ビオラ製作で見るクオリティと木工技能【第12回】スクロール | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

今回はスクロールについてです。
これは音とは関係がありませんが粗悪品と上等な楽器を見分けるポイントとなります。


こんにちはガリッポです。

先週はこんなことがありました。
勤め先でいくつもの弓を権威ある弓職人に鑑定に出していて戻ってきました。

ところが間違えてしまって5年前にすでに鑑定書を書いてもらった弓をもう一度同じ職人に鑑定してもらったのでした。

その結果、以前とは作者の名前が変わっていました。

とはいえ同じ工房で働いていた職人なので全く別になったわけではありませんが世代がちょっと違うので古い世代なら値段もいくらか高いのです。


同じ鑑定士でも異なる鑑定結果が出るというのがおもしろいですね。
これが違う鑑定士ならまた違うかもしれません。


つまり弦楽器や弓の鑑定に絶対はないということです。
資産としては最大のリスクと言えるでしょう。

作者本人が見てもたくさん作っていたなら自分が作ったものかわからないかもしれません。
「誰だ、こんなヘタクソなものを作ったのは?」と言ったら自分のだったりして・・・。
有り得る話です。

スクロールの概要

スクロールについてはこれまでも何度も説明してきますので新しいことはあまりないかもしれません。

パッと見た瞬間にきれいに見えれば上手い職人のものだということになります。
何ともあいまいですね。

機能面で言えばペグボックスのほうが重要で渦巻きに関してはどうでもいいということがいえます。ビオラの場合あまり巨大なものだと重量物が先端にあるので重く感じるかもしれません。

ペグボックスにはヴァイオリン型とチェロ型があることは何度も説明してきました。
簡単におさらいすると通常小型のビオラにはヴァイオリン型のペグボックスで大型のビオラにはチェロ型が似合うかもしれません。チェロ型のペグボックスは演奏上邪魔になる可能性があり見た目の立派さ以外に機能上のメリットはありません。今回は小型ということもあって考える必要もありません、ヴァイオリン型です。

ヴァイオリンと同じようなものですから難しいことは無いです。

ヴァイオリンと違う点は大きさはビオラなので一回り大きくなりますが、幅はあまり変わらないです。したがって細長い感じなります。なぜかと言うと指板の幅を太くしないからです。これは指板の時に説明しましたがビオラだからと言って指板もそのまま拡大するのではなくて幅はヴァイオリンとほぼ同じくらいにするべきだと説明しました。演奏者の手が大きくなるわけではないからです。

そうなるとペグボックスの幅も太く取れないことになります。

渦巻きも含めてヘッド部分はビオラのサイズが違っても同じものを使うことがあります。小型と中型で同じスクロールを使う人もいるということです。そのためビオラのスクロールの大きさは結構バラつきがあります。それだけでなくビオラというものは各部の寸法も定まっていません。

そもそもストラドモデルのような標準形すら怪しいです。
ストラディバリはあまりビオラを作らなかったのでヴァイオリンやチェロに比べると完成度が低いからです。量産メーカーの場合にはストラドモデルのヴァイオリンを拡大したようなものを使っていることも多いです。デルジェズのモデルの場合もあります。デルジェズはビオラをほとんど作っていないと思いますからヴァイオリンのガルネリモデルを拡大したものだということです。

その自由さがビオラの面白さでもあります。



スクロールは量産楽器の場合は機械で荒加工がされています。かつては渦巻きを専門に作る職人が手作りで作っていました。現代の量産品でスクロールがひどいものがたくさんあります。機械はプログラムの通り全く同じ形に作られるわけです。

手作業で作る場合は一つ一つの工程を順番に仕上げていきます。それに対して機械は一度に3次元の加工をするので基準となる部分ができていかないのです。そのために雰囲気が違うのです。


現代的な意味で良しとされるスクロールは丸みのカーブが均整がとれていて滑らかであることです。美的な美しさはバランスによってももたらされますが、それは好みの問題となります。職人誰が見てもよくできているというのはカーブの丸みが滑らかであることです。左右も対称であればよりきちっとしています。

それに対してオールドの時代には結構個性的なものが作られました。だからと言ってそれらが安い値段で取引されているということはありません。職人によってかなりスクロールに対する情熱には差がありました。それは今でもそうかもしれません。

