PCを立ち上げて仕事をしようか、というときに、ついついメールやSNSを覗いたついでに長々と返信して時間を費やしたり、ゲームを軽くやるつもりが長時間はまってしまったり…という人はいないだろうか。
というか、私自身がその口だ。
というか、ほぼ毎日、そんな感じだ。
というか、このブログ投入も、その一環だ(笑)。
こういう人のために、仕事への弾みをつけるための「3分間アイスブレイク」サイト(あるいはネイティブアプリなど)があるとよいかな、と思う。
脳の活性化にもなり、やる気が出てくるコンテンツで、日替わり・登録した職種によって内容も替わる。
「本日の目標宣言」
「脳トレゲーム」
「注目記事にコメントを入れる」
「アイデア10個出し」
「動画チャットで初対面と人と喋る」
…などなど、webを使ったアイスブレイクの方法はいくらでもあるはず。
なによりも時間が区切られており、3分経ったら自動的にブラウザが閉じる。
終了したら仕事にとりかかる誓約を前提に登録する、とか。
「あえてハマらせない」「習慣化する」ことでサイトの価値も上がる。
コメントやアイデアは蓄積されたり、ポイント化したりしても面白い。
「人まねではない、自分ならではのもの」が個性であり、魅力であると言われます。
アーティストから就活学生まで、いまやそうした独自性が強要される世の中となりました。
しかしそんなもの、本当に必要なのでしょうか?
下掛宝生流ワキ方能楽師・安田登氏は「能には古くから伝わる演目が数多くありますが、明治になるまでは、そうした作品の多くはアノニマスで作者性がありませんでした」と語っています。
(安田登(2014)「あわいの力」ミシマ社)
明治以前は、伝わっている作品はひっくるめて「世阿弥作」で、見る側も演じる側も問題なしとされていたわけです。
個人としての世阿弥ではなく、集団的創作母体としての世阿弥、ですね。
これは彫刻師の「左甚五郎」も同様である、といわれています。
その時代・その場所で左甚五郎が制作するのは物理的に不可能な「甚五郎作」が、日本随所にいくつも残されています。
安田氏は「技術や精神を体した人たちが、自ら好んで「左甚五郎」と名乗ったせいではないか」と指摘しています。
江戸時代の詰将棋の作品集「将棋図巧」「将棋無双」は神局と呼ばれ、400年経った今日でも、珠玉の輝きを示しています。
これらはそれぞれ時の名人・伊藤宗看・伊藤看寿が創作し、将軍に献上したと言われています。
ただしこれらの作品集も最近の研究では、複数の作者が関与したのではないかとされています。
著作権の考え方が成立し、定着したのがたった100年ほど前の話です。
それも、特許権(つまりワットの蒸気機関)のついでというか延長上で定められた権利であり、ウォルト・ディズニーの死去50年が迫ると「死者の権利の及ぶ年数を伸ばそう」とかいう国もあらわれる、足元が怪しいルールでもあります。
むしろ「クラウド」をベースとするネットワーク社会においては、2chでいうところの「名無しさん」みたいな匿名(アノニマス)こそ、本来の創作システムであったところに、もう一度考えをめぐらしてもよいはずです。
だから著作権は、「著作努力権」。
現在の著作物は、全て先人の残した著作物の引用や影響の賜物です。
だからオリジナリティやアイデアなどではなく、「よく最後までつくりあげた」点を世間にレスペクトされる権利、と割り切るべきなのかもしれませんね。
他方、著作権的な考え方・個人のオリジナリティに縛られることなく、集団的創作の仕組みについてもっと追究されてもいいと思います。
例えば…
・連歌型=ここまで創ったのであとは誰かやってくれ、というバトンタッチ型創作パターン。ボカロはこの型の可能性を大いに拡大した。
・工房型=複数の作者たちの関与によって創作を進めるパターン。親方やプロデューサーの存在が必要となる。広告制作などはこれに該当する。
・ラブクラフト型=世界観や基礎工事部分は共有し、あとは個別の作者たちが自由に築きあげるパターン。クトゥルフ神話を後世の作者が書き継いでいるような形。
・レスペクト型=母体となる作品・作者に対する尊敬と共感の念をベースに、2(n)次創作を展開するパターン。
日本は文化的作品の創作においても、それから商品開発・事業開発などのビジネス分野においても、こうした集団創作の技法とノウハウにもっと磨きをかけるべきでしょう。
これらを「パクリ」とか「モノマネ」とか言っていたら、ご先祖様に叱られます(笑)。
ただしいずれの方法も、過去の創作物の心(しん)を理解し、それを展開する「うつし」の精神が求められるのは、いうまでもありません。
アーティストから就活学生まで、いまやそうした独自性が強要される世の中となりました。
しかしそんなもの、本当に必要なのでしょうか?
