アマティ型のビオラを作る【第6回】パフリングを入れます | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

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クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

今回はパフリングのお話です。
パフリングは音には関係ありませんが表板と裏板の周囲に埋め込まれている象嵌のことで作者の特徴が出る部分です。





こんにちは、ガリッポです。

連日の暑さでバテ気味でした、最近は涼しくなって楽器作りもはかどります。
日本よりずっと北に位置するのに意外と暑さに参ってしまうのは、暑さへの備えが皆無で暑い日が続けば建物は断熱性が高く室温がじりじり上がっていき夜でも全く下がらないです。
冷房などはありませんから仕事の時くらい涼しくしたいのですが…

私のアパートが困ったことは寒がりの人がいるようで夏でも暖房を入れられるようにセントラルヒーティングのボイラーを焚いているのです。自分の部屋は切ってあってもその熱で室温が2~3℃上がります。温暖化やCO2の問題が叫ばれますが、夏でも暖房を焚くようなヨーロッパ人の言うことをまともに聞かないほうが良いですよ。寒がりの人たちは心の底では温暖化を歓迎しているのでしょう。

外は車が通るので窓を開けて寝ると眠りが浅いのです。病気になるほどではないですがジリジリとやられていくのです。耳栓をしていますが蒸れてかゆいのです。


しかしここの所涼しい日が続いてい最低気温も10度以下になる日もあって残り短い夏です。多少は我慢しましょう。



楽器のお話です。
イタリア人の同僚の話はこれまでもしてきました。
彼があまり見たことがないチェコやドイツの優れたモダンヴァイオリンを見せてあげました。「イタリアの楽器みたいで美しい」と驚いていました。シュタイナーやクロッツなどのオールドのものについては知識として知っていたのですが、近代のものは知らないようです。イタリアではさほど有名ではないイタリアの作者の楽器はとんでもなく安いようですね。そのためそのようなチェコやドイツの楽器をわざわざ探して輸入するは需要がないそうです。ロシア製の美しいヴァイオリンにも感心していましたが、イタリアでは売り物にならないそうです。

イタリア人でさえ称賛する楽器がイタリア以外にもたくさんあるということです。

イタリアはマフィアの国ということもあって名前が物を言うのでしょうか?日本も似ているところがありますね。私のところは考え方がフェアで生産国や作者の名前を全く見ないでヴァイオリンを選ぶ人が多いです。無名な作者のものが200万円を超えることはないのでそれ以上になればさすがに作者名は聞くのですがそれでも弾いて気に入るかどうかのほうが優先されます。

現代のヴァイオリンはイタリア人の職人でもどこの国のものか見分けがつかないというのです。
現代のヴァイオリンで生産国にこだわることがいかに無意味かと言うお話です。


オールドヴァイオリンでも紛らわしいものがあります。先日も南チロルのアントン・ヤイスというオールドヴァイオリンがあってメンテナンスをしましたが、見た目もアマティ派のような楽器でプロの演奏者が美しい音を出していました。ぷっくりと膨らんだ高いアーチで終始いい加減に作ってある楽器なのに音はまともで美しい音でした。スケールは小さい感じがしますが、それこそうまく弾きこなすとしっかりと力強い音も出ていました。

あんなに適当に大ざっぱに作ってあるのに音色のバランスよく味わい深く美しいというのは不思議です。作り方がマニュアル化され正確で加工されている現代のヴァイオリンのほうが癖が強かったりバランスの偏ったものがよくあるのです。

南チロルというのはドイツ語を話す民族が住んでいるところですが、現在の国境線ではイタリア内になります。当時はイタリアという国はなかったですから。楽器を見てもドイツのものなのかイタリアのものなのかよくわからないです。どっちにも見えます。作りが適当すぎて特徴が分かりにくいのと古くて摩耗が激しくてわかりにくいのです。ドイツの楽器ということにして安い値段で買えればラッキーです。売るほうとしてはイタリアの楽器として高く売りたいところです。

