前回は品質が高い楽器を作る見事な腕前の職人だとしても、音は好みの問題でしかないという話でした。
早速ですが目利きに挑戦です。このヴァイオリンの値段はいくらくらいだと思いますか?
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古びた感じで雰囲気も良いですね。木材の質も高さそうです。
これはマルクノイキルヒェンなど東ドイツのザクセン州の大量生産品です。時代は戦前より前のものでしょう。これくらいの品質なら40~50万円くらいでしょう。
この楽器はニスの雰囲気がとても良いのでそれよりも良い楽器に見えます。当然分業で多くの人が製造にかかわっていますので、塗装を担当した人が良い仕事をしたということです。もちろんそれから使われて100年近く経っていることもあります。現在では個人の制作者もアンティーク塗装で作る人が半分くらいはいるでしょう。その中でもうまい方です。
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よく見ると裏板の真ん中についているひっかき傷は人為的につけられたものだとわかります。
エッジ付近も汚れがたまったように黒ずんだ感じにしてあります。オールド楽器でニスがはがれてミドルバウツのエッジ付近にのみ残っている感じです。
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表板は指板と駒の間、f字孔の周辺が黒くなっています。これはヴィヨームがやった手法で松脂に汚れがこびりついた様子を再現したものです。この楽器ではさらに本当に汚れがついているのかもしれません。
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横板の中央にもひっかき傷があります。この場所は実際の古い楽器ではあまり傷が無い所です。イミテーションを見分けるポイントです。ザクセンではイミテーションの手法がパターン化しているのでこのようになっている楽器が多いのです。本当の古い楽器を観察してやり方を学んだのではなく、手法を教わっているのでみな同じようなやり方になっています。現在でも、SNSやユーチューバー、コンサルタントなど、他の人のまねをしていますよね。それと同じです。流行りの手法があります。人間のすることは変わりません。
それに対して私のブログなどは独特でしょう。アンティーク塗装の手法も独自に編み出したものです。
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ネックも同様にペグボックスに人為的な傷があります。いかにもわざとらしいですね。ここもペグで守られているので傷はつきにくい所です。
この楽器にはドイツのマイスターのラベルが貼ってあります。しかし私はザクセンの量産品であることが分かるので偽造だと考えました。しかしコーティングなど度重なるニスの補修を経たため、いかにもラッカーのような質感ではありません。
勤め先でも私以外はザクセンの量産品とは気づきませんでした。私は自分がアンティーク塗装をするので見分けがつくのですが、普通のヴァイオリン職人では見分けがつきません。専門家もひっかかるような雰囲気の良い楽器です。職人でも見分けがつかないものですから、営業マンに見分けがつくでしょうか?
説明しているように手法自体は他のザクセンの量産品と変わりません。しかし絶妙な色加減によって自然に見え、いかにもザクセンの量産品という感じがしません。
わざとなのか偶然なのかもわかりません。
ニスの雰囲気は偶然による部分もかなり大きいと思います。特に下地を着色した場合、それと上に塗るニスとの組み合わせなどは予想ができない効果が表れます。色の違いは微妙で、時間の経過によっても変色や色あせが生じます。したがって作者が意図したとは限りません。さらに多くの場合は流派のやり方を学んだだけです。本人もよくわからずにやっているものです。
この楽器も単なる量産品でありながら、絶妙な色の組み合わせによっていい雰囲気になっており職人をも騙せるほどのものです。材料や手法自体は他のザクセンのものと変わりません。
量産品を見分けるポイントとしてはっきりするのはこれです。
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ザクセンの大量生産品特有のパフリングが入っています。パフリングは黒、白、黒の三色の木材を埋め込んであります。特徴は真ん中の白い所がとても細いのです。黒い部分は茶色い木を染めてあり、色が褪せて灰色っぽくなっています。その上にニスが塗られているので少し黒く見えますが、ニスが剥げている所では黒が薄くなっているのが分かります。
ストラディバリでは真ん中の白い部分が太く、黒い部分はとても細いです。ちょうど逆です。これははっきりした特徴です。
パフリングを大量生産する業者がありヴァイオリン製造メーカーはそれを買って使っていたということです。
ザクセンにも他のタイプがありますが、このタイプが使われていたらまずザクセンの量産品と考えて良いでしょう。さらにほかの特徴も見て行けば確実です。
マルクノイキルヒェンのマイスターもこれを使っている可能性もあります。しかし割合としてはわずかです。楽器全体の品質で量産品かマイスターのものか見分ける必要がありますが、いずれにしてもザクセンのものだとわかります。
このようなパフリングが入った楽器に貼られているのはほとんど偽造ラベルなので、高価な名器だと思ってはいけません。製造の段階から貼り付けられていました。
ストラディバリやチェルーティなどイタリアのオールドの作者のものならよくあるものです。今回はザクセンのモダンの作者の偽造ラベルが貼られていました。しかし時代から考えても明らかに新しい楽器です。塗装の雰囲気が良いので私以外なら職人でも「もしかしたら本物では?」と思ってしまうかもしれません。欲が強いと冷静な判断はできなくなるでしょう。
ヘッド部はこのような感じです。
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前回のエルンスト・オットーのものを見てみます。
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形のバランスが、より注意深く作られているのが分かると思います。きれいですね。
前からの角度です、量産品から
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次はオットーのものです。
