おはようございます!
奥山リエ子です。
先週末のベーシック講座では、
自分が過去大きく浄化できた
お話をシェアしようと
何年かぶりに振り返っていました。
で、前回の記事にも書いたように、
そこで新しい気づきがあって、
もう目からウロコでした。
「感情の仕組み」が
またよく実感できて
私にとっての大きなギフトになりました。
以前もこのブログで紹介したことがある
母との関係を書きます。
私が6年間
IRM・自己観察をしてきて、
トップ3に入る大きな浄化体験です。
ただ、この自己観察をしたのは5年前。
まだ自己観察ドリルという
明確な型はなかったときです。
今から思うと感情のフォーカスも
ちゃんとできていませんでした。
でも、必死に向き合って
母に対して抱いていた寂しさが
嘘のようになくなったし、
怒りや恨みもなくなり、
感謝感動に包まれました。
5年前出産したとき、
赤ちゃんが泣くと、
ちゃんと答えてあげないと・・・
その意識で辛くなってしまいました。
というのも、
泣いているのに
それに答えてあげなかったら
赤ちゃんは自分の気持ちを
受けとめてもらえないと思って
心の傷になるのでは。
そんな気持ちから、
赤ちゃんを泣かせておくということが
できませんでした。
なんか、ずーっと抱っこしたり
おっぱいをあげたりしていたように
思います。
今から思うと強迫観念的な感じで、
結構キツかったです。
その時の自己観察では、
感情は「葛藤」と書いていました。
「子どもの気持ちを受けとめてあげる
ことが何より大事、それが親の愛情」
という価値観が元にありました。
価値観と感情の関係を
雑草でよく説明するのですが、
ネガティブな感情を雑草とすると
これが自分にとっての
望まない現実を創っています。
雑草をなくしたくて、切ることをすると
雑草には必ず根っこがあるので、
その時は良くてもまた生えてきてしまう。
だから、でてきた感情だけをなんとかしようと
思い込みや暗示で対処するのではなくて、
感情の根っこ=感情が出る元である
「価値観」をしっかり観て丁寧に根を抜いていく
というのが自己観察です。
「子どもの気持ちを受けとめてあげる
ことが何より大事、それが親の愛情」
という思いは、
私が母に対して思っていたことだと気づきました。
赤ちゃんとのことで出る感情の根は
小さい頃からの母との関係だったんですね。
私は4人兄弟の一番上で
2才おきで下に弟妹がいます。
高1で亡くなるまで、
家には認知症の祖母も同居していました。
最期の数年間は祖母は寝たきりになり、
母が自宅介護。
想像してみてください・・・
今、1人の老人の介護でも
大変と騒がれている時代です・・・
そこに小さい子どもが4人。
そんな中、母は私が2才のときから
倫理の勉強をしていて、
朝3時4時に起きて朝起き会に集い、
昼間は本を配ったり。
その上母は要領がすごく悪いのに、
ご飯は手作りでという信念のもと、
ほとんど外食はしないし、
お惣菜を買ってくることもない。
家ではいつも台所にいて
台所で疲れはてて寝てしまったりしてました。
そんな状況だったから母は凄く忙しくて、
私は母と遊びたかった・
かまって欲しかった・
話を聞いて欲しかった。
だけど全く満たされませんでした。
たまに訴えても受け止めてもらえなくて、
とても悲しかった。さみしかった。
忙しいのはわかってるから、
実際私に時間が使えなくてもいいから、
ただ気持ちを受け止めてくれれば
よかったんだけど、
そうはしてくれなかった
というさみしい思いが
怒り・恨みになっていっていました。
そこで持った価値観が
「子どもの気持ちを受け止めてあげる
ことが一番大切。それが親の愛情。」
親の愛情=子どもの気持ちを受けとめてあげること
自己観察を何度も繰り返しましたが、
なかなかこの考えから
離れられませんでした。
それどころか、
母に責めるようなことを言ったり、
泣かせたりするようになってしまいました。
私は、過去は雑草を切ることを
ずっとしてきたんです。
自分はかまって欲しいけれど、
お母さんは忙しいから、
子どものために頑張ってくれているから、
困らせるようなこといっちゃいけない。
寂しさに対して小さい頃から
ずっと言い聞かせてきた
・・・雑草を切っていたんです。
そして、たまに訴えた時に
聞いてもらえなかったという思いが
怒り、そして恨みに。
これは結構辛かったです。
出産する前ですが、
一度ヒプノセラピーにいってみたこともありました。
(自分がほとんど小さい頃の
記憶がないのが気になったので)
そこでもこの母との間の寂しい気持ちを思いだし、
インナーチャイルドのワークをしました。
その時はたくさん泣いて
一時的にすごくスッキリしました。
でもやっぱり根っこは残っていた。
こうやって切って切ってきた雑草を
今度こそちゃんと根っこから抜いて
2度と同じ体験をしたくない。
そう思って、何回も何十回も
確か2か月くらいかけて自己観察しつづけて、
ある瞬間
「それが母の愛だったんだ」
とストンと心におちました。
雑草が抜けた感覚でした。
これは、ふとした時に腑に落ちたので、
どう思考を巡らせた結果
こうなったということではないです。
でも、自分の本心に意識を向けて
問いかけ続けたから、
腑に落ちるためのインスピレーションが
起こったことは確かです。
母は母の信じる方法で
私を愛してくれていたんだ。
愛情の表現方法にいいも悪いも
なかったんだ。
ということがわかり、
もの凄く感動してたくさん泣きました。
母に対して、こんな大変な思いをして
育ててくれたことに
やっと心から感謝ができました。
大事なものが何か分かってない人
と思っていた母が、
尊敬できる人に変わりました。
そして赤ちゃんが泣いても
全然気にならなくなっていました。
そして、今回振り返って
気づいたことは・・・。
最初は赤ちゃんとのことでの感情を
「葛藤」と思っていたけど、
本当は強迫観念で
その正体は「恐怖」だった。
その恐怖の根っこは
なんだったのかというと、
「母に気持ちを受けとめて
もらえなかった私は愛されていない」
という恐怖でした。
私はこんなことを信じていたんだ、
だから寂しかったし、
怖かったし、
それが怒りや恨みになっていた。
5年経ってそれが分かって
さらにスッキリ感動しました。
それがあったから、
自分は大丈夫、
愛されていたと思えて
浄化できたんですね。
赤ちゃんに対して
強迫観念的に苦しかった理由も
よく分かりました。
「感情」に向き合うことが
本当に大事だということが
また実感できました。
感情を手がかりにしていくこと
そこから外れないこと
自己観察は後から見直すことで
新たな気づきやギフトを受け取れるんです。
一つの体験から新しい感謝や感動を
何度ももらうことができる。
すごいなあと思います。
家族との関係は、根っこが深い分
長く苦しんでいる方も多いと感じてます。
こうやって根っこから浄化できると
2度と同じことは繰り返しません。
ぜひご参考にしていただけたらと思います^^
母娘関係の浄化。秘訣は・・・
自分の感情に向き合うこと。
それは感情の仕組みを理解すること。
向き合い方にコツがあります。
自分の場合はどうなんだろう?
という方は、是非個人セッションで
お話を聞かせてくださいね。
奥山リエ子