安価な楽器では真っ先に手が抜かれるところですから凝ったヘッドは貴重なものです。
▽ 気楽にストラディバリを味わう ▽
ブラインドテストで低い評価を受けるのがしばしばのストラディバリウス。「そんなもの研究しても意味ないじゃん?」と頭の良い人は指摘するでしょう。
そう固いことを言わず、何億円もかけずにストラディバリを味わって楽しんではいかかでしょうか?
こんにちは、ヨーロッパの弦楽器工房で働いているガリッポです。
前回もちょっと触れましたが、インターネットラジオが聞けるネットワークレシーバーという機械を導入しました。昔からレシーバーという機械はヨーロッパで広く使われてきたもので、アンプとラジオのチューナーが一つになったものです。そこにスピーカーを接続すればラジオが聞けます。
どうも日本ではラジオというのは廃れてしまったメディアのようでテレビにその座を奪われてしまった感があります。テレビがデジタル化するときに同時にラジオもデジタル化すればよかったわけですが誰も投資する気もないようです。
音楽というのはラジオの時代には花形のコンテンツでした。映像のテレビ、さらに文字情報のインターネットの時代になれば音楽も衰退してくるのは当然と言えば当然です。
ヨーロッパでは慣習としてテレビは寝室にしか置かないなど比較的ラジオの地位が守られていました。さすがに薄型テレビが出てからはリビングに置かれるようになってきたのでしょうが…
日本で言うNHK交響楽団のような放送局のオーケストラがラジオのために今でも活動しています。ラジオのオーケストラというところも少なくないでしょう。
日本では多くの皆さんは「最近のテレビはつまらない」とお嘆きのようですが、それでも毎日番組が放送されているだけでもすごいことです。こちらではニュース専門局でも朝のニュースが7時からだったり、祝日には番組がなく古い映画を垂れ流すだけだったりします。要するにテレビ局の人が働いていないのです。番組は再放送ばかりで日曜日に白黒の番組をやっていたりするありさま。
テレビがつまらないなんてレベルではなく再放送以外の番組を見つけるのが難しいくらいです。
そんなおかげでラジオや映画館も健在ですし音楽イベントも盛んです。
テレビがつまらないというのはいいことなのかもしれません。
そんな時代にラジオを楽しむのがこれ。
パイオニアのネットワークレシーバーです。ヨーロッパではレシーバーだけで売っていますが日本では同じ製品がスピーカーとセットでのみ売られています。
詳しくは電圧や色が違いますが日本仕様のこちら
http://pioneer.jp/av_pc/audio_sys/minicompo/x-hm81/
これはパソコンを起動しなくてもインターネットラジオが聞けるものです。PCやスマートフォンの音源をワイヤレスで再生することができます。CDプレーヤーもついています。
作業場に置くものなのでコンパクトであることでこの程度の製品にしました。操作性や使い勝手が決め手となりました。画面に作曲者と曲名が表示されます。
セットのスピーカーは前から使っていたものがあったので不要だったのですが、頼んでいたら一緒に買ってきてしまいました。古いスピーカーはレシーバーと相性が悪く金属的な音になっていました。セットのスピーカーに変えたところ、音はクリアできれいな音になりました。
しかしあまりに小型なのでオーケストラの迫力もチェロやバスの音も聞こえません。
そこで
パイオニアのサブウーファーです。これはヨーロッパのみで発売された製品でネットオークションで中古品を買いました。日本だったら2万円くらいの製品でしょう。レシーバーのほうにサブウーファー用の出力があるのでピンケーブル一本で接続できます。
作業場に置くのでスペース効率の良いサブウーファーは最適ということになります。調整が難しいですが、上限の周波数が連続的に変えられる仕様なのでメインのスピーカーとのつながりを微調整できます。
これによって迫力のある低音が再生でき作業が楽しくなりました。
今回はお気に入りのラジオ局をひとつ紹介します。
http://www.veniceclassicradio.eu/en/
ベニス・クラシック・ラジオというインターネットラジオ局で上のリンクのホームページから無料で再生することができます。ホームページ上部の「Listen」というところをクリックです。
