【喜光堂で撮影する上田高校の放送班】

 

 

 上田市の海野町商店街を活性化しよう―と活動する高校生や大学生らの団体「うえわちゃ」(あつまれ!うえだいすきっこわちゃわちゃ大作戦)は、動画で商店を紹介する「わくわく映像プロジェクト」に取り組んでいる。

 

 上田高校の林真由さん(2年)が同校が取り組む「WWL(ワールド・ワイド・ラーニング)」の探究活動の学習で、同商店街について調べたことをきっかけに昨年8月、同団体を結成した。

現在のメンバーは、同高校や信州大学繊維学部の学生ら10人。

昨年10月には、海野町商店街のまちなかキャンパスうえだで小中学生対象の科学イベントを開いた。


 プロジェクトの第1弾は「食」をテーマに、11日と13日に5店舗で撮影。

 洋食や中華料理、デザートを楽しみながら商店街を巡る様子を1本の作品にまとめ、同団体が企画するイベントなどで披露して商店街の魅力を発信していきたいとする。
 

 撮影は同高校の放送班が協力。

日本茶専門店の喜光堂では、ほうじ茶を作る様子や商品が並ぶ店内を撮ったほか、食レポにも挑戦。

 放送班の大塚晴さん(1年)は桑の葉ほうじ茶を飲んで「上品な味わいです」とにっこり。
 

 林さんは、同商店街振興組合の理事会に出席して活動の趣旨を説明し、アンケートで意向調査などを行ってきた。

 「地域に根づいた学生による活動を持続的に行っていきたい」と団体を立ち上げたという。

 「商店主同士がつながり、訪れた人が歩いて回りたくなるような商店街になればいい」と意気込む。
 

 喜光堂の店主、丸山次朗さん(45)は「若い世代と接点ができたことがうれしい。学生が地元に目を向けてくれることはありがたい」と話していた。

 

 22日午前9時半~午後4時20分、Web参加。


 第1部のテーマ「フレイル予防と運動について考える」。
 第2部のテーマ「食育の推進について考える」。


 定員180回線。
 参加費無料。
 ★14日までに「ながの電子申請」から要申込。


 (電話)0267・63・3163(佐久保健福祉事務所健康づくり支援課)
 

 

【市役所の「雷電像」】

 

【「竹内不忘先生を顕彰する会」委員会】

 

 

 

 

 大相撲の御嶽海が信州出身力士として雷電以来227年ぶりに大関に昇進し、東御市内にある彫刻作品「雷電像」などに注目が集まっている。

 制作したのは小県郡和村(現東御市)出身の彫刻家、故・竹内不忘(ふぼう)さん=本名・竹内延吉さん、1909―2011=。

 地元出身の彫刻家に光をあてようと、住民有志が顕彰活動を再開させた。

 

 活動するのは、2009年に発足した「竹内不忘先生を顕彰する会」=神津敬次会長=。

 会では当初、遺作を展示する美術館の設立を目指して活動してきたが実現には至らず、現在は作品への銘板設置や清掃などを実施。

 会の一員の「和地域づくりの会」が、奈良原のアトリエ兼別荘の整備をボランティアで行っている。
 

 このほど市内で開いた委員会では、会三役、地元区長、市議ら関係者9人が出席。

没後10年を機に活動を再び盛り上げようと、今後の方針を話し合った。
 

 この日は、竹内さんの顕彰碑の建設に向け、三役が市に陳情を行い、市側から「前向きな回答が得られた」と報告。

 建設費の一部は、賛同する住民らの寄付でまかなう方針が示された。
 

 自治会関係者からは「彫像の作品的な価値はどうか」「人柄や功績が地元に知られていない」などの意見が出されたことから、会ではまず、足跡をPRするチラシを作成。住民に定期的に配布するなどしながら機運を高め、来年度の顕彰碑建設を目指すことを決めた。
 

 また、作品が小中学校にあることから、児童生徒の鑑賞機会を設け、学校便りで身近な話題として扱ってもらうよう協力を求める声や、見学イベントを開催する案などが出された。
 

