以前にヴァイオリンを作ることを本州を歩いで横断するような労力と例えたことがあります。
ヴァイオリンを作るにはニス塗りをのぞいて200時間かかって1万5000ユーロで売られるのが一般的になっています。270万円以上です。現在の物価と経費で他の職業と同等になるにはそれだけ必要となります。
これで職業として成立するというわけですが、200時間でヴァイオリンを作るのはかなり急いでいて細かいことには目をつぶり、かろうじてプロの作ったヴァイオリンと言えるギリギリのものでしかありません。他のものより優れたものや作者のこだわりを入れて心底納得できるものは作れません。全く同じものを一年中作っていれば作業も早くなるでしょうが、他の仕事が多くあります。
ヴァイオリンを完成させるのは時速4kmで1000km以上歩くのと同じくらい遠い道のりです。じゃあ乗り物を使えば良いと思うかしれません、それが機械で作られたヴァイオリンです。江戸時代に人が歩いて移動していたのに対して様々な乗り物がありますが、手作業のヴァイオリン製作は江戸時代のままです。
したがってヴァイオリンというのは作ってあるだけで貴重なものなのです。
しかしユーザーはそれ以上のものを求めて派手な宣伝文句に釣られ手抜きで作られた楽器を買う人も少なくありません。
なぜ手抜きが行われるかと言えば作るのに手間がかかりすぎるからですが、それを売買してビジネスにするには270万円で仕入れていたら儲けはゼロです。出来栄えはどうでもいいけども、いかに楽器を安く作れるかが商売する人にとって天才というわけです。
このため19世紀の終わりからは、ドイツの工場で量産されたものやイタリアやチェコで素早く作られたものがビジネスとして成立して多く作られました。
アメリカやイギリスに輸入された中だけで考えるとドイツの量産品が安物でイタリアのものが高級となります。しかしヨーロッパの地元では自分の町の職人が作ったものを買える人もいた事でしょう。現在の日本にも職人がいます。
日本酒でも大手メーカではなく、小規模で作られてその地域だけで消費され全国に流通していない酒蔵があり、幻の地酒と呼ばれているそうですがそんなところです。
前回もそんな話でした。

これはこの度学校に寄付されたヴァイオリンです。家の不要なヴァイオリンを学校に寄付するのですが、消耗部品の交換や掃除などメンテナンスをして生徒が使えるようにしないといけません。
見た目はわりと丁寧に作られています。安価な量産品のような粗雑な感じではありません。