個人のレコードコレクターが始めたそうで広告収入を目指したラジオ局と違い、大衆に媚びたような「名曲」ではなく独特のセンスで選曲されています。
パソコンのスピーカーでは残念な音でしか聞けませんのでこのような機械があると良いです。
インターネットラジオの音質は、本格的な高級オーディオで聞くと薄っぺらい金属的な音で初期のCDを彷彿としますが、FMラジオに比べるとはるかにましでクラシック音楽でも聞くことができます。FMラジオでは静かな曲では雑音のほうが大きくて聞けてものではありませんでした。私の町はケーブルテレビでラジオもあるのでそんなことはありませんでしたがそれよりもインターネットのほうが音は良いです。
したがって職場には高級オーディオではなくてこれくらいの機械がちょうどいいですね。
このベニスクラシックラジオは、いわゆる「クラシックファン」の王道からはちょっと外れているのが面白いです。王道も作品もあるけどもマイナーな作曲家の作品も多く取り上げています。特にバロックから古典派のイタリアやそのほかの無名な作曲家の美しい曲が聞けます。私はこの分野は詳しいほうなので楽しくなりますが、一般的なクラシックファンなら「誰?」というような作曲家も少なくないでしょう。
モーツァアルトにそっくりの作風の音楽家は山ほどいるのに知られているのはモーツァルトだけです。弦楽器の世界も同じです、ごく一部の人だけが有名で名が知られているのに、名の知れない多くの作者も同様に素晴らしいものがたくさんあります。
無名な作曲家を「取るに足らない。」と見下すのは大変失礼なことで、愚かで恥ずかしいことです、無名なのではなく自分が単に勉強不足なだけです。
弦楽器の場合には作者がちょっとマイナーだと値段がずっと安いというおまけつきです。楽器の作りが分かると無名な作者の楽器でも良い物が分かるようになります。
勉強していきましょう。
簡素化された?スクロール
弦楽器ほどどこの製品も皆同じで個性のない製品は珍しいですが、微妙な違いがあります。そもそもなんでスクロール(渦巻き)がつくようになったのかはよくわかりません。ヴァイオリン族の楽器よりも古いヴィオール族楽器にはキューピットの頭がついています。キューピットはギリシア神話の「愛の神」で弓矢に射られた者に激しい恋情を呼び起こすとされています。
もともとは成人として描かれていたのがいつしか幼児の姿で描かれるようになり、キリスト教の天使とごっちゃになりました。
ヴィオール族の楽器のヘッド(まさに頭)には目隠ししたキューピットの頭が彫られていることが多くあります。目隠しして弓矢を射るのでどこに飛んでいくかわからず「恋は気まぐれ」ということです。
それに比べるとヴァイオリンは質素な楽器で簡素化されたものが渦巻きということでしょう。それでも現代の工業製品からするとはるかに手間暇がかかるものです。
渦巻きは西洋では装飾としてよく用いられましたし、日本ではなぜか泥棒のふろしきの唐草模様として定着していますね。実際にそんな目立つ泥棒はいるのでしょうか?
これはヤコブ・シュタイナー作ヴァイオリンのヘッドです。シュタイナーはアマティに似たスクロールのほかにライオンの頭を彫りました。これが面白いのはまずとても造形センスがあるということです。立体彫刻を彫ることができる芸術家並みの技量を持っていたということが貴族達を魅了しました。貴族だけでなく音楽家も魅了しバロック時代ベネチアで活躍したヴァイオリン奏者のベラチーニは2本もシュタイナーを持っていたそうです。ベネチアやフィレンツェのヴァイオリン職人はシュタイナーをまねた楽器を作りました。当時メディチ家のコレクションにはアマティやストラディバリもあったのにフィレンツェの職人はシュタイナーをまねていたほどです。シュタイナーはいわゆるダイナミックな芸術家というよりは仕事が細かい繊細な感じです。「いい仕事してますね~」というやつですよ。
次に面白いのは、おそらく本物のライオンを観察して作っていないことです。日本でも昔、トラを見たことがない人が中国の絵を参考にトラを描いたりしています、場合によっては猫を観察してまるで猫のようなトラだったりします。シュタイナーのライオンは人面犬のような感じですかね?
