不況になると口紅が売れる -16ページ目

不況になると口紅が売れる

~遊びゴコロで、世界を救おう!~

最終手に捨て駒は発生しない、と書いた。
しかし、捨て駒ではないものの、玉方の効き筋への着手によって詰む状態が生じることもある。
それは、玉方の駒がピンされた (動くと玉が取られるので釘付け) 状態にあるときだ。

図8を見て頂きたい。

▼図8 ピンされた金


23金まで1手詰。
合駒の金の効きに打つ金で詰む。
まあ、これは簡単…だが、初心者のときはこれがわかりにくかった。
取れない捨て駒、つまり準捨て駒のような手である。

では次に図9はどうだろうか。

▼図9 トリプルのピン


むむむ…。
よく見ると24に金を打って詰みなのだが、ここには「金」「金」「桂」と3つの効きがある。
いずれもピンされている駒なので動けないのだが、ちょっと注意が必要だ。
最終手にこうしたトリックを仕掛けられると、やはりちょっと気づきにくくなり、着手が遅れるのではないか。

図10は自作。

▼図10「角睨みひねりこみ」原図


21銀、同玉、32角、12玉、13歩、同玉、14飛、同玉、24銀成、まで9手詰。

最後の24銀成は、スマホ詰パラ(当時は「詰パラモバイル」)の管理人・エモン氏が「角睨みひねりこみ」と命名した手筋?である。

図11が詰め上がり図となる。

▼図11 「角睨みひねりこみ」詰め上がり


23の歩が32角にピンされており、銀を取れないというわけ。
この手は、飛~金による「取れない捨て駒」よりも気づきにくくレアという意味で、少しは高級な手段なのかも知れない。(詰将棋そのものは面白くないが)

いずれにせよ、ちょっと冷静に考えれば取れないことはわかるが、それにしても気づきにくい、見えにくい最終手もある、というわけだ。
それをうまく最終手に演出することによって、作品価値が上がることもある。
当然のことながら、詰将棋の最終手において「捨て駒」は成立しない。
(後述するが、ピンの効きに打つ「取れない捨て駒」は別として…)
つまり最終手妙手とは「駒を捨てなくても好手と感じられる手」でなければならない。

図6は森信雄七段「あっという間の3手詰」第90番から。
森七段の3手詰は「あっという間」に解けない問題も多いが、本作もそのひとつといえる。

▼図6 森信雄七段作(「あっという間の3手詰」第90番)




18歩、16玉、26香、まで3手詰

ちょこんと突く歩に始まり、ちょこんと前進する香にて終了する。
この作品において「捨て駒」は発生しない。
本作が詰将棋作品として位置づけられる根拠は、地味な歩突きに続く最終手26香の感触にある。
18歩、16玉となった局面では、香による開き王手は6種類あり、香不成まで加味すると8種類もある。
その中から、最も地味な26香が正解となるわけで、この「最小移動」の非効率さが妙手と感じさせる要因である。
香という駒は、なるべくたくさん縦に動かしたい、というのが心情である。
それを逆手にとった一間移動は、心理的な妙手となっている。
大事なのは、常識や固定観念への裏切りであるというわけだ。
(ちなみに本作は、18歩、同玉、28馬の変同がある。が、そんなことはどうでもいいので、ここでは追究しない)

この、最終手妙手は「捨て駒」ではない、という特性に注目してみたい。
駒を捨てれば詰将棋作品になるというのは、あまりに安易な考え方である。
最終手妙手の類型化は、「捨て駒ではない妙手のあり方」を考える上で、よいきっかけを与えるのではないか。

森七段は、捨て駒のない短編をいくつも創作している。
これもまた、捨て駒なしの名作だ。ぜひ解いてみてください。

▼図7 森信雄七段作(「あっという間の3手詰」第103番)


妙手・主眼手が最終手に現れる作品にたまに出会うと、新鮮さと驚きを感じる。
図4は、玉方銀冠の堅陣ながら、なんと1手で詰んでしまう。

▼図4



43桂不成まで1手詰

この場合、31への退路封鎖を生み出す43桂不成が好手で、成ると31に玉が逃げられて詰まない。
桂が移動した瞬間、66角の睨みで開き王手となるが、33は合駒が効くようで効かない「透かし詰め」となる。
「えっ、まさかそんな手で詰んでるの?」といった感想を抱かせるような予想外の最終手は、解答者の解後感を向上させ、作品の評価を高めることにもつながる。

一般的妙手が論理的な「なるほど」につながるとするなら、最終手妙手は心理的な「何それ?」を生じさせるともいえる。
むろん詰将棋に慣れた人に、図4を「1手詰」の問題として提示すれば、すぐに解答はわかる。
しかし、3手以上の複数手詰め作品において最終手妙手が組み込まれている場合、それが見えないために正解に到達できないこともありうる。

今度は図5を見て頂きたい。
これは図4を改作した試作品であり、駒取りだの非限定のある問題作ではあるが(こういうところに突っ込む人もいるので、一応書いておくことにする)、これだと、どうだろうか?

