弦楽器の知識 超基礎編【第5回】古い楽器とは?  時代区分について知る | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

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クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

一言に「古い弦楽器」と言うわけですが、作られたのが30年前でも100年前でも300年前でも古い楽器ですね。
「オールド」という言葉を聞いたことがあるかもしれません。
300年前のヴァイオリンなら「オールド・ヴァイオリン」ですが30年前や100年前のものはそう呼びません。
もし100年前に作られた楽器を「オールド」として売っている業者があればインチキ臭いということになります。

これは、時代区分によって決まるのです。
しかしややこしいことに、製造された国や地域によって時代区分が異なります。

それはなぜでしょうか?


こんにちは、ガリッポです。

今回は超基礎編なので、詳しい歴史や生産地、楽器の構造などを知る前に大雑把に時代区分を知っていただこうと思います。

時代区分

さっそく時代区分を紹介します。

1.オールド
2.モダン(近代)
3.コンテンポラリー(現代)


「オールド」というのは「モダン楽器」が製造されるより以前に作られたものということになります。
「じゃあモダン楽器はいつから作られるようになったの?」と言うと地域によって差があることになりますが、1800年ころから作り始められ1900年までにはすべて切り替わったと考えて良いでしょう。

切り替わったという以上、作風がある時期を境にガラッと変わる時があるのです。
切り替わった時期に地域差があるのでいつからとはっきり言えないわけですが、1800~1850年の間に切り替わっていきます。

コンテンポラリーでは作風はモダンからあまり変わりませんが、作者が今も存命だったり戦後に活躍した作者でまだ評価や相場が定まっていない人と考えれば良いわけです。

オールド時代

そもそもヴァイオリン族の弦楽器がどこで初めて作られたのかはよくわかりません。

初期に活躍し弦楽器の基礎を築いたのは、現在の国名で言うとイタリアに位置するクレモナのアマティ家です。

特に弦楽器の創成期に様々なサイズや音域の楽器を試みたのは、アンドレア(ca.1505-1577)と二人の息子アントニオ(1540-1608)とジローラモ(1561-1630)の3人で現在でもつかわれているヴァイオリン、ビオラ、チェロだけでなくピッコロヴァイオリンや巨大なテノールビオラ、5弦のチェロなどまだ演奏者も教師もいない時代に様々な楽器を開発しました。
これらの楽器は単にプロトタイプというだけでなく、品質も優れていて状態の良いものは現在でもソリストに使われています。
アントニオ・ジローラモ兄弟のビオラは、ビオラの中でも最高の評価がされているものの一つです。

また有名なアマティ門下のアントニオ・ストラディバリ(ca.1644-1737)も特に発明と言うほどの革新はなく、アマティ兄弟が生み出した要素の組み合わせにすぎません。

このアマティの門下から多くの製作者が輩出されて、またフランス、オランダなどでもアマティをまねた楽器が作られました。

師弟関係については不明ですが、オーストリアではヤコブ・シュタイナー(1617-1683)もアマティに似た美しい楽器を作り、その時代にはもっとも人気のある楽器でした。

ドイツ語圏、中央ヨーロッパではその後シュタイナーをお手本にした楽器が作られました(一部イタリアでも)。

このようにオールド楽器には、アマティやシュタイナーの作風の影響が色濃く残っており、我々技術者が見ればすぐにオールドとモダンの区別がつきます。

もちろん独創的な楽器もたくさんあるし、むしろそっちのほうが多いとも言えます。
また近代的な大量生産が発達していないので、安価な楽器はアマティやシュタイナーとは程遠く粗雑に作られました。

それでも、モダン楽器にははっきりとした特徴があります。

モダン時代

モダン時代と言うのはバロック楽器に変わってモダン楽器が作られるようになってからで地域差があります。

オールドの時代に作られていた「バロック楽器」とはどういうものかと言うと、地域によっていろいろ違うのでこれがそうだとはっきり言えません。
ネックが短いとか角度が水平だったとか、教科書的には言えますがネックが長いものもあったし角度がモダン楽器と変わらないものもありました。

「J.S.バッハの曲を弾くにはバロックヴァイオリンじゃなきゃダメだ。」などと言う人がいますが、バッハが活躍した東ドイツと南ドイツ・イタリアとではネックの構造が違います。

それに対してモダン楽器は規格が統一されました。


1750年頃ドイツでガブリエル・ダビット・ブッフシュテッター(1713-1773)が1690年代のアントニオストラディバリをまねた優れた楽器を作りルイ・シュポーアも愛用したと聞いています。
1700年代後半にはウィーンやパリでもストラディバリを真似したり研究する試みが行われました。

