戦前の平凡なチェロを改造 その2 古い量産品の音のメリット | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

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クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。


100~200万円の価格帯のチェロで最も音響面で有利なのは古い上等な量産品を改造するものだと思います。同様のことはヴァイオリンやビオラでも言えます。音響上のメリットを考えてみます。

こんにちは、ガリッポです。

最近続けでコントラバスのテールガットにこだわっている人がいました。テールガットというのは弦を留めているテールピースと楽器本体をつなぐもので、昔はガットでできていたので俗にそう呼ばれます。
コントラバスの場合に多く使われるのは真ちゅうの針金のようなものです。かなり太いものですが金属疲労が蓄積すると切れてしまうことがあります。ねじが付いた製品として売られているものはスチール(鋼鉄)のワイヤー製のものが一般的です。

それに対してヴァイオリン、ビオラ、チェロではプラスチックのスクリューループというものが一般的です。ガットに比べると先端の処理が簡単で長さの調整などがしやすく便利だからです。近年ではカーボン系の素材のものがあります。防弾チョッキに使われるようなケブラーという繊維もあります。これは結んで止めるもので長さの調整が難しいものです。初めにちょうど良いくらいの長さだと思うと弦に引っ張られて長くなりすぎてしまいます。最近は私も慣れてきました。

コントラバスと同様のスチールもあります。一昔前の4つアジャスターのついた金属製やプラスチックのテールピースには針金のような細い金属のものもあります。
コントラバスの場合、大手のウィットナー社でもプラスチック製のものは無いそうです。弦の張力がとても強いので引っ張りに強い金属がつかわれているようです。

しかし金属製のものは音が気に入らないというのです。
コントラバスでもロカビリーとかロックンロールをやっている人もその一人です。弓で弾くのに比べると弾いて弾く場合は弦の振幅の幅が非常に大きくなります。彼は弦もいろいろ試したところピラストロのオリーブというガット弦を張ったものを弾かせてもらって一番気に入ったそうです。オリーブなどと言えばヴァイオリンでもかつては看板の高級ガット弦でしたから、コントラバス用のセットになるとベニヤ板のコントラバスが買えるくらいの値段がします。

そこでSlap Happy Weed Wackersというセットで5000円くらいものを使っています。いろいろな色があるようですが使っているものは真っ黒でゴムのようです。
http://www.slaphappyweedwackers.com/
表面はナイロンで芯材はケブラーやスチールなどがあるようです。ケブラーならガットに近い丸い感じの音になるのでしょう。弓で弾くには適していません。

テールガットは金属以外で売られているものはプラスチック製ではGEWAのものがあり、スチールの芯材のナイロンのものがあります。ロカビリーの人にはヨットや登山などに使うようなカーボン系のひもを2重にしてみました。

コントラバスに詳しい職人に聞くと確かに金属製のものにくらべて他の素材のものにすると音が柔らかくなるそうです。


ヴァイオリンなどではプラスチック製のものは音が柔らかいですが、あいまいでもあります。カーボンの方がよりダイレクトに感じられます。もし耳障りな音がするならプラスチックの方が良いと思います。そうでないならカーボンの方がより反応が鋭く感じられると思います。

もし音にパンチが足りないなら金属製のものはどうでしょうか?
問題点としてはスチール製のものはとても細いので力が集中してサドルに食い込んでいってしまいます。そのためあまりお勧めできません。
スチールのテールガットをメーカーはさほどこだわって作っているわけではありませんから「ワイヤー」とい感じのものです。チェロの弦のように音を吟味したスチールなら良いかもしれません。弦メーカーがそのような製品を作るとしたらラーセンはどうだとかエヴァピラッチがどうだとか、この場合はスピルコアだとかうるさいことになりそうです。

今のところはそのような動きはありません。じゃあチェロの弦をヴァイオリン用のテールガットにしたらどうでしょう?
スチールでもチェロ弦は伸びるので耐久性が十分なのか試験が必要です。かつてはガットが主流だったのでそれくらいの耐久性は十分あるはずです。
当然太さは弦によって違うので選べます。
先端の処理も課題です。柔らかいものの方が良いでしょう。今度試してみたいと思います。

