赤塚不二夫の創作術 | 不況になると口紅が売れる

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~遊びゴコロで、世界を救おう!~

 暑い。

 暑くて暑くて、何もする気がしない。

 どうしてくれる?

 これは一体誰のせいか?

 そうだ、気象庁に文句言いに行こう! 


 

 ↑これは40年くらい前の「レッツラゴン」だったか、赤塚不二夫のギャグである。

 床屋で読んでて、笑いすぎて涙が出た思い出がある。
 その、赤塚不二夫氏が昨日、亡くなった。

 

 「レッツラゴン」は、赤塚作品の最高峰だと思うのだが、同作品にはなぜか小学館の編集者だった「武井」がよく登場していた。

 その武井氏が最近本を出して、当時のフジオプロの状況を報告している。

 赤塚氏の創作術とは、周囲に面白いことを言う人間を何人も侍らせて、とにかく好き勝手なことを言わせる、というものだった。本人は、「それは面白いね~」とか言ってるだけ。たぶん酒飲みながら、である。

 今回は1人で考えて描く、といって仕上げた作品が、これまたつまらない。下手な任侠モノみたいな作品で、とても「ギャグの天才」と呼ばれた男の作品とは思えない。

 面白い作品が、面白い人間から生まれるわけではない、ということだ。ギャグの天才とは、周囲から面白さを吸収できる天才という意味だったのである。

 そういえば、赤塚作品の主人公ってのは、どいつもこいつも面白みがない。おそ松、もーれつア太郎、バカボン…然り、いずれも主人公のくせに、やたらと影が薄い。その代わり、周囲の脇役たちは個性の固まりで、主人公などお構いなしに、いつの間にか国民的な人気者になっていたりする。


 周囲にとてつもない個性を侍らせながらも、その中心にいるボーっとした主人公、それが赤塚不二夫そのものだったのかも知れない。

 芥川龍之介に「枯野抄」という短編がある。松尾芭蕉の葬儀に集まった弟子たちが次々と登場し、順番に彼らのその時の心理が描き出されるのだが、この作品の主人公は、なんと死んでいるはずの芭蕉なのである。

 きっと今ごろ、赤塚巨匠は、この芭蕉状態にいるのかも知れないなあ。心よりご冥福を祈る。


 …中心が空白の主人公。

 ロラン・バルトみたいで、なんだかちょっと、今さらなんだけどかっこいいぞ。