とくにパリでは、ストラディバリを研究し、真似するだけでなくこれに改良を加えより進化したヴァイオリン、チェロ、ビオラが作られました。
ストラディバリは、現代の優秀な職人から見るとかなりアバウトに楽器を作っていました。
左右の形が非対称であったり、裏板と表板の形がずいぶん違ったりします。

現代の職人でも一般的な職人から見ると全く正反対の評価となりとても真似できないほど精巧に作られているように見えます。

とても腕の良かった優秀なフランスの職人たちはこのアバウトなストラディバリをさらに完全にし、改良を加えました。

そのなかで1800年ころから弦楽器職人の間で権力を持って君臨したのがニコラ・リュポー(1758-1824)です。
彼は、認めた腕の良い職人を娘と結婚させるなど血縁関係で強い支配体制を作りました。

アマティ家やストラディバリは自分自身がアバウトで作りも気まぐれで定まっていなくて弟子にも定まったものを作らせることはしませんでした。
それに対しリュポーは改良の余地のない完璧な自分の楽器と全く同じものを弟子にも作らせる画一的な教育をしました。
同じものを作らせれば当然、上手い下手の差が出るので、上手い人だけを一人前の職人として認め下手な人は工場で大量生産品や周辺用品の製造に就きました。

その結果クレモナの楽器は品質がバラバラですぐに途絶えてしまったの対し、フランスの楽器は極めて品質が高く1920年代くらいまでほとんど同じ楽器が多くの作者によって作られました。

このようにフランスの楽器がとても優れていたのでヨーロッパ各地で真似をするようになりました。
各地でそれまで作られていたものから「フランス風のモダンヴァイオリン」に突然作風が変わりました。

これがモダン時代の始まりです。
また、画一的な教育は大量生産に都合が良いですね。
ミルクールでは近代的な大量生産も行われ、非常に安価なものから品質の良いものまで作られました。

19世紀のフランスの技術レベルが史上空前の高さだったので、品質の良い量産品なら並みのイタリアのハンドメイドの楽器より優れていることが多いです。

各地への広まり

どのように広まっていったのか見ていきます。

ロンドンへは海を渡ってすぐですから、職人が渡って行ったわけです。

他の国でも直接職人が移動したり作風をまねたりしました。
ドイツでは都市部でまず先進的な職人たちが細々とフランス風の楽器を作り始め、古くからヴァイオリン製造がおこなわれてきたミッテンバルトのルードビッヒ・ノイナー(1840-1897)がパリのJ.B.ヴィヨーム(1798-1875)もとで修業しヴィヨームの代わりに楽器を作ったのち、ミッテンバルトにフランス式の楽器作りが導入され大量生産も行われ、自身はベルリンで高品質なモダン楽器を作りました。
東ドイツのザクセン州マルクノイキルヒェンでもフランス式の楽器作りと弓づくりが伝わり、ヴィヨームが得意とした古く見せかける塗装のオールドイミテーションのモダン楽器も大量に作られました。
ドイツでは1880年ころには大規模な大量生産が行われていて弦楽器演奏の普及に貢献しました。

ウィーン(オーストリア)、ブダペスト(ハンガリー)、プラハ(チェコ)ボヘミア(チェコ)などでも優れたモダン楽器が作られ、特にハンガリーではフランスの影響が強いです。

他の国も含め現在の弦楽器の姿はフランスのものがベースにあると考えてよいでしょう。


イタリアにもフランス式の楽器作りが伝わったわけですが、モダン楽器で最も高価なトリノの流派について紹介します。

トリノでは1600年代からアマティ風の楽器作りが行われてきましたが、パリで学んだアレッサンドロ・デスピーネ(1782-1855)とそのほかのフランス人の職人によってフランス式の楽器作りがもたらされました。
フランス人に学んだジョバンニ・フランチェスコ・プレッセンダ(1777-1854)はフランス風のヴァイオリンを作り、弟子のジュゼッペアントニオ・ロッカ(1807-1865)とともにモダン楽器としては最も高価なものになっています。

ソリストの人でロッカとヴィヨームの両方を使っている人がいましたが、並べてみるとよく似ていました。
かつては、プレッセンダはクレモナのロレンツォ・ストリオーニの弟子だといわれていましたが、職人の目から見ると作風が全く似ていなく不思議に思っていましたが、近年の専門書にはフランス人に教わったと書いてあり納得しました。

プレッセンダやロッカがストラディバリに似ているのは、ストラディバリを改良したフランスのの楽器をまねたからだったのです。
しかし、クレモナの技術を受け継ぐ「ストラディバリの再来」とデタラメな宣伝のために値段が異常に高くなってしまいました。


ちなみに、そのソリストの人はコンサートでは半分の値段のヴィヨームを使っていました。
また、ヴィヨームは自分で楽器を作っていたのは若い時だけで、弟子や教え子に作らせていました。
ヴィヨームの代わりに楽器を作っていた作者の楽器なら全く同じものがさらに十分の一の値段で買えるものもあります。