下掛宝生流ワキ方能楽師・安田登氏は「能には古くから伝わる演目が数多くありますが、明治になるまでは、そうした作品の多くはアノニマスで作者性がありませんでした」と語っています。
(安田登(2014)「あわいの力」ミシマ社)
明治以前は、伝わっている作品はひっくるめて「世阿弥作」で、見る側も演じる側も問題なしとされていたわけです。
個人としての世阿弥ではなく、集団的創作母体としての世阿弥、ですね。
これは彫刻師の「左甚五郎」も同様である、といわれています。
その時代・その場所で左甚五郎が制作するのは物理的に不可能な「甚五郎作」が、日本随所にいくつも残されています。
安田氏は「技術や精神を体した人たちが、自ら好んで「左甚五郎」と名乗ったせいではないか」と指摘しています。
江戸時代の詰将棋の作品集「将棋図巧」「将棋無双」は神局と呼ばれ、400年経った今日でも、珠玉の輝きを示しています。
これらはそれぞれ時の名人・伊藤宗看・伊藤看寿が創作し、将軍に献上したと言われています。
ただしこれらの作品集も最近の研究では、複数の作者が関与したのではないかとされています。
著作権の考え方が成立し、定着したのがたった100年ほど前の話です。
それも、特許権(つまりワットの蒸気機関)のついでというか延長上で定められた権利であり、ウォルト・ディズニーの死去50年が迫ると「死者の権利の及ぶ年数を伸ばそう」とかいう国もあらわれる、足元が怪しいルールでもあります。
むしろ「クラウド」をベースとするネットワーク社会においては、2chでいうところの「名無しさん」みたいな匿名(アノニマス)こそ、本来の創作システムであったところに、もう一度考えをめぐらしてもよいはずです。
だから著作権は、「著作努力権」。
現在の著作物は、全て先人の残した著作物の引用や影響の賜物です。
だからオリジナリティやアイデアなどではなく、「よく最後までつくりあげた」点を世間にレスペクトされる権利、と割り切るべきなのかもしれませんね。
他方、著作権的な考え方・個人のオリジナリティに縛られることなく、集団的創作の仕組みについてもっと追究されてもいいと思います。
例えば…
・連歌型=ここまで創ったのであとは誰かやってくれ、というバトンタッチ型創作パターン。ボカロはこの型の可能性を大いに拡大した。
・工房型=複数の作者たちの関与によって創作を進めるパターン。親方やプロデューサーの存在が必要となる。広告制作などはこれに該当する。
・ラブクラフト型=世界観や基礎工事部分は共有し、あとは個別の作者たちが自由に築きあげるパターン。クトゥルフ神話を後世の作者が書き継いでいるような形。
・レスペクト型=母体となる作品・作者に対する尊敬と共感の念をベースに、2(n)次創作を展開するパターン。
日本は文化的作品の創作においても、それから商品開発・事業開発などのビジネス分野においても、こうした集団創作の技法とノウハウにもっと磨きをかけるべきでしょう。
これらを「パクリ」とか「モノマネ」とか言っていたら、ご先祖様に叱られます(笑)。
ただしいずれの方法も、過去の創作物の心(しん)を理解し、それを展開する「うつし」の精神が求められるのは、いうまでもありません。
各商店街に1~2箇所、「和菓子ステーション」をつくろうという提案。
和菓子とお茶を楽しめる和風カフェだが、商店街のインフォメーションコーナーを併設する。
買い物や散策でちょっと足を休めたい人の憩いの場であると同時に、商店会の寄り合いの場ともなりうる。
「道の駅」的に、フォーマットを決めて全国展開する方法もあろう。
現在店を維持している和菓子店には補助金を出して、店内か軒先、あるいは別の場所にステーションを出せるようとりはかる。
一方、「ご当地和菓子」の開発も奨励する。
実は「和菓子」の定義はけっこう難しいのだけど、70年以上伝統的製法を守っている、添加物は使用しない、ご当地の食材を使っている…などの条件を設定すればよい。
新規参入はコンテストなどを実施して、和菓子文化を広めるきっかけとする。
商店街に人を来させる、滞留させる「理由」を早急につくらねばならない。
「商店街」というから「モノ売り」を想像するが、本来の市場とは「技能展示」「サービス交換」「金融」「見世物」「コミュニケーション」といった多様な機能を持った場であった。
商店街活性化といっても、物販を目的に据えたところで、たぶんうまくいきっこないのだ。
また、イベントなどの一時的な集客もまた、期待どころかいまや非難の対象となっている。
各商店街のランドマークであり、コミュニティインフラとなるような施設をつくり、そこが拠点となるような街づくりが必要だ。
先日、実はおじさん4人で、なぜか西日暮里を散策した。
予想通り「かつての面影のなさを嘆く」ツアーとなった(笑)。
しばし歩き、疲れたので、喫茶店に入ろうか、という話になる。
しかし西日暮里にはなんと、「ルノアール」と「ドトール」の2店しか喫茶店がないのだ!!
