致命的な欠点【第3回】 表板・裏板の輪郭の形について | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

楽器の構造上の致命的な欠点について見ていきます。
今回は、「表板と裏板の輪郭の形について」です。





ヨーロッパの弦楽器店で働いているガリッポっです。

弦楽器の音について決定的な影響を与えるのは表板と裏板です。
したがってほとんどの問題は、表板と裏板にあるわけです。

ストラディバリモデルとガルネリモデル

表板や裏板を真正面から見たときの輪郭の形について説明します。

ヴァイオリンはたいていどれも似通っているのに対し、ビオラやチェロになると作者によって形が様々だったりします。

「ストラディバリモデル」や「ガルネリモデル」などと聞いたことがあるかもしれません。

これは主に輪郭の形がストラディバリやガルネリのものをもとにしたものだということです。

実際のストラディバリやガルネリと寸分違わないものもあれば、音のことを考えたり美しく見えるように改造したり大きさや幅を変更したもの、イメージだけで実際とは関係ないものもあります。

また加工精度が悪くて似ても似つかなかったり、全くの別物だったりします。
大量生産品などでは、設計と製造、販売を担当するものが別々で意思の疎通が取れておらず、モデル名が間違っていることもよくあります。
営業が形を見分けられず名前を知らないこともあります。

もちろん、関係のない楽器を「ストラディバリモデル」と偽って販売する業者もいました。


現在では実物大の写真や図面が掲載された本やポスターが市販されていて、誰でも名器の形を真似することができます。

かつては、このような図面を入手するのは難しく19世紀~20世紀の前半は「ストラディバリモデル」と言っても流派や地域によって特徴があったりしました。


いまでは図面をコンピュータに取り込んで機械を使って大量生産することもできます。

ストラディバリモデルばかり

先ほども示したように、ヴァイオリンではどれも似通っています。

これは、19世紀以降ストラディバリをお手本とするフランス風の楽器作りがヨーロッパ中に広まったせいです。
それに対して、1700年代までの楽器はとても個性にあふれ、地域や作者、また同じ作者でも作品によってさまざまでした。

つまり、19世紀以降に作られたものの大半はみな同じような形をしているということです。

そのため「ストラディバリモデル」というのは取り立ててすぐれたものというわけではなく、大量生産品も含め近代ではごくありふれたヴァイオリンのことです。

さすがに全く同じものだと飽きてしまうので、ガルネリモデル、アマティモデル、マジーニモデルも作られました。

しかしこれらはストラディバリモデルを応用して形だけを変えたもので、楽器の他の部分の構造まで、ストラディバリやガルネリを研究し再現したものであるケースはまれです。



個人の製作者の中には、「過去の作者のものまねはけしからん」と独自の設計をしている人もいます。
それでも、ストラディバリやガルネリのモデルを基礎として勉強しているのでそれほど独創的なものにはなっていません。

もちろん、まともに修行しなかったり独学の作者の場合、わけのわからない音響理論を信じている人の場合には、明らかに異なった形や寸法の楽器を作っている人もいます。

独創性はあっても基本的なことが理解できていなければ楽器としてはゲテモノということになって売り物にならなくなってしまいます。

輪郭の形と音

大概同じような形をしているので音の違いにはそれほど決定的な要素にはならないと考えてよいでしょう。
音を決める要素は他にたくさんあり、その中で輪郭の形は決定的なものになりません。

もしこれが決定的な影響を与えるなら、先ほどのコンピュータに取り込んで機械で製造する方法でも名器と同じ形のものが中国など労働コストが安い国でいくらでも作れるわけですから、もはやヴァイオリンに10万円以上出す必要はなくなるはずです。

しかし、実際に同じメーカーの製品であれば、形が違っても音が似通っていて輪郭の形以外の要素が大きく影響していることがわかります。

有名なストラディヴァリなどになると同じ形で違う作者や工場で作られていることがありますが、音はそれぞれ違います。

私たち職人同士で、木枠とか型を貸し借りしても同じ音にはなりません。



しかしながら極端におかしなものは欠点として考えています。
特に極端に幅の狭いものは構造上窮屈になり伸び伸びとした音が出にくいと思います。
子供用の楽器のような音になってしまいます。

また長さが長すぎると小柄な人には演奏しにくくなります。

幅が狭いとはこの写真で示したA,B,Cの幅を言っています。

一般的にヴァイオリンで次のようであれば致命的な欠点とは言えません。
A 165~170㎜
B 105~115㎜
C 200~210㎜

これは直線距離でアーチを含みません。

これよりも細ければ細いほど苦しいでしょう。


なぜ細いヴァイオリンが作られるか?

ストラディバリなどをお手本とせずまた寸法などをよく知らず、見よう見まねでデザインすると大概は横幅が細くなります。

また美しい曲線を出そうしても幅が狭くなります。

ストラディバリモデルが優れているのは、幅が広いのに見た目が美しいことです。

もちろん、見た目の美しさは音には影響しませんし、一般の人が見ても違いが判らないかもしれません。

我々職人の間だけでわかる違いで、美しく幅の広い楽器をデザインする難しさは職人の中でも取り組んだことのある人にしかわからないかもしれません。


我流の職人や大量生産品などで良く理解している責任者がいなければこのような細いモデルの楽器が作られることがあります。



とはいえ、極端に細くなければ多少のことは大して問題になりませんし、幅広いほど音が良いと断言することもできません。

ビオラやチェロ

ビオラやチェロはヴァイオリンに比べて形や寸法が定まっていません。

「大きいほど低音が出るのではないか?」と安易に考え幅が異常に広い楽器が作られることがあります。
これらの楽器は弓の動きを妨げて、弓が表板にぶつかって傷だらけになっていることが多いです。

チェロの場合、ストラディバリモデルは割と細長いモデルであるのに対し、20世紀の後半に流行したモンタニアーナモデルは長さが短い代わりに横幅がずっと広いものです。

モンタニアーナモデルを作る場合は、幅が広くなりすぎないように気を付けたり、駒の高さを高くなるようにして弓がぶつからないように気を付ける必要があります。
(駒を高くすると言っても、ただ駒の高さを高くすれば良いというのではありません)


幅が広いからと言って劇的に音が良くなったり、低音が良く出たりすることもなく、個々でも他の要素も影響するので、モデルによってこういう音だとか断言することはできません。

まとめ

長々と書いてきましたが今回重要なのは、輪郭の形がどういう音になるのか与える影響は予想しにくくその形が音を決める決定的な要素ではないということ。

それでも極端に細いものは構造が窮屈になってしまうので不利に働くであろう。


これだけのことです。


多くの楽器がストラディバリをお手本にしていて音響上の楽器の構造上ほとんど差が無いにしても、目が良い職人が見れば見た目の印象は全く違って見えます。
機械が作ったもので満足のいくものはありませんし、手作りでも意識しないで作られたものはすぐにわかります。

本人は「ストラディバリを完璧にコピーした」と豪語しても他者からは別物に見えたり、その一方近代・現代の職人の作るものにはストラディバリよりさらに完璧な美しさの楽器もあります。


次回は、表板の構造について見ていきましょう。
おたのしみに。