弦楽器の製造には大変な手間がかかります。販売では常に仕入れの値段の安さが求められるため、製造では外側を作るだけで精一杯というのが実情です。
職人たちがベストを尽くして作られた楽器の中で、天賦の才能によってずば抜けて音が良い楽器が作られると期待するかもしれませんが、実際はこれとは全く違っています。全力で作るどころか安くするために手抜きで作られた楽器が少なくありません。
まじめに作られているだけで粗悪品よりは立派なものですが、音について規則性は言えません。
特にチェロでは音大生がミルクールやマルクノイキルヒェンの粗悪品の中でもなぜか音が良いものを探して使用することも現実の話です。
現実にユーザーの多くは安くするために工場で大量生産された楽器を使っています。それも現代ではオンラインの楽器店で楽器の価格帯がリアルな店舗に比べてずっと安くなっています。今の時代ならヴァイオリンに興味を持ったとき店舗に行くこともなくネットだけで知識を得る人も多いでしょう。
最も安価なものはべニア板のような合板を曲げて作ってあり、パフリングは象嵌が埋め込まれているのではなく、線を描いてあるだけです。値段はケースと弓がついて1万円ほどになります。
それに対して、スプルースやメイプルの無垢材から削りだして作ってあればスペック上は最高のものと変わりません。こちらもセットで2万円ほどです。
買った人の評価でも星4.3でオンラインショップの記述を読む限りでは2万円で立派なヴァイオリンが買えるように思えます。
ヴァイオリン職人が正当な教育を学んで作ると自動車が変えるくらいの値段になります。メンテナンスも当然自動車以上になります。なぜかと言えば部品を交換するだけでは修理ができないからです。
掃除して弦を交換するだけで2万円を超えてしまいます。
オンラインショップで不具合があれば新品と交換するくらいしかできないでしょう。弦もアマゾンで桁違いに安いものがあります。
このように弦楽器をめぐって全く違う世界が存在しています。私の所では安価なものを買うよりもレンタルを薦めています。

買い替えのために下取りしたヴァイオリンです。

見た瞬間に中国製だろうと思いましたが、ラベルを見るとShanghaiとあります。上海に工場があるかは知りませんが中国製であることは間違いないでしょう。製造年は2018年と書かれています。
うちでは中国メーカーのものは扱っておりません。欧州メーカーの中国製のものはあります。それでもどこにも中国製とは書かれていませんが暗黙の了解です。
漢字のような字で印がついていることがあります。
裏板は強く着色されています。おそらくアンティーク塗装のつもりなのでしょう。
着色には人工染料を使っており染みのようになっています。ミルクールやマルクノイキルヒェンでは独特な薬品を使っていました。実際の古い楽器に比べると緑っぽかったり、灰色っぽかったりしますがこのような中国製のものに比べるとまだ自然に見えます。

パフリングの先端の仕事が汚く、粗雑なオールド楽器に見せかけていますが、全く違って見えます。
パフリングの真ん中の白い部分が太く現代的に見えます。
パフリングの溝も機械で彫られています。かつて日本や西ドイツなどでは回転式の電動ミニルーターにジグを取り付けて溝を彫っていましたが、今では表板や裏板を成形する時に一緒に溝まで機械で彫られます。

テールピースは左のものがついていました。右はウィットナー社のものでそっくりに模して作られたものです。
このようなコピー商品ではすぐに壊れてしまうものがあります。

仕組みも同じです。

ペグもいかにも中国製というもので、丸い飾りが埋め込まれています。これは弓のフロッグにもついているもので80年代にはとても流行したようです。
ペグは8年の間に歪みが生じていたので削り直しましたが、材質自体はきめが細かく普通の黒檀とは違う感じがします。

あご当てもアマゾンなどで見るものの画像と似ています。見た目はきれいにできていますが、構えてみると私のあごには全くフィットしませんでした。
金具の部分は金色になっていてすでに半分の色が剥げていました。
エンドピンはギター用のようなものがついてたので昔流行した時代の古い在庫のものに交換しました。
とても安価なものに比べると立派なもので少なとも10万円以上はすると思います。多くの部分は機械で作られていてドイツの古い量産品に比べるとずっと正確に加工されています。ニスはスプレーで塗られていると思いますが厚みが薄くギトギトに光沢のあるものではありません。
弦にはエヴァピラッチゴールドが張られていました。持ち主が音に不満を持っていて変えたのでしょうか?初めからそんな豪華な弦が張られているはずがありません。
うちでは仕入れていない楽器なのでどんな音かと弾いてみました。まるで3/4のヴァイオリンのような音で買い替えたのも納得です。
しかしなぜ3/4のような音なのか興味があります。

