スポーツの世界でも、マーケティングの概念が重視されつつある。
ひとつは、「スポーツを活用したマーケティング」。ナイキやアディダスといったスポーツ用品メーカーのシンボルアスリート戦略や、サッカーの国際試合の冠スポンサーを続けるキリン、自社スポーツチームに有力な格闘系選手を抱えて広告宣伝に活用する綜合警備保障(アルソック)…などが、その代表的な事例として挙げられる。
もうひとつは「スポーツそのもののマーケティング」である。プロスポーツチームの運営、スタジアム運営、スポーツ振興といった領域がここに該当する。その際、核となる商品は「試合」や「イベント」となり、それらをライブで提供するか、メディアを通じて提供するか、2次利用はどうればいいか…といった課題が議論される。
しかし、ファンを増やし、惹きつけ、熱狂させるのは、試合だけでなく、選手やチームにまつわる「エピソード」の存在であることを忘れてはならない。
昭和のプロ野球人気を牽引したのは読売ジャイアンツであり、なかでも長島茂雄と王貞治については突出した人気があった。
野球マンガにも実名で登場し、設定は「主人公たちよりも格が上」という、なかば神格化された存在として扱われた。
六大学のヒーローとして鳴り物入りで球界入りした長島は、天才的な才能を持つ選手とみなされたのに対し、甲子園で優勝しながらも野手にコンバートされ、二軍で練習を重ねてきた王は、「努力の人」という見方をされるのが常であった。
しかし、実はこのファンの思い込みは、マスコミが勝手にでっち上げた虚構であったらしい。
現役時代の長嶋選手は、本当は練習の虫であった。徹底して相手ピッチャーを研究し、納得するまでバットを振ったという。しかし長島は、自らが努力する姿を徹底的に隠したそうである。彼は練習などしなくても打てる「天才」だとするファンの確信(つまり、長嶋選手に関する物語)を、そのような工夫によって裏切らないようにしていたということだ。つまり、「天才長嶋」を演じていたのである。
一方の王選手は若い頃、ちょくちょく練習をさぼって麻雀に出かけるなど、結構いい加減なところもあったらしい。多摩川寮では門限破りの常連で、「窓からこっそり出て夜の街に繰り出す」と、当時チームメイトだった伊藤芳明氏が述懐している(「朝日新聞」2012.8.21)。しかし、長嶋選手とのコントラストを生み出すため、「努力家」のレッテルを貼られることになる。荒川コーチとの二人三脚で、納得のいくまでバットを振り続ける映像がニュース報道などで流されると、ファンによる王=努力家像が定着してしまう。結果的に、王選手自身もその物語を裏切らない努力を重ね、それが世界のホームラン王への礎になった、と述懐している。
ブランドとは、「顧客側の思い込み」であるという議論がある。ブランドを保有する企業側が勝手に、「このブランドのコンセプトはこういうことです」と定義するのではなく、顧客側が「こうではないか?」と思い描いた内容こそがブランドだという考え方だ。こう考えると、現役時代のONは、「ONというブランド」「ONという物語の主人公」を演じ続けていたわけである。
広瀬一郎氏(江戸川大学教授)は「スポーツマーケティングとは…物語を構築する行為である」(「スポーツマーケティングを学ぶ」)と言い切っている。選手やチームに、なんらかの物語があるからファンが熱狂するわけである。
今日はむろん、ON時代のようなわけにはいかない面も多い。「スター」という虚構が成立しづらくなっている時代である。しかし「物語のプロデュース」こそが、スポーツマーケッターの重要な仕事であることに変わりはない。
むろんそれは、スポーツ界に限った話ではない。
ブランディングという作業の基本中の基本なのである。
