事例研究/ケーススタディ【第11回】ドイツモダンヴァイオリンの創成期 ヨゼフ・フィッシャー | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

久しぶりのケーススタディです。
貴重な楽器が手元にあってぜひ知ってもらいたいということでこの楽器は日本でも試してもらいました。






こんにちは、ガリッポです。

日本に帰っていたときに、バロックギターの演奏を聴きに行きました。
8畳くらいしかない部屋で行われた演奏会は暖かいものでした。

現代のスチール弦やナイロン弦と昔のガット弦で楽器の鳴らし方が全然違うということをお話をしながら実演してくれました。作曲も弱い張力の弦に合わせてされているのでその効果が発揮できるようになっているとのことです。

素人の私が言うのも何ですが一音一音を強くはじくのではなく、じゃらんと響かせて厚みのある音にするようです。

狭い部屋だからできる演奏でむしろ贅沢ですね。昔は宮殿の中で演奏していたそうです。
地価が高い東京ならではの狭い空間でしたが結果的に貴族のように演奏を聴くことができました。

演奏家の方にお話をしていただきましたが、面白いのはその方が「昔はいい加減だった説」を支持していらっしゃるということでした。私も古い楽器を研究していると共感を持てる内容でした。

そもそも楽譜の通りに演奏しようとしても不可能だというのです。実際の演奏を考慮せずに楽譜が作られて、演奏するほうもアドリブで適当に弾いていたので別物ということです。

弦の話もしていただきましたが、ギターは弦の数も多いわけで、じゃあ全部きちんと太さが管理されていたのかというとかなりいい加減だったらしいということです。



名器として高価な値段がついているヴァイオリン属の弦楽器でもいい加減に作られていることは少なくありません。
良い楽器はこうなっている、悪い楽器はこうなっていると見分け方を定めるのはとても難しいです。弾いて音が気に入るかどうか、演奏上の機能がちゃんとしているか、耐久性が十分あるかそれくらいです。あとは見た目の美しさと修理など状態が値段に見合っているかというだけです。

値段に見合っていない高いものについてはバカバカしいと職人の立場から私は意見をしています。逆に安いものについてはバカにならないと紹介しています。こんなものもあるのかと興味を持てば楽しいと思います。
特定のスタイルや作風のものだけを優れていると言うことはしません。

無理して高い楽器を買ってすっからかんになり、メンテナンスや修理のお金が無いというのでは並の性能すら出せなくなってしまいます。安くて良い楽器を買ってメンテナンスにお金をかけるほうが良いでしょう。



今回はドイツのモダンヴァイオリン創成期の楽器を見ていきます。
「モダンヴァイオリンはフランスで確立した」とずっと言ってきています。しかしながら、各地で同時に様々な職人が課題に取り組んでいました。初めはいろいろなメーカーが乱立して、いずれ力を持った大メーカーが「標準」となることは現代の産業でも見られます。

18世紀終わりから19世紀の前半にかけて、各地で独自にモダンヴァイオリンを考えたり、自己流でフランスの楽器をまねたりする試みがなされていました。遅かれ早かれ19世紀末までにはしっかりとフランスの楽器作りを導入して近代現代の楽器作りに変わるのです。

大きなヴァイオリンの産地とは別に都市には演奏の場も演奏者も多く、彼らに密着した工房も当時からありました。生産数は少ないですがいろいろな地域に過小評価されている職人がいてそれぞれの地域では尊敬されているものです。

と言っても現代の職人にくらべて天才的な才能があったわけでも何でもありません。古さによって木材の質や楽器の状態に違いが出るのは当然で音が違うのも当然です。どう違うかはそれぞれいろいろで一つじゃないので言えません。

現代の楽器でもあと少しのことで何とかなりそうな「これいいかも」という楽器があります。「あと少し」が特別なことを何もしなくてもできるのが古い楽器だとするとその差が数百年の差とも言えます。だからと言って古い楽器が完璧かというとそうでもないので不満は出てくるものです。