見分けるのが難しい量産品とハンドメイド品

この世に存在するチェロの99%は大量生産品というくらいの割合です。そのためこれらは特別に「量産品」と言われずに単に「チェロ」と呼ばれます。したがってチェロといえばまず量産品のことです。
お店では特に断りもなく「チェロ」として売られています。ドイツのマイスターの名前が付いていても日本で売られているものは工場の経営者の名前というだけで機械を使って作っています。
イタリアの場合には機械化は進んでいないので手作りではあります。しかし安い価格では作業は雑になり量産品以下の出来のものもあります。そのため機械を使って作ることは理にかなっているのです。
私が量産品をバカにするべきでないと考えているのは量産品以下のハンドメイドの楽器がゆるせないからです。
商人にとって重要なことは量産品かハンドメイドかということでそれがよくできているかどうかには興味がありません。ハンドメイドなら高い値段をつけることができたり、お客さんに強くアピールすることができます。

しかし実際にはハンドメイドと言っても量産品とものが変わらなければ高いだけです。量産品より粗悪であればハンドメイドを買う意味はありません

弦楽器について重要なのはこのレベルで良し悪しが分かることです。有名な作者について知っていることは重要ではありません。それが量産品なのか、量産品以下のハンドメイドなのか、高級品として十分なハンドメイドなのかを見分けることは簡単なことではありません。これが分かれば偽物をつかまされるリスクは激減します。

量産品では不可能な品質レベルのチェロならその時点で既に良いチェロであることは間違いありません。さらに音が気に入れば文句ありません。作者の名前が無名なほどお買い得です。有名な名前が付くことで値段がずっと高くなります。もしニセモノだったとしてもそれが良いチェロであることには変わりはありません。

ほとんどの場合偽造ラベルが貼られているのは量産品でこれをラベルの作者の楽器として買ってしまうと大変なことになってしまいます。古い楽器の場合状態の悪いままで売られていることも多く修理代が楽器の値段を超えてしまうことが多くあります。こうなると買ったチェロの価値はゼロです。

量産品とハンドメイドを見分けるのは実際には簡単ではありません。私でも外から見てハンドメイドかもしれないと思っていたものが、表板を開けて初めて量産品だと分かることもあります。中途半端なハンドメイドの楽器では全く量産品と見分けがつきません。

優れていないハンドメイドに価値は無い


先ほど「量産品以下のハンドメイドの楽器がゆるせない」と書きましたが、この言葉は自分にはねかえってきます。実際にチェロを作ってみて量産品と並べてみると大きな違いはありません。販売するために量産品でも特に品質の良いものを選んでいるからです。工房を訪れた一般の人がパッと見て分かる差ではありません。その代わり値段は3倍も違うわけですからこんなに高い値段をつけていいのかと良心の呵責を覚えます。

見た目に関しては努力すれば結果に表れます。腕を磨くことによって完成度は高められます。それに対して音になると10人中10人がハンドメイドのほうが音が良いと言うかば微妙です。ましてや粗悪なハンドメイド品となると機械のほうが良い仕事をしています。

さらに古い量産品と新作のハンドメイドtとなると話はややこしくなります。

量産品特有の音とというのはある程度あります。それが好きという人は量産品を買えば良いと思います。好みは自由です。実際には量産品に似た音のイタリアの新作を500万円とかモダン楽器を1000万円くらいで買う人もいます。それも自由です。しかし分かってやってほしいです。
1000万円するから量産品よりも優れいてるとは限りません。

量産品特有の音とよくできているハンドメイドの楽器の音が違うとしても量産品の欠点を直してあげることでハンドメイドの楽器と変わらない音にすることができるはずです。私がやっていることです。これはコストパフォーマンスに優れたものになります。

木材が古くなることで音響的に有利になっているので量産品の欠点を直してあげれば新作の良く作られたハンドメイドよりも音響的に優れているということは十分あり得ます。その上で値段はずっと安いのでこれらはとても求められていてすぐに売れてしまいます。


我々職人は中途半端なものを作って自画自賛しているようではいけないということです。そんなのを高級品だと言ってチヤホヤしているとその国で使われている楽器のレベルが低くなってしまいます。

したがってハンドメイドで楽器を作るからには量産品では到底できないようなものにするべきだと思います。機械よりもヘタクソなのを「味」と言っていれば職人の人生は満足なのでしょうか?