この楽器もアマティのラベルが貼ってありました。いつものことです、詐欺と言うよりも我々の業界の慣習と考えていいでしょうね。騙すのが普通でした。


パフリングのお話

パフリングのお話ですが、アマティの場合一番の特徴は楽器の輪郭が独特のカーブをしているのでパフリングもその形にしたがって独特の優美なカーブをしていることにあると思います。優美なカーブはコーナーの先端の先端まできっちりしています。それでもバラつきがあってすべて量産品のように同じということはなくてある程度バラつきがあります。


楽器をパッと見たときにパフリングがきれいに入っていなければ仕事が雑な印象を受けます。最近はコンピュータ制御の工作機械で加工できるので量産品でもそんなに悪くないですし、チェロくらい大きなものになるとほとんど文句ないレベルにもなります。

量産メーカーのほうも分かっているのでパフリングだけはきれいにしようというところもあります。

昔の量産品でもパフリングだけを担当する職人がいたのでしょうか?マジーニモデルでは2重のパフリングや図案の装飾になっていることもあります。「そんな面倒なことをどうして」と思うのですが、そればっかりやっていればなんてことはないのでしょう。



それに対して手作りの場合は人によってタッチが違うのが面白いです。同じアマティの流派の職人でもいろいろです。私の場合には初めからきれいに入れるように作り方を身に付けてしまったので普通にやるとほとんど完璧になってしまいます。荒い感じのパフリングをどうやって入れていたのか研究が必要です。デルジェズの複製でいろいろ試していますので後程紹介します。


量産品のパフリングで特徴的なのは埋め込むパフリングの材質です。
パフリングだけを専門に作る業者があったためにそれを見れば量産の産地のものだと一目瞭然になるものがあります。また現代では厚みが均一に加工されたものが市販されています。したがってオールドヴァイオリンのほうがパフリングの黒い部分や白い部分の厚みにバラつきがあったりして手作り感があります。

パフリングを作ります

多くの職人は市販されているものを買って使っていると思います。私の場合はいつも自分で作ります。せっかく手作りの楽器ですからパフリングも作りましょうということです。



黒い部分には黒檀を使います。黒檀は加工が極めて難しくヨーロッパでは産出しないので昔は貴重なものでした。白い木を黒く染めて使うことがよくありました。問題は色が褪せてしまうことがあるのです。程よく褪せたものは古いヴァイオリンの感じがして良いのですが、褪せすぎてしまうと量産品のように見えてしまいます。

黒檀であれば多少色は薄くなりますが極端に褪せることもありません。そっちのほうが高級木材なので贅沢に行きましょう。手間暇と難易度は高いです。

前回ストラディバリの複製の時はカンナの削りくずで作りました。正確にはくずではないのですが。ストラディバリの場合には薄かったのでそれで良かったわけですが、アマティの場合には黒い部分が太い傾向があるので今回は厚くするためにカンナで削って作りました。いろいろな製法を試してみて何が良い方法なのか選んでいくのが重要だと思います。


真ん中の白い部分にはポプラを使います。アマティなどクレモナの職人はポプラを使ったのだそうです。本当でしょうか?・・・それはともかく何でも分からないのでポプラでやります。ポプラはイタリアでは安い木材でそこらへんに生えているものだそうです。


0.4㎜にしました。それでも場所によって多少厚さにムラがあります。オリジナルのアマティもそうですから多少ムラがあって良いのです。0.4㎜と言うのはさすがに薄いのでちょっとの厚さの違いが大きく見えます。100mmで0.1mm違っても大した差にはなりませんが0.4mmと0.3mmではパーセントにすると大きいでしょ?ほんのちょっとの厚みのムラが手作り感になります。



幅に切って裏板や裏板の形に合うようにそれぞれ曲げます。それから黒白黒と接着します。

接着してから曲げるほうが効率が良いように思います。しかし曲げたときに内側の黒檀と外側の黒檀の長さが変わってしまいます。黒檀は伸び縮みしないので曲げるのは難しいです。曲げられないことはないのですが一番きれいに仕上がるのは曲げてから接着する方法です。汚くなっても構わないということでデルジェズの複製のほうはそれでやります。

