弦楽器の知識 超基礎編【第4回】修理について | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

300年前に作られた弦楽器もプロの演奏家に使われていますが、修理なしでこんなに長い間使えるわけではありません。
修理について理解していないと思わぬ出費になることがあります。

今回の超基礎知識は「修理について」です。


こんにちは、ガリッポです。

弦楽器の製造は中国やルーマニアなど旧共産国で大量生産によってとても安価にできます。
しかし、修理は国内でするしかなく楽器ごとに作業も異なるので安くできません。
また現代の工業製品のように規格化された部品をネジで取り換えたりできません。

そして弦楽器は木材でできていますが音を良くするためにギリギリの強度で作られています。
したがって狂いが生じやすく微調整や修理が常に必要になります。

修理の目的

中古品など一見どこもおかしくないように見えますが、我々技術者から見ると修理して次に売り出すためには直すべきところがたくさん見つかるものです。
新品でも工場から出荷されたばかりでさえ、ほとんどの場合は修理が必要なのです。

技術を理解していない売り手から買った場合、使い物にならなくて先生についてレッスンを受けるには3~5万円ほどの修理が必要になることも多いです。

それでは修理の目的をまとめてみます。
細かい部分は後で本格的に紹介しますが今回は大雑把に説明します。

①演奏しやすい状態にする
②損傷を回復する
③音を調整・改善する
④美観を保つ

①演奏しやすい状態にする
楽器を操作して演奏するわけですがそれがうまくできるようにします。
上級者の中にはとても細かい違いに敏感に反応して微調整を望む方もいらっしゃいますが、初心者やお子さんでも扱いにくい楽器を手にするのは練習を難しくします。

たとえば、弦をチューニングするのにペグというつまみで調整するわけですが、これの加工は大変デリケートでうまく加工されていないとチューニングがとても難しくなります。
これでレッスンや練習時間の多くを割いていては練習になりませんし、演奏会や試験で調弦ができないと困ります。

他にも駒や指板も適切になっていないと弦を抑えにくく、細い高音の弦では指が痛くなってしまったり、弓で別の弦も同時に弾いてしまって間違った音を出してしまいます。

これらをまずは標準的な正しい状態にすることが修理です。
また上級者の場合それに加えて、演奏者ごとに好みに合わせて微妙に仕上げます。

ヴァイオリンやビオラの場合、あご当ても人によって骨格が違うため交換したほうが良い場合もあります。


古い楽器の場合、ネックの長さが正しくなくて演奏しにくいものがあります。
正式な修理方法はネックを切りとって新しいネックを取り付け胴体に取り付けなおす「継ぎネック」という修理が必要で相当な金額の修理になります。


②損傷を回復する
事故や製造の欠陥、木材の乾燥などで楽器が壊れた場合、機能を回復するために修理が必要です。

弦楽器の場合、表板がぱっくりと真っ二つに割れてもうまく修理すれば、音が悪くなることもありません。
古い名器の場合表板の一か所や二か所ぱっくり割れて修理されているのが普通です。

東日本大震災の被害で表板が割れてしまったという人の話を聞きました。
「お金はかかりますが、上手く修理すれば音は悪くなりませんし、他の問題点や消耗部品も同時に交換すれば以前より音が良くなることが多いので安心してください」とお知らせしたこともあります。

ただし、古いもので状態が悪いもの、楽器の製造に欠陥があって壊れた場合など直すのが大変難しい場合もあります。

古い楽器の場合は古傷が開いたり昔の修理がまずかったりすると何度も修理が必要になることが多いです。
新しい楽器のほうが当然故障のリスクは少なくなります。

また、音を改善するとして特殊な方法で作られた場合も修理不能になることがあります。
例えば、硝酸で板を人工的に古い状態のようにすることが流行ったこともありました。
この場合、木がボロボロになってしまうので直してもまた次々と壊れてしまいます。


最後の手段として、表板や裏板を新しく作り直すことができますが、高価な楽器の場合、値打ちは大きく落ちてしまいます。
また音もかなり変わってしまうでしょう。
修理の技術者の腕によって結果が大きく変わります。

その楽器の作者が生きている場合、本人に直してもらえば財産の価値はそれほど下がらないと言えましょう。
ただし作者が正しい製法を理解していないため欠陥があった場合はまた同じトラブルが起きるわけです。


水没してしまった場合は、もはや直せないこともあります。


③音を調整・改善する
壊れているわけでもなく、弦も弓の毛も交換したにもかかわらず音が気に入らないという場合修理によって改善することができます。

考え方としては、まず標準的な状態にします。
もちろん楽器一台一台、または演奏者の好みによって修理の方法は異なってくるわけですが、まずは標準的な状態にしてみます。
ヨーロッパでもインチキな職人や腕の悪い職人が多いため、標準的な状態にするだけでもちゃんとやれる職人は限られているのです。

