気楽にストラディバリを味わう【第19回】ネックの取り付け角度について | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

ネックの取り付け角度は音にとって重要であり、古い楽器や安価な楽器では狂っていることが多い部分です。
これが狂っているとく音の問題だけでなく演奏時に運弓の妨げになることもあり、またチェロやバスの場合、表板に強い力がかかりすぎて変形したり割れてしまうこともあります。

特別秘密の取り付け角度というのがあるのではなく、ごく標準的なもので良いのですが修理にはかなりの手間がかかり、放置されたりずさんな修理をされて使い続けられている楽器も少なくありません。長年弦楽器を弾かれている方なら何度か修理をした方もいらっしゃるでしょう。



▽ 気楽にストラディバリを味わう ▽

ブラインドテストで低い評価を受けるのがしばしばのストラディバリウス。
「そんなもの研究しても意味ないじゃん?」と頭の良い人は指摘するでしょう。
そう固いことを言わず、何億円もかけずにストラディバリを味わって楽しんではいかかでしょうか?



こんにちはガリッポです。

ヨーロッパの空気をお届けしようという当ブログですが、前回に引き続きインターネットラジオ局を紹介します。ラジオで部屋の空気をヨーロッパにするというのはどうでしょうか?

NHKのような公共放送でもインターネットラジオを放送している曲があります。イギリスのBBCやイタリアのRAIもありますが、音質がもう一つです。デジタルの場合データを圧縮すると高音に硬さや耳障りな感じが出やすいと思います。

そんな中で最もお気に入りはドイツのBRクラシックです。
日本語ではバイエルン放送と訳され、バイエルン州の放送局です。

バイエルン放送交響楽団の仕事がこのラジオです。

http://www.br.de/radio/br-klassik/index.html
もちろん公共放送ですからドイツ語ですが、どういうわけか英語バージョンもあります。
http://www.br.de/radio/br-klassik-english/index.html
右側の赤くなっているところに「Start web radio and webcams(Flash)」というところをクリック。そのすぐ下にはメディアプレーヤなど再生できるようにもなっています。

クラシック専門のFM局で番組形式になっています。番組表はドイツ語のページから見ることができます。

番組になっているので時差があります。
お勧めは平日の日本時間の18時から20時までオーケストラの演奏をやっています。バイエルン放送交響楽団の過去の録音を中心に公共放送らしくクラシック音楽の教科書的な作品を取り上げています。

20時からはお昼の番組でクラシックから外れるような音楽もやっています。
22時からまたクラシック王道を行く作品を細切れで放送しています。

残念ながらコンサートのライブ録音は日本の深夜~早朝になってしまいます。

※なお夏時間では一時間早まります。




今回は今まで作ってきそれぞれの部分を組み立てるところです。

当然組み立ての精度が悪ければ故障がちになったり、あっちこっちから異音が発生することがあります。ビビリ音みたいなものが出ると本当に大変です。表板を開けて接着の不完全なところを直し、接着面を削りなおしてそれでもだめだと今度は裏板を開けて同じことの繰り返しです。

近年の量産品は接着剤に強力な合成接着剤を使っているので開けるのも困難で力を加えると接着剤の周りが先に壊れます。グッチャグチャになります。直しているのか壊しているのかわからなくなります。


特に今回取り上げるのはネックの取り付け角度についてです。
角度が狂っていても見た目には壊れているようには見えません。
しかし、私のところではそのような新品や中古品を販売するわけにはいきません。

フリーマーケットやネットオークションで安く楽器を買ってきてもこれで多大な修理代が発生することがあります。

角度が狂っていると楽器本来の能力を発揮することができません。

安価な中古品だけでなく、数百万円~数千万円するような楽器でも狂ったまま使用されているケースも少なくありません。

ここでもネックの取り付けに特別秘密の技術があるわけではなくて、まともに修行した職人ならだれでも知っている標準的な状態にすればいいだけです。まともにやると手間暇がかかるので修理代が高くなります。

現実に職人に求められているのはいかに安上がりな修理で理想的な状態にするかということです。そこでずさんな修理が行われてしまうのです。
社交的で感じのいい人がいい加減な仕事をして、頑固で融通が利かない人が職人らしい職人というのもこういうところです。


また標準的な状態すらわかっていない職人や、正確に仕事ができない人もいるので「普通」の状態がいかに貴重かということになります。

さらに厄介なのは独自の「音を良くする方法」でやってしまう人です。
もちろん工夫するのはいいのです、問題は自信過剰で自分に甘いことです。

やってみて良かった悪かったという評価を冷静にできるかが大事です。



いつも言っているように特別な才能など必要なくまともに修行した職人なら誰でも良い楽器を作ることができます。普通の楽器が古くなったときに名器なるのです。

しかし、購入者は普通では満足せず、普通以上のものを買おうとしてデタラメなウンチクにそそのかされ愛想の良さで売り手を信用してしまい、ずさんなものをつかまされたり、バカ高い値段で買わされるのです。

