ビオラ製作で見るクオリティと木工技能【第10回】バスバーについて | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

弦楽器の値段について今週は考えさせられることがありました。
バスバーについても解説していきます。


こんにちは、ガリッポです。

ドイツで『FUCHS TAXE』〈フックス・タクセ)という本の最新版が出版されました。戦前より前の作者のヴァイオリンや弓の値段の相場が書かれています。
今年最新版が発行されさっそく入手しました。前回は2008年で9年ぶりの更新ということになります。

毎回新しい版が出ると楽器の値段が右肩上がりで上がっています。10年前とは楽器の考え方も変わってきます。ドイツで発行されていると言っても値上がりが大きいのはイタリアのものでドイツのものはわずかにしか上がっていません。前回では同じくらいの値段だったドイツの19世紀のヴァイオリンとイタリアの20世紀のヴァイオリンが今では全く違う価格帯になっています。作り自体が同水準なら古い分だけドイツの楽器のほうが音響面でも有利だと言えました。今回はイタリアの現代の楽器がドイツの最高レベルの楽器と競合することになります。イタリアの「ただの中古品」と本物のオールドヴァイオリンでは音は全く違います。新しい楽器なので健康的な音はしますがドイツの現代の楽器でも同じです。


500万円するできの悪いイタリアのある楽器を、職人が実力だけで評価すると50万円くらいなものだと言いました。そうなると500万円の内訳はヴァイオリンが50万円で鑑定書が450万円になります。楽器しかなければその作者のものとは言い切れないので楽器の質だけで判断すると50万円くらいになってしまうからです。

その楽器は700万円になりましたから、鑑定書は650万円に訂正します。



このような変化を見ていると楽器の値段というのは純粋に経済上の理由によって決まっていることが分かります。間違っても楽器の値段を作品の出来の良さや音の良さによって決めているとは考えないでください。多くの人が注目する楽器は値段が高くなり、誰も注目しない楽器の値段は上がりません。

時流に無関心な私でさえ、この楽器はもてはやされているというのは分かります。
案の定その楽器の値段は倍近い値段になっています。私でさえ知ってるくらい誰もが「値段が上がるだろう」と思っているのです。買っておけば儲かるわけですから欲しいという人も増えます。それで800万円高くなったとしても9年間で800万円分音が良くなったということはありません。楽器自体は何も変わっていません。

その値段だけを見たとき、素人は「すごく値段が高いから良い音がするだろう」と勝手なことを考えます。音を判定して値段を決めているのではなく業界で「値段が上がるだろう」と皆が思っているから値段が上がっているのです。

これまでもイタリアの楽器が高いということは言ってきましたが、今回でいよいよばからしくなってきました。イタリアでは大規模な工場での大量生産が無く職人が手作りで作っていたのでそれなりにノウハウが蓄積していました。しかし今回の値段ではその程度のことで納得できる金額ではありません。完全に金融商品になってしまったと言わざるを得ません。コンサートで使用する楽器ではなく金庫にしまっておくべきものになりました。

前回の2008年がリーマンショックと言われる世界金融危機でした。
資産の価値が暴落する中、決して値段が下がることがない金融商品が弦楽器なのです。それらがこの間に注目されるようになったとしてもおかしくありません。実際に株のように共同で所有し演奏家に貸与するシステムも聞きます。弦楽器の証券化です。


私は個人的な意見として弦楽器は偽物が多いので金融資産とするにはリスクが高すぎると思います。

先日も勤め先でいくつもの楽器を鑑定に出していた結果が出ました。
私が「ニセモノだろう」と思ったものはすべてニセモノでした。
私は「これは分からない」と思ったものは鑑定士も「わからない」だそうです。
私が「本物かもしれない」と思ったものは同じ流派の別の作者のものでした。


つまりすべてニセモノです。良くて同じ流派の高い作者のラベルを貼りつけたものでした。
圧倒的に多い明らかな量産品は鑑定には出していません。それっぽい楽器だけを鑑定に出してもこんなものです。私が鑑定するならどの楽器に対しても「偽物だ」と言っておけば的中率は99%でしょう。私の読みもそんなに外れていませんね。さすがにこの仕事を始めたころに比べれば分かるようになってきました。

