「伝統」は、明治以降につくられた言葉である。
つまり「伝統」という考え方自体、たかが150年の伝統しか持たない、ということだ。
しかるにわが国においては、相撲も茶道も歌舞伎も神社も陶芸も、全て「伝統」という名のもとに、素人や外国人に対してある種の不可侵領域を作り出すことで生き延びてきたともいえる。
これらが諸外国において「ミステリアスな国」というイメージを喚起し、19世紀のジャポニズムから今日のクールジャパンまで、それなりに機能してきた面もあろう。
しかし近代の日本人は、こうした伝統文化の多くを博物館送りにし、今の自分たちとは関係ない、過去の遺物として見物する姿勢を見せることで、自らの近代化・西欧化を誇示しようとしてきた。
無論その背景には、「明治維新」と「敗戦」という2つの歴史的断絶がある。
今日、それなりに頑張っている伝統文化のほとんどは、昭和に入ってから"中興の祖"が立て直したものである。
辻井喬は「大衆のなかに浸透している運動のエネルギー」として伝統を捉える西欧の考え方に比して、こうした日本の伝統観を批判する。
「伝統は郷愁ではない」とまで言い放つ。
辻井によると、伝統は過去にあって、固定化された文化・崇め奉る対象ではない。
現代に生き、現代人の日常生活に根づいた、民族的な思考術であるべきだ。
伝統の「形式」「様式」「表象」を残すのはなぜか。
それは形として残されたものを通じて、伝統的な「思考法」「価値観」「美意識」「技術」「精神」「生活術」といった無形文化に後世の者が"気づく"ためである。
鳥居や注連縄、刀、兜、将棋の駒、茶道具、土俵入り、歌舞伎の見得、祭りの儀式…こうした目に見える形そのものが重要なのではない。
形は、その根底にある無形文化を呼び起こす媒体にすぎないのだ。
例えば東日本大震災においてクローズアップされた「波分神社」の存在にしても、同様の意味があろう。
和食だ和菓子だ和服だと、有形性のある「文化」はわかりやすい。
しかし今日の日本人は、無形の伝統文化を意識化し、言語化(見える化、ですね)し、それらが現代の生活やビジネス、芸術などにどう生かせるかを、あえて考えていく使命があるように思う。
そこを150年間疎かにしてきたからこそ、今日の学術用語のほとんどは「外来語」「翻訳語」なのである。
ポストモダンが叫ばれた20世紀の後半に、翻訳語思考の袋小路が来たということはわかっていた。
「のれん」「もったいない」「おもてなし」といった日本語が注目を集めているのは、こうした無形文化の再発掘につながるためであろう。