ヨーゼフ・フィッシャーのヴァイオリン

名前から紹介するのは店頭ではフェアでない売り方ですが心構えができないと集中できないと思いますのではじめに言ってしまいましょう。

ヨーゼフ・フィッシャー(1769~1834年)という人はドイツ南部のフュッセンの出身でウィーンに行きました。当時フュッセン、ミッテンバルト、ウィーン、ザルツブルクなどは職人の移動があり作風には共通点があるため広くは南ドイツの流派とされています。ヤコブ・シュタイナーもオーストリアで活躍したため、これらの流派ではシュタイナーをもとにした独特のスタイルがあり、見るからに「古いドイツの楽器」だとわかりやすいものです。現在はどこの国のものか見分けは付きません。

古いドイツの楽器には他にもザクセン州やそれぞれの各都市に様々な職人がいてドイツの楽器の特徴を備えています。南ドイツでも作風は個人によって大きな開きがありました。教育も品質管理も「いい加減」です。そのため、作者や産地を特定するのはとても難しいです。私には到底そんなことはできません。またイタリアの楽器に似ているものもあるでしょうがラベルが貼り換えられていることでしょう。イギリスにもスウェーデンにもチェコにもドイツの楽器ににたものがありますから入手経路での確率の問題です。

ドイツ語圏以外の地域ではほとんど知られていないので鑑定に出しても「南ドイツの楽器」と適当に言っておけばたいして値段も高くないし責任も感じないでしょう。

値段の相場も30万円~200万円とか書いてあったりしていくらなのかさっぱりわからないこともあります。

古い楽器の難しいところです。


フィッシャーはその後ウィーンからドイツのレーゲンスブルクに移ります。以前ブッフシュテッター(1713~1773年)を紹介しました。ブッフシュテッターはイタリア以外では最も早い時期にストラディバリのコピーを作った人でモダンヴァイオリンの先駆けになったと説明しました。
(過去記事参照http://ameblo.jp/idealtone/entry-12030543710.html


フィッシャーも初めはシュタイナー型のこんもりとした高いアーチの楽器を作っていたようです。f字孔もシュタイナー型のものでした。レーゲンスブルクでブッフシュテッターの作風を受け継ぐ職人の影響を受けて作風ががらりと変わりました。

同時にウィーンでもガイゼンホフがストラディバリのコピーを作っていましたからまったくカルチャーショックというわけではないでしょうが、レーゲンスブルクに来て間もなくはまだシュタイナー型の楽器を作っていたのでそこで作風を変えたと言えます。これも以前ブログで紹介したニュルンベルクのヴィトハルム家のうち、レオポルトの息子ファイト・アントン・ヴィドハルム(1756~ca.1800)がレーゲンスブルクに移っていて平らなアーチの楽器を作っています。ヴィトハルムと言えばこんもりと膨らんだアーチが特徴なのにこの作者のものはフラットに近いものなのです。モデルはヴィトハルム家のものなのにアーチが平らなのです。フィッシャーもこの影響を受けてアーチを平らなものにしたのでしょう。1805年ころから作風が変わります。

マイナーな職人でも一人一人運命の出会いがあり楽器製作に費やした人生があるのです。決してバカにできるものではありません、我々が無知なだけなのです。国や作者の名前によって作風を断定するのも無理があります。


ニスの色は赤みがかった濃い茶色でいかにもドイツの楽器という感じがします。ウィーンの楽器にも見られる色でガイゼンホフとかコントラバスで同じようなニスのものを見たことがあります。表板のニスは大部分が剥がれていて残っているのは真ん中のところだけですね。このような残り方は150~200年くらい経った楽器の感じですね。木の肌の色はすこし灰色がかっているように見えます。一見するとストラドモデルのように見えます。f字孔は明らかにシュタイナー型のものとは違います。近代的な楽器を作るためにストラドモデルにしたかと思いきや実はもっと古い時代のシュタイナー型のヴァイオリンを作っていた時代のものと形が変わりません。もともとストラドモデルに似たシュタイナー型のものを作っていたのです。そっちも気になります。

裏板もオリジナルのニスが残っているところがはっきりとわかります。木の地肌自体は特別着色はされておらず真っ黒なものではありません。上に黄色いニスを塗れば黄金色になるでしょう。古い楽器ならなんでもそうなりますクレモナに限ったものではありません。

コーナーはフランスのものとは違いむしろ現代の楽器に近いですね。現代のクレモナの作者にもこのようなものがあります。

スクロールもニスの色が濃いのでドイツっぽい感じがしますが形自体はそれほど南ドイツの特徴はありません。それでいうとベネチアなどのイタリアの楽器にもドイツっぽいものがありますし、ナポリの楽器なら本当にドイツ人が作ったドイツ風のスクロールのものがあります。ガリアーノ家で働いていたのでしょう、ガリアーノにもドイツ風のスクロールのものがあります。


