チェロ改造の歴史 | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

こんにちはガリッポです。

楽器の保険について質問がありました。
勤め先では保険会社や代理店と信頼関係ができています。
保険の料金は楽器によって違いヴァイオリン・ビオラ、チェロ、コントラバスと分かれています。
その保険会社ではヴァイオリン・ビオラは7500ユーロまでは1.25%、1万5000ユーロまでは0.875%、2万5000ユーロまでは0.625%、2万5000以上は0.5%になっています。
楽器の評価額に対して上に示した金額が年間の保険料金となり更に税金がかかります。

楽器の価格の評価は勤め先で専門店として査定しています。
販売する場合に比べると真贋には寛容です。何かあったときに補償が足りないというのがいけないのでどちらかと言うと高めに見積もっています。このため保険用の査定の書類を真贋の鑑定書としては使えません。
値段が上がっていくので何年かごとに見直さないと低すぎる評価になってしまいます。
高価な楽器の場合には作者名が分からないと値段のつけようがないので重要です。




次は改造チェロの話
先日中級品のチェロを完成させた話をしました。
先日ちょうど、高校生くらいで量産品よりも良いチェロが欲しいということで来ていました。
マルクノイキルヒェンの量産チェロ、うちで15年以上前に白木のチェロにニスを塗ったもの、今回完成させたものの3つを試しました。一番気に入ったのは15年以上前のものです。これは改造というほどのことはしていなくて工場で作られた白木のチェロにニスを塗っただけのものでした。
パッと弾いた瞬間に音が強く出るのでそれだけでお気に入りの様でした。


改造チェロの歴史ですが、初めはただ工場製のニスを塗る前のチェロを買ってきてアルコールニスを塗っただけのものでした。チェロにアルコールニスを綺麗に塗るのは至難の業なのでアンティーク塗装にしていました。今見るとひどいものです。
それ以外は量産品と変わらないはずです。
それを徐々にバスバーを交換したり、エッジや表面を仕上げ直したり、オイルニスを実用化したりといろいろ工夫してきました。

15年以上前のそのチェロは、若い才能のある学生が2名、本格的なチェロを買うまでのつなぎとして使用したものでよく弾きこまれています。それだけでなくもともと量産品の音の強さや鋭さがあります。音も低音は控えめで明るいものです。高い方の音域では響きも多くなります。パッと曲を弾いた瞬間に「音量がある」と感じるのでしょう。
私は「量産品のような音」が良くないとは言っていません。「ハンドメイドのチェロのような音」が欲しいとなったときに値段が高かったり、そもそも作ってなかったりするので妥協案として改造チェロを作っているのです。

音は好みの問題です。
量産品のような音が良いなら、量産品でも古いものや弾きこまれたものが新品よりは有利になります。

15年かけて研究したことも画期的に優れたものにはなりません。あくまで好みの問題でしかありません。15年前に作ったものの方が良いということもあり得ます。だから工夫も何もしなくても良いと言えば良いのです。
もちろん、今回仕上げたものを15年間弾きこんだらどうなるかはわかりませんが。


弦楽器というのは徐々に開発されて音が良くなっていくものではなく、初めて作ったものでもいきなりちゃんとしたものができて、研究を重ねて職人が理想の音にたどり着いても、お客さんは研究する前のものの方が好みということもあり得ます。

一般的な工業製品と違うのは新しい製品ほど改良されているということがないのです。だから古い楽器が高価で取引されているのです。

量産品とは知らずに量産品を絶賛する上級者もいますし、絶対に量産品が音が悪いということはありません。音は主観で弾く人が感じるものだからです。私がどう思うかは関係ありません。

チェロは大きいので機械化しやすいということもあります。精密な加工のほうが難しいからです。また音でも低音楽器なので耳障りな鋭さはそれほど気にならないこともあるでしょう。むしろ鋭い音が「力強い」と高く評価されることもあります。

ニスについては大きなスプレーで分厚く硬い人工樹脂のものを塗ってあるのはさすがに音には良くないかもしれません。ニスだけ塗り替えた方が良いのかもしれません。


チェロの値段が高いことは始める前に知らないといけないことです。
先日も知り合いなどから譲り受けたのか古いチェロを持ってきて、チェロを習いたいという人が来ていました。見ると弦の一本が切れていたので弦が欲しいという事でした。
しかし楽器の状態は悪く、弦を一本買うだけでまともにレッスンが受けられるとは思えません。一通り直せば5~10万円くらいはかかるでしょう。昔は軽量ハードケースは無かったのでバッグのようなソフトケースを使っていました。そのチェロも昔のソフトケースに入れられていました。しかし持ち運ぶと思わぬ事故があってネックが折れたり駒に衝撃がかかって表板が割れてしまうことがあります。このためチェロ奏者の人たちはみなハードケースを持っています。いずれそれも必要になりますが10万円くらいはすぐに行ってしまいます。弦を換えるだけでもセットで3万円以上します。弓もヴァイオリンよりも高くて選択肢も少ないです。チェロのほうが壊れやすいのに修理代はヴァイオリンよりもずっと高いです。作業にかかる時間が全く違うからです。それでも儲からないのでチェロの修理はしない職人もいます。

お金がないならチェロを始めることはできないということです。
だからチェロでは理想論よりもコストパフォーマンスが重要になるのです。