形は教科書通りのストラド型で酷く不格好ではありません。

スクロールもひどく雑なものではありません。


東ドイツ、マルクノイキルヒェンの量産品の中では上級品です。最盛期が戦前でそれくらいのものでしょう。
今の為替では70万円位にはなります。
学校に寄付するものが70万円相当とは凄いですね。
学校が保有しているほかの楽器は指板が黒檀ではなく茶色の木を黒く塗ったものだったりします。それでも学校が弦楽器を保有しているのは日本では考えられないかもしれません。音楽学校ではなく大学進学する学校です。もともと教会の学校で今は公立になっています。
表のアーチは駒のところが一番高くなっています。そのような設計思想があったのでしょう。さっきの話でアメリカやイギリスでは安物とみなされたドイツの量産品です。
ニスはラッカーで軽くアンティーク塗装がされています。
日本ではイタリアのものを称賛するためにこのような楽器を悪く言う人がいます。
客観的な説明というよりは、イタリアの楽器を神聖視するために邪悪なものと考えているようです。
板の厚みを測ってみるとだいぶ厚めです。表板はギリギリ厚めとして許されるくらいで、裏はかなり厚くなっています。
つまり見た目を重視して作り、音に重要な部分は手を抜いたと考えられます。しかもアンティーク塗装で高価な古い楽器に見せかけた卑しい精神で作られたと考える人がいるかもしれません。
職人の精神として良いものを作るために最善を尽くし天才的な職人によって作られたものが名工の作品だというのは空想の世界の話です。前回の話では名工の楽器がどんなものだったかわかったでしょう。
やはり外観はきれいに作って中は手を抜くという事はイタリアでもドイツでも頻繁に行われたようです。ミルクールのものでも中国のものでも開けるとひどいものです。
一方消費者は音にしか興味がないので、消費者からすると見た目をおろそかにしても音に大事な所だけしっかり作ってもらいたいところです。しかしそのようなものはほとんど作られませんでした。
かつては完成した楽器の板の厚みを測る道具がなく現在でも特殊で高価な道具で皆が持っているわけではありません、完成した楽器の板の厚みは表板を開けないと分からなかったのです。当然販売するために仕入れた新品の楽器を開けるわけがありません。
だからバレなかったのです。
今でも厚みをいちいち測るマニアックな人は私くらいです。
それに対して音というのはとても不確かなものでその人個人の印象にすぎません。売買では軽視されてきました。その結果、外見の方が中身よりもよく作られた楽器が多いのです。見た目がひどいものは中はもっとひどいという事です。
今回の楽器はもうあと数時間かかけて板を薄くすればプロの演奏者でも使えるレベルになったのにもったいないと私は思ってしまいますが、最初の話を思い出してください。安くないと売れないのです。
そんなことを考えながらメンテナンスをして新しくピラストロのヴィオリーノのセットを張りました。ヴィオリーノは張力の低い初心者用の弦で、荒々しい音の安い楽器でも穏やかにしてくれる音が特徴です。
弦をはじいて調弦しても、なかなか強く音は出ます。弓で弾いても明るい音で元気よく鳴っています。さすがに100年近く経っているとただの量産品でも鳴りが良くなっています。
懸念した板の厚みも深みのある低音は出ませんが全然鳴らないという事はありません。明るい音でちゃんと鳴ります。
厚みのある楽器なのでパーンと板が振動している感じはしませんが音自体は強く出ていますし、荒々しい音でもありません。
音は好みの問題なので酷く悪いという事はできません。手抜きで作られたかと思いましたが、音が悪いと断言できるほどではありませんでした。
むしろ日本で明るい音が良い音だと考えられているのであれば、とても良い音の楽器という事になります。私の所ではさほど希少なものではありませんが、日本に持って行けば良い音の楽器になりますね。
手抜きだと思いましたが、結果論で言えば明るい音を好む人にとっては音が良い楽器でした。
表板は厚すぎないギリギリというのがこれくらいですかね。
裏板はとても厚いものですが、表板に比べると影響は少ないのかもしれません。
よほど薄くしない限りやや厚めでも十分な強度となりそれより厚くても音はあまり変わらないのかもしれません。
ただし自分で弾いた印象であって離れて聴いていたらどうかはわかりません。
このように日本人にとってなら良い音の楽器がこのようなドイツの量産品で得られます。卑しい精神で作られようとも結果としての音は日本人にどんぴしゃりの音です。
心構えをどのように解釈するかがそもそも主観でしかありませんが、音もそれで悪くなるとは限りません。
音というのはこのように評価を定めるのが難しいのです。
明るい音が好みならぜひマルクノイキルヒェンの楽器を試してみてください。このように明るい音の楽器は低コストで作ることができて珍しくありません。本当に日本人が明るい音を好むのか、ただ明るい音の楽器をゴリ押ししているのかは考える必要があると思います、ありふれた音のものをさも希少なものであるかのように売ったのなら業者の方がよほど卑しいです。卑しい精神で作ると彼らの望んでいる音ができるというのが意味深です。
音は好みの問題であり低音がよく響く暗い音の楽器を作る方が難しく特別なノウハウが必要です。

アーチを写真にとるのは難しいです。写真では立体感が伝わりません。実際の楽器を見る時は二つの目で見ているという事もあるでしょうし、視点が動いて微妙に違う角度から眺めて得た情報を脳の中で合成して立体を把握しているのかもしれません。そうなると職人として経験を積むことで見え方も違ってくることでしょう。
もう一つはニスを磨くと光沢が出て光ってしまうこともあります。

