アマティ派のデルジェズコピーを作ろう【第2回】グァルネリ家についてです | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

グァルネリ家について見ていきましょう。
アマティやストラディバリ家が異常で品質や作風がバラバラなほうがヴァイオリン工房としては普通なのです。




こんにちはガリッポです。

クレモナ派のオールドヴァイオリンで興味深いのは、当時弦楽器を作っていた家はとても少ないということです。アマティ、ルジェッリ、ジェナロ、グァルネリ、ストラディバリ、ベルゴンツィなど同時に存在していたのは10件にも満たないです。

現在のクレモナは話を聞くと正式に登録されているのが100件以上で、それ以外にも200件以上あるそうです。またビザの関係で製作学校に籍を置いているEU外出身の職人もいることでしょう。働いている人はイタリア人ばかりではなく、中国や東欧の人も多くいるそうです。日本人ももちろんいます、腕の良い人も少なくないでしょう。

当然のことながらクレモナ市内にそれだけの弦楽器奏者の顧客がいるとは考えられません。私の働いている店は地元や遠方の演奏者が顧客になっていてひっきりなしに演奏者が訪れます。それに対してクレモナの工房は輸出がメインなのでお店に訪れる演奏者はめったにいないそうです。

このことの弊害としては、
①演奏者と接点がない
②修理の技術がない
③効率よく生産する腕前が評価される
ということが言われます。クレモナで「あの職人は偉大な人だ」とされても演奏者から不具合や音についての厳しい批評を受けていないことになります。また直接演奏者に販売するのと違い業者に卸すということは仕入れ価格で卸しますから低コストで作ることが求められます。演奏者に直接販売する場合と業者に卸す場合では作業にかけられる時間や手間が全く違うビジネスモデルだと考えられます。

輸出先としてはアメリカや日本で、特に日本は重要な市場でした。さすがに最近は経済力にも陰りが出ていますから、中国などにも売り込んでいるでしょう。近年に発売されたクレモナのヴァイオリン製作者について紹介する本も、イタリア語、英語、日本語、中国語で書かれています。なぜかヨーロッパ大陸の言語が本国以外ありません。なぜかという理由は本当は分かります。重要な市場ではないからです。

小売店を通さずに製造者から直接買うことはユーザーにとっても製造者にとってもお得です。
不便な点もあります、選択肢が少なく遠方まで訪ねていかなくてはいけなかったり、在庫が常時なかったりします。
そして難しいのは良し悪しを自分で評価しなくてはいけないことです。もし小売店が良心的な店であれば幅広い選択肢の中からその人にあった楽器を見たててくれることでしょう。

ただしこれは非常に危険なことでもあります。
弦楽器の売買について知れば知るほどそのような幸運は確率として低い業界であるということが思い知らされます。いずれにしても良し悪しを自分で評価しなくてはいけないのです。

弦楽器というのは粗悪なものでなくきちんと作れば誰が作ってもあっちが良ければこっちはダメ、こっちが良ければあっちはダメと得手不得手ができるだけで根本的に性能の優劣がつくものではありません。音色は微妙にすべて違います。有名な作者だからといって気に入るとは限りません、好みで選ぶ必要があります。


話がそれましたが、クラシックの本場以外で大人気のクレモナの新作楽器は300件も製造元があるのに300年前には数えるほどしかなかったのです。

オールドヴァイオリンが貴重なのは作っていた数が少ないことが大きな要因でしょう。ビオラやチェロに至っては本当に少ないです。現代の楽器よりもオールドが優れているとすればそれは作り方ではなく単に古さによるものだと考えるべきでしょう。


現代のヴァイオリンとオールドヴァイオリンについていろいろな考え方があります。
①現在には失われた秘密の製造法があった
②オールドの名工はずば抜けた天才であり現代人の才能では及ばない
③オールドヴァイオリンには作りの悪いものがあり、作りの完璧な新作にはかなわない


①現在には失われた秘密の製造法があった
楽器を調べればわかることですが古い楽器や音の良い楽器に特別なところはありません。確かに現代の楽器製作の作風は昔とは違います、これも音色のキャラクターが違うという程度のものでしょう。私がオールドの作風を再現すればキャラクターのそっくりの楽器ができますが、新品の楽器と使い込まれて300年経ったものと物理的に全く同じということはあり得ません

②オールドの名工はずば抜けた天才であり現代人の才能では及ばない
これもこのブログを読んでいただいている人にはお解かりでしょう。弦楽器の音は才能によって良くなるわけではありません。妥当に作ってあれば良いだけで音色などは好みの問題です。外観の美しさは才能によります、工芸品としての趣味なら才能は関係があります。