修理が終わりました


同時期に二つのチェロの修理が行われていました。
両方ともマルクノイキルヒェンの流派の量産品で品質も良く似たものです。片方はお客さんの持ち物で、ひどく傷んでいたので故障個所を直したものです。もう一つは買い取ったものを販売するために修理したものです。当然お客さんの楽器は修理代金と相談して修理内容を決めますので改造することはできませんでした。それに対して販売のためのものは状態が良かったこともあり、損傷の修理は少なくその代り改造に手間をかけることができました。

この二つを比べてみます。

まずはお客さんのチェロです。これをAのチェロと呼びましょう。


詳しくは次回見ていきますが、アンティーク塗装がマルクノイキルヒェン特有のものですぐにわかります。ラベルは当然のようにヴィヨームの偽造ラベルが貼られていますが、もちろんヴィヨームのものである可能性は考えられませんし、ミルクールの工場製とも考えません。作風ですぐにわかるからです。

しかし加工の水準も材料の質も悪くないので量産品としては修理する価値があるものだとお客さんには薦めました。

Bのチェロはこの前も紹介したものです。


こちらも同じようなものですがニスの色は違いますし、アンティーク塗装も限定的です。同じ流派でもこれくらい色が違うのは普通ですから、色で流派を見分けることはできません。黄金色はイタリアの楽器と思っているのなら見当違いです。
こちらは板の厚さを薄くする改造をしました。

さらに新品の量産品をCのチェロとしましょう。

音の違い

このようなドイツのザクセン州のチェロはいくつも知っています。修理でも徹底的に直すこともあれば、最小限弾ければいいというレベルで行うこともあります。

一般的に多いのはやはり量産品らしい音で、さらに耳障りないやな音のすることも多いです。
量産品は雑音が多くて表面的な濁ったような音がします。小さくまとまっていて初心者にも音を出しやすいものです。

試した順に記述していきます。
まず板の厚さまで改造したBのチェロからです。弦にはピラストロ社のエヴァピラッチ・ゴールドを張りました。
弾いてみるととても柔らかい音で高音でも耳障りな音はしません。ザクセンのチェロというと酷い耳障りな音がするというイメージが強いので全く裏切られた感じです。しかし私が手掛けた工場製の白木のチェロを改造したものに比べるとピリッとスパイスが効いているように感じます。柔らかいだけではなく発音の鋭さがあります。低音は弾いている人には少し手ごたえが無いようです。音全体としては落ち着いた深みのある音ですがC線ははっきりした音ではないそうです。聞いている分にはさほどC線だけが違うという印象はありません。

それに対してAのチェロです。表板の厚みは初めから程よい厚さでBのチェロと変わりませんが裏板がずっと厚く持ってみると重さの違いがはっきりわかります。弦にはピラストロ社パーマネント・ソロイストを張っています。
音の感じは量産楽器の鳴り方です。新品に比べれば深みもあり落ち着いた音でこれもひどく耳障りな音はしません。比べなければとてもバランスが良く感じました。Bのチェロよりも音は強くはっきりと聞こえます。手応えもあると思います。パッと引いた感じではこちらの方が良いと思う人もいるかもしれません。私が板を薄くする改造をしたのがバカみたいだと思いました。

さらに新品の量産チェロのCを比べてみました。こちらは50万円程度の安価なルーマニア製のものです。これはいかにも量産品というギャーという音でスケールも小さいものでした。音の出方の感じはAのチェロとも似ています。これが古くなると同じようになるのではないかと思います。同じようなレベルでも古い方が有利であるということは言えます。したがって古い量産チェロはそのままでも十分新品の量産チェロに対して優位性はあると思います。100~150万円くらいなら十分魅力的だと思います。実際にそのようなものはよく売れます。ただし、品質は様々であまりにも粗悪なものは避けるべきです。

弦をスイッチ

新品の量産品はひどく耳障りな音がして、Bのチェロは柔らかくパンチがきいていない感じだったので弦は逆が良いんじゃないかとなりました。エヴァピラッチ・ゴールドはピラストロでは2番目に新しいスチール弦でとても柔らかく明るく豊かなボリュームのある音が特徴です。Cのチェロに張ると嫌な音が軽減されてだいぶいい感じになりました。これはとても高価な弦で安いチェロほど高価な弦が必要になるのは困ったものです。チェロ全体の値段からすれば価格アップはそれほどではないので初めから張ってあれば数年はそれで何とかなるでしょう。ケチなお店なら絶対に張らないでしょう。

それに対して最新のものはPerpetualというものです。日本語での名称はパーペチュアルとしているようです。

このようなシンプルなパッケージになっています。最新だけあって最も高価なスチール弦です。ノーマルとソロイストバージョンがあり、かつてのミディアムとストロングのような違いだと思います。ソロイストのほうが張力が強いです。
ミディアム/ストロングという言い方だと心理的にミディアムの方を選びたくなります。ソロイストになるとそちらの方が優れているように思ってしまいます。実際にソロプレイヤーしか使ってはいけないということはありません。値段は同じなので改良バージョンではないようです。

