オールドの伝統を受け継ぐナポリのヴァイオリン | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。
お問い合わせはPC版サイトのリンクかアメブロのメッセージから願いします。

こんにちはガリッポです。

まずはヴァイオリン弦の新製品の話題から。
https://www.pirastro.com/public_pirastro/pages/en/Insula-00001/
毎年のように各メーカーから新製品が発売されていますが、ほとんどは認知されないままです。私も多すぎて試すことができません。傾向としてはより明るく輝かしい音を目指した製品が多く、暗く暖かみのある音を求める顧客が多いうちでは求められていません。荒々しくやかましい音の楽器を持っている人が多いというわけです。
そんな中ガット弦の時代に高級弦としての地位を持っていたピラストロがガット弦の音を目指したハイテク弦を開発したようです。
私にとって興味があるのはオブリガートを超えるかどうかという点です。
お値段はエヴァピラッツィやオブリガートよりも多少安いようです。
ただ従来の製品も値上がりしているので安くはありません。

「ガット弦のような音」というのはどこのメーカーの広告にも書かれていますから、宣伝文句では全くわかりません。
新しい製品を試す熱心なユーザーはわずかですが、新し物好きの人は次々と新しいものを試すだけで定着しません。それに対して昔ながらの定番のものを使う人が多く、特にネットで販売されることが多くなった今では評判もわからないものを買うことを恐れる人が多いでしょう。
弦楽器はマニアとしてのカルチャーが盛り上がっていません。
未だに楽器の値段が高いか安いかしか語られません。
弦も依然として先生が薦める昔ながらのものを使う普通の人が多いようです。

ピラストロではエヴァピラッツィとオブリガートのヒット以来鳴かず飛ばずの状態が続いています。パッシオーネ、エヴァピラッツィ・ゴールド、パーペチュアル、パーペチュアル・カデンツァ、エヴァピラッツィ・ネオ・・・名前を憶えていない人も多いでしょう。
この中で地道に浸透してきているのがエヴァピラッツィ・ゴールドです、G線にはゴールドとシルバーがあり、在庫の補充のほとんどは常識的な値段のシルバー版です。

オブリガートを超えるというのは私の勝手な期待であり、違う方向性かもしれませんが試してみる動機にはなるでしょう。ガット弦の愛好家には張力が強いのであくまで現代の人造弦にガット弦の音の複雑さを持たせるだけで、ガット弦と同じものを人工的に再現するというわけではないでしょう。




一週間の夏休みを終えて仕事に復帰しています。
その間はゆっくりとビオラの製作をしていました。
一週間も働くとクタクタです。仕事なんて適当にやる人が有能なのかもしれません。

メンテナンスなどの仕事が急に多くなり戻ると楽器が山積みでした。様々な楽器がありましたが今年はイタリアの楽器もいくつかありました。しかし何しろニセモノが多いので本物かどうかが分からないと掲載するわけにもいきません。

その中ではおそらく本物だろうというものがあります。

ラベルにはラテン語でヴィチェンティウス・ポスティリオーネと書かれています。イタリア語にするとヴィチェンツォですね。場所はナポリで製作年は18までしか読めません。
ヴィチェンツォ・ポスティリオーネはナポリの職人で1831年に生まれ1916年に亡くなっており、自身の楽器は1860年頃から作られているようです。かなり量を作ったようで従業員などによる部分も多いでしょう。
1860年なら完全に近代の時代になりますが、いわゆるフランス的なものに比べると完璧さがありません。

仕事には独特の雰囲気があり、まだガリアーノ家以来の伝統が残っているように見えます。何か見分ける箇所があるというのではなく、考え方や仕上げの仕方などがフランス的なモダンヴァイオリンとは違うという事です。

裏板の木材は年輪の幅のやや広いものでストラディバリのような高級なものではありませんが杢は深くはっきりしています。
センターの合わせ目は接着が不完全で過去に修理した形跡があります。おそらく私が就職する前にうちの店で直したと思われます。

