不況になると口紅が売れる -15ページ目

不況になると口紅が売れる

~遊びゴコロで、世界を救おう!~

Amazon.co.jpが、アマゾンでの書籍購入を条件に、読書とレポートを代行してくれるサービスを開発したという噂が流れている。
新サービス名は、「Amazon Reporting」となる予定。
当初は日本語のみでスタートするが、英語はもちろんのこと、中国語・韓国語にもサービス対象を広げていく予定だといわれる。

レポート内容は、「著者要約」と「カスタマーレビュー」を適度に織り交ぜて自動テキスト合成するとともに、購入者が過去に購入した関連書籍内容を適当に引用して、高度化することも可能としている。
レポートは400字~2000字まで、4種類の文字数設定ができるほか、アドバンスサービスとして、専門家チェック機能を用意している。

Amazon Reportingによって読者は、本を買いさえすれば、読まなくてもレポートが書けるようになるため、Amazon.co.jp関係者は「誰もが待ち望んでいた夢のようなサービス」と自画自賛している。

なお、このサービスの開始によって本は読まなくてもすむようになるため、書籍が不要というユーザーのために「自動買取り機能」も提供していく予定とのことである。
本稿では解答者に「味が良い」「新鮮だ」「意外」「見えなかった」と感じさせる要因を、最終手着手の持つ「違和感」にあると想定し、いろいろと事例を調べてきた。

さらにその手の違和感を「共時(シーン)的違和感=局面の空間的な見えにくさによる要因」「通時(シークエンス)的違和感=それまでの手の流れからみて意外」「棋理的違和感=将棋の常識が邪魔をする」の3つに分けて考察した。

図は、そのひとつの分類体系である。

まあ、「詰将棋工学母艦」のように、詰手筋を機能で分類するといった論理的作業は私にはできないので、あくまで解図者心理による分類を試みている。
創作の一助になれば、と思う。

もっともこれは現段階の整理であり、過去の事例に余りに無知な筆者のやれる限界とは、所詮この程度である。
もっと違った事例も発見されるはずなので、ぜひご意見・ご見解をお寄せ頂ければ幸いである。



図2に示した世阿弥作「これぞ銀の魂」の最終手は「直進銀不成」であり、これが見えにくかったというコメントが目立った。
「銀は千鳥に使え」という格言通り、銀はナナメ前に前進するのが正常な感覚であり、実戦であればまずナナメに進むことをわれわれは考える。

しかし、そうした「将棋の常識」を裏切る手でフィニッシュする作品に、たまに出会うことがある。
例えば「尻金」、「直香(玉の頭に香を打つ)」、「直進銀不成」、「飛角香の最小移動」、「そっぽ行き」…などである。
こういった手が最後に来ると、読みから抜けやすい。
ただこうした手は往々にして、詰将棋慣れした人・筋の良い人はまず読みから外すが、むしろ初心者が気づくようなこともある。
例えば図21をみてみたい。

▼図21 そっぽ桂





実戦でこの局面が現れれば、たいていの人は21桂成、同玉、22金まで…で詰ますであろう。
しかし、詰将棋では不正解。41桂成までの1手詰が正解となる。
(むろん、こうした最終手余詰が「懸賞問題」として掲載されることはないが)
このそっぽに行く非効率な最終手は、金銀桂による開き王手において、たまに現れる筋だ。
これをもう少し、逆算してみよう。

▼図22 そっぽ桂・5手にしてみた



35龍、13玉、14銀、22玉、41桂成、まで5手詰
まあこれは錯視狙いの作だし、最終手余詰があまりにもいやらしいので、作品としての価値はない。

そこで森七段作の図23。最終手が違和感…というより、なんか気持ち悪い(笑)。

▼図23 森信雄七段作(「あっという間の3手詰」第70番)




23角成、35玉、43銀成まで3手詰(詰め上がり図)

▼図24 詰め上がり図(43銀成まで)




なぜか43銀成で詰んでいる。
これは44への退路封鎖と、53飛の遮効というふたつの機能があって、これ以外にない絶対手なのだが、将棋の手筋を知っている人なら「43銀不成」と指したいわけで、まずそこから読みを入れる。
その直感を裏切るのが43銀成である。

