街の文房具屋をみると、これがもう、ほとんど死に体である。
少子化による学習需要の減少と、デジタル機器の浸透と、アスクルや百円ショップの台頭によって、その存在意義がほとんど無化しつつある。
しかし、銀座の鳩居堂などにたまに行ってみると、結構人が入っていて、単価の高い商品がそれなりに売れているようだ。むろん場所柄、観光客需要も大きいのだが。
鳩居堂にしても東急ハンズにしても、来店客はそこに、文房具というモノを求めに行っているわけではない。
自分自身の創造行為や、ちょっとした演出行為を豊かにするツールを発見するために、わざわざそこまで出向いているわけだ。
同じものを買うにしても、この差は大きい。
文房具屋はもはや、文房具というコンセプトではなく、創造的な行為の素材売り場、つまり「創材屋」という方向に転換すべきと考える。
メーカー側も、もう少し商品開発努力をしてみるべきだ。
おそらく、デジタルとアナログが組み合わされるような部分に商機がある。
具体的には、プリンターやプリクラ、オーディオプレイヤー、カラオケ、プロジェクターなど、出力機器の利用可能性を拡大する商品、消耗品などにはまだまだ工夫の余地がある。
たとえば、仮にPCで「自分自身のロゴマーク開発」をしたら、それを名刺、看板、サイン、パッケージ、Tシャツなどに展開できるためにはどうすればよいか、といった流れで考えてみる。
そしてこのあたりの商品開発は、機器メーカーでは難しい。文具や玩具やゲームといった軽工業系の人たちの、柔軟な発想が必要なところである。
一方、日本のコンテンツ産業が真の意味で活性化するためには、素人の創作参加スキームづくりが不可欠であり、そのノウハウとツールを販売する「クリエイティブの裾野」を拡大させる必要がある、とは以前から述べてきたことだが、それを支える拠点として「街の文房具屋」に注目が集まるかも知れない。
条件としては、工房やワークショップの場があること、店員そのものが創造行為のミニカリスマになること、中高年の支持を獲得できること、などを挙げておこう。