気楽にストラディバリを味わう【第24回】演奏に必要な部品を取り付ける~駒の設計 | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

これまで作ってきたストラディバリの複製も、いよいよ最終段階です。
ニスが塗り終わって次にすることは演奏に必要な部品を取り付ける作業です。

消耗部品でもあり、弦楽器職人が在中しないような楽器店で売られている量産品ではこれらに不具合がある場合がありと演奏が困難になることもあります。
直すには5万円くらいになることもあります。また中古楽器などですべてを交換すると10万円くらいは見ておいたほうが良いでしょう。

高価な新作の楽器でも、クレモナのように業者に卸すだけで直接演奏者と接点がない職人では、販売店の職人が手直しをしなければ売ることができないこともあります。



▽ 気楽にストラディバリを味わう ▽

ブラインドテストで低い評価を受けるのがしばしばのストラディバリウス。
「そんなもの研究しても意味ないじゃん?」と頭の良い人は指摘するでしょう。
そう固いことを言わず、何億円もかけずにストラディバリを味わって楽しんではいかかでしょうか?




こんにちはガリッポです。


試演奏の希望を調査しています。今回製作中の楽器を弾いてみたいという人は次の記事を読んでください。

今のところ、何とか手におえそうな人数の方が興味を持っていただいています。今後も閲覧者が増え続けると、会場を抑えたりとかということになってしまうかもしれません。今回は一人一人にゆっくりとお話ができるかなと期待しています。

皆さんの意見を聞けることは私にとってもブログにとっても良いことです。皆さんが知りたいことが分かれば研究の目的もはっきりします。


毎回楽しみしていただいているというお言葉もいただいています。励みになります。




このブログで私は、弦楽器について、評判や噂、値段やウンチクなどに惑わされないで、偏見や思い込みを捨てて楽器に直接向き合うことをお勧めしたいです。

私は「音が良い楽器はこういうものだ。」とか「良い楽器とはこういうものだ。」ということはほとんど言っていないと思います。ひどくなければ何でも良い。それぞれみな音や形が違って面白いものです。私はマイナーな作者の楽器でも量産品でもいつもどんな音がするのか楽しみですし、作りを見ていくと面白いものです。

一方で、ずさんな作りの楽器では修理の仕事も嫌になります。ちゃんと作っておかないとどこもかしこも直さなければいけません。


良い音の楽器を見分ける最良の方法は実際に音を聞いて判断することです。

当たり前です。

でもこんな当たり前のことが理解できない人がたくさんいます。
以前ある中国人のお客さんが私の勤める店に来ました。


どこかで聞きかじったのか「イタリアの楽器が優れている」と信じているらしく、「イタリアのヴァイオリンはないか?」と聞いてきました。予算を聞けばまともなイタリアの楽器が買えるような予算ではなかったので、ドイツの良質な楽器を勧めました。「これはイタリアの楽器か?」としつこく聞いてきます。「イタリアの楽器ではないけど良質な楽器だ。」と説明すると「じゃあこれはイタリアの楽器と同じか?」と聞いてきました。イタリアの楽器じゃないですよ、良質なドイツの楽器です。

別の中国人のお客さんはよくわかっていらっしゃって私が見ても「いいセンスだな」と思うような良質なフランスの楽器を弾いている人もいますから、中国人をみな悪く言うつもりはありません。

この例では、楽器が良いか悪いかではなくて興味は、イタリア製かそうではないかだけです。話にならないので残念ながら2度と会うことはありませんでした。


ブログの読者の皆さんならもうお分かりでしょう。
その楽器が良いか悪いか、音が良いか悪いかに注目していないのです。音が良い楽器を見分けたいのなら音を実際に聞くしかないのです。


またこういうことを話される人もいました。
「裏板のある部分をタッピングでたたいたときにこういう音になっているのが音の良い楽器だ」と言うのです。

これもおかしな話です。
音が良い楽器は実際に弾いて確かめれば良いでしょう?



楽器を実力以外で評価しようという試みはとてもばかげています。
なぜかそのことにとても熱心でさも「絶対の真理」のように信じているのです。


長い歴史の中で東アジアの人にとっては実力以外で人や物を評価するというのは当たり前のことで、染みついてしまっています。「実力で評価されることはない」というのが前提で偉い人に認められるために努力し全力を尽くしています。

もちろんヨーロッパでも実力で評価されないことはよくあるでしょう。しかし、初めから実力で評価されない前提ではないと思います。実力で人や製品を評価している様相を取っていなければ非難の対象になります。

東アジアの人たちは実力で評価することをあまりにもあきらめてはいないでしょうか?


