弦楽器の知識 超基礎編【第13回】音の調整や改善について | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

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クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

残念ながら弦楽器には音を調整するための機構が備わっていません。
演奏者にできることは弦の交換だけです。

したがって、職人にやってもらうしかありません。
あらかじめ知っておいたほうが良いことを超基礎知識として紹介します。



こんにちは、ガリッポです。

弦楽器の音を自分で調整することはできないので、楽器を買ったが最後一生そのままという方もいらっしゃるかもしれません。

職人の仕事によって、ある程度の音を変えることができます。

当然小さな変化なら安い値段か場合によっては無料でできますが、大きく変えるには大掛かりな修理が必要になりお金もかかります。

ここで最も大事なことをお教えします。

希望を伝えなければ、職人はやりようがない

私の働いているヨーロッパでは「求めよ、さらば与えられん」の精神とでもいうのでしょうか、子供のころから自分が何を求めているのかはっきり主張するように教育されます。

自分はこれが望みだとはっきり言わなければ誰にも手を差し伸べてもらえません。


むしろ日本では、自分の希望を言うことはあまり良いいことではないとされていますね。

そして、「お客様は神様」という精神では、お客さんは自分の希望を言わなくてもお店側は希望を予測して用意するのが当然だと考えています。


西洋の合理主義からすると、希望を伝えさえすれば容易に対応することができ問題も少ない、人の心を読むことなどできないのに、なぜわざわざそんなクイズのような難しいことをするのか?となります。
予想が外れたら、客が激怒し店員が平謝りするという光景が待っています。

客商売をするうえでこのような光景は日本では常識で「心構えがなっていない」と私も怒られてしまうかもしれません。


私は西洋が優れていると言うつもりはありません。
ただ、「音を改善する」という成果をより達成するためには、音のどこが不満で、どういう方向に持って行っていきたいのかがしっかり話し合って共有するほうがノーヒントのクイズをやるより有効だというだけです。

音を改善するには、演奏者と職人がうまく協力することが必要なのです。

プロの演奏家でも人によって望む音は違います。
「耳障りな音がするからなんとかして欲しい」とお客さんが来ました。
どれだけひどい音なのかと思って、実際に弾いてもらうと平均からすると耳障りとは程遠い柔らかい音が出ていました。
逆に、その場にいた人がみな耳を覆いたくなるような鋭い音でももっと輝かしい音にしてほしいという人もいました。

そこまで極端なケースは例外としても、許容範囲内の音でもう少しやわらかいほうが良いのか、もう少し輝かしいほうが良いのかどちらを演奏者本人が気に入るか何も言わなくてどうして職人にわかることができるのでしょう。

もし「職人に任せておけば、希望を言わなくても勝手に自分のイメージ通りに仕上がってくるはず」だと思っている人がいたなら、運が良くない限り失望する結果が待っていることでしょう。

1.微調整

小さなレベルの調整があります。

まず楽器をチェックして駒の位置や傾きが狂っている場合これを直すだけで満足いく音になることもあります。
新しい楽器では楽器が変形し魂柱(表板と裏板の間に立っている棒)が緩むことがあります、この場合は外側に引くことできつく締め直すことができます。
古い楽器はすでに変形し終わっているという意味です。
それでもゆるい時は魂柱を交換する必要があります。

さらに魂柱を動かして音を調整する方法があります。
経験者にはおなじみのことかもしれません。

これにははまり具合と位置という二つの要素があると思います。

位置を数ミリの単位で動かすことである程度規則性が見いだせます。

それとは別にほとんど位置は変わっていないのに微妙なはまり具合によって音が激変するように感じられることがあります。
位置はほとんど変わっていませんからこの効果は予測がつかず偶然といっていいでしょう。

もちろん客商売に慣れた職人は音が悪くなっても「ああ、そっちだったか?」などと言ってさもわかっているふりをしてもう一度魂柱を動かすでしょう。


また弦の銘柄を交換するのもこの微調整にあたります。
弦にとても詳しい弦マニアの演奏家もいますが、あくまで微調整にすぎません。


アジャスターやあご当てのネジのゆるみなども締め直すことでも微調整できます。
締めすぎると壊れるので注意深く行うことが必要です。

2.消耗部品の交換

全く壊れていなくても駒や魂柱は劣化していくものです。

知らず知らずのうちに劣化していくので本人は気付いてなくても、交換をおすすめして新しいものに取り換えると多くの場合元気になったように感じられるようです。
5年くらいは問題ないと思いますが10年以上経っているなら交換すると効果が現れると思います。

もともとついていた駒や魂柱の質や加工技術が低い場合には新しいものでも交換して良くなる可能性が高いです。


特別音の方向性を変えたいときは魂柱の材質を選んだり、位置やきつさを変えることでその方向に持っていくこともできます。
駒の加工の仕方によってもある程度変えることができます。

また職人が自分で駒の形をデザインして作ることによって音のキャラクターを変えることができます。
すでに考案したものを駒メーカーに作らせたり、自分でその場で作ったりという可能性が考えられます。
自分で作る場合市販の駒を使うよりやはりお金がかかってしまいます。


