困ったときは、
いつでも声をかけてくださいね。

と話していた、ある老舗企業の方から、
ブランド戦略で相談を受けました。

ちょっと難しい話なんだけど、と
相談してくれたことが
まず嬉しいです。

難しいことを相談されるって、
信頼されてるってことで、
それがありがたいし、素直に嬉しい。

がんばります。

むかしむかしあるところに…

ではじまる、昔話。

はじまり方は、だいたいこんな感じ。
でも、終わり方は?

うちの地方では話し終わった後の決まり文句として、

むかしまっこう、さるまっこう、猿のおしろは真っ赤っ赤。

と付けて、終わります。
さる、はおそらく 去る、なのでは、と僕は考えています。

東北地方では

とっぴんぱらりのぷう

と終わるところもあるようです。

こういう「終わり文句」は、何を意味するのか?
という民俗学的考察は、ちょっと置いといて、

昔話(民話)って、ドキドキしません?
知らなかったこと、知ってしまった!みたいな。

小さい頃、秋祭りの日なんかに、
田舎道を神社へと急いでいると、

なんか竹藪の向こうで気配がしたり、
曲がり角の先に何かいそうな気がしてきたり、

遠くの神社からはにぎやかな声がしてて、
でも道のすぐ脇の森からも、
ひそひそ声が聞こえてきた、ような気がしたり、

自分の暮らしているすぐそばに、
得体の知れない何者かの世界もきっとあるんだなぁ、
と幼い頃の僕は確信していました。

いま。

ほとんどのことに科学的、合理的な説明がなされ、
"不思議"の生きる場所はどんどん少なくなっています。

でも昔話や民話には、
不思議を不思議として、得体の知れないものを、得体の知れないものとして、
そのまま描こうとする土壌があります。

僕にとってそれがとても魅力的なんです。ドキドキしてくる。

科学や常識の重力からは完全に自由なのに、
なんか、リアル。

そういう昔話を、もっともっと読みたいです。

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今週届いた本。

昔話の形態学:ウラジミール・プロップ著
夜這いの民俗学:赤松啓介 著

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コピーライター日誌

気持ちはわかる。
W杯出場が決まる試合の延長戦、ゴール前、
思わず手が出るのは、わかる。

けどアイルランド代表の気持ちもわかる。
審判にあのハンドを見逃すなと言うのも、酷だ。

誰も悪くない気がする。

やっぱりビデオ判定が必要なのかも。