反対側です。どちらかというとシュタイナーよりもアマティに近い感じがします。

前から見た姿は全体に細い感じですね。

ブッフシュテッターと違い後ろに穴が開いていません。

アーチはシュタイナー的な時代の台形型の高いアーチではなくフラットに近くなっています。それでも真ん中はそれなりの高さがあり決してペッタンコではありません。


裏板もシュタイナー型の時のような高さはありませんがメリハリがあって現代のペタッとしたものとは違います。

板の厚さです



裏板はまあまあ現代では普通の厚さです。表板はやはり薄いですね。左右の合わせ目が厚くなっています。アーチが三角形にとがっているためだと思います。表板左上の2.9はおそらく1.9の間違いでしょう。
以前も紹介しましたが、シュピールマン式のネックで作られていたため上部のブロックの形状がクレモナや現在のものとは異なります。その後の修理によって普通のブロックとネックに交換されていますがその名残で裏板と表板の上部ブロックのすぐ下が厚くなっています。

サイズは中央上部に書いてあります。
裏板の長さがアーチを含む実測値で359mm
幅が上から165,114,206mmとなっています。ミドルバウツは直線距離で111mmです。
幅は特に窮屈ということもありません。

特に厚みについてもおかしなところはありません。ごくまともに作ってあって200年くらい経っていますからただやかましく鳴るだけでなくて深みのある音色になっているでしょう。

値段は?

オールドの作者が途中からモダン風に作風を変えたのがこの楽器です。したがってオールドと呼ぶべきなのかモダンと呼ぶべきなのかよくわかりません。ストラディバリやベルゴンツィなどもモダン的なアーチの楽器を作っていますからオールドとも言えなくもないです。
ドイツのオールド典型的なものかと言われればもっと進んでいたモダンヴァイオリンと言ったほうが良いかもしれません。

いずれにしてもドイツのモダンヴァイオリンとしてはこの人の弟子のペーター・シュルツ(1808~1871年)とともにトップレベルのものだとも言われています。実際にストラディバリやガダニーニなど名だたる名器を弾き比べるイベントに紛れていたシュルツが最も高い評価を受けたという話も聞いています。私が見てもシュルツは特別腕が良い職人でもなく私の弦楽器観を変えた作者の一人でもあります。「ドイツのデルジェズ」・・・私の造語です。こんなこと言うと営業マンみたいですがそんな感じですね。

このためフィッシャーなどははるかに高価な楽器のラベルに貼りかえられて売られてしまったようです。ひとたびオリジナルのラベルが剥がされてしまったとき、これがフィッシャーの楽器とはなかなか思いつかないでしょう。もちろん音で演奏者が見抜くことなどできません。
この楽器はフィッシャーの名前のラベルが張られています。このラベルはオリジナルではありません。幸運にも一度イタリアなどの違う作者に変えられたあとフィッシャーの名前に戻ったのでしょう。

気になる値段ですが作者に失礼なので精一杯高めに評価して300万円~350万円くらいと考えています。
単に無知なのに素晴らしい楽器に安い値段をつける現代人は傲慢です。

日本では新作の楽器がそれくらいの値段で売られていることを考えると最高峰のドイツモダン楽器がこの値段というのはお買い得です。

音は好き嫌いがありますからすべての人に気に入ってもらうのは不可能です。
ただ、新作のイタリアの楽器とは全く音が違い古い楽器の音を堪能できるのは間違いありません。

日本に持って帰って何人かの人に弾いてもらいましたがこんな世界があるのかと驚いていらっしゃいました。暗い暗い音の楽器ですから明るい音の新作楽器とは全く音が違います。大変気に入っていただいた人もいます。

ヨーロッパでは「日本人は明るい音を好む」と認識されているようですが、必ずしもそうではないようです。ドイツの楽器は鑑定が難しく値段もさほど高くないため作者の特定について無責任な業者も少なくないと思われます。「ぜひドイツの楽器を買いましょう」とも言えないのです。特に重要なのは修理です。何千万円もする楽器ならおまけのような修理代もドイツの楽器になるとバカになりません。