気楽にストラディバリを味わう【第25回】弦を張って完成です~遠鳴り現象について考えます | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

気楽に楽しんでいただいただけているでしょうか?
弦楽器などというものは、必死に良い楽器を求めすぎるとかえって本質が見えなくなります。
欲が目と耳を曇らせるのです。

仏教の「煩悩」にも似ています。
欲を捨てるところから学ばなくてはいけません。

お客さんを見ていると変な欲のない素直な人が良い楽器を選んでいるようです。
浅はかな欲を捨てるには初めから欲がないか、多くのことを知り経験しとらわれから離脱するかです。


今回は音の話です。
遠鳴りについて考えてみました。
また製作中の楽器も弦を張っていよいよ完成です。



▽ 気楽にストラディバリを味わう ▽

ブラインドテストで低い評価を受けるのがしばしばのストラディバリウス。
「そんなもの研究しても意味ないじゃん?」と頭の良い人は指摘するでしょう。
そう固いことを言わず、何億円もかけずにストラディバリを味わって楽しんではいかかでしょうか?






こんにちは、ガリッポです。

3月に休暇を取ろうということでお知らせしていましたが、私のほうは体調に問題があって、まあ万が一ですが酷ければ入院とかになってしまうと帰国できないのではないかということも考えましたが、検査の結果で無事、重いものではないということが明らかになりました。むしろ職人の仕事をしすぎということで休暇を取れということです。予定通り休暇を取ることができそうです。職人の仕事が好きなのでついやりすぎてしまうのです。15年くらいずっとやりすぎですが、そう若くないみたいですね。同じ姿勢で細かい仕事ばかりしている肉体的な疲労のようです。

ブログも休むことになるかもしれません。ご了承ください。


遠鳴りとは?


遠鳴りについて考えてみました。

遠鳴りという現象は楽器の音が遠くまで届くことです。耳元では大きな音に感じられるのにホールの後席では蚊の鳴くような音になってしまう楽器も少なくありません。

遠鳴りという現象を科学的に説明するのはどうも難しいようです。
このブログではいい加減なことを言うのはやめますがちょっとだけ・・・

屋外でヴァイオリンを弾いても少し離れるとカチャカチャとかすかに聞こえるだけです。
音が拡散してしまうからです。
ところがコンサートホールでは拡散せずずっと豊かな音になりますね。ポイントはホールの後席での音の聞こえ方にあるかもしれません。つまりコンサートホールの後席で聞こえる種類の音がよく出る楽器が遠鳴りする楽器ということですね。それがどのような音かということになるわけですが、不確かな事は言えないのでこの辺にしておきましょう。


「遠鳴り」という言葉も悪用されやすい言葉です。鳴らない楽器を店頭で客に勧めるときに「音が小さいと感じるかもしれませんが、遠鳴りする楽器とはこういうものです。」なんて・・・近くでも遠くでも聞こえない楽器だったりして・・・



遠鳴りする楽器は存在する
こうなると「遠鳴り」という現象自体が嘘で、音のエネルギー自体が強ければ近くでも遠くでも音が大きいはずだと考えるかもしれません。しかし、実験をした結果たしかに遠くでの聞こえ方には楽器によって差がありました。


遠鳴りする楽器を作ることは可能
ホールの後席で聞こえる種類の音が何なのかわかりませんが、遠鳴りする楽器を作ることは可能です。一番の近道は遠鳴りする楽器と同じものを作ることです。

3種類のヴァイオリンを作りホールで実際に弾いてもらい後方で聞いてみました。

①現代の作風
②19世紀フランスの作風
③18世紀イタリアの作風

この結果一番遠くでよく聞こえたのは②のフランス風に作ったものでした。③のイタリア風も同じように届きましたが音色が太くて丸い豊かな音のフランス風に対して、引き締まった枯れた音でした。

フランスは作風が均一ですが、イタリアは作者によってばらばらなのでいつも同じような音になるとは考えられないです。

とはいえ散々だったのが現代の作風で、部屋で自分で弾いても、人が弾いているのを聞いても全く遜色ないかそれ以上だったのにホールでは蚊の鳴くような音でした。まるで子供用のヴァイオリンのようでした。