▼図5



24桂、13玉、23銀成、同歩、25桂、22玉、42飛成、同飛、43桂不成まで9手詰

この初形から43桂不成の最終手を読みきるのは、それなりに大変?だったかもしれない。
詰将棋を解くにあたっては、主眼手を見つけることがポイントである。
だとすると、主眼手が最終手にある作品こそが、最も難しい部類に入るともいえる。
詰将棋作品の大半は、最終手ではなく、それ以前の手順における妙手で構成されている。
例えば図1は、あまりに基本的な、3三桂、同金、2二金までの3手詰という、金翻弄の詰め手筋である。

▼図1 桂打って金までの3手詰



この場合、3三桂が「詰将棋らしい手」で、それ自体は初心者向けの立派な啓蒙手筋ではある。
この筋を最終3手に応用した詰将棋作品は、それこそ五万と存在する。
このように、「捨て駒」を主体とした妙手を狙いとし、最終手より前の手順で勝負しようとするのが本来の詰将棋の作り方というものである。
しかしそれをあえて逆接的に言い換えれば、どれだけ妙手で組み立てられていたとしても、最終手は俗手で終わる作品が多いということだ。
つまり図1では、33同金の形になれば、将棋のルールを知っている人なら誰でも22金と打つわけで、特に短編作においては、この1手に費やす密度が勿体ない、と筆者は考えるわけである。

図2は拙作。
途中銀の合駒が入るが、主眼とするのは攻め方銀による最終手である。

▼図2 世阿弥作「これぞ銀の魂」(スマホ詰パラNO.531)



11角、22銀、34銀、同馬、42銀、32玉、31金、同銀、41銀不成、まで9手詰

11角に銀以外の合駒だと、本手順で進めていったときに31金までで早詰。
本作に対しては「最終手気持ちいい」「最後が見えなかった」など、最終手に対するコメントが目立った。

▼図3 詰め上がり図


31金と捨ててからの41銀不成が、何とも非効率でちょっとした盲点になっている。
これが持ち駒の銀を打つのなら一目だが、42にいた銀を直進させて不成とするからこそ不利感が生じる。
いわば棋理に背いた手であり、こんな手で詰まされたら眠れないような手だ。

ではいったい、最終手を妙手と感じさせる「条件」とは何なのか?
そこから逆算して短編を創作してみたら、少し味のある作品ができるのでは?と考えたのが、本稿のきっかけである。
短編作の行き詰まりが指摘される中、ブレークスルーのきっかけを与える発想法も必要と思われる。
そのひとつが、最終手妙手の可能性の追究であるように思う。

なお本テーマに対して筆者よりも深く検討・研究されておられる方も多いと思うので、筆者の無知・誤解等あれば、コメント欄にご遠慮なくご指摘いただきたい。
2014年のプロ野球クライマックスシリーズのセリーグは、阪神タイガーズが4連勝し、あっさりと日本シリーズ登場を決めた。
対する読売ジャイアンツは、何もいいところなく4連敗。
試合内容も覇気が感じられない、監督の選手起用も短期決戦にフィットしない、実にお粗末なものだったとして批判を受けている。

そこで読売巨人軍は、今年度の東京・銀座通りで実施される優勝記念パレードを返上し、替わりに「ケツバット」イベントを開催する、と発表した。

ケツバットとは、昭和の時代に野球部でヘマをした選手に、監督やコーチがバットで尻を叩くという一種のしごきである。

現在でも「とんねるずのみなさんのおかげでした」(フジテレビ系)「ガキの使いやあらへんで!!」(日本テレビ系)といったバラエティ番組では、罰ゲームとして採り入れられている。

監督・コーチ・主な一軍選手が銀座通りに並び、ファンにケツバットをしてもらうことで、今回の情けない結果のお詫びをしようという意図だ。





原辰徳監督以下コーチ陣は当然のことながら全員坊主。
また首脳陣は、進退伺い募集中とのことだ。
ちなみにセペダは永久追放、という噂もある。

ケツバッターの一番手は渡辺恒雄氏といわれている。
そのほかにも、張本勲氏、ビートたけし氏、阿部寛氏、糸井重里氏、テリー伊藤氏、香川照之氏、中居正広氏などがケツバッターとして名乗り出ている。
実況中継は徳光和夫氏である。
清原和博氏はケツバッターに名乗り出たものの、普段の銀座での素行から、逆にケツバットされる側に回る模様である。

日程は未定だが、巨人ファンの10000人の参加を見込んでいる。