共時的違和感、通時的違和感に続いて、棋理的違和感という概念を出してみたい。
これは「将棋の常識」(メタ知識)が邪魔をして、手が見えないという状態を指す。
仮にこうした手が最終手でなければ「不利感のある手」として、俗手でも心理的妙手とみなされる場合もある。
しかし、最終手に筋悪の手をわざわざ持ってくるのは、やはり逆算による演出の力であろう。

川崎弘氏は「<妙手>とは、心理のウラをかくところに原点がある。その度合は、解者の受ける<不利感>で評価できる。詰棋人にとって、駒を捨てることには、なんら不利感はないから、いわゆる心理的作品には別のエレメントを加える必要がある」と述べている(「詰将棋パラダイス」1977.12月号)。
実は棋理的違和感には2種類ある。
ひとつは「指し将棋の常識から見た違和感」、もうひとつは「詰将棋の常識から見た違和感」である。
さらには「指し将棋・詰め将棋いずれの常識から見ても違和感」のある手、というのもあるのかも知れない。
が、これ以上掘り下げると収拾がつかなくなるので、今日はこの辺で…。
最終手妙手は、全て心理的・感覚的に「気づきにくい」手だといえる。
先の先を読む必要がないわけだから、合理的に判断すれば(つまり解析ソフトで調べれば)、そして冷静になって考えれば、気づくはずの手である。
それゆえに、その手を発見したときには「何それ?」→「なーんだ、そうか」という印象を残すことになる。
なぜその手が発見しづらいかというと、最終手直前の局面で着手後の局面における駒の効きが見えにくいからである、という事例を見てきた。
その局面・その場面(シーン)においての意外性を感じさせる手の心理的効果を「共時的違和感」と呼んでみることにする。
これに対して、これまでの手の流れ(シークエンス)からして最終手が意外、と感じさせるケースもある。
「とぼけた手」「ユーモアのある手」などと評される最終手である。
これらの手の効果を「通時的違和感」と呼ぶことができるかも知れない。

▼図16 宮原航氏作(「詰将棋パラダイス」2012.12月号)



33馬、44桂合、67香、56玉、36竜、同桂、66香まで7手詰(詰め上がり図)

▼図17 詰め上がり図(66香まで)



初手33馬に対して、①普通に55に歩合とかだと、67香、56玉、36竜で詰む。
よって、46に効かせて、②55銀合をしてみよう。しかしこれも、同馬、同玉、56銀、66玉、67金までの駒余り7手詰である。
また、33馬に③64玉と逃げるのは、56角捨てから53竜で詰む。
しかし玉方には、44に中合の捨て駒という手段があった。
44同馬と取らせることで、先の③の手順の53竜回りを消そうとする玉方の妙手である。では何を打つかだが、桂馬が正解。それは67香、56玉としたときに、36竜を消しているからである。
いや、厳密には消してはいなかった。何と、36竜、同桂には、66香の絶妙な最終手があり、これで全てが解決する。
三宅周治氏「派手な前半だけに、地味な66香がいいですね」という感想が物語るように、導入から中合、変化手順の妙手、竜の捨て駒、中合駒の移動…などの派手な展開で十分頭を悩ませたところに、ちょこんと香の一路移動。
一連の急な手の流れを食い止めて、最後に一服しようや、的な演出が心憎いほどである。
体操競技で、それまでさんざん激しい動きを見せたにも関わらず、最後の着地がピタッと決まると評価が高い、という感覚と良く似ている。

こうした「渋い手で閉める」ことによる心理的効果は、「突き歩詰め」「開き王手突き歩詰め」「じっと銀成」「銀桂の不成」などの最終手にも見られる。
また「それまでに進めた駒の後退」といった手が最終手に来るのも、ちょっとした通時的違和感を生み出すように思う。

例えば図18は、最終手に開き王手突き歩が現れる。

▼図18 小笠原隆治氏作(「詰将棋パラダイス」1992.1)