現代も流派によって違いがありますからすべてがそうだというわけではないでしょうが、私が製作学校で教わった教科書通りの作り方ではそうでした。



売れる楽器と理想の楽器
ここまで読んだ方は私が、現代の常識を打ち破り古い楽器を研究したことで素晴らしい楽器を作ったと思うかもしれません。従って楽器は飛ぶように売れ一躍有名人になっていると思うでしょう。

しかしそうではありません。なぜなら、楽器を買う人は「遠鳴り」だけで楽器を選んでいるわけではありません。むしろ遠鳴りを考慮せずに買っている人のほうが多いです。



3つの要素
遠鳴り意外にも演奏者が求める音の要素があります。大雑把に分けてみました。

①音色
②遠鳴り
③傍鳴り

傍鳴り(そばなり)とは遠鳴りに対して傍でよく聞こえることです。

この中で多くの演奏者に最も重視されるのは・・・・・・

③傍鳴りです。

なぜかというと、自分で演奏して聞こえる音だからです。品定めするときには普通自分で弾いて選びます。上級者でもそうです。上級者でも遠鳴りは全く考慮に入れずに楽器を選ぶ人が多いです。

私は自分で作った経験から楽器の構造によって遠鳴りするかしないか予想がつきます。「その楽器は遠鳴りしないのにな…」と思っても高齢なヴァイオリン教授の方が選んだ楽器を絶賛している時になかなか言い出せないものです。

したがって売れる楽器というのは傍鳴りする楽器ということになります。音が良いと評判になるのもこれでしょうし、現代の楽器製作のセオリーもこういう楽器の作り方ということになるでしょう。


私が研究してせっかく遠鳴りする楽器の作り方を解明したのに傍では大して強く聞こえないために良さに気づいてもらえません。

理想では優れている遠鳴りする楽器も、現実に購入した人が手ごたえを感じなければ喜びもありません。店頭で弾き比べて購入するときにも傍鳴りしない楽器は選ばれません。

そもそもアマチュアやオーケストラの演奏者であれば遠鳴りを必要としません。
ふつう新作の楽器はソロ活動するようなレベルの演奏家が使うものではありません。フランスの19世紀の楽器なら特別有名な作者でなくても実用的に優れた楽器があるでしょう。それなら比較的手ごろな値段で買えます。それより高い値段で新作が売られている国もありますからね。



小手先のカイゼン
そこで私がとっているのは遠鳴りをできるだけ犠牲にせずに傍でも聞こえるように作ることです。

本当のフランスやイタリアの名器は遠鳴りだけでなく傍でもある程度は聞こえます。これは弾き込みや古さによって改善されるのではないかと考えています。

従って楽器の基本的な構造はフランスやイタリアの名器のそのままに、セッティングや消耗品・交換可能な部品で手ごたえを感じさせられないかと取り組んでいます。

つまり小手先の音の強さを付け加えるのです。そして耳元でよく聞こえると錯覚させるわけです。

古くなって耳元での音が強くなり手応えが増して来れば普通の部品に交換し普通のセッティングにすればよいのです。傍鳴りする楽器が売れるからと言って傍鳴りに特化した楽器を作れば演奏家には喜ばれ、有名人になれるかもしれませんが、職人としての道を全うしたいものです。

300年後に遠鳴りする楽器を残したいのです。



その結果
自己採点になります。

私がストラディバリの複製を作るのは今回で3回目です。
いずれもとても柔らかい美しい音で演奏者本人には弱く感じられるものでした。
このような楽器が古くなって音が強くなったときに理想的な音になるのではないかと思います。初めから強い音ではいずれ耳障りな音になってしまいます。

このような特徴はオールドイタリアの名器、ストラディバリの特徴とも一致するものです。単に大きな音だけで言えばフランスなど近代の楽器で良いのですが、一流のイタリアの楽器の魅力はそれだけではないでしょう。

というわけで、私の作るストラディバリの複製は、フランスの楽器の複製に比べても音が弱く、前回紹介したような100年も経った楽器に比べれば弱いと感じるでしょうし、現代のセオリーで作られた楽器よりも弱く感じることもあるでしょう。





