アマティ型のビオラを作る【第7回】アーチを仕上げる | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

パフリングが入りましたのでアーチを仕上げていきましょう。
私がお話しているような内容は、本来なら弟子として修業しなければ知ることができないような内容です。つまらないウンチクに惑わされず自分の目で楽器を見るため、細部の見方や考え方というのを身に付けてもらえたらな考えています。






こんにちは、ガリッポです。

先週は涼しくてよかったのですが、最高気温が人間の体温を超える日が続いています。こちらの建物は断熱性が高いので室温は一日のうちではほとんど変化せず、2~3日遅れて温まったり冷えたりします。毎日1~2℃ずつ上がっていくので本当に恐ろしいのは来週ですね…。今が30℃なので週の前半は31~33度くらいになるでしょう。

仕事上体を使うので発熱するうえに、細心の注意が必要なのに仕事の質を落とすわけにはいきません。
炎天下や冬でも外で働いている方々もいるかもしれませんが・・。




ヨーロッパと言えば、夏にはバカンスを過ごす人が多いです。お客さんでもバカンスに行ってくるのでその間に修理やメンテナンスをやっておいてくれという方がたくさんいらっしゃいます。プロのオーケストラでも音楽祭を除けばシーズンオフになります。

そういうわけで私の勤める会社もバカンスだから店を閉めるなんてことはしません。

ヨーロッパの北のほうは冬が寒くてどんよりとして天気が悪く、夏は短い。それでも、北大西洋海流によって温暖になっているのでもう少し南でも内陸部の冬は寒くなります。

その反動で夏がとても貴重なものとして喜ばれます。日本人は夏はつらい厳しいものと考えていますが、ヨーロッパの人は夏に対してネガティブな感情はありません。その結果がクーラーが普及していないことにもつながりますし、夏には30℃では満足せず気温40℃の南の国に行きたがります。8月でも25℃くらいの日には暖房を入れて室温を30℃にする人もいます。

スマトラ沖の津波でも北ヨーロッパの人が多く被害にあいました。人口の少ない北欧の人も結構いました。

こちらでも暑い日に限って救急車など緊急車両が多く出動しているように思います。家にクーラーもありませんから水に入るわけですが水の事故なども多く報じられています。それでも遊泳禁止にするとかそういうことはしないのです。いくら人が死のうと暑さを満喫したいのです。

外国というのは日本人には理解できないものとしてそう思って接する必要があると思います。自分たちの気持ちのいいように都合が良いように感情でものを考えないほうが良いと思います。


というわけで夏になるといろいろ楽しいことがあるというイメージを持っている人が多いわけです。私の場合には一番楽しいことというのが楽器を作ることなのです。午前中はビオラを作り、午後は修理、夜と週末にはヴァイオリンを作るとそんな感じで楽しんでいます。これより楽しいことが思いつかないので夏だからといってやりことなんてないのです。

私の様な人は普通ではないのでしょう。
それでも有給休暇を使って帰国して皆さんとお会いすることもします。それも仕事と言えば仕事ですが、お金を稼ぐためだけに働いているというわけではありません。職人として道を究めるにはユーザーの声に耳を傾けることが重要だと考えています。

ヨーロッパにいて思うのは短い時間労働時間で豊かな生活をするということに対する情熱は日本人よりは高いと思います。したがって効率を最大化するために「手を抜く」ということが賢さと考えられています。

鉄道もすごく長く連結して2時間に一本走らせる。日本人なら半分の長さにして一時間に一本走らせるでしょう。それが豊かさを生み出す秘訣なのです。そのように手を抜くことを「努力」としています。

また専門職に特化すればそれ以外の勉強はしなくてもいいわけですから人生の効率が高く労働の生産性も高いですね。採用するのも専門職として採用し、日本の学歴主義に対して「実技主義」と考えて良いでしょう。「大学に入学するのに努力したじゃないか?」と日本人は考えるのですが、必要なことができるかどうかで人を判断します、効率よく勉強して遊んでいても良いのです。

効率よく仕事をして好きなことして遊ぶ人生スタイルというのは、ヴァイオリン業界にとっては良いですね。楽器を演奏する趣味を持ち、また演奏会に客として足を運ぶということでプロの演奏者もやっていけるのです。日本では難しい人も多いでしょう。



そういう意味で考えると私のように仕事に異常にこだわりを持っているとビジネスマンとしては優秀ではないということになります。製造業者としては「手を抜く努力をしていない」ダメな職人ということになります。そういう意味で私には職人の才能が無いと考えています。