この弦は高いのであまり大々的におすすめはしたくはありません。売り上げを伸ばしそうとする業者のようになってしまうからです。またピラストロに好き勝手させてはいけません。
しかし実際高いだけの価値があるのか試してみましょう。

張ってすぐ試してみるとエヴァピラッチ・ゴールドとに比べてグッと締まったような音です。表板をぎゅっと押しつ付けているように感じます。以前他社の新作のハンドメイドのチェロに付けたときはあまり良い印象はありませんでした。音が内にこもって外に出てくる感じがしないと工房にいた多数が感じていました。私は「角」がはっきりして面白なと思っていました。

今回のチェロでは弓と弦が触れて起きる振動がしっかり楽器に伝わっているように感じました。エヴァピラッチ・ゴールドのほうは空回りしているようでした。この楽器でははるかにパーペチュアルのほうが合っています。

柔らかくふわっとボリュームのある音のエヴァピラッチゴールドと締まって筋肉質な力強いパーぺチュアルという感じです。それでも最新の弦なので金属的な嫌な音はしません。古い世代のスチール弦なら力強さはあってもメタリックな音もありました。そのあたりが最新の高価な弦ということなのでしょう。そのため音は派手ではありません。そのことが以前のハンドメイドのチェロでは印象が薄かったのでしょう。

さらに数日後に弾いてみるとグッと深みのある音になっていました。張ってすぐは明るい感じでしたがずいぶんと暗い音になっていました。私は好きなタイプのスチール弦です。ただ値段が高いのに楽器によって相性があるというのは厄介です。

これでAのチェロと比べてみると厚さを変える修理をした効果が十分実感できました。はるかにスケールが大きくてのびのびと歌うような感じがあります。演奏者のレベルが高ければこちらの方が良いという人は多いと思います。
弾いている人もC線の手応えの無さも気にならなくなったそうです。


今回試したチェロはいずれも落ち着いた音でした。
よくある新作のチェロではもっと明るい音のものが多くあります。
安価な量産品では音が響いていないせいで明るさが無いように思います。しかし板が厚い楽器も明るい音になります。私はあまり好きではありませんが好みの問題です。古いものは板が厚めでもいくらかは落ち着いた音になるようです。今回のものは裏板だけ厚いものでした。全部が厚いとまた違ってくるでしょう。



難しさ

高い楽器が良いとか、古いものが良いとか、ハンドメイドが良いとか・・・そのように単純に分類できないのが弦楽器というものです。今回は古いものでも耳障りな音はしませんでした。私が修理したことも影響していると思います。日本でミルクールのチェロを改造した時も同じような結果になりました。これに関しては詳しく紹介しました。したがってまったくの偶然ということでは無く技術的に根拠があります。またミルクールのものでもマルクノイキルヒェンのものでも音に関しては同じだということが言えます。そこにはフランス人やドイツ人の美意識の違いというのは反映されていません



安い楽器の音が好きなら安い楽器を買えば良いです。問題は名器といわれているようなものは高価だということです。そのような音のものを買おうとすれば当然高くなるわけですが、200万円くらいが普通の人が楽器に出せる限界とすればこのような戦前の量産品を改造するととても貴重なチェロになることが分かります。

一般的には古い量産品でひどく荒々しく耳障りな音がすることはよくあります。スムーズに音が出ないこともよくあります。修理が必要なのかもしれませんし、それでもだめかもしれません。従って修理が終わってみないとどんな音になるのかわからないものです。買う方も自分で試して選ばなくてはいけません。
修理には時間がかかり、職人を雇えば給料を払わなくてはいけません。楽器店は出来るだけ手間をかけずに楽器を高く売る方法を工夫してきました。このようなものはいつでもどこの店でも売っているというわけではありません。したがって新品でもよくできているものは将来パフォーマンスが良くなっていくことを考えると買い物としては堅実なものだと思います。どちらかというとと丁寧に作られた楽器の繊細で純粋な音が新作のメリットだと思います。
職人はハンドメイドということにあぐらをかいていてはいけません。買う方も実力のない楽器をチヤホヤしてはいけません。

次回は修理の詳細や作りについて見ていきます。
古い量産品を譲り受けたりすることもあると思います。どんな修理が必要なのか、新品に比べて妥協すべき問題点もあるということも知ってもらいたいです。