ヨーロッパでは工業製品を買うときも、メーカー名や生産国をあまり気にしません。気に入った製品があれば歴史の浅いメーカーでも知名度が低くても喜んで購入します。日本の工業製品が欧米で受けれられたのはそのためです。

私は日本のことについて知る機会はネットしかないのですが、日本の人たちは工業製品の話になった時、メーカー名の話になったり、国の話になったりします。意外にも製品そのものについては語られないのです。

日本の家電メーカーが海外で苦戦したり、自動車メーカーがヨーロッパで苦戦しています。これは日本のメーカーが失策して信用を失ったのではなく、他に良さそうな製品が売っていたのでそれを買っただけです。

日本人はあれだけ品質の良い製品を作って来たんだから日本のメーカーのブランドは人々に絶対的に信用され他の製品には手を出さないだろうと考えるかもしれません。しかし、欧米の人たちは無名な新しいメーカーが出てくると喜んで購入するのです。

品物が良ければだれが作ったものでも何でもいいというのがヨーロッパの人の考え方です。逆に言うと悪質な製品がたくさんあり、有名ブランドでさえボッタクリを繰り返してきたので、誰も信用せず自分の目で品物を見定めるということが当たり前になっています。

「高級ブランドと言えばヨーロッパのものが多いのにどいういうこと?」と思うかもしれません。ヨーロッパはブランド商売の本場だからこそ人々は鵜呑みにして騙されないように対抗する知恵を付けています。ルイ・ヴィトンなどは日本向けが大半で、こちらの20台の女性に言ったら「何それ?」とルイ・ヴィトンを知らなかったです。


弦楽器でも同じです。自分で弾いて確かめなければ納得しません。
ヨーロッパで商売をするのなら音が良くなければいけません。一昔前なら職人は尊敬され信用されていて待っていれば注文が来ました。今では電話で予算内で試演奏できる楽器の本数が少ないと知れば店に来てもくれません。
かつてヨーロッパで修業された私たちの先人の職人の方々も今の状況を知ればその変わり様に驚くと思います。


日本人は自分に自信がないので「自分なんかは楽器の音を評価できる身分ではない」と考えています。こちらでは全くの初心者が「この楽器は良いな」「これはダメだな」と言って品定めをしています。子供でも「これが好き」ということでお気に入りの楽器を選んでいます。


私たち製造者からすれば楽器を実力でのみ評価するお客さんは厳しいです。
音が良くなければ商売にならないのです。
ウンチクで騙されてくれないのですから…


逆に言えば音が良ければだれでも買ってもらえるチャンスがあるのです。
私は幸運にもこのような環境に恵まれたため、偉い人に認められるための努力や、名前を売るための努力、都合の良いウンチクで相手を思い通りにするための努力ではなく、楽器を魅力的にするための努力に労力を費やしてくることができました。


消費者が選ばないメーカーは倒産してしまうわけですから、消費者の質がメーカーの努力の矛先を決めると言ってもいいと思います。多数派のユーザーのセンスがその国のメーカー、販売業者のセンスそのものなのです。


現代の楽器製作では地域による差がありません。
国による差よりも個人の差のほうが大きいです。
新作の楽器の作者の名前を伏せて音だけを聞いてどこの国の楽器か当てることなどできません。私のような職人が見ても、見た目でどこの国の楽器か当てることは良く知っている特定の流派などごく一部の楽器しかできません。

このブログを通して少しは楽器への向き合い方を身に付けてもらえたらと思っています。

サドルの取り付け

普通はサドルはニスを塗る前に取り付けますが、イミテーションの塗装の関係であとで付けます。これを取り付ける作業で胴体に傷がついたり、ニスが十分硬くないと作業中にややこしいことになってしまいますが、イミテーションの場合は傷がついても構いません。いい加減なもんです。

サドルとは表板の下部についているものでテールピースをつなぐテールガットの枕になるものです。


白線のように材料を取ります。なぜこんなに斜めにとるかというと、木の繊維の方向が斜めになっているからです。業者から材料を買った段階では繊維の向きを無視してノコギリで切ってあります。
これを割ってみます。


