趣味での上手い人と下手な人 | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

こんにちはガリッポです。

久しぶりにたわいもない話をしましょう。
話半分に聞いてください。

暑くなってきました。
こちらは梅雨が無いので昼が一番長くなる夏至の6月にはすでに夏のようになる年があります。日本では季節風や海流などの影響も大きいと思われます。冬が東京よりも一か月長く夏が始まるのが1か月早いとなれば春がとても短いです。コートから急にTシャツに変わるような感じです。このためか日本でも海外からのバックパッカーなどは春にTシャツを着ていたりします。

暑さが楽器に与える影響もケースバイケースでしょう。
先日はネックが外れるというトラブルでまだ新しく見える量産品が持ち込まれました。暑い事務所に置いてあったそうです。日本ではオフィスには冷房の装備が義務付けられているようですが、こちらではエアコンは無く短パンにサンダルで働いている人を見ます。ホテルなども高い値段でもエアコンが無いので夏に旅行を考えている人は気を付けたほうが良いでしょう。夜は気温が15度くらいまで下がるので窓を開けられるように交通量が少ない静かな場所を狙うのがポイントです。

とはいえ暑い場所に置いたから必ずネックが外れるということはありません。うちの工房でも夏は暑くなりますし、窓際は直射日光が当たります。売り物でとてもたくさんの楽器があるにもかかわらずネックが外れた事なんてありません。

何か趣味の世界は「しなきゃいけない」とかそういうルールみたいなものを初心者は学びたいところですが、それが、グッズを販売する業者の意図なのかもわかりません。
カメラを保管する場合には乾燥棚というものがあります。それが弦楽器にも必要なのかどうなのかはわかりません。うちでは楽器が乾燥することでトラブルが起きることが多いので逆に湿度を保つ入れ物が欲しいですね。でも、日本なら冬場に加湿器を使うことが多くあるかもしれませんが、こちらでは見たことがありません。めんどくさがって日本人のように神経質に何かをしなくてはいけないという考え方が無いのだと思います。

今ならYoutubeで趣味のようなことをすれば、ちょっと詳しい人があれはダメ、これはダメと書きこんで炎上してしまいます。アウトドアについておしゃれなブーツを履いていると登山靴がどうだとかとかいろいろ言われます。靴の話になると今度は靴下がどうだとなります。昔オーストラリアのテレビ番組で仙人のような風貌の人か野生に入って動物を捕まえたり、食べていたりしてました。その人はどこに行くにも裸足でした。アボリジニーにも仲間がいて彼らも裸足でした。アメリカの砂漠に行くときも飛行機のビジネスクラスに裸足で乗っていました。アウトドアのプロは裸足です。そんなようなことです。

二つのチームに分かれて何かの対決をやるという企画でした。その「仙人」もいて、リュックサックの肩紐にビニル袋を縛り付けていました。その中には食パンが入っていて左の胸元にいつでもパンがあって食べられるようになっていました。パンは軽くて数日のエネルギーは得られるでしょう。サバイバルの経験が豊富だとパンをビニル袋に入れて持って行くのが一番機能的なんでしょうね。それ以外でアウトドアの映像で胸元にパンの入ったビニル袋をくくりつけている人を見たことがありません。
アウトドアの専門家を自称するなら絵にならずカッコ悪いですもんね。

話はそれましたが、基本的には湿度を我々は心配しています。それも乾燥です。工房は木材がたくさんあり湿気を吸い込んだり排出したり呼吸できます。乾燥のトラブルで持ち込まれた楽器が店に来ると正常になってしまい「異常なし」となってしまうことあります。病気になって病院で診察を受ける前に治ってしまうようなものです。
乾燥すると木材が縮みます。割れが入ったり接着が剥がれたりします。割れは深刻なトラブルなので乾燥を警戒するわけです。チェロでは弦高が変わることもあります。そのようにして生じた歪みによって微妙に音が変化することも考えられます。
しかし湿度によって音が変わるという事には関心がなく気にしている人がいません。人間の鼓膜の方に影響があるのかもしれません。


