致命的な欠点 【第2回】何から気にするべき? 欠点の優先順位 | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

これからあげていく「致命的な欠点」は通常出回っている楽器の多くが一つや二つは抱えていていることです。
一方ですべてをクリアーしていたとしても法外な値段で売られている場合もあります。

考え方として、ずば抜けて音が良い楽器を探すよりも、まず致命的な欠点の少ない楽器を適正価格で購入することをお勧めします。




こんにちは、ヨーロッパの弦楽器店で働いているガリッポです。

私の働いている工房でも、量産メーカーの製品や使用しなくなった楽器を買い取って販売することがあります。
その時に、何でもかんでも買い取るかというとそうではありません。

致命的な欠点を抱えている楽器は購入を避けています。

それ以外であれば音のキャラクターには好き嫌いがあっても、人によっては好む人もいるかもしれないので商品として価値があります。

安価な楽器なら多少の欠点はやむを得ないと考えますが、ヨーロッパでは安価な楽器を売りたいという人もたくさんいるので著しい欠点のあるものを無理に買うことはしません。

修理で治せる欠点

欠点にも改善できるものもあります。

①安価な修理によって改善できるもの
②高額な修理によって改善できるもの
③修理のしようがないもの

①安価な修理によって改善できるもの
これは致命的な欠点にはなりません。
使っている楽器が弾きにくい、音が気に入らない時は愛想を尽かす前に、一度腕の良い職人に調べてもらうと改善できることがあるので試してみてください。

②高額な修理によって改善できるもの
数百年前に作られたような高価な楽器で手入れや修理が十分に行われていなかった楽器ならば、修理をする価値があります。
購入するときはこの修理は終わっている状態で買うか、修理代を差し引いた値段で購入し腕の良い職人に直してもらうのが良いでしょう。

安価な楽器や全く新しい楽器で大掛かりな修理を施す必要があるものを購入する必要がなく、別の選択肢を選ぶほうが良いと思います。


③修理のしようがないもの
修理によってすべてが改善できるわけではありません。
消耗品にあたる部分は修理によって改善することができますが、そもそも設計の段階の間違いやひどい損傷などは修理が難しい場合があります。

なぜできないかというと、私が「致命的な欠点」と考えているのはあくまで現代の常識や私の考えにすぎません。
骨董的な価値については「できるだけオリジナリティを尊重するべき」だというのが基本で、改造すれば音が良くなるとわかっていても私はやりません。

ネックを切断して新しい木を取り付けたりするような「フィッティング」に含まれる修理は消耗品の範囲なので高額な修理によって直すことができます。

また、安価な量産品の場合、ただ粗雑に作ってあるだけなので、オリジナリティを気にする必要はないと考えています。

欠点の優先順位

欠点にも優先順位があります。

①演奏上の欠点
②品質上の欠点
③音響上の欠点

①演奏上の欠点
これは何よりも最優先する課題です。
例えばとても素晴らしいビオラがあったとしても、大きすぎて演奏しにくいなら購入は避けるべきです。
ヴァイオリンやチェロでも、ボディーストップという駒の位置がおかしいと演奏が難しくなってしまうことがあります。
ネックの長さがおかしくても同様ですが、高額な修理によって直すことができます。
古いものではネックが細すぎたり、角度がおかしかったりすることも多くこれも同様に修理が必要です。

ビオラやチェロでは幅が広すぎて弓が表板にぶつかってしまう楽器も問題です。

5弦のコントラバスは問題だらけで私も頭を痛めています。

②品質上の欠点
製造時の品質が悪い楽器の場合、接着面が剥がれてきたりビビリ音が発生したりします。
安価な修理としては再び「にかわ」で接着しなおしますが、またすぐに剥がれてきます。

本格的に治すには接着面がぴったり合うように削りなおす必要があります。
分解して削り直しくっつけ直すわけですが、当然小さくなてしまうので場合によっては木材を継ぎ足してから加工し接着し直す必要があります。

チェロの裏板は左右2枚の板を張り合わせてあることがほとんどですが、100年くらいたったチェロでは8割がた継ぎ目が開いてきているように思います。
これを直すにはかなりの金額がかかります。

外観からは欠陥が分からなくても完全に問題を解決するにはすべてを分解して組み立て直す必要があります。

このような楽器を修理をすることになると至る所に不完全な接着面があり、問題点を上げ始めるとキリがなくて「なぜ自分が作ったわけでもない楽器を作り直さなくてはいけないのか?」とつらい作業になります。
かといって高額な修理代を請求するのも心が痛みます。
ホンダの車を買った人がトヨタにクレームを言いに行くようなものです。

私が作った楽器ならすべての責任を負う覚悟ができるているのでそっちを買ってもらいたいですが、お客さんにそうも言えないのがつらいところです。

演奏家は音にしか興味がなくこういう地味な木工技術については全く興味がない人がほとんどです。

興味のある方は私のもう一つのブログをご覧ください。
http://idealcut.blog.fc2.com/

③音響上の欠点
音が良いか悪いかなどというのは楽器の良し悪しのついて最後の贅沢な希望だということは分かっていただけたかと思います。

①と②の問題がクリアーできて初めて気にするべき問題ですが、今回の連載で一つずつ取り上げていきます。

これはそんなに多くはないのですがひとつでもあるとかなり厳しいということに絞っています。
むしろ、「巷ではいろいろ言われていても、欠点ではないので気にする必要がない」ということを説明する必要があります。

まとめ

一般に商品を購入するときはいつも危険が伴っています。

弦楽器についても偽物や詐欺はもちろんのこと「安物買いの銭失い」ということもある一方で、バブル時代の商法で高級品のボッタクリ価格というのも続いています。


一般の人が読んでも実際の購入時に調べようがないかもしれませんが、考え方を知っているだけでも悪徳業者にとってやりにくい相手になることはできると思います。