そしてこれらの喫茶店は「寝るため」「タバコ吸うため」「wifi使うため」に立ち寄る店に成り下がりつつある。
「商店街」の衰退とは、すなわち「喫茶文化」の衰退ではないか?
しかしもはや、コーヒーでは人は集まらないだろう。
コンビニが手を出し始めているわけだし…。
そこで、和菓子の持つ暖かさと、人と人とをつなげる力に期待する。
地元の和菓子屋さん、頑張ってください!
三菱電機のCMです。
宇宙ステーションで和菓子!!!
これも和菓子ステーション??
和菓子とお茶を楽しめる和風カフェだが、商店街のインフォメーションコーナーを併設する。
買い物や散策でちょっと足を休めたい人の憩いの場であると同時に、商店会の寄り合いの場ともなりうる。
「道の駅」的に、フォーマットを決めて全国展開する方法もあろう。
現在店を維持している和菓子店には補助金を出して、店内か軒先、あるいは別の場所にステーションを出せるようとりはかる。
一方、「ご当地和菓子」の開発も奨励する。
実は「和菓子」の定義はけっこう難しいのだけど、70年以上伝統的製法を守っている、添加物は使用しない、ご当地の食材を使っている…などの条件を設定すればよい。
新規参入はコンテストなどを実施して、和菓子文化を広めるきっかけとする。
商店街に人を来させる、滞留させる「理由」を早急につくらねばならない。
「商店街」というから「モノ売り」を想像するが、本来の市場とは「技能展示」「サービス交換」「金融」「見世物」「コミュニケーション」といった多様な機能を持った場であった。
商店街活性化といっても、物販を目的に据えたところで、たぶんうまくいきっこないのだ。
また、イベントなどの一時的な集客もまた、期待どころかいまや非難の対象となっている。
各商店街のランドマークであり、コミュニティインフラとなるような施設をつくり、そこが拠点となるような街づくりが必要だ。
先日、実はおじさん4人で、なぜか西日暮里を散策した。
予想通り「かつての面影のなさを嘆く」ツアーとなった(笑)。
しばし歩き、疲れたので、喫茶店に入ろうか、という話になる。
しかし西日暮里にはなんと、「ルノアール」と「ドトール」の2店しか喫茶店がないのだ!!
そしてこれらの喫茶店は「寝るため」「タバコ吸うため」「wifi使うため」に立ち寄る店に成り下がりつつある。
「商店街」の衰退とは、すなわち「喫茶文化」の衰退ではないか?
しかしもはや、コーヒーでは人は集まらないだろう。
コンビニが手を出し始めているわけだし…。
そこで、和菓子の持つ暖かさと、人と人とをつなげる力に期待する。
地元の和菓子屋さん、頑張ってください!
三菱電機のCMです。
宇宙ステーションで和菓子!!!
これも和菓子ステーション??