③オールドヴァイオリンには作りの悪いものがあり、作りの完璧な新作にはかなわない
前半は正しいかもしれません。ただし平凡な作りのオールドヴァイオリンやモダンヴァイオリンに対して新作は厳しいものとなるでしょう。何を持って完璧ということができるでしょうか?そんなものはないのでそれも平凡な作りにすぎません。劣悪と平凡の間しかないのです。多少の欠点があってもモダンヴァイオリンやオールドヴァイオリンが音響面で有利なのは確かだと思います。少なくともヨーロッパ市場ではそうです。

これも全くの新品と長年使いこまれたものが物理的に同じということはありえないからです。音色のキャラクターは作風による部分が多いので古いほど優れているということにはなりません。



単純にまとめてみましょう、極端な作風や粗悪なものを除くと・・・
①作りの違いは音色のキャラクターに影響する
②性能は古さによる
③見た目の美しさは造形の才能による

大雑把に言うとこんな感じです。音色のキャラクターも「音量感」には影響します。硬い音なら強く感じ柔らかい音なら弱く感じます、しかし本質的に「鳴っている」のとは違うと考えています。


したがってグァルネリデルジェズも特別音が良い作りをしているのではなく平凡なものです。平凡であることは粗悪なものよりずっと良いものです。それが250年以上優れたヴァイオリニストなどにに愛用されてきたのです。
作りの癖から生じる独自のキャラクターはあるでしょう。それにどれだけ迫れるかが研究のテーマです。決して他の現代の楽器より優れいているということではありません。もちろん生産地の名前だけが重要で音が分からない人たちが買っているような楽器に比べれば優れていると感じることもあるでしょう。

グァルネリ家

グァルネリ家は3世代に5人がヴァイオリン職人として知られています。

始めはアンドレア・グァルネリです。1626年?にクレモナで生まれています。ニコラ・アマティが1590年の生まれで家業を継ぐのが1620年です。アンドレア・グァルネリはニコラ・アマティの弟子になります。アマティの弟子を務めた後1654年に独立してクレモナに工房を構えます。

その翌年1655年息子ピエトロが生まれます。さらに1666年にジュゼッペが生まれます。
1683年までピエトロはアンドレアのものとで働き、そのあとマントヴァの宮廷の楽器製作者になりクレモナを去ります。ジュゼッペは1690年に工房を継ぎ、1695年に息子のピエトロが生まれます。1698年にアンドレアが亡くなると同じ年ジュゼッペが生まれます。

1720年にマントヴァのピエトロが亡くなり同じころジュゼッペが引退し息子のジュゼッペが工房を継ぎ、もう一人の息子のピエトロがベネツィアに移ります。

1739年に父ジュゼッペが亡くなり、息子のジュゼッペも1744年に亡くなります。最後まで残ったベネツィアのピエトロも1762年に亡くなりグァルネリ家の楽器製作は終わります。


ややこしいですね。同じ名前の人が続けて出来るからです。
もう一度確認しましょう。

1世代目がアンドレア、2世代目がピエトロとジュゼッペ、ジュゼッペの息子3世代目がピエトロとジュゼッペです。

2世代目のピエトロは「マントヴァのピエトロ」もしくは「ピエトロ・グァルネリ・フィリウスアンドレア」と言います。フィリウスは「息子の」という意味です。
2世代目のジュゼッペは「ジュゼッペ・グァルネリ・フィリウスアンドレア」と言います。単にジュゼッペ・グァルネリでもこの人を指します。

3世代目のピエトロは「ベネツィアのピエトロ」と言います。
3世代目のジュゼッペは「グァルネリ・デルジェズ」と呼びます。有名な話ですが、ラベルにイエス・キリストを意味するIHSが記されていたので「イエスのガルネリ」ということでデルジェズという通称がついています。最も有名なのはデルジェズで、普通ガルネリと言えばデルジェズを指します。ヨーゼフ・グァルネリウスというのはラテン語の読み方で同じ人物のことです。

作風の特徴

アンドレアのヴァイオリンの画像を見つけたのでいつものようにリンクしておきます。

http://www.ram.ac.uk/museum/item/25131
アンドレアの名前の楽器はアンドレア以外に二人の息子が作ったものも含まれます。これはca.1655ということでアンドレア本人のものでしょうか?アマティ家の特徴をはっきりと持っています。f字孔などは完全にアマティの形です。ただクオリティに関してかなり低いと言わざるを得ません。スクロールにはノミの刃の跡が完全に仕上げられずに残っています。この特徴は息子のジュゼッペと孫のピエトロにも受け継がれます。
http://www.christies.com/lotfinder/lot/andrea-guarneri-a-violin-cremona-circa-1687-4581121-details.aspx?intObjectID=4581121
こちらは1687年頃のものです。これは木材も良質で美しいものです。
http://www.christies.com/lotfinder/musical-instruments/andrea-guarneri-a-violin-cremona-circa-1690-4970794-details.aspx
1690年頃のものです。晩年ですからジュゼッペの手によるものかもしれませんね。