運が悪い人がニセモノをつかまされてしまうのではなくて、運がいい人だけが本物を入手できるというくらいの確率です。金融資産というよりは宝くじです。それでも買いたいという人は頑張ってください。


80年代から印刷技術が向上してまともな弦楽器の図鑑が出版されるようになったそうです。それ以前は本当にいい加減なもので偽物を売っても全くバレることがなかったのです。今は本で見ると「?」ということはバレます。私のところにもそういう「お父さんが自慢していた」楽器が毎週のようにやってきて「これはニセモノだ」となるわけです。昔の領収書とか鑑定書とか何の意味もなしません。
最近はデータバンクとして楽器のデータを蓄積する試みがあります。今の鑑定が未来にも通用するとは限りません。


そういうわけで明らかにその作者のものに間違いないと言えるものでないと本物とは言えません。売る業者は「かもしれない」くらいでも売ってしまいますが、買った後手元にある楽器が本物なのかと調べると明らかではないとそうだとは確定しません。


はっきりと作者が分かる名の知れた作者のヴァイオリンはヴァイオリン全体のほんのわずかでしかありません。それ以外のヴァイオリンは100万円くらいにしかなりません。全体の99%のヴァイオリンが100万円以下せいぜい200万円以下ですがそれらがすべて劣ったものかというとそうではありません。名の知れた作者と同等かそれ以上のものもゴロゴロあるのです。それが分かることは有名な作者の名前を知っているよりも弦楽器のことをよくわかっていると言えるでしょう。つまり「通」です。無名な楽器からいいものを見つけ出せる人が通なのです。

現実にはとても難しいですが、丁寧に解説をしていこうと思ってます。

有名な作者について勉強することは興味の矛先が間違っているのです。勉強すればするほど間違っていきます。イタリアの有名な作者について知っていて弦楽器通を気取りうんちくを語っても、ヴァイオリンの99%を知らないのですからほとんど何も知りません。典型的な日本の弦楽器通の姿でオーケストラに一人はいるそうですね。

有名無名に限らず「良い楽器」の特徴を学んでいくべきです。ひどい楽器も重要です。
その上で音が気に入るかどうかで自分にとっての「運命の楽器」に出会えると幸せです。

楽器の出来の良さや音を評価する国際機関などはありません



なお、今後はこれまでの記事と値段は変わってきますのでご注意ください。





さてバロックチェロですが最後のニスを塗ったのでしばらく乾かします。
最後の3層はメンテナンスを楽にするためにコーティングとしての役割を持たせるものにしました。それ自体には色はあまりありません。古い楽器にも修理でそのようなコーティングが施されているのが普通です。
オイルニスを使っていますがコーティング用に調合したものはアルコールに溶ける材質を多く含むのでアルコールで湿らせた布で磨くと光沢を出しやすいです。傷などをアルコールニスで補修した時も境目ができないので楽です。自分たちでメンテナスするならこのひと手間をやっておくといいです。業者に売って終わりならその後のことなど知ったことでは無いですが。

ベースのニスはとても固くよく乾いています。
特に硬いものにしたので音が楽しみです。
楽器とニスとの相性のレベルの話です。





バスバーです

無名な楽器でも問題なく作られていれば音が良い可能性は十分にあります。有名な作者のものと混ぜてしまえば音で聞き分けることはできません。20世紀の楽器なら値段は100万円と700万円と違っても音だけで聞き分けることはできません。

ちゃんと作ってありさえすればあとは好みの問題と言えます。
ちゃんと作ってあるかどうかが重要です。


バスバーは消耗部品なので古い楽器になればオリジナルのものが付いていることはまずありませんし、20世紀の初めのものでもヘタっています。それに対して新品や作られて数十年のものなら交換する必要はありませんから作者自身が付けたバスバーをつかうことになります。

バロックチェロの時にもバスバーの話をしましたが、かつては小さいものでした。どれくらいの大きさかは決まりは無かったということでした。民族楽器のようなレベルで製造されたものは位置もメチャクチャで楽器のセンターラインについていたりしました。バスバーと言うくらいですから本来なら低音側の駒の足の下に来るはずです。

