おかげさまで、有意義な休暇を過ごせました | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

休暇の間に日本に帰国して10人ほどの人に実際に私が作った楽器を試して弾いて頂きました。

皆さんとても温かい方ばかりで楽しく貴重な経験となりました。
これまで職人として技術的な仕事ばかりしていましたが、やはり直接ユーザーにお会いするのは職人の道を究めるうえでも重要なことだと考えています。

その結果感じたこと考えたことをお話ししていきたいと思います。



こんにちは、ガリッポです。


私がいつも言っているような内容はネットでもあまり他にないそうで楽しみにしてくださっているとう方が何人もいらっしゃってそういうお言葉は励みになります。

日本の弦楽器の状況についても多く知ることができました。お店発信ではなくて使い手の意見が聞けたのが大変参考になりました。「業界の動向」ですと売れ筋や値上がりしそうとかこれから売れそうな・・・というような「売れる」「売れない」という情報になってしまいます。当然今回お会いした方々は私のブログを読んでくださっているということで弦楽器についてとても関心の高いユーザーということになります。

我々の業界であっても多数の人たちが関心を持つのはどうしても「お金」です。あの楽器が音が良かったとか美しかったとか安くていいものだった・・そういうことはあまり話題に上がりません。

私は楽器自体のほうに興味があってあまりお金のことに興味がないので「自作の楽器を売る気があるのか?」というふうに指摘していただくこともありました。皆さんのほうが自分の職業で厳しい状況の中で働いていらっしゃるのかもしれません。

現在は資本主義の世の中なのでその中で正しく生きてらっしゃる方もたくさんいると思います。しかしヴァイオリン職人という職業はもっと古くからあるもので今の時代の考え方でとらえてしまうというのは何か見逃す部分が出てくるのではないかと思います。もっと時代を超越したような視点でやっていきたいなと思っています。皆さんからは「かなり変わった人だな。」と思われるのかもしれません。しかし歴史を学び時代を超越するということは未来を作っていくことになると思います。とてもわくわくして活動しています。

現代の常識、現代の産業がどのようにして成り立ってきたかというのは私がとても関心を持っている分野です。アメリカの19世紀後半から20世紀前半の産業の歴史にとても関心を持っています。工具の話でたまに出てくると思います。今はその前のイギリスの本を読んでいます。

ビジネスや産業について基本的なものの考え方や職業観などの基礎がイギリスやアメリカによって築かれた部分がかなりあると思います。それに日本独特の「勤労の美徳」がさらに乗っていきます。面白いのは私のいるヨーロッパの書店で雑誌を見ていてもほとんど趣味や遊びのものばかりで日本と違ってビジネスに関するものはとても少ないです。
ヨーロッパの優良企業は生産性が高く、国全体としても少ない労働時間で豊かな経済を維持しいています。日本では「末端のすべての労働者も経営者の視点を持て」というような風潮がありますがヨーロッパは経営者は経営の専門家で末端の労働者は自分の仕事にしか興味がないようです。給料が少なければストライキを起こすのが仕事です。

帰国した時に見て驚くのは公共放送のNHKがノンフィクションや朝の連続ドラマでもビジネスを話題にすることがよくあるのです。ヒット商品をいかに生み出すかなどそういうテーマにとても興味があるようです。国民がみな経営コンサルタントであるかのようです。

ところが弦楽器は近代的な産業ではないので無意識の前提の多くを捨て去る必要があると思います。



また、余暇時間が長い欧州では遊びや文化に人々が時間を費やすことができます。週休2日で毎日定時に帰れれば弦楽器を演奏することもできますが、日本のように余暇の時間がなく疲れて切っていれば弦楽器を弾くこともできません。その意味でも日本特有の勤労の美徳というものは弦楽器についてだけ言えばマイナスの面もあるということです。


国によるとらえ方の違い

イギリス、アメリカの発展があってそのあと日本です。弦楽器はそれより前からヨーロッパ大陸にあったものですが日本に受け入れられる過程でイギリスやアメリカの文化の影響というものがあるのではないかと思います。

今や日本の国民食ともいえるカレーだってインドから伝わったのではなく、諸説あるようですがイギリスやアメリカを経由して伝わったのでしょう。日本でカレーはもともと「洋食」で西洋の料理ですが、ヨーロッパの目線で見るとカレーは「アジア料理」なのです。逆に寿司は日本の料理ですが私の師匠などもちょっと前までは「生で魚を食べるなんてことは考えられなかった」と言っています。ヨーロッパにはアメリカを経由して寿司が伝わったのでアメリカ風の寿司の影響が強いです。寿司というよりはSUSHIです。

弦楽器についても同じことが言えると思います。
クラシック音楽の本場中央ヨーロッパから直接ではなくイギリスやアメリカを通じて伝わったと考えていいでしょう。



本場だから正しいということはありません。イギリスにはイギリスのアメリカにはアメリカの趣味趣向があって味わい深いものだと思います。また彼らも本場の楽器を学んだり、どの国でも共通する普遍的なものもあります。

私は特定の国の文化をバカにしてさげすむよりも、いろいろな文化や味わいを知るのはおもしろいものだと思っています。国に対してはいろいろなイメージがあるかもしれませんが優れた文化というのは国境を越えて伝わっていくものです。軍事力では負けても美を愛する心を支配してしまうのです。