アーチはごく一般的な現代の高さで、モデルは完全にストラディバリのものではなく四角い感じですが、幅が広く寸法的に窮屈なものではありません。四角くて幅が広いですから面積はかなり広いものです。
外観の特徴からは小さな楽器のような音がする理由はわかりません。
これは弦楽器全般に言えることで外観では音は分からないのです。
板の厚みを測ってみると厚めになっていました。しかし前回のマルクノイキルヒェンのものと同じような印象で極端に厚いという感じではありません。
板の厚みは、無垢材を削りだしていくので薄くするほど作業量が多くなります。単純な仕事量以上に手間がかかるのは薄くなるほど失敗して削りすぎると売り物にならないため慎重さが求められるからです。
したがって近代以降手抜きで作られた楽器には板が厚すぎるものが多くあります。
オールドの時代にはかなり薄く作られていましたがそれもオールドの時代の作者の驚異的な事です。
それに対して機械で作る場合には、機械の設定次第で作業量は変わらないと思われます。実際に薄く作られた中国の量産品も手にしたことがあります。
ルーマニアの楽器も機械で作られていて価格の割に音が良いのでうちでは多く販売しています。
なぜ厚く作られたかは不思議ですが、船でヨーロッパまで送るのに暑い地域を通過し、伐採されて間もない木材では歪みなどのトラブルが発生するかもしれません。不良品となれば欧州の職人が修理すれば高くなりすぎるので、別のものと交換して破棄することになります。
それ以外にも様々なトラブルを恐れて丈夫に作られているのかもしれません。
もう少し詳しく厚みを調べてみると各所にかなり厚い所がありました。表板の真ん中は4mm、f字孔の外もそれくらいありました。
機械で作る場合はコントラバスやチェロなど大きな楽器ほど相対的に精度が出ることになりますが、ヴァイオリンではふちに削り残しが生じます。
全体に厚めなのでふちだけが厚いという事はありませんがミドルバウツの辺りはかなり削り残しがあるようです。
ふちが厚いと小さな楽器のような音になることは容易に想像がつきますが、全体的に厚いことも同様の効果があるようです。
魂柱の位置も駒から離れて中央寄りにありました。魂柱や駒を取り付けるセットアップは中国で行われている場合と輸入業者が行っている場合があります。うちの店で量産品は魂柱や駒がついていない状態で購入しうちで取り付けています。
最初からついていても交換します、この費用だけでオンラインショップの楽器の値段を超えてしまいます。
中国で長めの魂柱が入れられていて、それを販売店で短くして合わせるという事も考えられているようです。この楽器でもそんな感じでした。新しい木材で作られたヴァイオリンでは変形も大きく中国で合わせると届いたころには緩んでいることが考えられます。