基本的には、バスバーや駒や魂柱といった部分は消耗品で、取り換えてみます。

またヨーロッパの一流のオーケストラのコンサートマスターでも、楽器のフィッティングが正しくない場合がよくあります。
放置されがちな問題は、ネックの取り付け角度で弦の力が表板を押さえつける力の強さが変わります。
これを修理するには先ほどの「継ぎネック」が必要な場合が多く、素人目には修理の前後で何も変わっていないように見える部分にお金を相当かける必要があります。

多くの場合、もともと良い楽器であれば標準的な状態にするだけで満足いく結果が得られることが多いです。


また安価な楽器の場合、作りの粗雑さに問題があれば、板の厚さなどを改造して音を改善することができます。
ただし、ハンドメイドの楽器の場合オリジナリティを尊重するために施すのは避けます。

④美観を保つ
弦楽器は単なる道具であると同時に工芸品としての美しさも備えています。
これは、合理主義の現代に生み出されたものではなく、1500年代にアンドレア・アマティという人が、当時普及していなかったヴァイオリン族の弦楽器を素晴らしいものとして、国王や貴族など多くの人にアピールするためか工芸品として極めて美しいものに作りました。
このアマティ家の門下からはストラディバリも輩出しその後の弦楽器の基礎を築きました。

このように美しく作られた楽器は財産としての価値もあり、美しい美観を保つことは財産の価値を守ることにもなります。

まずは、松脂や汚れの除去から、ニスの剥がれや傷の修理、欠けたり損傷を受けた部分に新しい木を取り付けて加工しなおし、ニスの表面を磨いて光沢を出すなどによって美しさを保ちます。

もちろん、音を犠牲にするわけにはいきませんから耐久性の強い人工樹脂のニスを上から塗るようなことはできませんので、まめに修理が必要になります。

楽器の掃除も大変デリケートで本格的にはプロにしかできません、日常的には演奏後すぐに付着した松脂や汚れをを乾拭きでふき取るようにしてください。

修理のタイミング

修理が生じるタイミングにはいくつかあります。

①販売前
②事故が起きたとき
③消耗品の交換

①販売前
先ほども触れましたが販売する前にすでに修理が始まります。
工場などで大量生産された楽器は、ほとんどの場合満足のいく演奏しやすい状態になっていないので修理が必要です。
まじめな店はこの修理が済んだ状態で販売しますが、量販店などでは十分ではない場合もあります。

また、クレモナやミルクール、ミッテンバルト、ブーベンロイトなど一大生産地では高価なハンドメイドの楽器であったとしても、業者向けに販売するのがほとんどの職人の場合、演奏者と接点がなく修理技術も未熟なため演奏しやすい状態になっていない場合が多いので、さっそく修理が必要です。


②事故が起きたとき
事故が発生したり、乾燥などでひびが入った場合できるだけ早く修理したほうが傷がうまく接着できる可能性が高まります。
長年放置すると乾燥して木が縮みくっつけようとしても隙間ができてしまいます。

表板など弦の力がかかっている場合は弦を緩めてすぐに修理に出すほうが良いでしょう。


③消耗品の交換
運よく事故に合わなくても、弦楽器にも消耗する部分があり交換や修理が必要になります。
使用する時間によって違うので何年とか言うのは難しいです、おおよそのイメージとして参考までに。

弓の毛の交換、弦の交換・・・プロの人なら年に何回も交換する人もいます
掃除・ニスの補修・・・・・・汚れや傷がたまってきます、1~2年に一回程度

指板の削り直し・・・・・・・金属の巻線でできた弦で摩耗します、~5年程度
ペグの削り直し・・・・・・・ペグが摩耗すると削り直し短くなっていきます、~5年程度
駒の交換・・・・・・・・・・材質が劣化し傷みます、5~10年程度
魂柱の交換・・・・・・・・・材質が劣化し楽器の変形で合わなくなります、5年程度(新品は半年から1年で点検が必要)

ペグの交換・・・・・・・・・短くなりすぎると交換が必要、10~20年に一度
アジャスターの交換・・・・・錆びたりして動きが悪くなったら交換、10~20年
テールピース・・・・・・・・痛んできたら交換、見た目も考えるとペグの交換と同時をお勧め

指板の交換・・・・・・・・・何度も削り直しをすると薄くなりすぎるので交換20年~
ネックの角度の修理・・・・・弦の力でネックが下がってきます、20年~(駒も同時に交換)