しかし美しいスクロールはオールドの時代のものでもやはり美しいです。
美しく作りたい人は美しく作ったのです。決まりは無いということです。

近代のものは設計する段階からカーブの丸さを意識するあまりに形のバランスがおろそかになっていることもあると思います。それに対してストラディバリなんかはアドリブで目の感覚で作っていました。現代は写真が容易に手に入るようになったので自分でデザインなどはせずにストラディバリなどのものをそのまま写し取ることが多くあります。そういう意味では近代のものとも違うと言えます。


それから加工がきちっとしているという感じは角になっている部分の正確さに現れます。グズグズになっている感じがすれば雑だなという印象を受けます。


古い楽器では別の楽器のスクロールが取り付けてあったり、新しく作ったものを取り付けてあることがよくあります。修理不能な損傷を受けてしまったり、面倒だったからということもあるでしょう。量産楽器でペグボックスが割れてしまうような事故があった時にもはや修理するだけで量産楽器の値段を超えてしまいます。これで寿命です。
どうしても直すなら胴体が修理不能の量産楽器からネックを取ってくるか、機械で作られた新しいものを取り付けてニスを塗るかです。

ペグボックスが真っ二つに割れてしまったとき、ペグの穴を割れ目が通っていた場合もはや接着では無理です。ペグはくさび状になって穴を押し広げるからです。弦の力も強力です。


いろいろな理由で別のスクロールが古い楽器についていることはよくあります。
スクロールは作者の特徴を表す部分ですので違うものが付いていると分かりにくくなります。

それを逆手にとって古い楽器のスクロールを新品のものに取り付けアンティーク塗装を施すと古い楽器に見えます。スクロールのスタイルは時代によって大きく異なるうえにスクロールには汚れが付着したり、長年使用してきた形跡が残るからです。
でもめったにありません。


実技です




以前同じモデルのビオラを作った時の材料の残りを使います。幅が同じだからです。この時指板の接着される面を基準の平面とします。まずその平面を正確に加工することが全ての基準になるということです。ここでもカンナをかける技術が必要となります。さらにその両側の面を90℃にし厚みを決められた厚みにします。両側の二つの面は平行になっているはずです。平行な面と面の間隔がスクロールの一番幅の広い部分の幅になります。

このような部分が正確にできていないと右と左で合わなくなったりします。

形はアマティから取っていますので渦巻きはやや縦に長い感じがします。このあたりは個性として私はそのまま作ります。近代的な作風ならもっと真ん丸にするでしょう。



手動のノコギリできることができます。厚みが4cm位あるのでかなり大変な作業ですがさすがに慣れてきました。この段階で外側の線に従って形を出します。きっちり出さなければ次の作業に移ってはいけません。さっき言ったように機械は一度にいろいろな方向の加工をしてしまいますが、手作業の場合には一つ一つの工程をきちっと仕上げてから次に移ることが肝心です。


このように切り進んでいくともう型で描いた印は無くなっています。そのため前の段階で横方向の加工はしっかり終わらせておくべきなのです。

さらに進んでいくと渦巻きが2週目に入ります。2週目以降も点線のところまで加工してからでないと点線を切り落として分からなくなってしまいます。

2週目に入りました。

最後のほうまで来ました。

点線のところまで仕上げてからの彫り込んでいくわけですが、この時にノミをすべらせて一か所でも点線よりも内側に入ってしまうと丸みがゆがみます。パンクしたタイヤみたいになります。こうなると大失敗です。それをごまかすために他の部分を少しずつ削っていくわけです。一回り丸は小さくなります。

私は完全に点線まで行かずにわずかに残しておいて後で目で見ながらから微調整をします。理屈上は正確に加工すれば良いはずですが私はあくまで視覚でバランスを取るようにしています。

このくらいしか写真を撮っていなかったので完成したものです。

彫り進んでいくときには横幅を出していくわけですから設計した寸法に正確に持っていくのはもちろんのこと、幅のバランスやカーブの滑らか差にも気を使う必要があります。

全面もそうです。
初めに言ったようにヴァイオリンに比べると細くなります。ビオラだからと言ってそこまで弦が太くはありませんから窮屈になることもありません。ただし小型のビオラでは弦が余ってしまうほど長いメーカーもありました。最近はそんなこともないですね。

