不況になると口紅が売れる -35ページ目

不況になると口紅が売れる

~遊びゴコロで、世界を救おう!~

3ヶ月前だというのに、ディーラーから車検のDMが来た。


一般的なユーザーってのは、「車の点検」にうんざりしているということを、

彼らは気づかないのだろうか。

ワクワクした気持ちで点検に来るとでも思っているのか?


だいたい、月2回くらいしか車に乗らず、

乗ったとしてもその辺ウロウロ、というドライバーにとって、

車検や点検は、その意義を実感できない体験にすぎない。


われわれにとっては、車は乗る時間よりも、

駐車場に置いておく時間の方がはるかに長いという道具なのだ。

これは、どうみても不合理であると思わないか?


しかし、そうだとすれば「駐車場に置いた状態」の車を、

もっと活用する手段を考えた方が生産的かもしれない。


例えば、駐車場に置かれた車を「1人カラオケスペース」にできないものか?

当然カーナビは、通信カラオケになるがいい。

まあ、スマホをはめ込めば、カラオケになるという仕組みでもいいし。

漏音対策を施す必要があるかもしれないが、

自動車メーカーはそういう車を開発して、

「ヒトカラ対応車」として売りだせばいい。


こんなのも、あるらしいっすね。

http://smartkaraoke.jp/scene/car/


まあ、歌うにあたってはビールの一杯でも飲みたくなるのが人情だが、

そのあたりに気をつける必要はあるかも知れない。

ただ、「駐車場に置いてあるだけの車」の時間と空間をどう再開発するか、は

今日的なマーケティングのテーマでもある。

ちょっとした工夫で、市場はできるはずである。

辻まことは、幸か不幸か、広告マンとしてその職業人生をスタートさせた。
かつての広告業界は、彼のような才能を引き受ける地盤が十分にあったのである。
というより、彼のような人物をのたれ死にさせないために存在してきた業界、
と言い換えてもよいくらいだ。


以下、私ごとで恐縮であるが、

自分も大学卒業後、銀座の小さな広告代理店に勤めていたことがある。
そこは大した規模でもなかったのだが、やはり「広告マン」を感じさせる人がそれなりにいた。


私が感じた広告マンの条件とは、
「今の自分の居場所に違和感を憶えながらも、眼の前の仕事に適応してしまう」
というタイプの男たちである。


つまり、本来は絵や音楽や文学や映画の世界で生きていきたかったが、
仕方なく(実は才能がなかっただけなのだけれど)広告の世界に来た、という連中である。
彼らは、すきあればそうした「本来の自分の世界」に戻りたいとあがいていた。


しかし、広告は広告でそれなりに面白い(し、金になる)ので、ここでやっている、というわけ。
で、実際にはこうしたズレを感じている人の方が、正直言って面白い仕事をしていたように思う。
「売文」なんて言葉を使っているコピーライターがいる時代だった。
惜しまれながら退社していったこうした同僚たちは、
舞台芸術家、キューレター、脚本家、パイロット、研究者…として各方面に散って行った。

私もどちらかというと、違和感派のひとりであったと思う。


先輩や同期入社の中にごろごろいた「○○大学・広告研究会出身」的な連中を、冷やかな目でみていた。
(そのために、同期や先輩たちからだいぶ嫌われていたようたが…すいません)
なんで広告の仕事にそんなに過剰適応できるのか、不思議でならなかった。
仕事へのシンクロ率は、70%程度でちょうどいい、と今でも思っている。


第11章。
辻潤が死の2年前、京都で連行されたときに、
「自分はチンドン屋と似たようなことをしているだけなのに捕まる。向こうは警察の許可を受けているがね」
と笑うシーンが出てくる(P218)。
チンドン屋が広告マンの祖先だとするなら、広告屋は「許可を受けたダダイスト」ともいえる。
そして実際に(まあ、誰だとは言わないけど…)、広告というものを通じて、

資本主義社会を組み替えようと企てるディコンストラクティブな試みが、
つい最近まで、生じていないこともなかったのである。


何が言いたいかというと、「辻まこと」はかつて広告業界に遍在していた、ということだ。
本書を眺めていると「ああ、昔こういう人いたよな」といった感傷が何度も芽生えてくる。