バスバーの交換・・・・・・・材質が劣化してきます、表板を開けて交換です、30年~
ペグの穴埋め・・・・・・・・何度かペグの交換をすると穴が大きくなりすぎるので穴を埋めなおします。40年~

そのほかあご当てやチェロのエンドピン、弓の革、銀巻等も交換が必要です。

20、30年先と言われると現実味がない話ですが、古い楽器や中古品の場合それまで交換されていなければ迫っている場合もありますので注意が必要です。

これらを放置すると、演奏しづらくなったり、鈍い音になってしまいます。
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ペグの穴が大きくなりすぎたときは新しく木を埋めます。
専用の道具をきっちり調整して精密に加工します。

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この後周りと同じ色に塗装し穴を開け直し新しいペグを取り付けます

楽器のタイプごとに注意すること

修理の必要性は楽器のタイプによっても変わってきます。

①古い楽器と新しい楽器
通常新しい楽器のほうが修理が発生するリスクは低く、古いものほど高いと考えていいでしょう。
古いものは、木が朽ちているので割れやすくなっています。
また買ったときにすでに壊れていて修理されていないか、悪い修理や安上がりな修理がされている場合は買ってすぐ修理が生じます。
すでに修理された部分でも長い年月によって、修理した部分のにかわが風化して傷がまた開いてくることもあります。
指板やペグの穴など、摩耗する部分がすでに何十年も使われている場合は、修理が早く来ます。

②チェロ
チェロは低い音を出すため、その大きさの割に薄い板厚で作られています。
さらに弦の張力が強く、床などに置いたりするので自らの重さも影響して消耗や損傷を受けやすいです。
掃除やニスの手入れは面積が大きいためお金がかかります。

そのため、100年前のチェロは200~300年前のヴァイオリンくらい古く見えます。

痛みやすいうえに作業量が多く材料代も高いので修理代もずっと高くなります。
「チェロはお金がかかる」とあらかじめ知っておく必要があります。


③安価な大量生産品
安価な大量生産品は、品質の悪さからくる故障が起きるリスクがあります。

たとえば、しばらく使用していると何かビリついてきて余計な音が聞こえることがあります。
どこかの接着面の加工が不完全なためにおきます。

楽器をコツコツと叩いて原因となっている場所を探すわけですが、怪しいところを外して接着しなおします。

表板を開けてすべてチェックして付け直します、それでもだめなら今度は裏板を開けて付け直します…

あご当てや魂柱などすぐ直る場合もあれば、全部分解しなければいけないこともあります。
したがって修理代がいくらかかるかわからない恐ろしいものです。


別の例ですが、裏板や表板の多くは、二枚の板を真ん中で張り合わせていますが、接着が不完全だと剥がれて開いてきてしまします。
ここが開いてしまうと修理は大変です。

加工が不完全なら接着しなおしても、またいつか開いてきてしまいます。
チェロの場合戦前より前に作られたものの大半は、裏板に問題を抱えています。
理想的には、裏板を外して削り直し接着しなおすことになりますが、少し横幅が小さくなるので場合によってはその対策も必要です。


それから、伐採してから間もない木を使っているために、木が乾燥したり変形することも故障の原因です。

まとめ

安価な楽器は修理代が楽器の値段より高くなると実質的に価値がゼロになり廃棄されることになります。
高級な楽器は、損傷や消耗部分を修理し健康な状態を取り戻すことによって、新品の時より一段階音が良くなるのです。

音を良くすると言っても、まずは健康な正しい状態にすることが第一で特別なことはしません。
あまりにも癖の強い楽器の場合には、癖を和らげるためにやり方を少し変えます。


一般的に古い楽器のほうが音の面では有利になりますが、粗悪な楽器、状態の悪い楽器、粗悪な修理がなされた楽器を買ってしまうと、あとで修理代が大変なことになります。

また、古い大量生産品も価格の割に音が良いことがありますが、修理の経験からするとほとんどの場合不完全な接着面などの問題を抱えています。
中古品として販売する場合、修理を施すわけですが、数百万円以上する楽器と違って完璧な修理を施していたら赤字になってしまいます。

戦前の大量生産品のチェロは、きちんと修理すれば新しいものに比べて音の面で優れていることが多いですが、「古い楽器」「チェロ」「大量生産品」というリスクの高い三つの条件をすべて満たしている危険なものであるということも忘れてはいけません。


いつものように、信頼できる技術者が薦める楽器の中から気に入ったものを選ぶようにすると余計な出費を抑えられます。



一口に古いと言っても年代の開きがあります。
次回は古さについてみていきます。