右側を割りましたが、線の通りに割れているでしょう。木材というのは繊維に沿って割れるのです。割り箸を割るときに真っ直ぐに割れないのは繊維が斜めに入っているからです。いくら気を付けても無駄です。

安い量産品では繊維の向きなんて無視して作られていますが、あとで加工がしやすいのです。美しく加工しやすいのです。

表板の下部中央を切り取ります。

黒檀のサドルの幅が合うようにします。少し緩めにしておくのがポイントです。表板が縮んで割れてしまうの防ぎます。
まだ接着をせずにサドルを加工します。

こんな感じです。これはうまくテールガットがかかるようにしないと弦の力に引っ張られてサドルが外れしまうことがよくあります。また周辺との接着面も合っていないと同様です。
小さいものですが意外と手間のかかる作業です。黒檀を削ると刃物はすぐにダメになってしまうので使った刃物はすべて研ぎ直さなければいけません。

それと注意するのは高さです。これは音にも影響があります。アーチが高ければ理論上サドルも高くするべきです。初めはできるだけ高めにしておいて音を出してから下げていくこともできます。過去に試したときは低くするとざらざらしたような刺激的な音になりました。

ストラディバリの時代にはテールピースの構造が現在とは違っていてサドルは低く、表板のエッジと同じ高さでした。バロックヴァイオリンではそのようにしますが、モダン楽器では写真のように高くします。

指板を仕上げる

ニスを塗るときには外していた指板を取り付けます。昔は指板を付けたままニスを塗って指板の下はニスを塗ってなかったなんていう流派もあったそうです。私はやりやすいようにやっています。

指板を取り付けたところで、カンナを使って指板の表面を仕上げます。これは指板を接着すると少し変形するからで、私は必ず指板を接着した後に指板を削りなおします。特にチェロで深刻です。


そこまで細かいことを気にするのか?という人もいるかもしれませんが、確かに直線定規で調べてみるとわずかに狂っていました。


指板はうまく加工されていないと弦を抑えにくかったり、異音が発生する原因になります。特にコントラバスやチェロでは問題が起きやすいです。

指板は黒檀という木材でできていてこの木材は大変い硬く加工が難しいものです。指板がうまく削れれば職人として使い道があるということで職人の実力の一つを測ることができます。国籍や学歴は関係ないのです。技能職は便利です。有名な職人に師事したとしても指板がうまく削れなければダメです。父親が世界的なオーケストラのヴァイオリン奏者だと偉そうにしている職人がいました。演奏者のお客さんからのウケはいいかもしれませんが指板がうまく削れないと使い物になりません。偉そうにせずに腕を磨くべきです。


私は実用で必要以上にきれいに削ることに挑戦してしまいます。きれいに削れるとうれしいものです。上司が商売人なら「時間をかけすぎ」と怒られるところですね。


指板は演奏を続けていると摩耗してきます。弦は金属でできているか金属を巻いてあるからです。むき出しのガット弦の時代ならそんなに深刻ではなかったのでしょうが金属を押し付けそれが左右に振動しているわけですから削れていくのも無理はありません。

プロの演奏者の場合1~2年もしたら削りなおす必要が出てきます。アマチュアでも5年もしたら削りなおす必要があるでしょう。削りなおすごとにどんどん薄くなっていきますので薄くなりすぎたら交換が必要です。交換すると駒の高さも変えなくてはいけませんので駒も新しくする必要があります。

また、使用していなくても指板が勝手に曲がってくることがあります。これは天然の木材でできているからです。ねじれてくるものもあります。低音側だけが下がってきたりすることもあります。

これについてはチェロの安い指板では頻繁に起きますが、高い材料でも起きるので運としか言いようがないです。


この指板は黒檀の質が良いので色などは付けていません。黒檀そのものの色だけです。今回は亜麻仁油を染み込ませるだけです、光の屈折で黒々とした濡れ色に見えます。樹脂を混ぜるとさらに濡れ色に見えます。今回はつや消しの黒で良いと思います。

日本の方で演奏すると指が黒くなるという方が何人かいました。黒々として見栄えが良いと考えて指板に色を付けている店があるのでしょうが、止めたほうが良いと思いますね、演奏するごとに指が黒くなるのは汚いですね。