この楽器がナポリ派のものであると思えるはっきりした特徴はパフリングがぐちゃぐちゃになっている所です。これは初代アレサンドロ以来ガリアーノ家の特徴です。ポスティリオーネは直接ガリアーノの弟子ではないようですが、狭い世界でそれしか作り方を知らなかったようです。
アマティやストラディバリのような手法が伝わらなかったようです。
伝わってもデルジェスのようにぐちゃぐちゃの人もいますが・・・。

スクロールもいかにもという感じがします。
形のバランスがアマティやストラディバリ、ストラディバリを元にした近代の楽器とは全然違って自由な感じがします。
細長いものはマルクノイキルヒェンにも見られますが、影響があるというよりはお手本が定まっていないとこんなものもできるという事でしょう。

正面から見た感じではガリアーノ的な雰囲気があります。

全体としては仕事は雑で甘いものです。これを「イタリアらしい」と考える人がいるかもしれません。そうなるとストラディバリやアマティ、フィオリーニなどはイタリアらしくないのでしょうか?
イタリアらしいなどという事ではなく単に安上りに雑に作っていただけです。雑に作られた楽器はイタリア以外にもありますが、それもイタリアらしいと言うのでしょうか?

このためイタリア以外で雑に作られ古さに雰囲気のある楽器にイタリアの作者の偽造ラベルがついているのです。このようなものは明らかにそれだと分かるマルクノイキルヒェンの量産品に偽造ラベルが貼られたものとは違い極めて悪質なもので被害額が大きくなります。

雑かどうかではなく形などの特徴を見ないといけません。

特に19世紀のイタリアの楽器にはお手本通りのモダンヴァイオリンのレベルには到達していないのがよくありますが、同様のものは他の国でもいくらでもあり値段はとくに安いものです。
値段は天地と地ほどの差がつきますが、我々には特別優れたものには見えずただのヴァイオリンに見えます。実際彼らはヴァイオリンと呼べるものを作っただけでしょう。
何か特別優れたものを作ろうとしなかったのが、この時代のイタリアの楽器製作の特徴と言えるかもしれません。よそ行きのおしゃれなものではなく、普段着のような質素なものがイタリア風というわけです。それが高価という事は、つまりTシャツ1枚にに何十万円も出すようなことです。

後ろもガリアーノの感じがあります。


アーチはそれでもオールドのガリアーノに比べると平らになっています。

近代の楽器のようなペタッとしたアーチの表面ではなく、柔らかい感じがあります。やはり使った道具や品質の基準などが近代化されていません。
しかしながら、アマティなどのイタリアのオールド楽器、ガリアーノの初めの3世代くらいのキャラクターは薄くなっています。なんとなく膨らみがあるというだけで、はっきりしたキャラクターがありません。

値段は最新のものは調べていませんがコロナ前のものでも1000万円は軽いですから、その倍くらいするかもしれません。

これまでの説明の良い所だけを集めるとセールスマンにとって武器になります。
かつてはアレサンドロ・ガリアーノはストラディバリの弟子だと言われていました。
今の本にはその文言が削除されています。
セールスマンは古い本の知識で語ることでしょう。

比較的お手頃なお値段でストラディバリの弟子のアレサンドロ・ガリアーノの作風を受け継ぐナポリの名工の作品だというわけです。

私以外にモダン楽器の由来を説明する人もいないでしょうが、そこまで知っている人に対しては、イタリアでもフランス的な楽器製作が導入されつつある中、依然としてオールドのスタイルを守り続けたナポリの作品と聞けば希少性や音への期待が高まるかもしれません。


そこで板の厚みを測ってみると、かなり厚いです。現代の丁寧に作られた楽器のような厚めというレベルではなく明らかに厚すぎます。
ガリアーノは比較的数が多いので手にする機会が結構ありますが、オールドのガリアーノはいずれも薄かったです。中には裏板が薄すぎて変形し音も貧弱なものもありました。
私のようにマニアックにいちいち厚みを測っている業者は多くないでしょう、普通はそんなことに興味がないですから。

