新幹線と蒸気機関車、モダンヴァイオリンとオールドヴァイオリン | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

これからの予定が立つまでもうちょっとかかるので今回も雑談で行きます。
ただ今いろいろ準備中でございます。




こんにちは、ガリッポです。


休みの間に興味深いことがありました。
1週間ほど2歳の赤ちゃんと生活を共にしました。
男の子ということもあって、鉄道にとても興味を持っていました。

面白いのは「のりものずかん」を見ていても興味がある「好きなもの」とあまりどうでも良い物があるということです。ページをめくるごとに指さしては乗り物の名前を言うのですが、新幹線があった時には驚いたように指をさして「しんかんせん!!」と言います。何度も見ているはずなのに新幹線が出てくると感動して喜んでいます。

それに対して在来線には全く反応もなく興味がないようです。特急電車でさえ新幹線とは全く違って雑魚扱いです。

なぜ2歳の赤ちゃんが新幹線を別格のものとして認識できるのでしょうか?
本当に不思議です。機械の性能や速度の概念を理解しているとは思えないのにです。

新幹線のスピードが速く機械として優れたものであるということは大人ならわかります。そういったものに魅力を感じるということがごく幼い時から備わっているというのは興味深いものです。


もうひとつ面白いのは、機械の性能が優れていればよいというわけでもないことで、蒸気機関車にも興味を示します。特急電車よりはるかに性能に劣る蒸気機関車ですがこれも赤ちゃんが大好きなものです。おもちゃで新幹線と蒸気機関車を連結させるという斬新な遊びをしています。


大人にとっても新幹線や蒸気機関車は魅力的で見たり乗ったりすればテンションが上がるものです。なんなんでしょうね?


世界の観光地でも最先端の新しいものを求めて大都会は人気があります。その一方で世界遺産など古いものが残っているところも人気があります。私が住んでいる町も街自体が世界遺産です。
観光客は古い街並みを目当てに集まります。郊外に行けばアメリカ式のショッピングモールやスーパーマーケットがありますが、そんなところを見てもしょうがないですね。生活するには便利なのですが観光客はそんなところを見に行っても面白くもなんともありません。

古い街並みに近代的なものがあればがっかりするくらいです。


このように古いものの魅力というのは物好きの趣味というだけでなく広く多くの人にも良さが分かるものではないかと思います。




私が小学生の時に給食に瓶牛乳がついていました。
あるとき瓶の印刷のデザインが変わりました。モダンでカッコいいものになったというので、初めのうちは新しいデザインのものがクラスに数本しかなかったので取り合いになりました。

それがいつしか新しいものが大半になり誰も見向きもしなくなりました。

この温度差はなんなんでしょう。


私は数少なくなった古いデザインの牛乳瓶をいつも抜き取って飲んでいました。
他の子どもは全く興味がなかったのですが、この時すでに古いデザインの魅力を感じていました。




ピラストロの弦の袋です。
年配の人は見たことがあるのかもしれませんが、私のような世代には素敵なものに見えます。

古い看板や缶や瓶などもアンティークとして人気があります。



話がヴァイオリンになってくるわけですが、そもそもヴァイオリンという楽器自体が最先端のものではなく古いものです。したがって弦楽器の魅力は古いものとしての魅力が大事なものだと感じています。

大きな音を得るだけなら電子楽器をアンプで増幅すればいくらでも大きな音が出せます。演奏も難しくコンピューターの音源ならプログラミングで自動演奏できます。それなのにヴァイオリンが今でも愛されている理由とはなんなんでしょうか?

オールドヴァイオリンとモダンヴァイオリン

弦楽器を選ぶときの基準は人によって違います。それは当然なことなのですが、何に魅力を感じるかということが人によって違うのです。聴力も個人差がかなりあるそうで生理的に嫌いとかいうこともありそうです。


新幹線と蒸気機関車のどちらが優れいてるかということで評価すると間違いなく新幹線ということになります。私が決められた時間に到着しなくてはいけないのであれば新幹線に乗ります。

しかし駅のホームで見かけたときになんだかわからないけど嬉しい気持ちになるという点では蒸気機関車が上回ります。観光に出かけたとき、蒸気機関車が走っていればぜひ乗りたいと思うでしょう。