27銀、16角、同飛、同桂、28角、同桂成、15飛、同歩、25歩、まで9手詰

さて、ここで追記しなくてはならないのは、「不利先打の最終手」である。
金先金銀(持ち駒に金と銀があり、先に金を打たないと詰まない)のような場合でも、通時的違和感を生み出すこともあるが、格好の事例があった。
三輪勝昭氏「幻の城」に収納された3手詰(「詰将棋パラダイス」1979.2月号)である。

▼図19 三輪勝昭氏「詰パラ別館 幻の城」第1番




24飛、同玉、25香まで3手詰(詰め上がり図)

▼図20 詰め上がり図




いわゆる飛先飛香(厳密には、擬似飛先飛香)。
飛車を先に打たないと詰まない意味はちょっとわかりづらいが、初手24香だと、12玉、34馬のとき、23に例えば歩の中合をされて、同香成でも同馬でも21玉で逃れられてしまう。
飛を先に打てば、12玉、34馬、23歩のときに23同飛成で詰む。
よって、最初に捨てるのは強い駒の飛車、最後に残しておくのは弱い方の駒・香車が正解となる。

図20の局面だけを見た場合、25香自体は何でもない手である。
しかし、それ以前の手の流れから見て、飛ではなく香打ちが最終手に来ることに、驚きと新鮮さを感じるのだ。

この「通時的違和感」は、最終手だからこそ許容される面もある。
仮に詰め手順の途中でこういう手が発生した場合、「流れが変だ」とか「テーマが不明」といったネガティブ評価を喰らってしまうこともあるからだ。
妙手は文脈(コンテクスト)によって発生する。
その文脈とは空間的な要素だけでなく、時間的な要素からも生じる、という点をここでは述べておくことにしたい。
短編手筋が行き詰まりを見せて久しい、といわれている。
その中で、まだ可能性があると目されているのは「開き王手」の形のアレンジである、というのも通説だ。

ただしいまや、単なる効き筋通しや見え見えの両王手では見透かされてしまう。
よって開き王手の1手に、妙手としての複合的な付加価値が求められることになる。
いくつか、付加価値を有した最終開き王手の例を見てみよう。

▼図12 松田圭市氏「すなどけい」第9番。




54金、45玉、56角、同飛、34銀、同玉、55金まで7手詰(詰め上がり図)

初手は46や37あたりから角を打ってみたいところだが、敵飛の横効きで届かない。
不利感を伴う初手55金から、角捨てで飛を56に移動させる。
これは最終手のときに、攻め方の飛を素抜かれないために不可欠な捨て駒である。
で、最後はすっとぼけたような55金引きで決まる。

▼図13 詰め上がり図(55金まで)



この金の味の良さは、「開き王手」であることに加えて、この最終手に以下の3つの付加価値が生まれているからだと思う。
「飛による透かし詰め」(合駒が効かない遠距離王手)
「金引きの非効率性」(前や横に行きたいところをあえて後退する)
「移動による遮効」(玉方の駒の効きを止める自己犠牲手)
…初手54金を入れることによって、最終手55金がより引き立っている。

また図14は、金子義隆氏作(パラ2006年9月号)だが、これも最終手が実に格好いい。

▼図14 金子義隆氏作(「詰将棋パラダイス」2006年9月号)



25飛、36玉、38香、同と、58馬、37玉、47馬、同玉、27飛まで9手詰(詰め上がり図)

▼図15 詰め上がり図(27飛まで)



簡素な初形から、香捨てや馬繰りからの誘導も見事だが、本作の醍醐味は最終手の両王手にあると思う。
ただしこの手も単なる両王手ではなく、やはり「透かし詰め」であり「生飛の後退」という付加価値がついた最終手となっている点に注目したい。

詰将棋においては、妙手に複数の機能を持たせないほうがよいとされる。
しかし今回見てきた最終手妙手は、複数の機能というよりも、複数の含意を持った手と位置づけることが可能であろう。
記号論では、言葉の持つ直接的な意味(デノテーション)と言外の意味(コノテーション)を取り扱うが、詰将棋の妙手で「味がある」とされるのは、コノテーションが豊かな手である。
こうした複合的な含意を持つ最終手の演出によって解後感はぐっと高まるのは、いうまでもない。