温度はあまり気にしていません。しかし湿度と関係が出てきます。
学校で習ったレベルの話ですが、湿度は空気中にどれだけ水蒸気が含まれているかということでした。気温によって含むことができる水蒸気の限界が決まっていて、それに対して何パーセントかという話です。

それに対して絶対湿度という概念があります。
気温に関わらずどれだけの水蒸気が含まれているかです。
100%でも気温が低ければ空気中の水蒸気の量は少ないということです。

いずれにしても湿度が木材にどんな作用をもたらすのか詳しくはよくわかりません。
こんな実験をしたことがあります。
伐採されて間もないチェロのバスバー用の材木を材木業者から買って倉庫の梁りの上に置いておきました。定期的に重さを測っていました。

最初のうちは徐々に軽くなっていきました。しばらくすると一定のところでほぼ変わらなくなりました。時には重さが増えることもありました。吸湿のようなことが起きたのでしょう。よく木材では「乾燥」ということが言われます。建築用の材料などでは強制乾燥として熱して乾かすということをします。切って間もない木材は水分を豊富に含んでいますので蒸発すれば乾くというわけです。

それに対して我々は木材は何年も何十年も寝かせます。これは濡れているものが蒸発して乾くという現象ではなく何らかの化学的な変化が起きていると思います。木材は色が変わり、弾力が無くなってきます。物理的にも音が変わることは十分あり得ます。新しい木材は変化が大きいので加工してもまたすぐに狂ってくることがあります。中国で新しい木材で作られた楽器が船で熱帯地方を通ってヨーロッパまで輸送されたときに、着いた時点で木材が伸び縮みし接着がはがれるということがあります。

一方であまりにも古くなると特に表板で割れやすくなることがあります。これは個体差があって、置かれた環境なのかわかりませんが、割れやすくもろく変化したものと弾力を維持したものがあります。同じことは完成した楽器にも起きます。19世紀のミルクールの楽器になるとガサガサしていてもろくなっているものが多いです。それも音に影響があるはずで、「朽ちた木の音」というのは弾いてみれば感覚的にわかると思います。私が冗談で言う「壊れている楽器は音が良い」という理論は、木材が古くなっていて割れやすくなっている状態なのでしょう。それが使い込まれているとちょっとした事故で真っ二つに表板が割れてしまったのでしょう。割れても修理すれば音は悪くならないので神経質に気にするなという意味で言っています。修理代は場所によってはかなりかかるのでそれは重要です。
ですから新品の楽器を割って音が良くなるかはわかりません。そんな実験をやる余裕が無いんです。これが研究をして給料をもらえるような職業ならできるでしょうが、職人は楽器を壊して給料をもらえるような立場ではありません。

弦楽器の製造には膨大なコストがかかります。
その大半は作業にかかる工賃です。
これは一時間当たりの費用として計算できます。
工房やお店を維持するのに必要な費用、社会保険料や税金、経理や役所などの事務作業にかかる費用などもバカにできません。業務は複雑多岐にわかりお店はヴァイオリンやらコントラバスやら子供用のもの、ケースや弓、アクセサリー部品などありとあらゆるものが求められます。楽器は一個仕入れて一個売れるというものではなく、お客さんは何個もあるものから一つを選んで買うことで満足感を得られます。したがって一つの楽器が売れるためにはそれ以上にはるかに多い数の楽器を仕入れないといけません。価格帯は人によって様々です。ビオラには大きさの違いがあります。中古品や骨董品、新品もあります。

さらに職人が生きていくための生活費が必要です。
それでヴァイオリン製作学校では一台のヴァイオリンをニスを塗らない状態で200時間で作るように言われていたようです。200時間に単価を掛け算して材料代を足せば楽器の値段ということになります。200時間を超えてしまうと作るのが遅すぎるのでプロとしてはダメだということです。
このため学校ではとても早く楽器を作ることを教わります。日本人が「職人」についてイメージするものとは全く違います。究極の理想のために一切の妥協を許さず効率などは投げうって人生のすべてをささげるようなものでしょう。そんなのは現実の話ではありません。日本でも手作りで物を作ったいた「本当の職人の時代」には次から次へと右から左へと作っていたはずです。