楽器の値段というのはあくまで知名度で決まるのであって必ずしも実力を表していないという例です。


他にも、フィオリーニ家のボローニャ、ジェノバでもフランスの影響がはっきりわかります。

現代

20世紀に入ると各国でフランスで学んだりフランス人が伝えたの楽器の特徴が後継者にうまく伝わらないために「フランスらしさ」が失われていきました。
フランスでも19世紀の高度な技術は失われました。

その結果、20世紀の楽器は見てもどこの国のものなのかよくわからないものになりました。
音もどこの国のものがどんな音がするかなんて全く分かりません。
さらに現在では外国に留学したり仕事を求めて外国に移住する人もいるので、ますます国による差よりも個人の作風の差のほうが大きくなりました。
ひとつの工房で様々な国籍の職人が働いているのが普通です。

また、19世紀後半から戦前にかけておびただしい数の楽器が作られたために、これらを修理する仕事のほうが、新しく楽器を作るよりも求められるようになり、修理の仕事が増え一人の職人が製造する楽器の数が少なくなっています。

また各国でヴァイオリン製作学校ができたので、職人の数が年々増加していて、大雑把に見積もっても毎年何十人も優秀な職人が巣立っているということになります。

とてもじゃないけど優れた職人の名前を憶えられないわけです。

世界中にストラディバリと遜色のない楽器を作れる優秀な職人が何人いるのかよくわかりません、1000人は軽く超えるでしょう。
楽器が熟成する300年後には名器が数えきれないほどの作者によって作られたことになります。

有名な「名人」はごく一部で、他の無名な職人も同様か又それ以上に素晴らしい楽器を作る能力があるかもしれません。

また、有名になるためには宣伝や売名行為に努力するほうが、楽器の品質を向上させるよりも近道でしょう。

オールドイミテーション

モダンの時代になっても、オールド楽器に見せかけたイミテーションの楽器が作られました。

イギリスでは早い時期から、新しい楽器を古びたように見える塗装を施すことが行われ、19世紀フランスでも盛んに行われ、ドイツやチェコ、ハンガリーなど各国で行われました。

イタリアでは比較的少なかったとはいえ、やはりイミテーションの楽器は作られました。

ジュゼッペ・レオナルド・ビジアッキ(1864-1945)などミラノの職人たちは、アマティなどイタリアの古い楽器を模したり、エッジやコーナーの角に丸みを持たせ、古くなって摩耗したように見せかけました。
このような作風は、イタリア各地でも行われるとともに、流行のように広まって他の国でも行われました。
20世紀のチェコのボヘミアの楽器にはこのような特徴を持つものが多いです。

現在でも世界中で多かれ少なかれこのような丸いエッジの楽器が多いです。



このようなイミテーションでも、モダン楽器の特徴が残っているために多くの場合には目の良い職人には見分けがつきます。
また、イミテーションのクオリティにはとても大きな差があるため、駄作や安価な量産品はすぐに見分けがつきます。
これらは、汚いだけの大変醜いものです。

クオリティの高いイミテーションの楽器を作った人の評価はとても高くて、100年くらい前の作者でイミテーションと普通の楽器の両方を作った人の場合、相場が高いのはイミテーションの楽器のほうだったりします。

また、欧州ではオールドイミテーションの楽器はとても人気があり、一人前のプロとして楽器を製作して食べいている人の半分以上はイミテーションの楽器を作っている印象です。

ヴァイオリン製作学校ではこのようなイミテーションの技法は教わらないので、個人によるセンスや努力、経験の差が出やすいのです。
また、画一的なフランス式のモダン楽器に比べ、オールド楽器のほうがはるかに個性的なので、それを模したイミテーションの楽器のほうが個性豊かということになります。
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これは私が製作したオールドイミテーションの楽器でこのような楽器を作るには新しい外観の楽器を作るより非常の多く知識や経験と手間暇が必要です。単に汚くすれば良いとバカにして作られたものはとても醜くなってしまいます。ストラディバリを模したものですが、これを作るのにストラディバリを改良したモダンの「ストラディバリコピー」にならないようにするため、師匠のアマティの研究がとても大切になります。

まとめ

各地域で何年にオールドからモダンに切り替わったのか知らなくても、楽器の作風の特徴から、それがオールドなのかモダンなのかわかります。
オールドの作者のラベルが張られていても見た目が古びていても作風がモダンなら、我々には一瞬で偽造ラベルだとわかります。
優秀な職人には明らかなこの違いも、営業マンや一般の演奏者では見分けるのは難しいでしょう。
いずれ作風の違いについても詳しく解説していきます。
楽しみにしていてください。