スクロールは汚れがたまりやすく掃除をするのが大変ですが、このライオンの頭を掃除するときは「お客さん、かゆいところはありますか?」と言いたくなります。
それから、シュタイナーのライオンはみな顔が違います。ユーモラスな表情のものもあります。見ていると楽しいものです。
シュタイナーのコピーは結構作られました、近代の大量生産でもライオンの頭がついているものがありますが、似ても似つかない酷いものです。
他にはチェコの作者で人間の頭蓋骨・・ドクロを作った人もいます。古代ローマやバロック時代はドクロは芸術作品によく出てきます。死の恐怖が見る者の心を揺さぶりますが、ポンペイのモザイク画の場合には「どうせ死ぬんだから人生楽しもう!」ユーモラスながいこつが酒瓶を持っています。
チェコのこの作者は100年くらい前に活躍した人ですから近代の人です。むしろ現代ならロックミュージックに合いそうです。
こういう例は例外のケースでほとんどの楽器には渦巻きがついています。
音には関係ない?
冒頭でスクロールは音には関係ないと書きました。「いや弦楽器で音に関係ない部分なんてない。」と考える人もいるでしょう。確かに弦楽器はあらゆる部分が振動しています。スクロールやネックも指板も振動しています。しかし「天才職人は音を計算して彫り方を変えているに違いない。」とか言い出したらカルト教団のはじまりです。
グァルネリ・デル・ジェズ作のヴァイオリンは父のジュゼッペがスクロールを作って自分では作っていませんでした。音を計算するどころか自分で作ってさえいないのです。父の死後はスクロールの作風ががらりと変わります。
作っていきます
ネックとスクロールは一つの木材から削りだします。指板がつく正面の面を基準にします。完全な平面にし、側面を基準面に対して垂直にします。幅はスクロールの最大の幅にします。正確な加工できれば誤差が少なくなります。このようなカンナを使うと簡単にできます。カンナで難しいのは調整です。
型を作って転写します。複製を作る場合グァルネリ・デル・ジェズのように左右が違う場合は右と左それぞれの型を作ります。ストラディバリでも場合によっては左右別々の型が必要になります。今回は片側だけで大丈夫でした。反転させれば両側にけがくことができます。
前回も同じ年代のストラディバリのコピーを作りました。この時の型をそのまま使えるかというと、微妙に違うので新しく作りました。
ストラディバリ本人は型紙があったもののそれに対して正確に加工するのではなく、おおよその目安として目で見た感じで作っていたようです。したがって左右が違うのはもちろん同じ時期の楽器でもスクロールの形が違います。それこそ、息子たちが作った場合もあるでしょう。摩耗して状態の悪く判別が難しいスクロールも多いのですが、明らかに作風が違うのも交じっています。
ノコギリで切っていきます。西洋式の小型の弓鋸でこれは押して切るとささくれが出ないです。
向こう側が見えるように鏡をバックミラーとしています。
こんな感じで切りぬくことができれば十分です。
余計なところを削り落とします。けがきの線に対して正確に加工していけば大丈夫です。場合によっては少し大きめにしておいて後で目で見ながら形を修正していく必要があるときもあります。
横から見て形が仕上がると今度は正面から見て形を作っていきます。ノコギリで切断します。
根元のほうから彫り進んでいきます。
ノコギリで切り込みを入れて
ノミでカツン!と割っていきます。
先まで進んでいくとこんな感じです。ペグの穴は角材にした段階でボール盤という電動のドリルで穴を開けています。手作りにこだわって電動工具は使わない方針ですが、穴を垂直にあけるのはボール盤にかないません。穴が真っ直ぐだとペッグの取り付けが確実になります。演奏に重要な部分については背に腹はかえらないというところです。
複製を作る場合はほんの少し大きめにしておいて目で見ながら形を整えていきます。とくに型を作っていない側は大きめにし、見た目で形をそっくりになるようにします。
複製ではない新作ならきれいにできていれば自分の作風ですからそれでいいのですが、複製の場合きれいに加工するだけでなく作者の特徴をとらえて本物そっくりにするので難易度は桁違いに上がります。