「辻まこと」たちは、ぎりぎりの綱渡りを続けるしかないのだ。

どちらに落っこちても、その瞬間から否定され、排除されてしまう。

本書に登場する幾人かの人物が「好きなんだけど嫌い」とする理由もよくわかる。


もちろん今はもう、辻まことはどこにもいない。

だからこそ今、辻まことを(その「人物像」とか「作品」とかいった断片的な切り口ではなく)

語る意義が、そこそこにあるとのだと思う。


…なんて話を、駒村吉重としたくなってきた。

香りのいいウイスキーでも飲みながら。(笑)


ノンフィクション作家・駒村吉重氏から新刊が届いた。
タイトルは「山靴の画文ヤ 辻まことのこと」。
なんと、山川出版社からの刊行である。


辻まことは、昭和30~40年代に活躍した詩人・画家である。
ただし同時に、イラストレーター・デザイナー・コピーライター・漫画家でもあった。


辻潤(翻訳家・ダダイスト)と伊藤野枝(婦人解放運動家、作家、編集者)の長男として、1913年に生まれる。
母の出奔と虐殺、父との渡仏と帰国、放浪と居候生活、そして父の発狂と死…

といった数奇な若年時代を過す。


彼は19歳で、オリオン社という広告代理店に拾われ、制作の仕事に従事する。
戦時中は特派員として天津に渡り、終戦後に帰国。
戦後は草野心平の主宰する「歴程」の同人として詩の投稿をしたり、
山岳雑誌の表紙絵を担当したり、油絵の個展を開いたりと、
多彩な才能を開花させた。


登山やスキーや音楽を愛し、酒と遊びには長け、話の上手さは天下一品。
かと思うと、突然金鉱の発掘に情熱を捧げたりする。
文明批評的な画文は、いまでもファンが多い。
当然ながら女性は放っておかなかったようである。
非常に魅力的な人物であったことは間違いない。


竹久夢二の息子・不二彦との交流をはじめ、
辻まことを巡る人間関係は、まさに20世紀の文化史の坩堝ともいえる。
物語の中では、草野心平、山本夏彦、谷口千吉、岡本喜八、串田孫一…
といった豪華絢爛たる名前が、脇役として通り過ぎてゆく。

が、まことはこうしたガチな文化人アーティストたちとは一線を画すかのように、

飄々と山のイラストなどを生涯、描き続けた。


辻まことが没したのは1975年であり、全集ほか多数の著作や文献も残されている。
本人と接点のあった人も存命しており、取材とともに数多くのエピソードが得られたはずだ。
しかし、駒村はそうした材料を思い切って切り捨て、
息子の行く末を配慮していたのかどうかもよくわからない父・潤の生きざまを執拗に追いかける。

どちらも「自由人」という意味では共通していた。
しかし、その自由のあり方は、全く違っていたようだ。
父の辻潤は、社会からも思想からも自由であろうとし、

赤貧と放浪の揚げ句、最後はほとんど狂死に走った。


一方で息子のまことは、本当の自分の居場所を定めようとせず、
多彩なアウトプットを重ねることで、精神の自由を得ようとした。
その両者の「表現法」の違いのみに、駒村はスポットライトを当てようとする。
この父と子の生き方の違いを、「時代の違い」という乾いた言葉で片付けられはしない…。
そんなことを言いたかったような気がしてならない。
似たような資質を持ちながら、対比的な生き方をした父との差分によってしか、
辻まことという人物の本質は描けなかったのではないかと思う。


(続く)

 警視庁は、元中日ドラゴンズコーチ・星一徹容疑者(93)を、児童虐待などによる容疑で逮捕した。

 

 星一徹容疑者は、プロ野球出身者として後任の育成を生きがいにしていたが、木造の長屋近辺で火の玉ボールのノックをする、近道をした息子の飛雄馬氏をまんまと待ち構えてぼこぼこにする、筋肉養成ギプスを勝手に自作して強制的に装着させる、膝関節に有害なウサギ飛びを教え子の高校生に強制するなど、その行き過ぎた指導ぶりが「虐待」とみなされたもの。