今でも位置の決め方や寸法、厚みなどは流派によっていろいろ違います。
しかしながら仕事の水準で見ると隙間なく接着されていることが最低条件です。



バスバーを合わせる作業を始めたところです。隙間が空いていますからこれではダメです。

これで良くなりました。この時はバスバーの両端の2点で持ちます。撮影時はクランプで両端を留めています。

中央の1点で持つと・・・

このように両端が空きます。単に空いているのではなくて端に行くにしたがって徐々に間隔が広くなっています。このため両端を持って表板に押し付けると正しく加工されていればぴったり合うわけです。写真では下側だけですが上側も同じです。

この隙間は個人差がありますがヴァイオリンで1~1.5mmくらいです。
全く隙間なしで合わせるのは難しいです。表板の方も厚みが3mm程度しかありませんからグニャグニャと動いてしまいます。

表板のアーチの内側の面よりもバスバーのほうがわずかに丸みが強いカーブになります。そのため端から端まで転がすことができます。その時にガタガタするところがあるとバスバーはきれいなカーブを描いていません。そうなると両端を持ったときに隙間ができます。最初の写真のようでは転がすと表板と接しているところでガクッとなります。滑らかに転がりません。精密に加工されていればゆっくり転がせば滑らかに動くはずです。力が均等にかかり耳障りな音が抑えられます。周波数特性の極端に強いピークのようなものができないのでしょう。あっていないバスバーを無理やり接着すると表板を変形させます。

滑らかに端から端まで転がるようになると隙間は無くなっているので接着はできます。
しかしねじれが分かるようになってきます。真っ直ぐ転がらずにそれて行くのです。
バスバーの内側と外側があっていないのです。角材を平面に接着するのであれば意味も分かりやすいでしょうがどちらも曲面なのです。薄い平らな板に角材を貼りつけるときに角材がねじれていれば板がゆがみますよね。それと同じです。ねじれがあると無理な力がかかることになります。

バスバーの取り付けはとても難しい作業の一つです。
しかし合っているかどうか確認ができますから努力でどうにかなるものです。
初めてやった時は私は6時間くらいで「悪くない」という水準にすることができたので先生は「一発で理解した」と驚いたようです。ところが2回目は1週間くらいかかったと思います。ビギナーズラックだったようです。

就職した後はそのレベルではプロとしては全く許されず何日もかかったと思います。
今ではルーティン作業で年間に何十本もやっていますから。ヴァイオリンなら2時間くらいで直すべきところが無いくらいになります。
もっと早い人もいるでしょう。完成とする基準の違いです。

完成したかどうかは音やニスに比べると分かりやすいものです。
表板の面にバスバーがあっていればいいのですからとことんやって行けば完成まで行けます。
苦手意識を持ってしまい無理やりくっつけばいいという人もいます。集中力が持続しない人です。


初心者に教えたこともありますがすごく難しいものです。

さっきのこの画像だと接触しているところだけを削り取らなくてはいけません。
センスが無い人はどこを削っていいかが分からないのです。このようなデコボコもだんだん細かくなっていきます。初めはカンナの刃を多めに出して厚く削るようにし徐々に薄くしていきます。だんだん削る量を少なくし、的確にピンポイントで狙っていかないといけないのです。
下手な人は初めからずっと同じように削っています。どこを削っていいかわからないので何となく削っています。当然あってきませんがそのうち材料が無くなってきてバスバーの高さが足りなくなります。わたしは初めてやってもそこそこできてしまったのでそういう人に教えるのが難しいです。

削るべきところをほんの少しずつ削っていればいつかは完成します。削るべきところが分からないと永遠に終わりません。初めのうちは1週間くらいかかります。その1週間をバスバーを付けるということだけに集中できるかということです。

ある女性の見習いはバスバーがうまくつけられなくて何度見せても先輩にダメだと指摘されるのでお菓子を作って持ってきました。これで機嫌を取ろうというのです。しかしそんなことを我々は求めていません。機嫌が悪くて怒っているのではなくて技術を身に付けてもらいたいのです。

一度ヴァイオリンを作ってみたいという年配の人は言う事を聞かず道具の持ち方からすべて自己流でいつまでも上達しませんでした。面倒なので私の先輩が代わりに完成させてしまいました。将来など期待していませんから。集中力が2時間が限度でベラベラベラベラ雑談を始めます。そんなことは良いからどこをどれだけ削らないといけないかよく見て理解しなさいと思うわけですが、上手くいかないことがストレスでそれを解消するために自慢話をして心のバランスを取ろうとしているように見えます。家族や知人には「自分でヴァイオリンを作った」と自慢話が増えました。