様々な工夫によって最初に作ったストラディバリの複製に比べれば、発音の良さや演奏者本人が感じる手応えは改善されていると思います。今回のものはまだ試してもらっていませんが、私の楽器を使っている人はこの8~10年くらいの間の改良を認めていただいています。手応えが得られることでピアニシモで弾いたときにもうまく音が出せるようになったという人もいました。

8~10年くらい前に私が作った楽器と比べても改善が感じられるというのは、8年くらい弾き込まれて当初よりもずっと鳴るようになった楽器と未使用の楽器との比較ですからかなり改善されているということになります。

比べていないのでわかりませんが遠鳴りについては多少は後退しているかもしれません。総合的に演奏者にとって魅力な楽器になっていることは確かでしょうし、数百年後には問題なく遠鳴りする素晴らしい楽器になるでしょう。

私の楽器を使っている人からすれば進歩していても、世の中には様々な音の楽器があるわけで全く違う音色や強さの楽器を使っている人からすると劇的な変化ではないのかもしれません。

強い音がする100年以上前の楽器を上回るほどではないにしても、新作の楽器であれば標準程度かそれ以上の「傍鳴り」は得られると思います。


この楽器がどんな音の楽器かというのは自分が使っている楽器との比較になりますから、皆さんが使っている楽器がどんな音なのかということに依存すると思います。私の楽器よりも強い音の楽器を使っている人であれば弱い音に感じ、弱い音の楽器を使っているのであれば強い音に感じるでしょう。
当然未使用の新しい楽器ですから、長年弾き込んできてまた音の出し方も知り尽くした楽器に対しては不利になります。

でも世の中にはひどい楽器を使っている人もたくさんいます。私も長い年数をその楽器と過ごすのは人生の時間がもったいないと感じるような人も多く見かけます。別に高い楽器を買えというのではなくて、「安くてもいいからもう少しましな楽器を使ったほうがいいのにな」と思うことがよくあります。


また上級者の場合にはどんな楽器でも強い音を出せるのでさほど音の強さを重視しない人がいます。古い名器を弾いている人に私の楽器はタイプが近いということもあってか褒められることが多いです。「悪くない。」と言われます。だからといって古い名器から買い替えることはないわけです。

案外音の強さを重視するのは中級者以下ということもあります。


まあ、誰にとっても圧倒的に優れていると感じられるものならバカ売れするのですが、そこまでのものは作れていません。


傍鳴りが欠点でしたがそれは改善されたということです。それ以外の要素つまり、「音色」と「遠鳴り」こそがそもそも私の楽器の魅力であります。


音色について
先ほどあげた三つの要素のうち音色についてはその人の趣味の問題になります。

先日も世界的なヴァイオリニストにレッスンを受けているという学生の楽器を修理しました。ちなみに学費は無料同然でいくらかの実費のみ、レッスン料は無料だと言っていました。


彼はフランスの戦前の楽器を使っていましたが、全盛期のフランスの楽器ほどではないものの美しく作られている楽器で明らかに大量生産品とは違うものでした。

作りがいい加減な楽器にも音が良いものがあって、このブログでも職人の腕前が音には直結しないということを言ってきました。だからと言って腕の良い職人の楽器が音が悪いということもありません。作りが美しく構造も間違いなく作られているような楽器なら音が良い確率は高いでしょう。作りのいい加減な楽器には本当にひどいものと、見た目はひどいけど実力がある楽器があります。この見分け方はとても難しかもしれません。そういう意味では古い楽器があった時に技術的に見て間違いない楽器の音が良い確率は高いとは言えるでしょうね。

いくら美しく作ってある楽器でも現代のセオリーのように今回説明してきたような問題があります。「売れる楽器」のセオリーが広く信じられてしまったり、「ヴァイオリンの音を桁違いに良くする」と自称する謎のオカルト理論を信じていたりする人もいるわけです…

私は特別なことをしなくても、特別有名な作者でなくてもオーソドックスに作ってあれば、数百年後には素晴らしい楽器になると考えています。







音色の話でしたね・・・
彼は音の強さばかりを気にしていて音色にはあまり興味が無いようでした。

彼の場合、音色にこだわるというのは優先順位は低いのでしょう。
最終的に無視して良いものではないでしょうが、学生が学んでいる段階での優先順位は低いということでしょう。この後お金を稼げるようになったり認められて支援者が現れればもっと美しい音色の楽器を弾きこなすときが来るかもしれません。