同じようにヴァイオリンにも古いタイプのものと新しいタイプのものがあります。
1600年代に本格的にヴァイオリンが作られるようになりましたが、1800年に近づくと改良されたモダンヴァイオリンが考案されました。組織的にこれを確立したのはフランスでおそらくさまざまな試行錯誤の末音量に優れたものが完成しました。これらフランス風のモダンヴァイオリンはヨーロッパ各地に伝わりいずれの地域でも古いタイプのものは作られなくなりフランス風のヴァイオリンに切り替わりました。

現代のヴァイオリンを見たときにどの作者のものもよく似ているなと感じるのは、このようなモダンヴァイオリンが基礎になっているからです。

これだけモダンヴァイオリンが普及したのはそれが優れていると考えられたからでしょう。
蒸気機関車が廃止されディーゼルや電気機関車になったように劣っていると考えられた古いタイプのヴァイオリンは作られなくなったのです。

現在のヴァイオリン製作界の常識では「モダンヴァイオリンが正しいヴァイオリン」とされています。したがってモダンヴァイオリンと違うものを作ったら評価されることはありません。「劣っているオールドヴァイオリン」はバカにしてさげすむ対象でしかなくここから学ぶことなどないのです。


その一方で弦楽器の売買の世界ではオールドヴァイオリンはとても高い値段がついています。特にイタリアのものはとんでもない高価な値段になっています。

職人の間では同じようなものを絶対に作ってはいけない劣っているダメなオールドヴァイオリンが最高級の名器として扱われています。


この矛盾が弦楽器の業界には存在しています。


断っておきますがオールドヴァイオリンも今ではほとんどは改造されてモダン仕様になっています。今お話ししているのはバロックバイオリンのことではありません。モダン仕様のオールドヴァイオリンとモダン仕様のモダンヴァイオリンの話です。

数千万円出しても理想的なヴァイオリンなどない

実際に1000万~2000万円くらいの予算では理想的なヴァイオリンを買うことができません。もっというといくら出しても理想的なものなどないのかもしれません。

このくらいの予算では、一流のモダンヴァイオリンか2流3流のオールドヴァイオリンのどちらを買うかで意見が分かれます。これはプロのヴァイオリン奏者でもです。

先ほどの職人の常識で考えればモダンヴァイオリンのほうが優れているはずです。
一方でオールドヴァイオリンにも捨てがたい魅力がある場合もあります。

単純化して考えれば音量を重視して作られたモダンヴァイオリンは音量に優れ、オールドヴァイオリンは音色に味があり美しいという魅力があるということになります。

したがって演奏者はモダンヴァイオリンなら自分で美しい音を作る必要があり、オールドヴァイオリンなら絶妙な加減でうまく音量を引き出す必要があります。

一般の人が弾いても全く鳴らないオールドヴァイオリンを上級者の人が見事に鳴らしていることがあります。またモダンヴァイオリンから何とも言えない味わい深い音を作り出している人がいるのです。

いずれにしてもただ弾いただけでは勝手に理想的な音で鳴ってはくれないということです。また、うまく使いこなせれば何でも良いということにもなります。

どんなヴァイオリンを買ったらいいのか?

私は無責任にブログをやってきましたが、実際に楽器を購入する参考にする人がいらっしゃるようです。いくつかのタイプに分けて考えてみましょう。

①オールドヴァイオリン
②モダンヴァイオリン
③新作のヴァイオリン

①オールドヴァイオリン
地域や作者年代によって作風が様々、状態も様々。したがって当たり外れが大きく有名なものは極めて高価。スチューデントヴァイオリンや現代のヴァイオリンから持ち替えてうまく鳴らないことも。落ち着いた音で音色に味わいがあったり柔らかい音のものがあったりするが耳障りだったり窮屈な鳴り方のものも少なくない。

②モダンヴァイオリン
フランスで考案された「フランス風のヴァイオリン」。19世紀フランスのものは作風が似通っていて音量に優れるものが多い。その後各地に伝わりヨーロッパ各国で作られる。音の強さは100年くらいで最大になるがやかましい音と紙一重。

③新作のヴァイオリン
作り方がマニュアル化されているので有名無名に関わらず優秀な職人ほど作風は似通っている。典型的なものは明るい音で味わいは薄く新しいものはまだ鳴らない。

新作に存在価値はない?