スクロールも機械で作られていますが特に美的なものは感じません。塗装はいかにもという感じです。
魂柱と駒を交換して弦をピラストロ社の格下のヴィオリーノに交換しました。
私は安い楽器でも高価なオールド楽器でも同じように全力でやります。
駒も見た目では初めについていたものの材質が悪くは見えませんでした。
もし音がひどければ販売用にはできませんのでレンタル行きです。
弦を張って一晩置いて試してみると、尖った強い音になり、窮屈さが減って7/8くらいの感じにはなったでしょうか。安価な量産品としては普通のレベルにはなったでしょう。それにしても理屈上はソリスト的なはずのモデルやアーチでも音はこじんまりとしたものです。
ワイドなモデルでアーチが平らであればソリスト的な音量のある楽器になるはずですが、それなら機械でも作れます。木材はスプルースやメイプルでスペック上は同じです。しかし実際には音に差があります。
一方でべニア板を曲げて作ったようなもののほうが意外と音が良く出たります。音と値段は比例しません。
ただし付属の弓がヘナヘナで張りがなく、駒のカーブに不具合があると他の弦を触ってしまってまともに弾くことができません。カーボンの弓を買って駒と弦を交換すると楽器の値段の何倍にもなります。
機械の性能が日々進歩しているので驚くほど安くきれいな楽器が売られています。中国ではヴァイオリン職人の道を究めようとして就職するのではなく、たまたま近所に工場ができたくらいのことで働いていることでしょう、ほかに100円でも高い給料を払う産業があれば転職してしまうのが中国人の精神性です。機械で作る方が職人を教育するよりも安くつくのです。
クレモナで修行した職人も多いですが、中国に帰ると工場を経営してリッチになりたいようです。
いずれにしても、板が厚い楽器は中国製品にも存在し音はすっきりせずこじんまりとしたものでした。
ビジネスにするためにはガワを作るので精いっぱいで音を作るというものではありません。このためどこの国の楽器でもその国の音の美意識などが反映されることはありません。
同じように板が厚すぎるものは、読者の方が日本で買われたイタリア製の現代の楽器でも見た事があります。外観はきれいに見せるコツがクレモナ全体で培われて流行のようになっていますが、板の厚みを出す作業では手間を省略していました。250万円で売るには外見を綺麗にするだけで精一杯のようです。
こちらでもお金持ちの弁護士の人が持っている現代のクレモナの楽器が全く鳴りません。この前は2000万円するナポリのモダンヴァイオリンの話もしました。
それだけでなく、ドイツでは1880~1940年くらいにたくさんの楽器が作られましたが、それにも厚すぎるものがたくさんあります。特にチェロは顕著で、現代のルーマニア製の方がマシかもしれません。
厚い板の楽器の音が絶対に悪いかといえば、好みの問題ですからそうとも言えませんし、何かの組み合わせや古さで強い音に聞こえることはあります。特に裏板はそれほど直接的な影響はないでしょう。
大きなモデルなのに小さな楽器のような音になる今回のケースは興味深いです。
つまり、何のモデルで作ってあるとか寸法が何ミリあるとかそんな情報は全く意味がないという事です。
それに対して板の厚みを測っている業者は少なく重要視されていません。
別のケースではマルクノイキルヒェンのシュタイナーモデルの量産品の板を薄くする改造を行いましたが、こじんまりした音にしかなりませんでした。
https://ameblo.jp/idealtone/entry-12962686987.html
これは量産品のシュタイナーモデルというだけで実際のシュタイナーやドイツのオールド楽器とは全く似ているものではありません。幅の狭いモデルでアーチの作り方が独特でした。
板の厚さだけがすべてではないということです。
外骨格の構造上サイズが大きくなるほど相対的に強度が落ちていきます。このためゆったりとした懐の深さと、豊かな低音が出るようになってきます。
しかし板が厚くビオラやチェロでも全然そんな音ではないものがあります。
板が薄くてアーチが平らで幅の広いモデルであれば板が柔軟で最もスケールの大きなものとなるでしょう。19世紀のフランスのモダンヴァイオリンなどはまさにそうでソリストに愛用されています。
一方で音には好みがありそれが必ずしもベストとは限りません。とはいえ自分の好みの音を知るためには「性能は最高だけども味が無い」などと理屈で考えて初めから拒否しないほうが良いと思います。ただしお店ではどうせバレないとセールストークに都合の良いことを言うだけで、実際には板の厚みを測っておらずそんな楽器に出くわすことも珍しいものです。
スケールの小さな楽器の方が耳元では音がはっきりと感じられることがあります。ポピュラー音楽ではステージ上で演奏者に向けて設置されたスピーカーがあり自分たちの演奏が聴けるようになっています。エキサイトした歌手が足を載せるあれで、跳ね返りモニターとも呼ばれます。
クラシックの楽器ではアンプを通さないので異なるスピーカーを設置することができません。
観客に向けたメインスピーカーとして音が良いのか、自分で聞く跳ね返りモニターとして音が良いのかヴァイオリンの評価は両方が含まれます。
演奏者に聞こえるのは跳ね返りモニターとしての音で、弦楽器店ならそちらを重視たほうが売り上げにつながるでしょう。そうすると板の薄い楽器が有利とはなりません。
先生やプロの演奏者でも楽器を評価するプロではありません。自分一人で判断するよりも仲間同士で弾き比べする人たちの方がより客観的です。それでも時には競争心があおられ趣味趣向は人の集団によって著しく偏ってしまうことにも注意が必要です。お客さんが先生の門下などの所属するコミュニティによって音の基準が様々なのは経験します
職人も自分で弾いて音を判断するだけだと職人特有の思い込みで凝り固まってしまいます。様々な人の演奏を聴く必要があると思います。
申し訳ありませんがこんな記事を書くだけでも日曜日の半日が終わってしまいます。