普通に作られた楽器でも音は作者によって微妙に違います。同じ作者でも一つ一つ微妙に違います。自分に合うものを見つけられるかということです。

値段に対して見合ったものであれば買い物は成功です。百戦錬磨の営業マンと戦って勝つ自信がないのなら中の上くらいで満足したほうが良いでしょう。

胴体の組み立て




裏板と横板を接着します。

にかわを塗って専用のクランプで固定します。位置がずれないようにするのが難しいです。



加工済みのコーナーブロックです。


完成した後で中をのぞいたときに真っ白な新しい木だと興ざめなので着色し、さらに汚れを付けます。ほんとうに古い楽器はもっと汚いですが、いずれ汚くなるのでこれくらいにしておきます。焼印が押してあります。横板にも署名がしてあります。下のブロックには穴を開けてあります。上下のブロックは角を丸くするスタイルです。



先ほどの写真と比べると汚くなっているのが分かるでしょうか?写真より実際はもうちょっと汚いです。


表板を接着します。

ネックの取り付け

ネックの取り付け方はストラディバリの時代と現代では違います。現代のやり方をまず紹介します。



上部ブロックのところに溝を彫ります。



ここにネックを差し込みます。裏板側が小さくくさび状になっています。適度に締め付けられます。


こんな風に入っていきます。徐々に溝を広げながらネックの長さ、角度、向き、傾き、位置、それらがすべて同時に正しくなるようにしまた接合面もぴったり合うようにします。後でにかわで接着します。
当然接着が不完全なら演奏中に取れてしまったりグラついて折れてしまったりします。チェロやバスでは根元で折れてしまうことがよくあります。

これに対してストラディバリの時代には溝も彫らずに直接釘を使って取り付けていました。当時のやり方はバロックヴァイオリンなのでモダン仕様では現代の方法を用います。釘で固定してしまうとネックを修理するときに表板を開けなければいけませんし、釘が抜けなければ上部ブロックを破壊して作りなおすことになります。新作ヴァイオリンなら生涯にこのネックの修理は一度あるかないかくらいです。その時にそれほど大掛かりな修理にならなくて済みます。

ネックの正しい取り付け



ネックを取り付けるときに注意する点を見ていきます。


スクロールが垂直に入っているかです。安価な楽器ではほとんどが左右どちらかに傾いています。低音側を低くする理論もあります。
もし真っ直ぐなら低音側は弦の張力が弱く弦の振幅する幅が大きいので低音側の駒を高くします。初めからネックを斜めに入れるという考えなんでしょうが、私はやりません。低音側の駒が高いのは普通のことで音響的にもそれで理にかなっています。

ところが高音側が低くなるようにネックを斜めに入れしまうと駒も不安定になり、弓が表板にぶつかりやすくなります。


ネックの長さです。指板の先端のところから表板までの距離を測ります。ヴァイオリンの場合には130mmです。これが違うと一般に演奏しにくくなります。


指板が楽器のセンターに来ているかどうかです。指板と駒の位置がずれると高音のE線と低音のG線で指板の指が載る部分の広さが違ってきます。したがって指板の位置に合うように駒を設置します。
指板が斜めになってセンターを外れてしまうと駒の位置もセンターを外れます。バスバーはセンターを基準に位置を決めて取り付けてあります。駒の位置がセンターをずれるとバスバーと駒の位置が正しい位置関係にならなくなります。
このように中心が分かるようにします。

Pは駒の高さを決定づけるものです。指板の延長線上ということでプロジェクションと言います。28~29㎜くらいにします。


根元の部分の高さが極めて重要です。これによってネックの角度が決まるのです。これはアーチの高さによって変わってきます。現代の標準的なアーチなら5.5mmくらいです。


裏板のネックがつく突起をボタンなどと言います。これは裏板のセンターに位置します。したがってネックがセンターをずれているとボタンが左右にずれてしまいます。

今回は黒檀を周辺につけました。古い楽器の場合もともとボタンが小さかったり、また修理などによって削り取られて小さくなっていることがあります。先ほどネックはくさび状になっていて締め付けられると言いましたが、ボタンの幅が狭いと適切な力で締め付けることができません。
したがって修理では黒檀を周囲につけます。これをクラウン(王冠)とも言います。


このようにいくつものチェック項目をすべて正確にクリアーしていなくてはいけません。その上で接合面がネックとぴったり密着するようになっていなくてはいけません。

日本人の作者で弦楽器店に卸したりすると職人に何の敬意も持たない業者に酷く買い叩かれてしまいます。弦楽器店に楽器を卸すような仕事をしているとこのようなことに時間をじっくりかけて正確にやっていては生きていけません。きちんと仕事をしようとすればお客さんに直接販売する以外にありません。

職人に敬意を持たないということはお客さんにもいい加減なものを売ることになります。

ネックの加工

ネックの加工は演奏者の手が触れる部分なのでとても気を使います。
これもうまくやろうとすると短時間ではできません。


最終的にはネックを取り付けた後、ヴァイオリンを構えて持ってみて持ちやすいようにもう一度手を加えます。私個人の手に合わせるのではなくあくまで一般性を考慮します。2度手間になってしまいますが完成度を高めるには仕方がありません。