これが面倒なので量産品では黒檀は使いません。かつては白い木を黒く染めたものを使いました。今はファイバーと呼ばれる人工的な素材を使っています。ハンドメイドでも使っている人はいると思います。

こういうのは音に関係のない作業ですがとんでもなく時間がかかるので、普通は自分で作らないですよ。バカですわ。

きれいに出来上がるとうれしいです。私は一般の人が分からないところでも専門家はしっかりと作るのということが信頼につながると考えています。信頼とは自分の楽器を良いものだと信じることができるということです。買う人は音にしか興味がありませんから、それ以外のことは手を抜いても良いのです。その分値段が安ければ魅力的な商品になります。しかし、私はそのような製品づくりは他の人に任せます。

自分の楽器を良いものだと信じ切ることができれば使っていくうちに音が良くなっていくのです。

パフリングを作ります



まずパフリングカッターという専門の道具で切り込みを入れます。画像は去年のものです。ストラディバリもこのような道具を使っていたようです。職人によってはちゃんとした道具を持っていなかった人もいたんだと思います。その結果がパフリングのタッチの違いになったのではないかと考えています。私は何種類も持っていますし試しましたが、これが使いやすいです。確かこんなものが2万円くらいすると思います。刃は別のものに交換しましたそれも5000円はかかっているでしょう。
難しいのはずれないようにすることと、幅を調整するのが難しいです。これだけで何時間もかかります。


パフリングカッターはあくまで傷をつけるだけで切っていくのはナイフを使います。

フリーハンドで切っていきます。なかなか難しいものですよ。木の繊維には向きもありますし、特に表板の場合木目が硬いところと柔らかいところが交互に来るので難しいです。


結構深くまで行かないといけませんので何度も切りつけていきます。1.5mm以上は切らなくてはいけません。

切り込みができたら彫っていきます。これはある程度割りながら進んでいくのですが繊維がうねっていると深く割れてしまうと溝が深くなりすぎてしまうので気を使います。

先端もきれいに合わせます。アマティの特徴は先の先まで滑らかなカーブがつながっていることです。
溝はパフリングがぴったり合うように加工すると隙間が空きません。隙間だけでなくカーブもきれいである必要があります。ナイフで切るときにミスがあると穴が開いてしまうわけですが、手製のパフリングは多少の厚さのムラがありますから、正確に切っても所々合わないところが出てきます。したがってやや狭めにしておいて細工用のやすりなどで少し広げます。これが時間がかかるんです。初めからぴったりの幅で溝を切ればその仕事は減りますが、隙間ができるリスクが高くなります。あまり狭すぎると時間がかかりすぎて集中力が落ちてかえって失敗し隙間ができてしまいます。

パフリングをはめてみてうまく合っているかチェックしながら行きます。

完成はアーチが仕上がった後に見ることができますが、ちらっとお見せしましょう。


アマティでも楽器によってパフリングの先端の印象はだいぶ違いがあります。たとえば白い部分の幅もう少し広ければ全く違う印象になります。また外側からの距離によっても印象が違います。アマティであっても毎回計算通りに作るのは難しかったということでしょう。

ストラディバリはもっと黒いラインが細いのです。中には太めのものもあって私が見ると「アマティっぽいな」なんて思ったりします。黒檀は新しいうちは黒々としているので気持ち細いくらいがちょうどいいです。今回は黒檀でも少し色の薄いものを探しました。交換されたチェロの古い指板を使っています。リサイクルです。

アマティのエレガントさ


裏板や表板のアーチが仕上がったところでもう一度全体のラインの美しさは見ていくこととしましょう。

アマティの場合には美しさを感じ取る心があって初めて楽器が出来上がるものです。機械にはできません。デルジェズの複製では全く逆の意味で手作り感あふれるパフリングです。私の場合には普通にやればアマティのように美しくできますから、デルジェズのような独特の雰囲気を出すには特別なやり方を考えなくてはいけません。そのうち紹介します。

最後にもう一枚


次回ももアマティのビオラのお話が続きます。