何度も言っているようにユーザーは音にしか興味がなく、楽器の品質には興味がありません。こだわったからと言って誰にでも音良いと実感できるものはできません。


それでも職場では難しい仕事があります。例えば、自分のところで作ったわけでも売ったわけでもない何十年も前の製品の塗装が劣化して何とかしてくれというわけです。普通の工業製品の耐用年数なんてとっくに過ぎています。普通の産業なら「新しいものに買い替えてください」で終わりです。とくに難しいのは昔の修理がひどいものです。

そういう仕事ばかり私のところに回ってきて、それを私が納得する基準でクリアーすると他の人にはとてもまねできない仕上がりになってしまい、またそういう仕事ばかり担当するということになっています。


私の勤める弦楽器店でも、楽器や付属品を仕入れて販売もします。職人の目で見て良い製品を仕入れるわけですが、職人が経営する楽器店が多くあり良いクオリティの製品を作っていると欲しがる同業者が多いです。品薄になってしまうわけですが、工場を拡大して増産すると決まって品質が落ちます。クオリティを維持している業者は発注しても納期がいつになるのかわかりません。

手に取ってすぐにゴミ箱行きのような粗悪な商品があふれている一方で、まともなものは品不足という状況になっています。失業者があふれている一方で生産量が不足しているのです。

こういう状況で働いていると、盛んに業者が製品を宣伝して売り手が製品を褒めるほど「大して良い商品じゃない」ことをアピールしているように見えてしまいます。良いものは向こうからはやってこない、探さないと見つからないものだと思います。



とにかく楽器を作っている時が私にとっては至福の時です。
楽しんで作ったものを大そう気に入って使ってくださっている人がいるというのは、ビジネスマンとしては優秀と評価されなくても、こんな生き方があるというのは世の中おもしろいものです。考えようによってはもっと効率が良いのではないかと思いますね。

裏板のアーチを仕上げます


パフリングを入れるとこんな感じなります。これからアーチを仕上げていきます。
アマティの特徴は高いアーチと誤解されていますが、必ずしも高いアーチのものばかりではありません。高いアーチのものもありますがほとんどはそれほど高くないです。それでも見た目の印象として近代のフラットな楽器とは全く違います。問題は高さ以外にあるのです。


このようにノミを使ってザックリと削っていくことによって形を作ることができます。周辺部分が深く溝が彫られているのもアマティ派の楽器の特徴です。溝から同立体をつないでいくかはアマティでもバリエーションがあるし、弟子や同じ流派の人たちでも人によってかなり幅があります。周辺が深い溝が彫られているのはイタリアに限らずオールドの楽器にはよく見られる特徴です。
アーチが高く見えたとしてもアーチが高いのではなくて周辺が低いのです、それによって立体的に見えているということになります。

私が気を使うのはノミの刃の形状です。刃のラウンドはもちろん厚さも大事です。日本の彫刻ノミは刃の質は良いのですが刃が厚いのです。そうなるとえぐり取るときの回転半径が大きくなります。これはヨーロッパの製品で鋼は頼りないところもありますが、刃が薄いのでカーブを出しやすいのです。持っていた刃物の形状によってもアーチが決まってくるという部分もあると思います。研ぎ方でも画像のように少しラウンドさせると回転させやすくなります。
場所によって日本の刃物と西洋のものを使い分けています。

こういう微妙なエッジの溝(チャネリング)、そしてそこからアーチに向かっていくカーブは本当に難しいです。これに関しては異常に興味を持っていて私はマニアの領域に達していますが、それでも計算したようにうまくいかないことが多いです。人によって楽器によってばらつきが出るのも当然です。現代の職人は全く無頓着の人が多いです。私が苦労して悩んでやっているのに彼らはササッと仕事を終えてしまいます。

アーチの性格を決めるのに得重要なのはマイナスのカーブなのです。音響面でもオールドヴァイオリンの雰囲気を再現するにはとても重要なカギを握っていると考えています。よく鳴るとか言う単純なことではありません。音色の質のことです。



段々と仕上げていきます。

ミドルバウツのところの溝が大きくえぐられているのが分かると思います。

カンナは表面をならすだけです。カエデという木材は杢が入っていて繊維がうねっているので所々に逆目が出てカンナをかけると割れてしまいます。カンナをうまく調整し薄い削りくずを出せば割れにくくなります。ギザギザの刃も有効ですが、それでも厚くしすぎると割れてしまいます。極薄の削りくずでは何度もカンナを往復させないとわずかずつしか削れません。これでは形が作れません。またカンナの台の形によって削れ方が決まるので思っているのと違う形にアーチが形作られていきます。こんなまどろっこしい道具は使っていられません。ノミでザックリ行ったほうが自由に形ができます。現代ではフラットなアーチを作ることを教わりますからカンナを多用して表面をきれいに仕上げることを良しとしていますが、アマティのスタイルの楽器を作るには大変にやりにくいです。道具によってもアーチの形状が制限されます。
ノミでザックリ削っていくと仕上がりのアーチの高さがどれくらいになるかよくわからず行き当たりばったりになります。昔のクレモナ派の楽器のアーチの高さにバラつきがある原因の一つもこれでしょうかね。