音にとって重要な肝心なところで伝統を受け継いでいないのです。物理的な構造で見るとそれだけでも全くの別物です。

駒の交換を終えて弦を張ってはじいて調弦すると明らかに鳴らないです。ここまで明らかに鳴らないのは珍しいです。
弓で弾いてみても、子供用の楽器のような音と鳴り方です。3/4でももうちょっとマシのような気がします。
響かないので明るい音はしません。鳴らなすぎて暗い音で高音は細く鋭いものです。
前からイタリアの現代の楽器を量産品並みの音だと言っていましたがそれよりひどいです、分数楽器というのはほとんどが量産品ですので1/2~3/4の量産品のような音です。
それが1000万円や2000万円するのですから。

ナポリで手作りで作られたとしても、安上がりにするために手を抜くとこんなことになるのです。アメリカなどに輸出していたかはわかりません。いずれにしても見た目はまあまあに作ったのに対して音に重要な部分では手を抜いています。

裏板の合わせ目の加工がまずく、最低限の品質も備えていませんがこれを名工と呼べるのでしょうか?

このような現実は日本で語られてきた様々なウンチクが嘘であることの証明になります。
音は暗く「イタリアの楽器は明るい音がする」というのも嘘ですし、フランスのような完璧な美しさではない雑で甘い仕事を「フランス人は見た目を作ったのに対して、イタリア人は音を作った」と考える人がいます。この楽器ではその通りに見た目は完ぺきではありませんが音についてはもっと手を抜いています。厚い板をくりぬいて作るわけですから薄く作るには失敗して穴をあけてしまわないように慎重さを求められ作業の量がずっと多くなります。
一方フランスのモダン楽器は特に性能に優れていて、音を極限まで追求した結果です。
アホらしくてもう言いませんが板の厚みのウンチクも嘘ですね。素人は何千万円もする名器が鳴らないのは自分が下手だからと思ってしまうかもしれません。素直に自分の手に負えない楽器はやめておきましょう。

それでも人間の習性なのか、こんな楽器を買ってしまう人がいるので値段が高いままです。ものの考え方は人それぞれなので間違っているというわけにもいきません。私が真実を教えないまま墓場まで行った方が良いでしょう。コレクターにとってはギリギリ手の届くイタリアの名器という事になりますし、投機的な目的も考えられます。

音は好みの問題であり、また弾きこなす技術の問題でもあります。しかしここまで明らかに音のひどい楽器はめったにありません。名器だと信じて他のものと比べない方が良いでしょう。
絶対にホルンシュタイナー、ヴィドハルム、ブッフシュテッターやガイゼンホフと弾き比べてはいけません。

改造して薄くするようなことを私はしません。そのように「名工」によって作られたものだからです。それで音が悪いなら名工ではありませんね。

この時代以降、他にもナポリの作者でとてもひどいものがあります。この楽器はそれに比べると見た目はずっとましです。そんな素人の作ったような楽器も意外と音が良かったり弦楽器なんてそんなものです。

言葉で説明すると素晴らしい名器のように聞こえますが、弦楽器というのは言葉で理解するのではなく、実際に音を試してみないといけません。もちろん音が良いから本物という事ではないのでそれは別の話です。見た目によって作風の特徴を見分けなくてはいけませんが、素人には無理です。

技術的に面白いのは板が厚いほど小さな楽器に近い音になっていくという事です。これは経験的に納得がいきます。分数楽器は意外と音が良くてびっくりすることがよくあります、演奏者の技量によってはそっちの方が音が分かりやすいです。あくまで狭い工房の中の話ですが・・・。
小型のビオラを作る場合にこの概念は役立つことでしょう。


無名な作者でも普通に作ってあれば、普通の4/4の音にはなります。うまく弾きこなせば見事な演奏ができます。そのような楽器の価値に気付くように私は訴えています。


商売人というのはこのような「聞こえの良さ」にとても強い関心を持ちます。弦楽器愛好家の私には全く興味がなく、なんでそんなどうでもいいことにこだわるのか不思議に思えますが、それがその人の人生の中心にある仕事です。この業界も多数決をすればそちらの方が多数を占めるでしょう。