外国人観光客が感じる日本文化の魅力は、「フジヤマゲイシャ系」「伝統和文化系」「ハイテク家電系」「クールジャパン(萌え)系」などがあったと思うが、日本人にとって当たり前のように存在する意外なものがウケている点にも注目すべきだ。
例えば…
・自動販売機
・変な看板(「痴漢注意」など)
・ピクトグラム
・食品サンプル
・キャラ弁
・ラーメン
・ラブホテル
・居酒屋
・町猫
・猫カフェ
・路地裏の植栽
・缶コーヒー
・ティッシュ配り
・ドン・キホーテ
・「めぐりズム」(花王)
・「ウォシュレット」(TOTO)
・満員電車
・スリッパ
・コンビニのサービス
・丼
・ネットカフェ
・ルノアール
・パチスロ
・会社の朝礼
・ごみ分別
・ガチャポン
・無人販売
・文房具
・鉄道運行システム
・地下街
・銭湯の壁画
・日本の菓子
・タクシーの自動ドア
・給食
・エキナカ
・ランチタイムの行列
他にも、いろいろあると思う。
これらを組み合わせて、日本体験テーマツアーは組めるはず。
例えば「日本のサラリーマン体験ツアー」
ごみ出し⇒満員電車に乗る⇒時刻通りに駅に到着する電車に驚く⇒中小企業の朝礼に参加⇒工場見学⇒ランチタイムで行列に並ぶ⇒パチスロ⇒ルノアールで仮眠⇒タクシーに乗って領収証発行研修⇒残業見学⇒ニュー新橋ビル見学⇒居酒屋⇒カラオケ
…どうです? 楽しそうじゃありませんか。
「変てこりんジャパン」は、SNS時代に相応しいツアーメニューになるかもしれない。
例えば…
・自動販売機
・変な看板(「痴漢注意」など)
・ピクトグラム
・食品サンプル
・キャラ弁
・ラーメン
・ラブホテル
・居酒屋
・町猫
・猫カフェ
・路地裏の植栽
・缶コーヒー
・ティッシュ配り
・ドン・キホーテ
・「めぐりズム」(花王)
・「ウォシュレット」(TOTO)
・満員電車
・スリッパ
・コンビニのサービス
・丼
・ネットカフェ
・ルノアール
・パチスロ
・会社の朝礼
・ごみ分別
・ガチャポン
・無人販売
・文房具
・鉄道運行システム
・地下街
・銭湯の壁画
・日本の菓子
・タクシーの自動ドア
・給食
・エキナカ
・ランチタイムの行列
他にも、いろいろあると思う。
これらを組み合わせて、日本体験テーマツアーは組めるはず。
例えば「日本のサラリーマン体験ツアー」
ごみ出し⇒満員電車に乗る⇒時刻通りに駅に到着する電車に驚く⇒中小企業の朝礼に参加⇒工場見学⇒ランチタイムで行列に並ぶ⇒パチスロ⇒ルノアールで仮眠⇒タクシーに乗って領収証発行研修⇒残業見学⇒ニュー新橋ビル見学⇒居酒屋⇒カラオケ
…どうです? 楽しそうじゃありませんか。
「変てこりんジャパン」は、SNS時代に相応しいツアーメニューになるかもしれない。
夏場だからこそ、暖かいお茶を販売すべきだと思うのです。
夏の暖かいお茶は、脂肪の燃焼やリンパの流れを良くするとともに、健康な汗を流すことで涼をとる、というメリットがあるといわれております。
聞いた話だけんど…。
今のコンビニは、暖かい飲みものコーナーが一年中設置されているし、自販機だってホットの設定はできるのだから、十分販売環境は整っているはず。
熱いんじゃなくて、ぬる暖かい程度でいいんですけどね~。
ハーブティ×3種類とか。
特に女性ワーカーにとって、いまや夏場の寒さ対策は大変なテーマになってます。
それと、飲料関係のアイデア開発やると、意外と提案されてくるのが「常温のペットボトル」。
店でもベンダーでも常温で出すのは簡単でしょうから(笑)、考えてもいいでしょうね。
伊藤園さん、キリンさんあたりから、発売して欲しいですね。
夏の暖かいお茶は、脂肪の燃焼やリンパの流れを良くするとともに、健康な汗を流すことで涼をとる、というメリットがあるといわれております。
聞いた話だけんど…。
今のコンビニは、暖かい飲みものコーナーが一年中設置されているし、自販機だってホットの設定はできるのだから、十分販売環境は整っているはず。
熱いんじゃなくて、ぬる暖かい程度でいいんですけどね~。
ハーブティ×3種類とか。
特に女性ワーカーにとって、いまや夏場の寒さ対策は大変なテーマになってます。
それと、飲料関係のアイデア開発やると、意外と提案されてくるのが「常温のペットボトル」。
店でもベンダーでも常温で出すのは簡単でしょうから(笑)、考えてもいいでしょうね。
伊藤園さん、キリンさんあたりから、発売して欲しいですね。