アマティのオリジナルもスクロールの根元に近づくにつれてペグボックスの幅が細くなります。
一番奥のA線のところは結構窮屈になります。ヴァイオリンを拡大したようなスクロールにしてA線のところもペグボックスを太くし、そのままの太さで一番手前のC線まで行っているものもあります・


渦巻きのカーブはアマティのキャラクターもはっきり出ます。ストラディバリとは違うのです。

やはりキチッと加工できているとクオリティが高いです。サンドペーパーを多用すればグズグズになってしまいます。ノミできっちり彫ってからスクレーパーでノミの刃のデコボコとを取るのです。



ペグボックスの側面からの流れも滑らかで急に彫ってある感じにはしません。

渦巻きの部分は深く彫る人が多いのですが品が良い程度に留めます。パラボラアンテナのようなうっすらしたカーブになっています。2週目以降はアマティの場合には幅あるので深めになります。


ペグボックスから渦巻きに向かう面の流れです。

角のラインも精密に加工します。前後の面にも溝を彫ります。センターのラインをきれいにするのが難しいのです。

見にくいです。ニスを塗ったほうが分かりやすくなると思いますが丸みがゆがまずに綺麗になっていると思います。近代的な完璧な丸とは違いアマティの独特の形ですが加工の丁寧さは伝わると思います。ペグボックスのS字のラインもデリケートです。シュタイナーになるともっと大きく蛇行します。近代はもっと真っ直ぐなものもあります。

右側のほうが私は難しいです。こっちの方がアマティのキャラクターが強く出ているように思います。

あとはニスを塗ってから

光が微妙で写真に撮るのが難しいです。ニスを塗るともう少し形がはっきりします。

スクロールをきれいに作るのは今でも難しいです。
仕事が雑か丁寧かはすぐにわかると思います。

音とは関係のない部分ですが、量産品と見分けるにはわかりやすいポイントです。
機械で作ってあるものは作業の順番を同時にやっているので微妙な歪みがあります。
かつての渦巻職人のものも品質には差があり、安価な量産品には雑なものが付いています。上等なものは悪くは無いですが、スタイルへのこだわりがありません。サンドペーパーのようなものを多用しているようにも見えます。しかし製造の速さは驚異的で私は全くかないません。

スクロールはほんのわずかに手元が狂って彫りすぎてしまうとそれをごまかすのに苦労します。厳密にいうと手遅れです。
それをしないためには慎重に作業を進めるわけですが、そうなると作業時間が膨大になります。

スクロールなんてのは手作りの味が大事だと大雑把に作る人もいるでしょう。
ストラディバリになると見た目の感覚を重視して設計に対して正確に加工するということでもありません。イタリア人の職人などは割とそういうことを言います。特に日本人の腕の良い人はきっちり作ろうとします。

もちろん個人個人による違いのほうが国よりも大きいです。
フランスの弓もドイツの弓と違っていい加減なところがあり、フランス人は同じことを言います。ドイツ人も失敗すれば同じことを言ってごまかします。思いつくことは同じです。


スクロールは時代や流派による特徴も大きいですし、未熟な人や雑な人など差がはっきり出ます。

私はオールド楽器のコピーを作るときに最終的には目で見ながらオリジナルの写真に似せるようにしていきます。近代や現代風のものをきれいに加工するというのとは違っています。近代、現代風のスペシャリストではありません。今回はコピーではないのでアマティのキャラクターを残しながらもちょっとだけきれいに整えて十分なクオリティ感を出そうというのが狙いでした。

完璧さを追求するなら設計からやり直す必要があります。
もちろんアマティもオールド楽器の中では美しい方で、後の時代になるほど形の完成度も上がってきます。ニコロ・アマティの時代にはとても調和も取れています。時代が初期に近いほど独特なキャラクターが強いとも言えます。それはアマティらしさでもあるのです。このビオラの元になったのもニコロより一つ上の世代のジローラモ・アマティのものですからかなり癖はあります。

後の時代になってもっと完璧さを求めたものに比べると必ずしも欠点のないものではありませんが何となく不思議な美しさを感じるのがアマティです。ストラディバリのほうが堂々と立派な感じがします。アマティのラベルが張られたニセモノも大量にありますがそのようなスクロールが付いているものはまずありません。