 なお、今回逮捕に至ったのは、星容疑者の荒川署への自主によるものである。


 星容疑者は「わしが逮捕されることで、日本全国に吹き荒れるであろう<暴力指導者探し>の風潮を終わりにしたい」と述べている。


 星一徹

 実在しない人物によって商品が開発される例がある。
 物語の登場人物が企画・考案した、という設定で、商品が開発されるケースだ。

 しかし、開発した人が架空の人物でありながらも、その世界観設定を共有するファンへのアプローチとしては、強力なドライバーとなる。いわゆる「バーチャル・プロフィル」型の商品開発アプローチである。

 いくつか、その事例を見てみよう。


 パンの魅力に見せられた少年が、プロのパン職人として理想のパン「ジャぱん」を追究する姿を描くテレビアニメ『焼きたて!!ジャぱん』(橋口たかし作・04~06年・テレビ東京系)においては、オンエアされた翌日に、ストーリーの中で登場したパンを、実際にローソンなどで販売する手法が試みられた。山崎製パンがアニメの番組スポンサーになり、主人公の東和馬が創作(あるいは主人公たちの世界で販売)したとされる「マヨネーズ焼きそば」「米粉入りピザパン」「カステラ風蒸しパン」などを、ローソン、デイリーヤマザキ、ジャスコで店頭販売したケースである。


 バンダイでは、『美肌一族』の主人公・美肌沙羅プロデュースという設定で、美容小物ブランドを開発・販売した。『美肌一族』は携帯小説からスタートしたストーリーで、化粧品会社のラブラボが原作の版権を所有している作品である。携帯小説と連動し、シートマスクを携帯サイトで発売したときには、1日で6万個以上が完売したという。その後、東京ガールズコレクションにブース出展、テレビ東京系でアニメ放映、さらには美容関連書籍の刊行など、多面的なメディア展開にも発展した。作品の主人公・美肌沙羅は「美のカリスマ」であり、彼女のお勧め商品、愛用の服、プロデュースしたグッズ…といった商品を、次々に現実世界に送り出している。


 『のだめカンタービレ』の登場人物・千秋真一が指揮したという設定で制作されたブラームス交響曲CD(05)や、ドラマ『トリック』に登場した上田次郎・日本科学技術大学教授(阿部寛)が『どんと来い、超常現象』を出版した例(02)などは、コンテンツホルダー側からのスピンオフともみなされるが、登場人物プロデュース型の商品化という意味では、こうしたカテゴリーに含んでもよいだろう。また、『野ブタ。をプロデュース』(2005)から生まれた「修二と彰」が歌った『青春アミーゴ』や、『黄泉帰り』(2003)に出演した柴咲コウがRUIの名前で歌った『月のしずく』などの楽曲も同様である。



 これらが、「嘘」「方便」だというのは明白である。
 しかしだからといって、消費者が怒るかというとそうではない。

 むしろ、その嘘を積極的に楽しむのである。


 民俗学者の柳田国男は、かつて「鳥滸(オコ)の者」という職業的ウソつきが、人を機嫌よく笑わせるのを生業としてきた歴史にスポットライトを当てた。「人が始めから怒らない約束で、ウソをつかせてみて楽しむなどということは…日本の文化の一面であった」「ウソのようなものさえ、芸術視していった」(「ウソと文学との関係」より)と指摘し、嘘言の持つ文学性や、コミュニティの活性化といった役割を積極的に評価したのである。また「嘘は悪いことだから笑えない」というのは、「鑑賞法の退歩である」(「ウソと子供」より)とまで言い切っている。


 嘘を嘘だとして捉え、それを楽しむことができるのは、わが国のハイコンテクストカルチャーならではの仕業ともいえよう。
 しかし一方でわが国では、徳川家康が禁じた「誠らしき嘘」を平然と語る人たちが議員をやっていたりもする。
 粋な嘘と野暮な嘘とを、同一視してはならないということでもある。