カメラのレンズに偏光フィルターを付けてみました。光沢がだいぶなくなりました。
それで立体が分かりやすくなったかは微妙です。
さすがに真正面の光沢は取り除くことができませんが、このような写真では光沢を取り除くことができます。今後も研究していきます。
休みを一週間貰ってビオラ作りに追われて記事を書く時間もありませんでした。
楽器を作り出すと全く時間が足りません。ビオラはヴァイオリンよりも大きいのでさらに時間がかかります。値段は300万円を超えてしまいビジネスにはならないので趣味のように余暇を使って作っています。
普段は仕事をして買い物に行ってご飯の支度をして一日に楽器作りに使えるのはせいぜい1時間半か2時間です。日本みたいに買ってすぐに食べられる便利なものがなく加工食品の味がコスト削減のためひどいです。昼休みが1時間あるのでご飯を30分で済ませて刃を研いだりして夜のための準備をします。休み時間も作業をしてるので、帰ってくると疲れて仮眠を取ってシャワーを浴びてご飯を作って食べて、楽器を作って寝るというそんな毎日です。でないと一日に8kmしか進めないのですから。凝ったビオラであれば2000km歩くくらいの労力が必要です。順調にいった場合の話であって実際にはどれくらいも進めない日もあります。
一週間で15時間ほど費やすことを目標にしていますが、あまりじれったくてついついやりすぎて20時間以上になってしまい、生活は楽器作りと休むだけです。夕食でお酒を飲むことも映画やサッカーを見ることもできません。神経が研ぎ澄まされているので終わってすぐに寝ることもできません。
コメントなどをもらっても返事するのにその貴重な1時間半を削らなくてはいけなくなるのでお断りしています。
そこまでする価値があるものなのかどうかふと我に帰ることがあります。


裏板のアーチの粗削りです。
仕上げてしまうと写真でもわからなくなってしまいます。この段階の方がまだ立体感が分かりやすいですが、物の形を作る場合には大雑把に形をつかむことが重要です。
ノミで削っていくわけですが、頭の中は空っぽで何も考えずにただ手を動かしていくだけです。それは感覚で作れるようになっているからですけども、それが音に影響したとしても、作り方を言葉で教えることもできません。
依頼者は高いアーチを希望されているのでそれなりのふくらみにします。

横板は裏板の木材の端をスライスして使います。したがって裏板と同じ木で板目板です。
板目板の横板はひびが入ったり割れたりしやすいのでチェロではかなり厳しいです。
裏板を粗削りするのにすごく硬くて刃を何度も研ぎ直さないといけませんでした。石を削っているかというくらい刃がすぐ切れなくなり、言うなれば一日に8kmも達成できませんでした。
しかし横板は柔らかくてペラペラです。これは板目板の特徴です。木材の強度は木目の向きによって大きく違います。
ブロック材には柳を使います。音の違いなどは分かりません。
柳は繊維がねじれていて真っ直ぐ繊維をとるのが難しいので、倍くらいの量の木材が必要になります。
量産品は回転して削る機械で作っているので繊維がどうなっても関係ありませんが、手動の切削工具では逆目になると削りにくいのです。これは木工の基礎の基礎です。
木枠のミドルバウツのところは厚みを増しています。後で取り外しができるようになっています。横板の狂いが出やすい所なのでこのようにしています。

裏板を粗削りするのに骨を折った材料ですが、柾目板と比べると曲げるのはとても簡単です。
他の部分は固定する方法を工夫したのでかなり正確に曲げることができます。木枠を設計したときはまだこの方法を使っていませんでした。誤差が出ることを想定して木枠を作ってあったので、微調整が必要でした。
あれこれ悩んでいるうちに一日が終わってしまうなんてこともありました。
板目板を曲げるのは簡単です。何でもないように見えますが、裏板や表板の接着面にガタツキが無くなるように平らにしないといけません。無理やりつけると割れが発生したり、ビリつきが発生する原因になります。
それと同時に横板の高さも決めます。こんなのも結構時間がかかる仕事です。横板の高さは上部の方が低くなっています。目の錯覚で同じ高さだと下の方が低く見えるからです。


ライニングにも柳を使っています。
ヤナギは細かい種類がものすごくたくさんありますが、そこまではわかりません。
内部の部品に多く使われるもう一つの素材はスプルースで針葉樹なのではっきりした年輪の木目の線が入るのに対してヤナギではうっすら見えるくらいです。色は同じ木でも白っぽい部分と茶色っぽい部分があります。