今は、ヴァイオリン製作だけを社会の中で特別なものとは考えられないので、職業教育全体の改革の影響で160時間で楽器を作るのが学校の試験の課題になっているそうです。日本人はあまり考えないかもしれませんが国の経済を豊かにして所得を向上することを考えるといかに短い時間で高い単価の仕事をするかということが求められます。それを楽器製作に当てはめると嘘が生じます。

私でも160時間で楽器を作ったことはありません。試験を受ける者は、もうクオリティや寸法などはどうでも良いのでとにかく160時間でヴァイオリンのようなものを作るというのが求められます。寸法や仕上げに欠点があれば減点されますが、全く完成しないで0点になるよりはましというわけです。これはその状況に置かれないとできないものです。私はお客さんにそのような楽器を売ることはできないため、やったことはありません。
プロとして認められるためにはどれだけ品質を無視して楽器を作れるかということが重要視されています。駄作を猛スピードで作って一旦プロとして認められれば知名度に関係なく誰が作っても同じ値段になります。これが日本とは全く違う考え方です。外国のものを買う時はそういうものだと思ってください。

ビジネスとしてヴァイオリンを作る場合には何よりも大事なのは、いかに短時間で楽器を作るかということです。

このため陶芸家のドラマなどで見るようにたくさん作って出来が気にいらないからと叩き割ってしまうようなことはできませんし、研究のために試作品を作るようなこともできません。


それに比べると材料費は微々たるものです。
グレードが一番高いものでもヴァイオリン木材の材料費は5万円位です。
ハンドメイドの楽器の値段からすればわずかなものです。
5万円でもヴァイオリン職人の暮らしからすれば高いもので、一つの材料を買って一台作るのは無く、何セットも買ってその時の状況で選んで使いますのでその何倍もかかっています。

それに対して高いのはチェロで4~50万円位にはなると思います。作業にかかる時間はヴァイオリンの4倍は必要でしょう。それで値段がヴァイオリンの2倍程度だとしても高すぎて買える人が少ないのです。このため作る人が少なく、売られているものは安く作るための何らかの手法が取り入れられていることが多いです。

ビジネスで大事なのは弦楽器に限らず、製造コストとブランドですね。
ファッションでも服を作っているのは中国の工場で、服を作る工場はいくらでもあります。しかしただ服を作っただけでは売れず買い叩かれてしまいます。そこにブランドのロゴマークがつくだけで状況は一変します。偽ブランド品が作られるわけです。
もちろんニセモノではない本家の方もマーケティング戦略では人々の気を引くためのあらゆる手段に投資されています。

こういことは商業では当たり前のことです。
弦楽器でもそういうものだと分かっているのが詳しいということです。
ブランド名をたくさん知っていることは初心者に毛が生えたくらいの段階です。

これを知ってるのなら地元に信頼のおける職人がいるということがいかに重要かと分かるでしょう。全国や外国では知られることなく地元だけで仕事が完結しています。だから世界的な評価なんてのは商業の話なのです。東京で話されていることはこちらでは聞いたこともありません。20年以上働いていても東京で現代の巨匠と言われているような作者の楽器を一つも見たことがありません。大半を日本に出荷しているんじゃないかと思うほどです。次いでアメリカや最近では中国でしょうか?