世界的なスターヴァイオリン奏者の多くもそういう時代を経て楽器をステップアップさせて今は名器を手にし美しい音を出しているのです。


私の作る楽器は彼のような才能あふれる学生が使うには現時点で十分な音の強さを備えていないでしょう。

しかし、ヴァイオリン演奏でお金を稼ぐほどの腕前でなくても、自分のできる範囲でヴァイオリン演奏に精進し音の美しさを楽しみたいという人もいるでしょう。私の楽器にも魅力を感じる人はいるでしょうし、作りに間違いはないので将来は力強い音の楽器になっていくでしょう。

演奏者本人よりも、いつも聞かされる家族の方のほうが美しい音の楽器を歓迎することもありました。

弦を選びます

これまでストラディバリの複製を作る過程を紹介してきましたが、いよいよ最後の工程です。

弦の選定も音を目指している方向に近づける効果があります。
同じ弦で比べたほうが楽器そのものの音が分かるということで日本ならドミナントがスタンダードだからドミナントを張っておけばよいという業者も多いかもしれません。

うちのところではドミナントを使っている人はほとんどいませんし、ドミナントも欧州仕様と日本仕様で音が違うのかもしれません。


弦は後で購入した人が自分の好みのものに交換するものでもありますし、何でも良いと言えば何でも良いのですが、第一印象で悪い印象をもたれるのはあまりよろしくありません。

そもそも弦の選定は演奏者の好みと楽器との相性で決めるようなものです。この弦を使えばどんな楽器でもたちまち音が良くなるというようなものではありません。上級者の人がお気に入りの弦であっても必ずしもすべての楽器に合うわけではありません。


そこでまだ新しい楽器を無理やり鳴らすようなそんな弦を選んでみました。

ピラストロの一番新しい製品エヴァ・ピラッツィ・ゴールドです。
この弦は強い張力のナイロン弦で力強い音を目指したものです。ただ張力が強いだけでは耳障りな嫌な音が出るかもしれません、おそらくピラストロが努力したのは強い張力にしても嫌な音が出ないようにすることだったのでしょう。チェロ弦のパンフレットに書かれていたことから推測しました。

私の楽器の場合にはもともと嫌な音が出ませんからあまり必要ないことなのですが荒々しい音の弦を私のためだけに開発してくれはしないでしょう。私には全般にピラストロの弦は音がきれいすぎる気がします。レースカーというよりは高級車という感じです。


考え方としては楽器と同じキャラクターの弦にすることで楽器の魅力を強調することもできますし、欠点を補う形で真逆のキャラクターの弦にすることもできます。

今回は欠点をカバーする方向で、まだまだ寝ぼけたような音しか出ない新しい楽器を叩き起こそうというわけです。


このエヴァ・ピラッツィ・ゴールドの難点は値段が異常に高いことです。発売された当初は金持ちの道楽でしか使い道がない弦だと思って相手にしませんでした。しかし調べてみるとG線には2種類あって異常に高い「ゴールド」とやや高い「シルバー」がありました。シルバーなら従来のエヴァ・ピラッツィより少し高い程度で実用に使用できるレベルだということで何人かの人に試してもらいました。すごく気に入った人もいればそうでない人もいました。「始めのうちは良くなかったけど弾き込んでいったら良くなった」とおっしゃる方もいました。

E線はいくつか試してみましょう。
張力の違うE線に張り替えるとA,D,G線の音も変わります。



同じピラストロでもオブリガートは私の楽器とキャラクターが重なります。弦単独で言えば好きな弦です。私の楽器にガット弦を張って使っている人もいます。すべては好みの問題です。

今回は平均的なユーザーを想定します。





とはいえ弦で楽器の音を全く別の音にすることはできません。気休め程度ということでもあります。安価なナイロン弦でもそれほど悪いというものでもありません。ユーザーが自分で音を変えられることは他にありませんからいろいろ試してみるといいかもしれません。