単純に考えれば音量を優先するのならモダンヴァイオリンということで音色を重視するならオールドヴァイオリンということになるでしょう。

ただし、楽器によって人によってはモダンヴァイオリンの音色が好きという人もいるので絶対ではないのです。ヴァイオリンは一つ一つ音が違うのでそう単純な事でもないのです。モダンヴァイオリンなら何でも音量があるというわけでもありませんし。


いずれにしても典型的な新作のヴァイオリンはあまり優位性がありません。
「いかにも新しい楽器」という明るい音が好きな人もいるでしょう。ただ50年くらい前のもののほうがカラッとした音で音量に優れていると思います。
値段も新作と同じかそれより安いこともあります。

そのためヨーロッパではあまり売れていません。アメリカや日本への輸出をメインにしているイタリアを除けばどこの国の職人も修理の仕事が多くなっています。


新しいヴァイオリンでも弾き込んでいくことで音量は改善されていきます。
楽器をフルに鳴らしきるほど改善は進んでいきます。ただし明るい音色はそのままで「いかにも新しい楽器の音」はそのままです。


音量を重視してヴァイオリンを選ぶならモダンヴァイオリンを選ぶべきです。



アマチュアなど必ずしも音量が最高でなくても良いという人もいると思います。
そうなると音色を重視で楽器を選んでもよくなります。
明るい音が好みなら新しいヴァイオリンも選択肢に上るでしょう。

オールドヴァイオリンは極めて高価である上に弾きこなすのが難しいものも少なくありません。
ドイツなど比較的マイナーな流派なら安い値段で買えるものもあります。100万円以下で買えるものもあります。これらは理想的な音とは限りませんので実際に試す必要があります。状態のひどい楽器を買ってしまうと修理代が楽器の値段を超えてしまうこともあります。


私がオールドヴァイオリンの実物をもとにそっくりに作ったところ、音色もよく似たものになりました。したがって「典型的な新しい楽器の音」はその作りに原因があると思われます。作りをオールドヴァイオリンのようにすればオールドヴァイオリンのような音色のヴァイオリンを作ることができるのです。

しかし音量は100年以上前のモダンヴァイオリンには到底かないません。
それでも一般的な新作のヴァイオリンと同等かそれ以上のもにはできるようです。


絶滅が危惧されるオールドヴァイオリン

オールドヴァイオリンのスタイルは否定されてしまったので作れる人がほとんどいません。蒸気機関車を作っているメーカーがなく作り方を知っている人がいないのと同じです。

150~200年間オールドのスタイルの楽器は作られていないのでそのうちオールドヴァイオリンが古くなって使えなくなるとそのようなヴァイオリンはこの世からなくなってしまいます。

現代の主流とは全く違うこのようなヴァイオリンを作れる人はとても少ないのです。私はモダンヴァイオリンも現代的なヴァイオリンも作ることはできますが、それは他の人に任せるとしてオールドのスタイルのヴァイオリンを作っていきたいと思っています。

私が作っている弦楽器は一般の人からするとまともなものと思うかもしれません。
しかし現代の職人の間ではかなり無茶苦茶なものです。場合によっては、弟子がこんな楽器を作っていたら師匠とけんかになって破門だのなんだの大変なことになってしまいます。

現代のセオリーが正しいのか疑問を持つことさえ許されないのです。
疑問を持ったところで目が良くなければ古い楽器の作りの違いを見分けることもできません。



これからアマティ型のビオラとデルジェズの複製ヴァイオリンを作っていきたいと思っています。このスケジュールがまだ決まっていません。研究は始めています。

アマティ家からグァルネリ家への作風の影響というのは本当に面白いものです。
すでにデルジェズの作風がどのように成り立って行ったのかわかってきています。
どの本にも書いていないような面白い内容だと思います。

グァルネリ・デル・ジェズのヴァイオリンは現代の職人がプロとして認められる技術水準に達していないものがたくさんあります。にもかかわらず見ていると不思議と不細工ではないのです。
粗雑な楽器が美しく見えてくるという謎の現象が起きます。

古さが醸し出すわびさびというのもとても大きな要素ではあると思いますがそれだけではないのです。

私の目がすっかり現代の職人のものとは変わっていてマヒして基準が甘くなっているのかもしれません。


私が注目しているのは、デルジェズは雑にいい加減にヴァイオリンを作ったのですが、アマティ家やグァルネリ家のものがベースにあるのです。そこが近代現代にただいい加減に作られた楽器との違いだと考えています。



かなり大ざっぱな分類になりましたが参考にしていただければと思います。