 会では今後、広報を担当する部会で4月中にチラシを作成。

 区長会を通じて配布していく予定。
 

 ◆ 竹内さんの経歴 ◆

 同市和、栗林区出身。

 19歳で上京。

 川端画学校で学び、1930年日本美術協会 展に出品し銅賞。

 東邦彫朔院賞など。

 66年日展会員。

 79年に紺綬褒章受章。

 中東、欧州などを歴訪。

 1979年に和小100年記念に「太陽の子」。

 1986年に東御市に「雷電像」。

 2007年に道の駅雷電くるみの里に「雷電像」を完成。

 市内公共施設などに多くの作品を遺す。

  101歳没。

 

 

 

【文化7(1810年)の相撲番付。

西の方大関に雷電為右衛門の名が記されている】

 

 

  現在の大相撲と雷電の時代の取組編成には多少の違いがあった。
 大関力士が幕下力士と本場所相撲を取り組むなど、今日ではまちがってもない。
 江戸時代にそれがあった。なぜだろうか。
 寛政9年(1797年)10月の江戸相撲番付を見てみる。最上段力士数、東西併せて16人、以下2段目32人、3段目53人、4段目64人、最下段68人、計233人である。(番付外の力士も数多くいた)
 平成9年3月場所番付はどうだろうか。最上段幕内力士、東西併せて40人、以下十両26人、幕下124人、三段目200人、序二段358人、序ノ口100人、合計848人である。ざっと江戸時代の4倍を数える。
 この差は単純に技術的理由で生じるものである。行司さんが、神技をもって虫眼鏡といわれる最下段の力士達の名も書く。それを縮尺して印刷にかける。
 一方、江戸時代はそんな印刷技術もないし、仮に800人の四股名を入れるとすると、番付が大きくなりすぎるし、第一コストが高くなってしまう。素朴な木版刷りでは限界がある。
 寛政9年10月場所の雷電の対戦相手の地位は次の様である。
 初日 東幕下五枚目
 二日 東幕下二枚目
 三日 東幕下四枚目
 四日 東前頭五枚目
 五日 東前頭三枚目
 六日 東前頭二枚目
 七日 東幕下筆頭
 八日 東小結
 九日 東大関
 十日 五人掛かり
 同じ西方力士とは対戦しないし、相手方の幕内力士は三役を含めてたったの八人。いきおい幕下力士とも対戦することになる。
 この場所、関脇力士とは対戦していない。この時の関脇は九紋龍という巨躯を看板にした力士で、時々は相撲を取るものの、土俵入専門といっていい力士である。雷電とは相撲を取れるほどの力量はなかったのである。
 (元長野県大相撲東関会長。「雷電とともに 田中邦文遺稿集」田中澄子編 抜粋)

 

【横断幕の前で清水駅長(左)と
応援メッセージを持つスタッフ】

 

【コーナーで応援メッセージを書く来訪者】

 

 

 

 

 

 

 

 東御市の道の駅「雷電くるみの里」はこのほど、御嶽海関の大関昇進を祝うキャンペーン第3弾で、5mの”横断幕”を設置。

 来訪者が記入できる応援メッセージコーナーも設けた。

 応援メッセージは、きょう13日から始まる大相撲春場所で御嶽海後援会へ届ける予定。

 

 横断幕や応援メッセージコーナーは、雷電像の前に設けた。

 

 横断幕には「東御十景」でも知られる同市在住の書道家、高橋麦宇 (ばくう)さんが揮毫した「御嶽海関おめでとう」の文字。

 道の駅の社員やスタッフ30人が手書きした応援メッセージも飾った。

 

 若林真由美さんは御嶽海のイラストを描き「独特のかわいい目をしているので、相撲を取るときに凜々しい目になる」という顔を表現した。
 

 上田市から訪れた桑野晃さんは応援メッセージに「新大関ガンバレ」と書き「まずはしっかり、勝ち越してほしい」と話した。

 
 同道の駅の清水德美駅長(68)は「キャンペーン第2弾の特別セットも、おかげさまで好評。御嶽海関が活躍すると雷電の里も盛り上がる。春場所も2桁勝利目指して頑張ってほしい。みんなの応援の気持ちを届けたい」と話していた。


 特別セットは、御嶽海の名入りのだるま(手のひらサイズ)や雷電関連のワイン、ビールなどのセット。

   税込み5000円(別途送料)。

 

 雷電以来227年ぶりの信州出身大関誕生にちなんだ227セット限定。

 道の駅ホームページから申し込む。

 


 問い合わせ(電話)0268・63・0963(道の駅雷電くるみの里)