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後ろも同様です。
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オットーのものの方がきちんと作られています。
分かりやすい特徴は
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一番下の内側の溝がきちんとほられていません。これはザクセンの量産品の特徴です。ただしスカランペッラやガッダもこんな感じですから、ザクセンの特徴というよりも細部まで注意が行かず雑に作られているということです。ストラディバリもきちんと彫ってありますから、それを知らないということでもあります。
スクロールについて「味がある」とか言い出すとザクセンの楽器でも味があると言えます。ただ高い楽器は味があると言い、安い楽器は安物だと言います。品質という点では同じです。
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輪郭の形についてみてみましょう。形が綺麗に調和しておらず緑で示したところは直線に近くカーブが足りません。オレンジのところだけが曲がっているように見えます。均等に丸みを帯びていません。これを頭に入れてオットーのものを見てみましょう。
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カーブがもう少し均等になっています。
今度はミルクールのヴァイオリンを見てみましょう。
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カーブが滑らかになっています。
もう一度ザクセンの量産品です。いびつなのが分かると思います。
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このようなわずかな違いは音に影響を与えることは無いでしょう。しかし人間の目には違って見えます。特に自分で楽器を作っている職人には大きな違いになります。職人でも修理や売買を主にしていて楽器製作から離れていれば見えなくなってしまいます。
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同様の完成度の低さは裏板にも見られます。ニスや木材の質感で騙されてはいけません。
なぜこのような違いが出るかと言えば、作っている人が単に型を与えられて低い精度で加工したからです。本人は目で見たときの美しさに興味を持っていません。
現代の機械が作る楽器でも同様です。与えられたデータの通りに機械が加工するだけで、目で見て美しく見えるように加工していません。また量産工場の経営者も興味がないため設計自体にもこだわりがありません。型自体がそもそも美しくないのかもしれません。
ミルクールの楽器などは逆に楽器自体の出来は悪くても、そういう所はきれいに作ってあったりします。
このような理由からこの楽器はザクセンの量産品の中でも中級品だと思います。値段は40~50万円位だと思います。現在でも量産品の中級品ならそれくらいです。
ミルクールの場合はどうしようもない低級品でもそれくらいしますからザクセンのほうが相場が安いのです。
これは私が現役の職人でこういう質にうるさいので厳しい評価になります。職人でも無頓着な人も多いです。この量産品と変わらない質の楽器を作っている人も多いでしょう。そうなるとハンドメイドだというだけで品質も量産品と変わらないことになります。とくにアンティーク塗装ではこれよりもわざとらしいものが多いです。塗装だけを担当した「プロ」に比べてノウハウも不足しているのです。
とはいえマイスターのものと比べた差であって、イタリアのオールド楽器ではこれ以下の品質なんてざらです。
気になる音は?
このような製造上の違いがあるので量産品であることが分かり、大量にあるために値段も中程度です。これが音となると必ずしも値段とは一致しません。
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アーチは極端にフラットというよりは少し高さがあります。とくに中央が高くなっています。板の厚みは表板は20世紀としては普通で裏板はやや厚めです。19世紀のフランスのものに比べるとどちらも厚いです。裏板は作業を早く終わらせるため完全に薄くなるまで削らなかったのでしょう。
弦にはピラストロのエヴァ・ピラッチゴールドのセットです。これは以前の持ち主が張ったものでほぼ未使用だったのでそのまま使います。他には指板、ペグ、駒、魂柱、テールピースを交換し販売できる状態にしました。表板のコーナーも一か所直しました。
実際に音を出してみると枯れた乾いた音がします。やはり戦前の楽器という音がします。低音もカラッと乾いてこもりは無くギーっと角のあるはっきりした音で力強いと感じる人もいるでしょう。高音は決して耳障りではありません。
店頭で弾いたくらいならバランスも良く好印象です。
荒々しい音ではなく澄んだ感じもします。板が厚めでも渋く落ち着いた音です。私の板の厚みの理論とも違う印象です。深く考えればいろいろ考えられますが、言い訳がましいです。「音は弾かないとわからない」と言う方が正しいでしょう。
現代のハンドメイドの新作楽器と比べると良質な戦前の量産品のほうが格上と感じる人は多いかもしれません。
腕の良い職人が教科書通りきちんと作っても、出来立てホヤホヤの新作楽器では、ザクセンの中級品は単純に弾き比べたらかなわないものです。演奏者の多数決ならかなり厳しいです。
名工だの巨匠だの言っても、音だけで比べたらザクセンの量産品さえ厳しいです。
このためこちらでは新作楽器の人気が無く、みな古い楽器を求めています。
また偽造ラベルが貼られて流通しても音が悪いからという理由では気づかれないわけです。
職人にとっては都合の悪い事実です。値段が安くて音が良いとなれば、自分の楽器は売れません。私も良い音ではないと思いたいです。私には表面的な鳴り方で楽器全体が底から響いている感じがしません。明るい響きが少ないので板の厚みに関わらず暗い音になっていると思います。…職人の言い訳なのでしょうか?
演奏者はパッと弾いた印象で決めてしまってそこまで汲み取って考えてはくれないでしょう。私個人の意見でしかありません。
新しい量産品に比べると、ガサガサしたような感じがします。朽ちた木材の感じです。新しい量産品のほうがはっきりした単調な音に感じます。
追記
一旦訂正をしましたが、記事の通りで合っています。