今回お会いした方の中で戦前のアメリカ製のヴァイオリンを使っていらっしゃる方がいました。私が働いているヨーロッパの地域では全く見たことがありません。楽器自体はヨーロッパの職人が作ったものと変わらず言われなければアメリカのものだとは分からないものでした。どこの産地の木を使っているのかなど気になる部分もあって興味深いのですが木目やニスの風合いはとても美しい物でした。

日本には日本の趣味趣向があることは決して悪いことではないと思います。しかしながら選択肢が限らていて他の味わいに触れる機会がないというのは残念なことです。日本だけの独特な趣味趣向をそうだと知っているのは良いのですが、それがあたかも世界中、本場でも同じだと思い込んでいるのは大変な無知です。

日本人が好む音は?

これまで私が手探りだったのは「日本人がどんな音を好むのか?」という点でした。もちろん人によって違いますから国籍でくくるのは間違っています。

しかし日本の市場で入手可能な楽器がどんな音をしていてユーザーはどんな音のものを使い、満足したり不満を感じていたりするかそういうことが聞けたのはブログで話を進めていくためにも有益でした。

これまでも紹介していましたが、オーストリアの弦メーカー、トマスティクの分析は「ヨーロッパでは柔らかくて暗い音を好み、日本では明るくて輝かしい音を好む」というものでした。実際に使われている楽器の音の傾向なのだと思います。

ここで疑念なのは日本人は好きでその音を選んでいるのか「それしか売られていないからなのか?」という点です。私が作る楽器は柔らかくて暗い音ですから日本人の好みからは外れているように思えます。実際に試してもらいました。

その結果多くの人からは「新しいヴァイオリンらしくない音」だと言っていただきました。日本で売られている典型的な新作のヴァイオリンとは明らかに音が違うということはほとんどすべての方に認識していただきました。

問題は好むか好まないかという点ですが、決してほとんどの人に嫌われるということはありませんでした。面等向かって作者に「この音は嫌いだ。」とは言いにくいのかもしれませんが、とても好んでいただいた方が何人もいました。

おそらく私が心配していたのとは違い日本人に「暗い柔らかい音」は嫌われるものではないということだと思います。すべての人が好むわけではないでしょうが、他に作れる人が少ないのであれば日本市場にも一定の量は必要なのではないかと思います。

そのあたりが私の役割ということになるのかもしれません。

古いヴァイオリンを好むヨーロッパ人と新しい楽器を買う日本人

私がヨーロッパで働いていて厳しさを感じるのは、人々が古いヴァイオリンを求める傾向が年々強くなっていることです。特に50~100年前の楽器は音が強く聞こえるものが多くあり、その点について新作ではまったく太刀打ちできません。特別有名な作者のものである必要もなく、大量生産品の上等なものでも古い物に新作はかないません。値段も豊かな現代の生活水準から算出された新作の値段と同じかそれより安い値段で強い音の楽器が買えるので新作の楽器を買う人が少なくなっています。日本のようにバカ高い値段で新作を買う人は滅多にいません。

周りにもそういう楽器を持っている人がたくさんいる中で「もっと強い音」と要求が強くなっていて、耳障りだとか金属的な音とかを嫌がる人が少なくなってきました。したがって、トマスティクの分析は「柔らかい音」ということでしたが、耳障りの音の楽器が多いので柔らかい音の弦が好まれるということなのかもしれません。絶対的に柔らかい音が好まれているわけではなさそうです。


それと違い日本では新作のヴァイオリンが好まれる傾向があります。売るほうとしても古い楽器は入手が安定せず、修理のために職人を雇う必要があり、作者の特定が難しいという問題もあります。新しい楽器のほうがはるか入手するのが楽です。Eメールを作者に送るだけです。

業者が仕入れなければ古い楽器を欲しがる人も少ない、欲しがる人が少なければ業者も仕入れないという循環になっているのではないかと思います。


新しい楽器で強さを求めた結果が「輝かしい音」のなのかもしれません。
ただ今回分かったように皆が皆輝かしい音を歓迎しているわけでもなさそうです。

次回は・・・

ヴァイオリンには音量と音色という永遠のテーマがあります。その辺について具体的に考えてみます。



実際にお会いしてお話をするとずっとリアルな話ができます。
信用できる業者が見つからないとか、見つけるまで苦労したなどと言うお話も伺いました。
いろいろな悪事の数々を教えていただきました。どこまでが本当でどこまでがうわさかわかりません。
悪事をばらすのはブログのテーマと関係がないのでやりません。

技術者の視点で楽器を見たときの見え方というのは、ディーラーの見え方とは全く違うことがあるでしょう。私にはディーラーが高く評価するものに価値を感じなかったりその逆もあります。

それは当然なことで立場が違えば見え方も違ってくるのです。

プレイヤーにはプレイヤーの視点もありそれもまたまったく別の基準になっています。私たち職人はその声に耳を傾ける必要があります。ふんぞり返って偉そうにしていることは職人の道を究めることにはなりません。


総合的な知識を深めるために実際に楽器を作っている技術者の視点も知ってもらい、私も勉強するというのがこのブログの目指しているところなんです。