趣味の世界には上手い人と下手な人がいます。
演奏が上手い人と下手な人がいるだけではなく、「楽器の趣味」にもセンスの良い人と悪い人がいることでしょう。
基本的には素人ウケというのがあるでしょうね。派手で分かりやすいものが素人ウケすることでしょうね。

お金持ちが意味も分からずに高いものを買っていると分かっている人には「成金趣味」に見えます。お客さんはちやほやされますが高級店特有のビジネスです。また下品な趣味や世間に迷惑をかけるものもあります。暴走族が自動車を派手な見た目に改造して暴走行為をして迷惑をかけます。美意識自体は好みの問題ですが違法行為をすることは趣味として上手いか下手かと言えば下手でしょう。下手な人が目立つとその趣味自体が悪いイメージになります。

お金があって、弦楽器が好きで自分はうまく弾けないからと音楽家に貸す人もいます。ある婦人はチェロをうちで作らせて、ロシア出身のお金のないチェロ奏者に貸していました。それ自体は良いことです。その後婦人が亡くなり、財産を清算することになりました。チェロは金銭的な価値として計算され没収されました。そのチェロ奏者は自分ではチェロは買えずに弾くチェロが無くなってしまいました。

この教訓では音楽家に高価な楽器を貸すなら最後まで考えないと無責任です。一時羽振りが良くても事業が立ち行かなくなって楽器を演奏家から取り戻して売却しなくてはいけなくなるかもしれません。演奏家は自分では絶対に買うことができないものなら、同じレベルのものは二度と使うことはできません。楽器を借りている場合にはいつか来るその日のために少しずつでもお金を貯めて置かないといけないでしょう。その時にメーカーがマイナーであれば割安です。良い楽器を知っていてそれに近いものを安い値段で探すことは音楽家にとって死活問題です。そんな方法を当ブログでは言っています。

もちろん趣味は楽しむことが何より大事なので自分流の楽しみ方を見つけることも上級者です。その意味では私も何百時間もかけて楽器を作る時間を楽しんでいます。しかし趣味で楽器を作るのは無理があると思います。いろいろなものを作ってみたいということはあるでしょうが、その道のプロにならないとできないものも少なくないでしょう。それの一つです。作り方を理解していて訓練を受けても何百時間もかかるものですから、全く趣味では手に負えないものです。学ぶのに何年もかかるし、工具代だけでも100万円くらいかかるでしょう。作ってみたいという人で多いのは多趣味の人です。楽器も弾く、旅行にもいく、菜園、料理、電子工作や自動車の修理、住宅の改修など様々なことをやりたがる人がいます。教えるほうとしては時間の無駄です。

ともかくどこかの誰か偉い人が称賛したとか、古い業界の主流派の考え方の中で最高を求めるなどは創造性はありません。「世間の基準」で物を言ってるうちは多額の金額をつぎ込もうと私はたかが知れてるなと思います。


ヴァイオリン弦も新製品が出ると「ウケ」を狙って作られている印象を受けます。弦楽器の伝統で素人ウケというのはヨーロッパから見ればアメリカやアジアです。新製品が出るとどっか遠い世界の向こう側の話のように思います。
ヴァイオリンのナイロン弦はそもそもが悪いものではないため、技術革新のようなものは無いでしょう。このため素人ウケする派手なものをいかに作るかということになってしまいます。それは技術が進歩したのではなく、ある種の音を犠牲にしてウケる音を強調するわけです。そうなると音が台無しになったと感じる人もいるでしょう。玄人向けのものが作られないかというとそうでも無くてただ売れずに誰にも知られないままで発掘が必要かもしれません。

ラーセンの金巻の弦を紹介しましたが、以前からピラストロがエヴァピラッチゴールドという製品を作っていて、G線が金巻のバージョンがあります。安い方でも銀ですからチープな素材ではありません。トマスティクもロンド・ゴールドというのを出したようです。香港などでは縁起が良いと買う人もいるかもしれません。
金が音が良いというマニアの世界を作れるのでしょうか?