ただし、くれぐれも弦マニアにならないようしてください。この弦に合うヴァイオリンを選ぶ…なんてことになりかねません。

高い弦を頻繁に交換するくらいなら楽器自体の悪いところを修理するほうが効果的です。弦でできるのはあくまで健康な状態の楽器の微調整と考えてください。


チェロの場合にはスチール弦を使うことが多いので製品のクオリティによって音が大きく違います。良い物は値段も高いです。

弦を張ります

弦を張るときはテールピースの下にハンカチなどを敷きます。アジャスターで表板を傷つけてしまうのを防ぐためです。慣れないと駒を倒してしまいガチャンとやってしまうことがあります。

写真は撮影の関係で別の楽器です。

ペグの穴に弦を通します。

弦の余ったところの上からかぶせるように巻くと弦が抜けなくなります。

このまま巻いていって左側の壁近くに来るようにします。壁に密着させると摩擦でペグが重くなります。ペグがゆるい時にはこれでブレーキにすることもできます。




ペグをまいていくと駒が指板のほうに引っ張られて傾いていきます。駒の後ろ側の面が図の白線のように表板と横板の接着面に対して垂直になるようにします。

長年使用していると図の赤線のように駒が引っ張られて曲がってしまいます。曲げ直すこともできますが、何度もやっていると木が弱くなってしまいます。そうなると交換が必要になります。こうならないように時々チェックして両手で駒のE線とG線の下あたりをそれぞれ持ってギュッと押して戻します。

アジャスターを多用していると駒が逆の方向に曲がります。チェロに多いです。
ヴァイオリンでE線A線にアジャスターを使っていると高音側は後ろに、低音側は前側に曲がってきます。

駒の角度を戻すと音も少し変わります。試してみてください。

テールピースの内側を彫る


テールピースは音に多少影響があります。

ただし、音が良くなるようにメーカーは試演奏を繰り返して作られているものではなく、伝統に従ったデザインのものが作られているだけです。高価なものが音が良いというものではありません。一般的な製品は中国などで作られていて、工場は弦楽器のことなど何も知らない業者かもしれません、仕事を請け負っているだけでサウンドチューニングパーツのようなものではありません。

材質によっても音は違うでしょう。ツゲのような明るい色の木材は明るい音になって黒檀のような黒い木材では暗い音になるでしょう。濃い色の木材は比重が重いからです。また硬さも硬い材質のほうが硬い音になるでしょう。黒檀のほうが硬くツゲのほうが柔らかいので音もそうなるでしょう。

ツゲの場合には明るく柔らかい音になる傾向があると思います。そこで中をくりぬきます。こうすることで響きが抑えられ暗い音になって引き締まった音になるでしょう。一般的には軽くするためにくりぬくと考えられていますが、薄くすると音が暗くなります。薄くしすぎると壊れやすくなります。ツゲは硝酸で着色してあるため、酸の作用で木がもろくなります、注意が必要です。
それほど薄くすることもできないので微妙なものです。

「軽い=音が良い」このような単細胞な考え方は卒業してもらいたいです。


かつてはテールガットはその名の通りガットが使われていました。現代ではプラスチックのものが一般的です。長さの調整がねじでできるので便利です。

今回使うのはカーボン系のものです。
カーボンというとハイテク素材でカッコいい感じがしますが、レーシングカーや航空機に使う場合カーボンの布を焼き固めることで強度が得られます。これはただの糸として使うだけです。
プラスチックに比べるとテールピースが胴体から独立しているので音が目が覚めたようにダイレクトになります。楽器によっては耳障りになることもあります。その場合にはプラスチックのものだと振動体として胴体と一体になっていてマイルドな音になります。

強度のある糸なら何でも良いのです、弾力があって伸びるものはダメです。それでも糸を編み込んであるので引っ張るといくらか伸びます。極力短くセットしておいても弦を張ると伸びて長くなりすぎます、難しいです。


ほんで完成





これがそのヴァイオリンです。こうやって見ると雰囲気がありますね。


あご当ては、演奏者のあごにフィットするもの選ぶべきです。3000円くらいで買えます。2万円くらいする高価なものもありますが種類が限られているので一般的なものをいくつか試してみるほうが良いと思います。