安い楽器で白い木や安い黒檀を黒く染めてある場合もあります。この時も木材に黒い染料を染み込ませたら表面に残っているものはすべてふき取る必要があります。

良質な黒檀まで黒く塗るのは私には理解できません。

ペグの取り付け

ペグを取り付けます。

ペグというのは調弦するときに使うものですから、上手く機能することが大変重要です。見た目の印象にも影響しますが、そちらばかりに気を取られないで正確に加工することが大切です。大量生産品で工場でつけられたペグはみなひどいものです。私の求めるクオリティで言うとほとんどの場合交換が必要で初めからペグを付けていない状態でできるだけ仕入れた方が良いです。

ペグというのは使っていくうちに摩耗していくのでまめに削りなおす必要があります。さらに曲がってくることもあります。回転軸がぶれるのでスムーズに回らなくなります。4本のペグのうち一つだけに起きることもあります。

削りなおすと細くなって奥に入っていくので、その都度短くなっていきます。5年に一度は手入れが必要です。

今回使用するのはこれです。

これはドイツのローレンツというメーカーのものでドイツ製です。ドイツにはもう一つテンペルというメーカーがありどちらも大変高価なものです。テンペルのほうは日本でも売られています。ローレンツは品質が抜群に良い代わりに生産数が少なく、入手が困難です。生産数が多く入手が簡単なテンペルは日本でも買えますが品質が劣ります、高いだけです。

中国製の安いものも見た目は悪くないのですが、材質が悪くて折れたり割れたりすることがありますし、サドルの時に説明したように木の繊維が真っ直ぐに入っていません。

そこそこの値段でそこそこの品質のものがあるといいのですが、悪いものは使えないので今回は一番品質の良い高いものを使います。


今回使うものは材質はツゲです。ツゲのものはオールドの名器によく使われるので複製品にはマッチします。鮮やかなオレンジ色のフルバーニッシュの新作につけると似合わないと思います。これが高いのは根元に黒檀のリングと先端に球が飾りとしてついているからで、飾りがついていなければシンプルな黒檀のペグと値段は変わりません

むしろ真っ黒の黒檀のほうが材質としては硬く耐久性に優れています。使用頻度の高いプロの演奏者の場合にはむしろ黒檀のものを薦めています。業務用という感じです。今回は名器の雰囲気を楽しむためにツゲのものにしました。

黒檀は森林保護のために制限されています、今後は黒檀のほうが高価な材料になるでしょう。


鉛筆削りのような道具でペグを加工します。買ってきた状態では正確に加工されていないうえ、保管されている間に曲がったりするので削りなおします。軸が真っ直ぐでないとペグがうまく回転しません。

重要なのはよく切れる刃を使うことと、調整して傾斜をきっちりペグボックスの穴と一致させることです。また削るには回転するときに均等に力を加えることが重要で、研修で来ていたヴァイオリン製作学校の学生はうまくペグを削る力加減ができなくて苦労していました。ガクガクとなってしまうと断面が真円でなくなってしまいます。

鉛筆削りも私がやるとうまいですよ。


新しく削ったところは色が明るくなります。もともとツゲという材料は黄色身がかった白い木材で、染めて茶色にしてあります。

染めるには硝酸を使います。硝酸は強い酸なので中和する必要があります、アンモニア水を使いました。酸に木が侵されすぎるともろくなり折れやすくなります。


元のようになりました。

ペグボックスに穴を開けるのはこのようなリーマーという道具を使います。先ほどペグを削るときにはこのリーマーの傾きと完全に一致するようにしました。そうでないと左右の壁のどちらかしかペグが接していないことになります。

傾きの比率は1:30です。このテーパーによってペグの摩擦抵抗が変わります。
傾きが急だとちょっとゆるめるとすぐにペグが外れてしまいます。傾きがなだらかだと摩擦が大きくペグが重くなってしまいます。昔は比率が違っていることが多くありました。そういう楽器はペグボックスを埋めて新しく穴を開け直す必要があります。

細かいことですが、調弦がうまくできない楽器は困りますよね。今日は調弦できても使用中に急にペグが緩んでしまうことも起きかねません。

中古楽器を買うときはとくに注意が必要です。買ってから思わぬ修理代が発生します。安価な量産品や大都市の量販店ではずさんなものが売られています。



穴を真っ直ぐにあけるのは大変難しいです。すぐに斜めになってきてしまいそれぞれのペグが違う角度になってしまいます。よほどひどくなければ機能には影響ありませんが、高級品なら真っ直ぐ入っていてほしいとは思いませんか?