パフリングも自分で作ります。
パフリングは市販されていてビジネスで楽器を作るならそんな時間は使ってられません。
自分で作るのは、オールド楽器のようにするためです。
一つは太さなどに流行があって、現代一般的なものは現代的に見えることがあります。特に現代では太めのもの、とりわけ真ん中の白い部分が太いものが好まれます。きれいに見えやすいという事もあります。
現代ではビオラやチェロになるともっと太いものになりますが、アマティやストラディバリはどの楽器でも同じくらいのものを使っています。
つまり好きな厚みと割合にするために作る楽器のイメージにあわせて自分で作るわけです。
ストラディバリの方が真ん中太くて黒い部分が細くなっています。アマティは黒い部分が太めで真ん中の白い所がそんなに太くありません。
もう一つは市販されているパフリングの厚みが均一すぎることです。
黒と白と黒の三枚の板でできていますがオールド楽器ではその太さに微妙なばらつきがあるのです。
これはわざとに厚みにむらを作るのではなくてもほんのわずかな誤差のせいで厚みにムラができてしまいます。
たった0.1mmと思うかもしれませんが0.4mmと0.3mmでは25%も違うので全然違う厚みに見えます。0.1mmまでできるだけ正確に加工し測定上わからないくらいの差でもムラになって見えます。
黒を0.3mm白を0.4mmで作りましたが出来上がってみるとイメージと違いました。
そこで次の日もう一回作り直して0.4mmと0.5mmにしました。一日に進んだ距離が0mの日があったという事です。
デルジェスのコピーを作る場合には初めは黒い部分を分厚くしておいて部分部分で削りながら溝に合わせていきます。そうするとぐちゃぐちゃに見えるからです。

溝を彫ってパフリングを埋めていきますが、この板目板は溝を彫るのがとても硬くて苦労しました。
木材の加工は削りすぎてしまうと寸法を増やすことができません。部品をもう一度作り直すとなると時間がかかってしまいますし貴重な木材では同じ木目のものは二つとありません。
うっかり削りすぎないようにするには慎重に行かないといけません。そうすると時間が何倍もかかってしまうのです。もし失敗しても構わないなら早く作ることができます。
雑に作られた楽器は失敗しやすい所を案の定失敗してそれを良しとして売っています。同じ失敗をするので個性的では無くよくある雑な楽器に見えます。それで前回の話、イタリアの楽器の偽造ラベルを貼ると他の国の楽器でもイタリアの雑に作られた楽器のように見えるのです。
なぜ雑に作られるかは今回の話です。手先が不器用で荒い神経の職人の方が商売に向いているというわけです。
板の厚みなどは薄すぎると売り物にならないので慎重に作業すれば時間がかかるし、薄くなる前に作業を終わらせると厚すぎるものができるというわけです。
そのような不安感やコストの問題から厚めにしたいという衝動が湧いてきてもっともらしい理屈を考えだします。厚めの楽器では明るい音になることが多いです。理屈を正当化するには明るい音が良いと思い込むしかありません。
実際の弦楽器作りはこんなレベルなので自由自在に希望する音を作るなんてのは夢の話です。
職人ごとに音について考えがあるかもしれませんが客観的に何が優れているとか言うことはできないので自分で試してみるしかありません。

形はこんな感じです、アマティをモディファイしたのでもともとのものとはだいぶ違いますが特徴やく癖はあります。小型のビオラでも音響的に不利にならないように考えて改造しました。
もはやコピーではありませんが、アマティの弟子の一人くらいになれたらと思います。アーチも「アマティ派」くらいの感じを予定しています。
他ではほとんど見た事が無いような形で、何もなくフリーハンドでデザインしたらこんな風にはならずよくあるヴァイオリンを拡大したような形になってしまうでしょう、
ビオラの量産品ではストラド型のヴァイオリンを拡大したようなものが一般的です。個人の作者ではアンドレア・グァルネリのものがよく見られます。これはかなり大型でペグボックスもチェロ型なので難しいです。チェロ型のペグボックスで演奏できないことはありませんが、ヴァイオリン型に比べてメリットがありません。
アンドレア・グァルネリの名前でもおそらく息子のピエトロが中心になって作ったのではないかと思いますので、いつも興味はあります。
「もしピエトロがアンドレア・グァルネリの名前で小型のビオラを作っていたら…」と想像で復元したら良いかも知れません。