職人としてずっと続けている人を見ていると一般の人とはだいぶ違うようです。
無口だとよく言いますが、社交的でコミュニケーションを好む人もいます。それでもいざ作業になると集中します。


職人として大事なのは上手くいかないのは当たり前のことなので、それで落ち込む必要はないのです。課題にだけ向き合っていればいいのです。精神ショックをリカバリーするために別のことを始めるのがダメなのです。なまじ成功体験や職業経験があったりすると何もできない自分を受け入れられなくなるのかもしれません。

ほかには演奏でやっていくにはうまい人がたくさんいて腕前が十分ではなくて何となく弦楽器業界で働こうという人もいます。そういう人も職人の作業がうまくいかないと、職人の中では演奏が上手いということで演奏の腕前を自慢するようになります。

何の取り柄もないと思っている方が職人には向いていると思います。
自信家は皆さんに迷惑をかけます。




就職試験なんてバスバーができるまでやらせればいいのです。1週間でもやらせれば集中力が無い人はすぐにわかります。できるかできないかではなくて向きあい方が重要です。





接着して上側を加工すれば完成です。


バスバーのクオリティ

バスバーは外から見えないところなので皆さんが楽器を見たときに判断の材料にはしにくいところですが、こんなことがあるということを知っておいてほしいと思います。

①材質
木目があまりに荒かったり曲がっていたりすると普通は良くない材質だなと思います。
重要なのは繊維の向きです。これによって強度が変わってきます。材料を買う時に割ってある材料とのこぎりで切ってある材料があります。割ってあるものは材料に無駄が出ます。のこぎりで切ってあるものは繊維の向きを無視しています。割れば自然と繊維の通りに割れるからです。割り箸でも斜めに割れていくことがあると思います。あれは繊維の向きがそうなっているからです。割り箸を加工するときに繊維の向きをそろえていれば真っ直ぐに割れますがコストの関係でそんなことをするはずがありません。
古く乾燥させた材料が良いと言われます。実際に音についてはよくわかりませんが、気休め程度だとしても古い材料を使うようにしています。

②接着面
これは先ほどの話です。隙間があるようではひどいクオリティのものです。
無理やりクランプでギュウギュウ締め付けても隙間は埋まりますが表板が押しつぶされます。次にバスバーを交換するときは表板がへっこんでいるので大変です。接着するときに水分で変形して表板の外側にもバスバーの形が浮き出てきます。コントラバス工場ではバスバーを無理やり付けてから表板の外側の面を削って仕上げるそうです。


③アーチの加工
バスバーは中央の駒のところが高く両端は低く加工します。
いろいろなスタイルがあって何が正解かはわかりません。しかしいずれにしてもカーブが滑らかで加工が精巧であれば上手い職人が付けたバスバーだとわかります。無理やりつけてもあとで分からなくなってしまいますが、きれいに加工できていれば腕のいい職人の仕事だろうと判断します。修理するときには交換するかどうかの判断基準になります。

量産品はバスバーでも一発で分かります。
最近では接着力の強い木工用ボンドのようなもので付けてあります。
バスバーも機械で加工されたものを無理やりつけてあります。

このようなバスバーを交換すると音が変わることを経験します。
ある工場で付けられたものは弓に重みを少しかけただけで耳障りなひどい音がするのです。
交換すると弓の力加減も練習できるようになります。


1900年前後から戦前のドイツの量産品でもひどく安価なものはバスバーを取り付けておらずにそこだけ表板を削り残してあるものがあります。精巧に加工してあることはありませんから本当にひどいものです。改造してバスバーを付け直すと強い音のする楽器にはなります。耳が痛くなるかもしれませんが。




まとめ

修理をしていると非常に多くのバスバーを交換することになります。常に完璧を目指して集中し数をこなすことで上達します。集中していなければ何年やっても先輩にやってもらうことになります。偉くなってしまうと弟子にやってもらうことになります。

外からわからないところなので適当にやる人もいるでしょう。
そのあたりの考え方にも個人差があります。

接着面を正確に加工するのはとても難しいですが、ニスや音に比べれば正解ははっきりしています。接着が不完全なら外れてくることもあり得ます。外れたバスバーで演奏すれば異音が発生します。