同じ銘柄の弦でも、古くなって劣化していることがあります。
特にチェロの場合見た目は変わっていなくてもA線など高音部でとても金属的な音になっていきます。
この場合は新しいものに交換する必要があります。


また、弓の毛も古くなると発音が悪くなります。
発音が鈍いので古い毛に松脂をたっぷりつけて表板が真っ白になっている人もいますが、弦に松脂がこびりつくのも音を濁らせる原因になります。
交換の目安は使用頻度によります。
プロのオーケストラの演奏者なら年に4回くらい替える人もいます、アマチュアでも年に一回くらい交換をお勧めします。
松脂(コルホニウム)も古くなると粘性が落ちてカサカサに乾いてしまいます。
私は普段小さなジッパーのついたビニール袋で密閉しています。
4~5年も使っているなら交換してみることをお勧めします。

3.修理

以上のような小手先の対応でできることは限られています。
表板を開けたり、ネックを外したり切断したりそういう手術のような修理が必要になります。

バスバーも古くなると劣化していくようです。
取り付け位置がおかしかったり、加工の質が悪かったりするときは交換すると音が良くなる可能が高まります。
$ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート表板に張り付けてあるのがバスバーです

ここでよく「バスバーの張力理論」が言われます。
バスバーを取り付けるときに表板にピッタリにするのではなく表板の中央を押し上げるように両端に隙間を開けて取り付ける。
この張力が弦の圧力に対抗していて、古くなるとこの押し上げる力が弱まるので交換が必要だというのです。

私はこの説に疑問を持っています。
それは、このバスバーの張力は弦の圧力に比べてあまりにも弱いからです。

バスバーは柔軟な素材のスプルースでできていて通常3mm~5mm程度の両端の厚さなら指で押さえても簡単に変形します。
この程度の力で弦の張力に対抗できるとは到底思えないのです。



もう一つの方法はネックの角度を変えることです。
弦楽器は長年使用していると弦に引っ張られてネックが下がってきて、指板と表板の距離が近づいてきます。
そうなると駒を低くしないと弦と指板の距離が遠くなりすぎて抑えにくくなります。

駒が低くなると音量で不利になってきます。
そこでネックを外して付け直すなどの修理をします。

ここで気を付けるのは駒の高さだけが重要なのではなく、ネックの角度も重要になります。
これによって弦が駒を頂点とした角度が変わってきます。
図で示します。
$ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

図で示した「この角度!!」によって弦が下向きに押さえつける力が変わります。

具体的には、下向きに抑える力が強いと音は細く鋭い音になり、弱ければゆったりとした丸い太い音の鳴り方になります。

楽器との相性でどれくらいが良いかは違います。

このわずかな角度の違いを実現するにはペグボックスの後ろで切断して新しいネックを取り付け新たに胴体に取り付けるのが最も理想的な方法です。
ストラディバリなどの名器もバロック楽器として作られたので、現在はほとんどの場合このようのな修理が行われています。
したがってこれによって楽器の価値が下がることはありません。

現実的にはもう少し安上がりな修理法でお茶を濁すことも多いのですが、素人目には何変わったかわからない部分でも結構な修理代がかかります。


言葉での説明ではわかりにくいかもしれませんがこのブログでいずれ詳しく説明します。

4、改造

さらに奥の手です。
作者のオリジナリティを尊重するため名のある名器でなくてもハンドメイドの楽器には決して行わないことですが、仕上げが不完全な安価な量産品ならこのような手段を用いても責められることはないでしょう。

具体的に何をするかといえば板の厚さを変えてしまうことです。
大量生産品の場合、板の厚さが厚すぎるものが多くあります。
薄くするにはより多くの労力や注意深さがいるので安い楽器は厚すぎたり、削り残しがあったりするものです。

厚さを変えるにはバスバーも同時に交換する必要があります。
その時駒も魂柱もすべて交換することになります。

ポイントは楽器の値段があまりにも安すぎると改造代のほうが楽器の値段より高くなってしまいうので価値を見極めることです。

まとめ

このような音の調整はお医者さんが症状を聞き、患部を調べ、そして治療法を提案するのと似ています。
薬が100%効くとは限りませんが、方法を提案して試してみます。

音の調整も、不満点を聞いて、問題を見つけ改善する方法を提案し、同意していただいたうえで結果はやってみないと完全にはわからないわけです。

長年手入れしていなかったり、問題が明らかな楽器ほど効果が出やすく、万全に手入れされている楽器では改善が難しくなります。


繰り返しになりますが我々職人が一番困るのは、何が気に入らないかはっきり言わない人。
いろいろ変えてみて試奏してもどっちが気に入ったかはっきり言わない人です。
「なんかわからないけど、なんか違う」とか言われてしまうとどう対応していいか本当に苦労します。


日本人の場合には「こんなことを言ったらバカみたいに思われるかもしれない」とかそういう恥じらいもあるかもしれません。
このブログでもできるだけ包み隠さずいろいろなことを語れる雰囲気を作りたいと思っています。