フィッティングのパーツは見た目の雰囲気で選ぶものでこれで音が良くなるなどとは考えないほうが良いです。ヨーロッパ人の考える高級品というのは高性能とは違います

言うなればゴージャス感だけです。これは日本人が理解しにくい部分です。余談ですが、もはや安さで勝負できない日本製品が欧州で苦戦するのはこのゴージャス感を理解できないからではないでしょうか?製造業のエンジニアやデザイナーたちはまじめで努力家でしょうが、ゴージャスとは全く無縁の人生を歩んできたのではないでしょうか?それこそ貴族の時代の芸術や文化とりわけ工芸品に親しんでもらいたいです。


音が良くなるように作られていたり、木材が選び抜かれていたり、コストがかかっているわけではありません。木工品というのは単に良質な材料を精密に加工するだけでお金がかかります。売られているほとんどのテールピースやペグは「弦がとめられれば何でも良いだろう」というくらいのもので見るも無残なひどい物ばかりで、まともに加工されているものを探すのにも苦労するくらいですから、音のことまでて考えて製造しているはずなんてありません。


変えたら音が良くなると言って10万円以上のものを薦めるような業者は信用しないほうが良いと思います。



あごにフィットすることが最優先で、音を良くするためにあご当てを交換するというのは本末転倒です。どうせ骨伝導でしかなく音として外に出ていません。ただし、私は必ずテールピースをまたぐタイプを使ってほしいです。片側につけるタイプのものはねじで締め付ける力で横板や裏板を捻じ曲げ壊してしまいます。楽器の中央の最下部にはブロックという木片が入っていますが横板自体は厚みが1mm程度しかありません。
少し安いからといってこういうものを使うと直せたとしても修理代がかかります。表板を開けなくては直せません。ひびや変形は完全には消えません。



このように中央には木の固まりがついているのでテールピースをまたぐタイプならネジで締め付けても壊れません。左側につけるタイプだと薄い横板だけで支えるので変形し壊れてしまいます。

音です

次回楽器の姿を画像で紹介しますが、今回は音の話でしたのでそれで終わりにします。

弾いてみた結果は私が期待していたほど化けることはなかったです。
いつもと同じような音でした。とくに2010年に製作したヴァイオリンと比較しましたが音がそっくりでした。

いろいろと研究しているのに5年前の楽器と音が同じというのはなんなんでしょう?
アーチの高さや板の厚さ、ニスの材質、木材の購入先もすべて違うはずなのですが、組み合わせの結果のせいか結局は同じになるという始末です。

私は「楽器の製作で細かいことなんて気にしてもしょうがない」といつも思っていますけども、この結果はまさにそれです。

新しい楽器が5年前の楽器と同じということはほんの少し音が強いのかもしれません、5年もすればほとんど弾いてなくても多少は良く鳴るものです。

もちろん両方の楽器を弾き込んでいけば違いも出てくるのかもしれません。ただし、世の中にはいろいろな楽器があるのでその中で言えばよく似た音の楽器ということになるでしょう。


このように作っているほうは完全に思ったように音をデザインするようなことはできないし、研究をつづけたからといって音が良くなるものでないということです。

私の楽器のいつもどおりの性能ということです。今回も間違いのないものができました。
私にとっては新鮮さはありませんでしたが、初めて私の楽器の音を聞く人にとっては新鮮なことかもしれません。

私はこれまでもいろいろと少しずつ変えて作っていますが、奇跡的に良かったことも極端に悪かったこともありません。いつも同じような品質のものが出来上がります。

弦楽器というのはそんなに作り方にこだわっても意味がないのです。「普通に作ってさえおけば古くなりゃいい音になるわ。」とそれくらいのもんです。私は「ヴァイオリンなんてひどくなければ何でも良い」といつも言っています。


いろいろ考えてこだわって今回作ったのに5年前の楽器と同じ音という結果に、「意味ないんだな」と自分でも笑ってしまいました。

この5年間の研究はなんだったんだ…という感じです。

謎は深まります。




ただ見た目はだいぶ違います。
2010年のものはオールドイミテーションではありません。
ヨーロッパでどちらが売れるかというと今回の楽器のほうがおそらく先に売れるでしょう。何が違うかというと

 




そうです、ゴージャス感です。




次回は試演奏の募集とゴージャス感あふれる楽器の画像を発表します。