弦楽器の知識 これを知らないとすべて間違って理解してしまう超基礎編のまとめ 前篇 | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

弦楽器について正しく理解する妨げになっているのは「素人の先入観」です。
先入観を捨てなければ、学んだ知識もすべて間違いになってしまいます。

これまで超基礎編で紹介してきたことは、こんなことも知らないでウンチクの一つも語るのはとても恥ずかしいような基礎的なことばかりです。

もう一度まとめてみましょう。





こんにちは、ヨーロッパの弦楽器店で職人として働いているガリッポです。

名器とは普通につくられた楽器が古くなったもの

ヴァイオリンが作られたばかりの新品の時と300年使用されたあとで音が全く同じなら、音が良い楽器は作った人の力量の差によることになります。

しかし現実に多くの楽器を扱っていくと、楽器の構造に極端な問題点のない楽器で状態が良ければ作者が有名か無名かに関わらず50年、100年、200年経っていくほど音響的には有利になっていくことがわかります。

もし仮に、新しい楽器で傑作というような音の楽器があったとしても、平凡な楽器の100年前のものに対抗するのは難しいのです。

その傑作も300年後には音が変わってしまうので、今理想の音なら将来はそれとは違う音になってしまいます。

300年前の「普通の楽器」は数が少ない

現在では弦楽器の製法が確立しているのでちゃんと教育を受けマスターした職人なら「普通の楽器」を作ることができます。

ところが300年前には地域や人によって楽器の構造がバラバラだったので「普通の楽器」はごく限られている上に、300年の間に失われてしまったものも多いわけですから、300年前の普通の楽器は大変貴重になります。

ビオラやチェロになるともう本当に少なく一流の演奏家は死ぬまで手放すことはないかもしれません。

「ストラディバリの秘密を解明した」自称天才に注意!!

普通に作ってさえおけば、300年後には熟成して名器のようになるのに、「ストラディバリの秘密を解明した」などと豪語し、とんちんかんな楽器を作る職人が後を絶ちません。
どうしようもないほど不器用だったり根気がなかったり金儲けにしか興味のない人は普通の楽器ですら作れません。
いくら熱心でも普通の楽器を作れないのは独学などまともな教育を受けていない職人と自信過剰でとんちんかんな説を信じている人です。

このような人たちは無知な記者によってマスコミなどメディアに取り上げられてしまうこともあります。
有名になり偉そうに弟子を育成してしまうのは本当に困りものです。

記者の人には私のブログを一度読んでからにしてもらいたいものです。

天才神話の否定

高価な名器を作った職人を神様のような「天才」として崇拝することは楽器の理解を捻じ曲げてしまう危険な行為です。
悪徳業者に騙されたり、余計にお金を払ってしまう温床にもなります。

人間というものは神のような存在にすがりたいというのは自然なことです。
しかし、自分の子供が病気になった時、「神様に祈るか」、「病院で治療を受けさせるか」どちらか一つを選べと言われれば、私なら病院で治療を受けさせます。

少なくとも、間違った知識で偉そうにウンチクを語っていたら大変に恥ずかしいものです。

このあたりのことは超基礎編で詳しく取り上げています。
第1回 音が良い楽器は天才にしか作れないか?
第2回 楽器職人はイメージ通りの音の楽器を作れるか?
第3回 音だけで名器を見分けられるか?
第10回 音についての超基礎

現代の楽器製作の基礎はフランス

これも大変重要なのですが、19世紀にフランスでそれより100年ほど前の名器に対抗するためにストラディバリなどクレモナの楽器の研究がなされ改良されました。

それが「モダン楽器」で、現在の楽器製作の基礎になっています。

そもそも、「ストラディバリが理想の楽器」だという考え方自体がこの時期のフランスから広まったのです。
今では、弦楽器に直接触れたことのないクラシックファンや一般の人でも、「ストラディバリは素晴らしい」と信じられていますが、この時期のフランスで広まった考え方を今でも信じているだけです。

このようなモダンヴァイオリンの製法は、イギリス、イタリア、ドイツ、チェコ、ハンガリーなど世界各国に広まりそれまでのものにとってかわられました。


詳しくは
第5回 古い楽器とは? 時代区分について
にて説明しています。


古い楽器に伴うリスクと新しい楽器の魅力

古い楽器はうかつに購入すると後で大変なことになる場合があります。

古い楽器には様々なリスクがあります。
それも知っておくのが良いと思います。

第3回 音だけで名器を見分けられるか?
第4回 修理について
第9回 値段について

新しい楽器にも魅力があります。
現代の職人もストラディバリに遜色ない楽器を作れる人がたくさんいます。
音は初めのうちパッとしませんが長年使うほどに音が良くなっていきます。
作者本人と交流を持つこともでき修理もしてもらえます。

粗悪な古い楽器や偽物、状態の悪い物や癖の強いものを試奏して見抜けないなら、まず素性の良い新しい楽器をしっかり弾きこなしてそれから古い楽器を選ぶといつのまにか良い楽器を選ぶことができるようになっていると思います。

素性の良い楽器なら新しい楽器でもそこまで弾きこなせればかなりいい音が出ていると思います。

まとめ

高価な銘器は普通の楽器が古くなっただけで、作りに特別なところはありません。

もちろん、アマティ家やストラディバリのように弦楽器の製法が確立していなかった時代に「普通の楽器」をつくったというのは尊敬すべき偉大なことです。
しかしながら、新しいことを除く楽器そのものの良し悪しについてはそのあとの時代に作られた楽器も同様に優れているものがたくさんあるということも忘れてはいけません。

普通に作られた楽器でも音は作者や楽器によってさまざまに違います。
人によっては聞くに堪えない鋭い音と評価する人がいる一方、力強くて素晴らしい音と評価する人もいます。

弦楽器製作500年の歴史の中では、「普通の楽器」はごくわずかで圧倒的多数は粗悪な楽器です。

なぜそうなるかといえば、手作業でヴァイオリンを作るのに1か月半~2か月かかります。
それだけの経費と生活していくための収入を計算すると決して10~20万円のような値段でできません。
お店は儲けを得るのに仕入れ値の3倍くらいの値段で売っていますから職人が手にするのは販売価格の1/3になります。

そこで安価な粗悪な楽器が大量に作られ販売されるのです。


「その粗悪な楽器を高名な作者の楽器とだまされて買ってしまった」といういつもの悲劇が繰り返されるのです、どうかご注意ください。