ネックの角度が重要なわけ

①駒の高さ
先ほど駒の高さを決定づけるプロジェクションの高さを示しました。駒の高さが高いほうが理論上、てこの働きで表板を強く振動させることができます。これまでに多くの修理をしましたが健康的な音の出方になることが多いです。

駒があまり低くなりすぎると弓が表板のふちやコーナーにあたってしまい傷つけることになります。

長年使用していると弦の張力引っ張られて次第にネックの角度が下がってきてプロジェクションが低くなってきます。そうなると修理が必要になります。

②表板を押さえ付ける力
弦はその張力で駒を下に押し下げます。表板を押さえつける力になります。
この表板を押し付ける力は強ければ強いほど良いというものではありません、適切である必要があります。

さきほどのように長年の仕様でネックが下がってくると表板を押し付ける力も下がってきます。駒の高さとともに2重の意味で修理が必要になるわけです。

表板を押し付ける力が強いと音はギャッと押しつぶしたような音でどちらかというと鋭い強い音になります。逆に押し付ける音が弱ければ、ふわっとした音で太く豊かな音になります。

古い名器などでもともと音が良い楽器なら弱めの力にしてあげるとスムーズに豊かな美音を出すことができます。

しかし、私の新作の楽器で同じネックのセッティングにすると、まだまだ楽器が鳴っていないために弱々しく感じます。



写真に示したように弦が駒をまたぐ時の角度が下に押し付ける力を決めます。この角度が急であれば抑える力が強くなり、水平に近くなれば弱くなります。

標準的には156~157度くらいです。一級の名器であれば158度以上のものも使われています。


画像でもわかるように高いアーチの楽器では特別に気を付けないと表板の押さえつける力が強くなりやすいです。そうなるとのびのびとした音が出ないという原因になります。アーチの高さがいけないのではなくネックの角度が間違っているということも考えられます。

角度を浅くしたい場合はネックの根元を表板の端から高くします。さっきの画像です。



また古い楽器で大変耳障りな音になっているものも、ネックの角度が間違っていないか注意が必要です。19世紀終わりや20世紀初めのフランスの楽器にはオリジナルのネックがそのままついていることがあります。当時のネックは今よりも急な角度に取り付けられていました。オリジナルのネックが残っているというのは資料的な価値は高いのですが、演奏するにはネックの修理が必要です。同じ時期に修理されたさらに古い楽器や博物館に展示されている名器でも同様のネックがついている場合があります。

現代のネックはドイツの大量生産品とともに広まったようです。19世紀の終わりにすでに大量生産の規格になっていたのが現代のネックです。都市部の職人では依然として古いタイプのネックを付けている古い世代の職人もいたのです。


正しいネックの角度でも音が不満なら楽器に性格に応じてネックの角度を変えればいいです。

私の新作の楽器ではやや急な角度にしてあります。



問題は修理代が安くないということです・・・・

まとめ

駒の高さについては意識している職人も多いのですが、表板を押さえつける力については無頓着な職人も多くいます。修理の時に駒の高さを稼ぐことしか考えていなくてネックの角度を急にしてしまう人が少なくありません。得にチェロで問題が多いです。チェロは修理代が高いうえにネックの角度も狂いやすいです。生涯のうち2~3回修理をする人もいるでしょう。

一方で無頓着ではなく強い力をかけたほうが音が良いと信じている人もいます。

5弦のコントラバスでは弓が他の弦に触れるのを防ぐため駒の上部のラウンドのカーブを急にする必要があり、それには駒はそうとう高くなくてはいけません。そうでないと表板のエッジに弓がぶつかってしまいます。その時にネックを急な角度にしてしまうと表板を強く押し付けすぎるので耐え切れなくなって表板がバスバーや魂柱のところで割れてしまいます。その後も修理代が高いのでずさんな修理が行われてしまいます。

チェロでも表板を変形させる原因になります。


古い楽器では一見壊れていないように見えてもネックの角度の修理とこの前紹介したバスバーを交換することで楽器本来の力を発揮させることができます。職人は楽器の音の性格を見極めて多少の加減をします。

楽器の音は製作者だけでなく修理する者の力も重要です。有名な製作者よりもはるかに腕の良い無名な職人が修理にあたっていることもよくありますし、その逆で台無しにしてしまうこともあります。

ストラディバリのヴァイオリンも作られてそのままというものはなく、コンサートで使用されているようなものは一度や二度は分解して組み立て直されています。


もし修理を依頼するのなら音の不満や、理想をはっきり伝えることができれば、改善に向かう可能性が高まります。自動車レースでもレーシングドライバーはメカニックに車の状態を伝えうまくコミュニケーションができていると調整がうまくいくわけでそれと同じです。


知人の職人はいくつものオーケストラがある大都市で、これの修理だけでほとんど一年が終わってしまうと言います。音に不満があるということで持ち込まれた楽器を調べてみると多くの場合ネックの問題が見つかるそうです。それだけ、状態が良くないものをプロの演奏者でも知らずに使っているのです。
私は田舎で楽器の製作をやりたいですね。