この時も穴がきれいな真円になるように注意が必要です。リーマーの刃もらせん状になっているものがあってこれを使うと穴がきれいに開きます。


穴を大きくしていくとペグがどんどん中に入っていきます。ペグの長さをそろえます。



はみ出た部分を切り落として先端を丸くします。材料がツゲなので色が明るくなってしまいました、また染めなくてはいけません。

弦を通す穴を開ければペグは完成です。

ナットの加工


完成したものから。これがナットです。

高さが重要です。高すぎると弦を抑えるのに力が必要になります。低いほうが快適ですが低すぎると指板の余計なところに弦が触れて異音が出ることがあります。


弦が滑らかにかかるようにします。角ができると弦が切れたりする原因になります。指板の側とペグの側両方に角ができないように気を付けます。

魂柱

高音側の駒の足の少し後ろのところに魂柱というつっかえ棒を入れます、表板と裏板の間のつっかえ棒です。これがないとまともな音がしないばかりか表板が陥没してしまいます。

魂柱は加工された丸棒が市販されていますが、木の繊維が真っ直ぐに入っていなかったり、材料が新しすぎたりしますし、木の材質も自分で選べるので自分で作ります。


材質が音に影響するので好みの木材を探します。
硬さや密度などが木によって違います。

私は目が細かくて硬い木を使います。楽器によっては柔らかいものが良い場合もあります。

拡大してみるとこのような木目のものにしました。

カンナで正確にまず正四角柱にします。


このような削り台にセットして今度は八角柱にします。

さらに十六角柱にします。

ボール盤にセットして回転させて仕上げます。

サンドペーパーをかけます。自作した当て木を使うことできれいな真円に近くなります。太さのむらもできにくいです。f字孔の幅に入るように太さを調整します。

できあがりです。

専用の道具で入れます。

魂柱をうまく入れるのはとても難しいです。ちょうどいい長さにしたうえで表板と裏板の接する面がぴったりと設置するのが理想です。位置も重要です。いつか詳しく説明しようと思います。これだけで相当な量になるので省略します。うまく合っていない魂柱は表板の内側を傷つけてしまいます。表板の損傷を直す修理は大変お金がかかります。長さが短すぎると緩すぎるので使用中にコトンと倒れてしまうこともあります。短すぎる魂柱は表板を変形させてしまいます、長すぎてもです。

新しい楽器は変形が大きいので半年~数年もするとゆるんでしまいます。新しい魂柱に交換が必要になります。ビオラやチェロはもっとひどく、ビオラでは数か月、チェロでは数日で交換が必要になってしまうことがあります。

駒をデザインする

今回の目玉は駒です。

駒は表板に合わせて加工し足がぴったり合うようにします。その上で適切な高さで切り落とすことで弦の高さ(弦と指板との間隔)が正しくなります。すべての楽器で違うので一つ一つの楽器に合わせて加工する必要があります。駒だけ買ってきてもダメです。

通常は市販されたものを使います。荒く加工されていますので楽器に合わせて加工します。

今回は私が自分で設計します。
長らくフランスのAUBERT(オベア)の人気がありましたが、工作機械が進歩したのでDESPIAU(デピオウ)のほうが加工のクオリティが高いです。オベアは昔の工作機械で出せた限界のクオリティだったのでしょう、私は普段はデピオウを使っています。保守的な人はいまだにオベアを使っています。ブランド名としても浸透していますからブランド好きの日本ではいまだに人気があるのでしょう。また特に日本の場合には職人の上下関係が厳しいので、年配の職人の時代の常識が経典のように絶対視して守られていくこともあるでしょう。
そういうわけでオベアでなければいけないという工房もあるので、工作機械が進歩しているのにいまだに粗末な加工精度のものの需要があります。

わたしは冒頭の話のようにブランドにこだわることなくさっさと良い物があれば取り入れてしまいます。もっと言うと自分で作ってしまいます。

デピオウの駒と自分で作った4種類の駒を私が以前作った一つの楽器で試しました。
偉い師匠の経典を守るよりも一つの楽器で5パターンの駒を試すほうが音を改善する効果があります
デピオウの駒は無難なもので良くも悪くもない特徴のない音でした。試した中で最も私の楽器に適したものを今回少しモディファイして作ります。