オーディオの場合普通は導体には銅が使われます。それに対して銀の方が伝導率が良いなんて高価な電線が作られました。銀で電線を作ると高いので銅に銀メッキをしたものがあります。電気は金属線の表面を多く流れるからだそうです。これは弦楽器の弓に巻いてある金属線でも本物の銀ではなく、銅に銀メッキをしたものがあります。これは汚れを取ろうと擦ると剥げてしまうので悲惨なことになります。現在では銅線と銀線はそれぞれ音に癖があって好き嫌いや適材適所の問題だと考えるのが上級者でしょう。

端子には金メッキが使われています。これは錆びにくいからですが、高級品というイメージもあります。銅の方が伝導率が良いので錆び取りをこまめにするべきという人もいるでしょう。金メッキ以外にも銀メッキもありますし、最近ではロジウムメッキがハイエンドマニアの間では人気になっています。中国製の安物はメッキもすぐに剥げそうですが、プラグの見た目だけハイエンド風になっていて素材はチープだったりします。メッキを施す金属部品は高純度銅ではなく、真鍮(銅合金)に金メッキを施したものだったりします。多くの人は金にばかり注目し土台の金属が銅よりチープなものが使われると知らないからですが、詳しくなるとそれもまた賛否両論です。
そうやってプラグだけでも何万円にもなってコードが何十万円にもなってしまいます。それに対してオーディオ機器を開けると中にはチープな電線が使われています。アンプ自作マニアはそこにケチをつけますが、妙な神話を語っている彼らの作っているものも怪しいものです。ともかくケーブルにこだわりすぎることを「電線病」と呼んで揶揄されています。

弦楽器の先を行っているという意味では負の部分も含めてオーディオマニアの世界も参考になることでしょう。エレキギターなどでもこのような考え方を取り入れている自作マニアもいます。
ただし消耗品であることを考えると弦にお金をかけすぎるのは異常でしょう。


楽器の場合には意図的に音を作るのが難しいものです。
世界的に新作楽器の音を評価する仕組みなどはありません。

東京ローカルに限れば評判が広まっているかもしれません。
実際に評判の楽器を試すと素人ウケの評判だと思う人もいることでしょう。そのレベルの話です。多数決で評価するとどうしても素人ウケするようなものが勝っちゃうのです。


ただ必ずしも趣味の達人になる必要はないと思います。

さまざまの理系のマニアの分野ではマニアの間で基準ができていって一般の人とはかけ離れていきます。今度は「マニアウケ」になっていきます。一般の人から奇妙に思われるだけではなく、何か重要なことが欠落しています。マニアのカテゴリーも分かれてよりマニアックなカテゴリが出てきます、本来なら上級マニアのカテゴリーの方が極めているはずですが頭がおかしいのかそうとも言えないのが趣味の世界です。弦楽器の世界はマニアの細分化というのはまだまだできていません。ストラディバリが最高でそれにいかに近いかということが基準になっています。その基準とは作者がイタリア人であるとそれ以外の国のすべての楽器よりもストラディバリに近いというそんな幼稚なレベルです。それに何千万円も払っています。

その中でもマニアが興味を持ちがちなのはマニアの素人ウケです。マニアの中でも本当にわかっている人はわずかです。センスのいい一般の人の方が大半のマニアよりも上だと思います。


あるお金持ちのマニア的な雰囲気の人がヴァイオリンを選んで買いました。
いつものようにずらっと楽器を並べるとイタリアのモダンの作者のラベルが貼られているものを選びました。本物じゃないと言ってもその人の「眼力」で本物だと思っているようでイタリアの業者に見せたら本物かもしれないと言われたそうです。骨董品にはまった人は都合のいい情報を集めるものです。かもしれないなんて情報は無意味です。
それは無いと思いますが、本物だとしてもその作者はとんでもなく下手くそな職人で銘品でも何でもありません。

その後ヴァイオリンの歴史上有名なオールド楽器ヤコブ・シュタイナーを見せるとすごく興味を持ちました。シュタイナーは今の国境ではオーストリアの作者です、今度は一転して以前試したウィーンのモダン楽器を欲しいと言ってきました。もう売切れてありません。残っていれば200万円のヴァイオリンの衝動買いです。この人に普通に楽器を選べる日が来るのでしょうか?