携帯電話の機能競争は、正直言ってもう十分である。料金だって、正直よくわからんわけだし、端末のデザインがどうしたこうしたというこだわりは、もはや10年前に捨ててしまった人が多いはずだ。というわけで、携帯キャリアの競争テーマがどんどんなくなっていく。その結果、「顧客満足度」だの「ナントカ2.0」だの、ユーザーの言葉とはかけ離れたわけのわからない言説が飛び交う結果になっている。
なーんてことを考えいたら、今日は携帯電話を家に忘れてしまった。女子高生は携帯電話を家に忘れようものなら「取りに帰るついでに、学校を休む」そうだが、さすがにそこまで人間ができていない。
しかし、出先からどうしても会社に電話しなければならない状況となった。これが意外と大変である。まず、公衆電話がない。渋谷の駅の中をきょろきょろ見回しながら歩くが、周囲の客からはほとんど変人のように見られる。やっと公衆電話にめぐり合うものの、今度はテレホンカードが見当たらない。10円玉をつかうのが癪に障るので、確かにどこかにあったはずのテレカを必死になって探す。定期入れの奥の奥にあったテレカを見つけたと思ったら、なんと会社の電話番号がわからない。この「出先から会社に電話をかける」という単純な行為が、これほどまでに大変だったとは! 携帯電話の便利さをつくづく感じた瞬間であった。
公衆電話をかけると、隣でやはり公衆電話を使っていたオバサンもまた「携帯、忘れちゃったのよ~」とか話している。
そうか、なるほど。ここで冒頭のテーマに戻る。
公衆電話を使って「携帯電話忘れた人用サービス」ってのを展開できないものか。そしてそれはNTTの公衆電話事業部ではなくて、携帯キャリアによって負担してもらう。携帯忘れた人は、十中八九公衆電話に向かうだろうから、そこで困ったことを解決してあげる。
例えば「ドコモテレカ」を発行して、忘れたときの公衆電話料金は携帯の料金で支払っても良いとか、ネット上にユーザーのメモリーカード内容を記録させておいて、公衆電話でそれを検索できるとか(相手先の電話番号など)、あるいは最寄のドコモショップに自動的に自動的につながって、1日レンタルの携帯電話を予約できるとか…である。
携帯電話の喪失は(たとえそれが1日であっても)、利便性の喪失だけでなく、自尊心の喪失でもある。携帯忘れても、落ち込まないで1日を過ごせるサービスを提供できれば、他社と差別化できるぞ、きっと。
ま、忘れないようにするのが一番なんだろーけどね。