アーチングの時と同様に、現代的なスクロールとアマティ派のスクロールはちょっと違います。修理でもオリジナルのスクロールがどうしようもないくらい壊れてしまったり、失われてしまったりしたときは、新しくスクロールを作るときがあります。この時にその時代の作風で作らないとおかしなことになります。
現代のスクロールとして美しくてしても、オリジナルの胴体に合わなければ修理としてはヘタクソということになります。そういう意味では修理専門の職人だからといって楽器が作れなくてもいいということはなく、修理を極めるには楽器の製作も並の腕前ではダメということになります。複製の製作がヘタクソなら修理もヘタクソということになります。
このように仕上げるわけですが、削りすぎたらアウトなので慎重に行くとどうしても時間がかかってしまいます。
ペグボックスの中を彫っていきます。
両側の壁の厚さも重要です。見た目の印象に大きく左右するとともに、ペグとの噛み合わせや耐摩耗性にも影響し、また破損などの原因にもなります。古い時代には割と薄めに作られることが多かったです。そこで私は上端だけ細くしてペグが来る部分は厚めにしています。
正面と背面も彫ります。
複製を作る時のポイントはこのノミで付いた跡を取り去ってしまわないことです。スクレーパーややすりなどで表面をきれいに仕上げることができますが、複製の場合には多少凹凸を残しておくと後でニスを塗った時に雰囲気が出ます。
刃の跡はサンドペーパーの目の細かいもので軽く磨いておきます。
出来上がりです
まずは左側からポイントは渦巻きのカーブが真円のようになっているのではなく歪んでいるところです。
白い矢印で示したように真円に比べると内側に入っているように見えます。また赤の矢印で締めた部分の幅が異常に狭くなっています。アマティやストラディバリの特徴で摩耗して古くなってしまうと汚れが入って黒くなっているのでもうちょっと広く見えます。よく見ると実際は幅が狭いのです。
右側は外側から2週目以降が左側より小さくなっています。先ほどの赤で示した部分ももっと狭いです。
左右も微妙に非対称です。
上部の渦巻きの部分は赤線で示したように少しカーブしています。ストラディバリは直線に近いものが典型的で、アマティは大きくカーブしています。近代現代の楽器では逆のカーブになっている場合もあります。
下のほうですが、現代の指板はストラディバリの時代のものよりも幅が狭くなっています。これは持ちやすさを重視しているためです。昔は赤線のように幅が広かったです。ストラディバリも修理によって細い指板に変えられているます。細い指板に合わせてペグボックスも削られて写真のようペグボックスの幅が指板の幅と合っていません。白い矢印で示したように指板に近いほうではペグボックスの壁が細くなっています。近代では細い指板に合わせてペグボックスを作ってある場合があり、ドイツやチェコの100~50年前の楽器で細いペグボックスの楽器をよく見ます。指板も今よりさらに細かったです。
後ろ側こんな感じです。視覚的に見ながら形を整えました。
彫り込みも深くしすぎないように注意が必要です。古くなって摩耗した時にちょうど良い深さに見えるようにします。アマティ派の特徴で際をちょっと強調させておくと摩耗した時にグズグズになりすぎずそれらしくなります。
この段階では新品の時のストラディバリを再現しましたが、当然300年も演奏に使われていれば摩耗しています。
そこで摩耗も後で再現します。塗装が始まってからになります。白木のスクロールは見にくくて、なおかつオリジナルのストラディバリのスクロールは摩耗が激しいので今の段階で比べてもよくわからないと思いますので今後ニスを塗る段階でまた紹介します。
スクロールもf字孔と同様に本当に満足のいく複製を作るのは至難の業です。生産コストなんて考えていられないくらい時間がかかります。1980年くらいまではスクロールを専門に作る職人がいました。彼らは一日に3つくらい作ったそうです。私は一つに1~2週間かかってしまいます。現代では3次元の工作機械でスクロールを作ることでき機械の性能が上がるごとに出来栄えも良くなっています。
胴体に比べるとまだまだ完成度が低いものが多く、スクロールを見ると機械で作った大量生産品だとすぐにわかります。
これまでに表板、裏板、横板、スクロールができたのでこれを組み立てていきます。
ネックの取り付け角度なども音や演奏に重要な部分です。
このあたりのことを次回取り上げていきます。