スクレーパーという道具を使います。これで押しつぶすように削っていきます。板目板なのでいつもと違ってザクザク削れていきます。おかげで思ったよりアーチが低くなりました。私も昔の職人のようにすっかりアバウトになっています。
せっかく分厚い木材から切り出したのでちょっと高めのアーチにしようかと思っていましたが普通の高さになりました。結果オーライです。

今回のビオラは忠実な複製ではなく、アマティのスタイルで作ろうといものです。忠実な複製ではもう少し慎重にいかなくてはいけません。

現代のクレモナでもスクレーパーを多用するようです。彼らはカンナをうまく調整することができないのでしょう。腕の良い日本人はカンナマニアみたいなところがあって極薄の削りくずを出すことができます。ただしその方法だと昔のクレモナ派の感じとは違うものになってしまいます。

アーチをスクレーパーで仕上げてからエッジを仕上げます。ノミで彫ります。スクレーパで傷つけてしまうことがあるので後にします。1.2mm位を残します。これは昔の作り方とはやや違うのですが完成が計算しやすいのです。
1.2mmというのは現代では細いほうで、現代の流行では2.0前後でしょうかね?よく見てみると面白いですよ。

専用に作ったスクレーパーを使ってノミの刃の跡を取りきれいなカーブになるように仕上げます。今回はアンティーク塗装にするため後で摩耗したようにぶっ壊します。ぶっ壊すのにきれいに仕上げます。新品の状態をきっちり作りたいのです。無駄でしょうかね?この方がリアリティが増すということにしておきましょう。

こんな感じなりました。コーナーの彫り方も作風の特徴が出るところです。

裏板のアーチができました

画像で見ていきましょう。



ベタッとした現代のアーチとは違い起伏に富んでいるのが分かると思います。

今度は杢を見てください。エッジ付近の溝が滑らかにカーブしているのが分かるでしょうか?特にミドルバウツで顕著です。




輪郭の形も見てみましょう。いかにもアマティらしい独特の形をしています。細長いコーナーも特徴です。アマティは曲線や曲面にこだわりがあってきれいなカーブがきっちりと出るところまで仕上げないと気が済まなかったのでしょう。少しやりすぎなきもします。ストラディバリはそこまで強調せず自然な感じです。これがデル・ジェズになるといい加減なものです。


コーナーは前回も紹介しましたがこんな感じです。ちょっとピンぼけでした。

表板も同様

表板も同様ですが写真では見にくいのです。


パフリングを入れるときは少し余らせます。余ったところを削り落とします。


ノミで仕上げていきます。節の穴があります。後できれいに埋まりますので心配なく。




表のほうがやや高めのアーチにしています。特に重要なのは駒にかかる力がうまく分散するようにすることです。まさにアーチで力が均等にかかるようにします。弦楽器は板を薄くすると低音が出やすくなりますがビオラの場合低音は重要ですから薄くしたいところですが、駒の力がうまく分散しないと表板が陥没など変形してトラブルの原因になります。力をうまく分散させることで薄めにできるというわけです。その点で気を使います。

まとめ

アマティ派の時代には起伏にとんだアーチを作っていたので道具もそれにあったものを使っていました。現代ではフラットなアーチを作るのが主流ですから初めからそれに合った道具を選んで使っています。私もいろいろな道具を購入して試してうまく作れるようになってきました。

この違いは音の性格に影響があると考えています。必ずしも優れているというものではなく音色のキャラクターが違うということになるでしょう。演奏者の好みによっては現代的なもののほうを気に入る人がいてもおかしくありません。

ただ、現代的な楽器を作る人はたくさんいますし、大量生産品の品質の良いものでも大差ありません。それに対してアマティのスタイルの楽器を作っている人は少ないです。作りを同じようにすれば音もオールドのような音色になります。新しい楽器ですからオリジナルと全く同じというわけにはいきませんが値段を考えたら再現度は高いと思います。

ビオラの場合特に選択肢が少ないのでより好みの音のものを見つけるのは難しいですね。味わい深い音のビオラを私は作っています。


同じクレモナの流派でもデル・ジェズになると全然違って面白いものです。次回はヴァイオリンの複製のお話です。