・平昌清が領国の安寧を祈り寄進したことに始まり、貞享四年(1687年)に破損したため地元の赤津光寛が寄進、さらに百年ほどして再び破損したために近在近郷の人々より寄付金を募って寄進されたという鐘。
現在の鐘楼の鐘は「国玉」「大」「明」「神」の浮き出しの文字の細工があるんだとか。
明治以降に廃仏毀釈で鐘楼とかが破壊された神社が多いだけに、こうした鐘楼がちゃんと残ってるのって珍しくて興味津々です。



【 手水舎 】
鐘楼とは反対側にある手水舎。
この手水舎の後ろあたりに見えるのが社務所で、こちらで御朱印をお願いしました。



【 境内社・菊田御霊神社 】
参道左手にある境内社。
昭和十七年に国魂神社の改修を行い、それまでの拝殿を移し御霊社としたのだそう。
日露戦争~大東亜戦争までに出征し戦没された英霊1015柱が祀られています。


【 境内社・北野神社 】
同じく参道左手にある境内社。
大正三年に勿来国民学校が児童の精神の浄化や学問の成就を願って京都・北野神社から勧請奉斎したもの。
こちらは昭和二十一年になって国魂神社の境内に遷宮したのだそう。
ちなみに勿来国民学校は現在の勿来第一小学校で、今も国魂神社のすぐ近くにあります。



【 狛犬 】
拝殿前の狛犬。
こちらは金属製?のようで、石造りとはまた違った趣きがありますね。



【 拝殿 】
国魂神社の拝殿。
こちらの拝殿は昭和十七年に再建されたもの。
ちょうど七五三シーズンだったのでお参りの親子連れがひっきりなし。


【 御神紋 】
御神紋は三つ巴。


【 拝殿の扁額 】







【 本殿 】
そしてこちらが本殿。
現在の本殿は明治十一年に建てられたものなんだとか。
銅版葺きの屋根なんですが、鰹木の部分にも御神紋の三つ巴が。


さてさてさて。
そんなわけで無事にお参りも済みまして、社務所にうかがって御朱印をお願いします。



そして頂いた御朱印がこちら。
宮司さんが御祈祷対応中とのことで、書置きでの対応でした。
達筆な御朱印ですので、ぜひ次にお参りした時は直接書いていただきたいですね(*´∀`*)



◆国魂神社への地図





◆ 神社の情報

国魂神社  くにたまじんじゃ

御祭神 : 大国主命・事代主命・須勢理姫命・少彦名命
社格等 : 
鎮座地 : 福島県いわき市勿来町窪田馬場72