設計は手書きで書いてしまいます。音楽の才能というよりは絵の才能ですね。演奏がうまいと良い楽器を作れるように思う人がいますが、造形の才能が無ければ楽器を作るスタート地点にも立てないのです。

細かく修正を加えて型を作ります。

このように棒を通すことで裏と表の両面にけがくことができます。

これを切り抜きます。

外側を加工して左右対称にします。足の幅も正確に42mmにします。これはヴァイオリンの場合42mmが標準となっていてそれに合わせた位置にバスバーを取り付けてあるからです。駒の左右の位置は表板の中央にするのではなく、指板上にE線とG線が均等に来るようにするので指板によって決めます。ネックを取り付けるときに斜めに入っていたらバスバーとの位置がずれてしまいます。精密さが要求されるところです。

修理では斜めにネックが入っていることが大半なのでバスバーと駒の位置がうまくいかないことが多くあります。ネックの入れ直しとバスバーの修理を同時にやるのが理想ですが修理代が高くなります。斜めのネックに合わせてバスバーを付けると次にネックを修理するときに問題になります。ネックを無視してバスバーを付けると駒の足とバスバーの位置が合わなくなってしまいます。


ビオラやチェロの場合は標準化されていません。バスバーの位置を決めるときに駒足の幅を決めておく必要があります。出来上がったチェロの場合はバスバーの位置を左のf字孔から定規を差し込んで測ります。

そしてボール盤で穴を開けます。糸鋸で穴と穴の間を切り、細いナイフで仕上げます。

ひとまずこんな感じです。あとは実際に楽器に合わせて加工する段階で仕上げます。

デザインはこれは慣れで最初は違和感があっても何回も見ていれば普通になります。今回は一つだけ作りましたが、良い結果が得られれば駒製造業者に依頼して量産することも考えています。
いつもこのモデルを使っていればこれが普通に見えます。

オベアに執着する職人もいつもそれを使っているとほかのものが変なものに見えます。そこを乗り越える勇気が必要です。

駒の設計と音

「駒を変えることでたちまち音が良くなる」などと考えるようではオカルト街道まっしぐらです。

ほとんどのヴァイオリンが共通する構造的な欠点を持っていてそれを解消するのならたいていの楽器で効果が出るでしょう。しかしヴァイオリンはそれぞれ音が様々で目指すべき改良の方向性が様々です。あるものは当たりを柔らかくしたいとか、あるものはもっとダイレクトにしたいとか全く逆の方向すらあり得ます。従って楽器によって求められる駒の設計は違うということになります。人によっても音の好みや運弓の癖もあります。

フランスの有名メーカーの駒が特徴のない無難な音というのは嫌な音にならないような消極的な設計になっているからでしょう。

しかし自分が作る楽器ならよくわかっているのでもっと積極的に絶妙な設計の駒を作ろうというわけです。また新しい楽器は寝ぼけたような音なので手応えを強調して、楽器が鳴ってきたらフランスの駒に交換するのも良いでしょう。

駒というのは設計を変えることで強度や柔軟性を変えることができます。これによって音をよりダイレクトにしたりマイルドにしたりすることができます。ダイレクトなら音が強いからどんどん強度を上げれば良いと思いかもしれませんが、ひきつったような耳障りな音になってしまったり弓の力加減が難しくなったりします。柔らかすぎると弓に手ごたえがなく一瞬音が遅れて出てくるようなトロい感じになります。

楽器や演奏者の好みに合った強度にする必要があります。

近年では弦の改良が進み耳障りな音が出にくくなってきています。したがって古い設計の駒は時代にそぐわなくなっていきます。

また私の楽器はきめ細やかな音で耳障りな音ではないのでより強度の高い駒が合います。


強度を上げると硬さだけが変化するのではなく、明るい音になります。
ヨーロッパでは暗い音が好まれることが多いので困ります。私の楽器はもともと暗い音なので多少明るくなっても大丈夫です。

日本では明るい音の楽器を売るために「明るい音が良い」と信じてもらったほうが得する人たちがいます。板が厚い、エッジが付近が厚い楽器は明るい音がします。それはイタリア製でも、ドイツ製でも、中国製でも新しい楽器に多いです。新しい楽器は仕入れがしやすいので高い値段で売りたい業者にとってそう思い込んでもらったほうがい都合が良いです。
数千万円以上するオールドヴァイオリンの名器はたいてい暗い音がします。