アンドレアのヴァイオリンは大型のものと小型のものがあり大型のものだと8000万円くらいします。とくに有名なのはビオラで近年コピーを作る人がとても多いです。アンドレア・グァルネリのビオラも胴体には息子のピエトロの特徴が、スクロールにはジュゼッペの特徴がみられます。息子たちが合作で作ったのでしょう。


マントヴァは英語の呼び方はマントゥアと言います。ベネツィアをベニスというのと同じです。マントヴァのピエトロはとても腕がよくグァルネリ家では最も腕が良い職人だと思います。腕が良いというのは工芸的な意味で美しい楽器を作ったということです。ピエトロの特徴はふっくらと膨らんだ高いアーチにあります。当時のクレモナ派の作者はアーチの高さはまちまちで定まっていないのが普通ですが、ピエトロの楽器には統一感があります。また、ミドルバウツの幅が広いのが特徴です。アマティのモデルは106mm位なのに対し110mm程度あります。ストラディバリは108mmくらいでデルジェズは110を超えるものが多くあります。先ほどのアンドレアのバイオリンもアマティ同様にミドルバウツが大きくくびれています。アンドレア・グァルネリのビオラでピエトロの特徴があるというのもこの点でミドルバウツの幅が広いです。
http://www.sheilascorner.com/guarneri1.html

値段はアンドレアと同様最高で8000万円くらいです。
http://reuning.com/pietro-guarneri-mantua-1714-geza-de-kresz-caressa-violin
これも大変美しいヴァイオリンです。画像の下の丸いところをクリックすると何枚が画像が見れます。


フィリウスアンドレアのジュセッペの作風はよくわかりません。
http://reuning.com/giuseppe-guarneri-filius-andreae-cremona-c-1715-20-violin

これなんかはきれいな楽器ですね、デルジェズにもこのようなモデルがあります。
スクロールに刃の跡が残っていることが特徴でデルジェズのヴァイオリンのスクロールもジュゼッペが作っていました。
楽器の値段はピエトロよりも高く億の大台に達することもあるでしょう。とくに有名なのはチェロでこの時代のチェロは数が少ないうえに「ガルネリ」というビッグネームですからとんでもない値段になります。


ベネツィアのピエトロは独特の癖のある楽器です。
アーチはマントヴァのピエトロのようにふっくらと膨らんでいて、スクロールはジュゼッペのものに似ています。モデルやコーナーのタッチはかなり独特でアマティの美しさとはまるで違う方向です。
http://www.bromptons.co/auction/23rd-march-2014/lots/176a-a-superb-violin-by-pietro-guarneri-venice-1740.html

値段は1億円近い値段がつくこともあるでしょう。チェロも作っていますこれも大変貴重なものです。


デルジェズについてはこれからおいおいやっていきましょう。
http://www.violinmusicschool.net/wp-content/uploads/2011/08/Mary-Portman-Guarneri.png
こんなのもありますね。
長いf字孔に特徴があります。他のグァルネリ家の作品はアマティの影響が強いです。
ビオラやチェロは基本的に作っていないと考えていいでしょう。父ジュゼッペの名前のチェロを合作もしくは父の代わりに作っていた可能性はあります。

http://reuning.com/notable-sales
グァルネリ家を含めていろいろ出ていますので参考にしてください。


値段についてはデルジェズが有名なので、それとの関連性が高いほど値段が高いと考えていいでしょう。同じ名前の父がデルジェズに次いで高価です。その次が兄弟のピエトロ、叔父と祖父はアマティと同じくらいの値段になっています。小型のモデルであればアマティよりもグァルネリ家のもののほうが高いかもしれません。なんといってもストラディバリウスと並ぶガルネリウスですから…

職人から見て父のジュゼッペが兄のピエトロより優れているとは思いませんが名前が同じということは聞こえが全然違うでしょうね同じ『ヨーゼフ・ガルネリウス』ですから。

隣人たち

アマティの弟子であるだけなく近所にも職人が住んでいました。

代表的なのはアントニオ・ストラディバリです。ストラディバリはマントヴァのピエトロよりも18歳くらい年上で近所に住んでいますから多少の影響はあったでしょう。ストラディバリの弟子のカルロ・ベルゴンツィも重要な影響を与えています。ベルゴンツィはストラディバリのもとで働きフィリウスアンドレアのもとでも働いています。ベルゴンツィを通じてストラディバリの作風がグァルネリ家にももたらされているということになります。弟弟子にあたるデルジェズの作風に大きな影響を与えたことは間違いないでしょう。f字孔もその影響ではないかと考えています。もちろんデルジェズが直接ストラディバリとかかわった可能性もあります。若いころの楽器には似ているものもあります。


小さな画像で見てもどれも同じじゃないかとよくわからないところもあります。
小さな違いが分かってくると面白くなってきます。
勉強していきましょう。