自分の感性で深々とした暖かみのある暗い音が好きな人は、自分の好きな音を求めて良いのです。



そういうわけで、ダイレクトな音の強度の高い駒を設計しました。


とはいえ駒で楽器の音が全く逆になるほどの変化はありません。表板に音が伝わる入口でスパイス程度に強調するだけです。



チェロやコントラバスのような大きな楽器の場合胴体の強度が不足する場合がよくあります。反応が鈍い楽器が多いので強度の高い駒が喜ばれるケースが多いです。ヴァイオリンの場合にはもっとデリケートで耳障りな楽器も多いので万能の駒は難しいです。

駒を取り付ける



表板のアーチにピッタリ合うように駒を加工します。これは難しい作業ですが、とにかく数をこなすことです。新作はまだましです、古い楽器になると表板の駒のところが変形したり陥没したりしています。

足が決まったら駒の高さを決めます。弦の高さが決まります。弦の高さというのは指板と弦との隙間のことで指板の後端で測ります。E線が3.5~4.0mm、G線が5.0~5.5mmにしておきます。最終的には演奏者の好みです。高いと押さえるのに強い力が必要になります。上級者の人は指に力があるので高くても問題ありません。快適にしたければ低めにします。

極端に低すぎると異音が発生し、極端に高すぎるとまともに弾けない楽器になってしまいます。

このようにG線のほうが高くなりますが、表板のG線がわは弦の張力で沈み込むので1mm位は余裕を持っておきます。E線は細く強い張力で貼ってあるので低くしないと抑えるのが大変です。G線は張りが緩く、振幅の幅が大きいので低くしすぎると関係のないところが指板に触れてしまって異音が発生してしまいます。

このカーブも大事で適切なカーブのラウンドになっていないと、弓が二つの弦を同時に触ってしまうことが起きやすくなることもあります。これはカーブがなだらかすぎたり不規則だったりすることで起きます。

もっとカーブを急にすれば解決するわけですが、駒のE線とG線がかかる部分を低くすれば相対的にA線とD線が高くなります。そうするとEとGが低くなりすぎてしまうことがあります、その場合は新しい駒にするしかないです。
中国製のセット2万円の楽器がありましたが、弓がヘナヘナなのはおいておいても、これがちゃんとしていないと弾くことができません。交換するとと1万円以上かかりますよ。他にもいろいろ問題がありますから2万円以上修理代がかかってしまいます。

意外とプレスで作ってあるこういう楽器は音が明るくて大きな音がすることがありますよ。

厚みを出します。
厚いほうが耐久性あり駒は長持ちしますが、音のためには望ましくありません。薄くしすぎると耐久性が落ち、数年で曲がってしまいます。

音響的に有利な薄い駒は扱いがデリケートです、さじ加減が難しいところです。
次回解説します。


厚みを出してから中をくりぬいて仕上げます。
こんな感じになりました。


当たり前だけど重要なこと

以上のように私はとても気を使っているように思うかもしれませんが、私だけがしていることではなくまともな職人なら当たり前のことです。

当たり前のことができていないようなずさんなお店で楽器を買ったり、長年手入れをしていなければまともに演奏ができないような状態になってしまいます。部品の交換や修理が必要になります。

これらをやり直すと、新品でも5万円くらいはかかりますし、古い楽器で長年修理されていなければすべて交換すると10万円くらいはかかります。ネック自体に問題があったり各所に損傷があれば50万円以上かかることだってあります。楽器を買うときには必ずきちんとした職人が仕上げた楽器を買うことをお勧めします。

私はブログで「古い楽器は音が良い」と言っていますが、それはちゃんと修理された楽器のことです。ただほったらかしにしておけば勝手に音が良くなるというものではありませんので注意してください。

古い楽器の修理は壊れているところを直すというだけでなく、古い表板や裏板を材料にして新しく楽器を作るようなもので、職人の技量が問われます。イタリアの楽器なら昔、ヘタクソな職人が安物として雑に作った楽器が今では「巨匠の作品」とされ良い音を出していることがあります。これは現代の無名な職人が修理したからで、明らかに無名な職人のほうが「巨匠」よりも腕が良いのです。

このような「名ばかりの巨匠」をありがたがっている様は私たちには滑稽に映ります。


さあ、次回は弦を張って楽器を完成させます。
これは自分でできると便利ですので注意事項などもまとめたいと思います。