2001年 夏
それから七瀬は何度かその番号に電話をかけてみたが、聞こえてくるのはきまってザーザーという混線音だった。それは高低を伴って、時には波の音にも、時には風の音にも聞こえた。何度かケイタイを耳に押し当てているうちに、どこかでこんな音を聞いたことがあるような気がしてきた。それもずっと以前に。
ほのかな郷愁すら誘いはじめた音。だが、記憶の糸がなかなかたぐれない。それから一週間ほど経った日曜日のことだった。近くの短大でフリーマーケットが催され、七瀬も子供を連れて出かけたのだが、そこでがらくたの山に埋もれていた黒いダイヤル式の電話機を目にした時、ぼんやりしていた記憶が鮮明になった。今から二十年以上も前のあのアパートのことが……。
当時、七瀬は大学生だった。下宿していたアパートは風呂もついてない粗末な木造の二階屋だったが、ただ各階の廊下の奥には当時としては珍しく共同電話が置かれていて、ベルが鳴ったらアパートにいる誰かが要件を取り次ぐきまりになっていた。ちょうど二階の突き当たりの部屋を借りていた七瀬は、きまってこの取り次ぎ役になった。ドアをノックして中から何の返答もなければ、伝言をメモした紙をドアの隙間に差し入れたりもした。そして重量感のあるその黒い受話器を耳に当てるたびに、きまって混線したような音が流れてたきのだ。
七瀬は、当時つきあっていたほかの大学の女の子と、その混線音の中でよく長い会話をしたものだった。『学園祭はいつからなの?』『今度、港に大きな外国船がくるんだ』『あと必修どれくらい残ってる?』『就職先、どこを回ったの?』。そっちの電話からも雑音が聞こえるのかとその子に尋ねたことがあった。『いいえ、そんなものは聞こえない。ただ、あなたの声だけがはっきりと聞こえる・・・・・・』
ビニールシートを広げて、古着やら、アクセサリーやらを売っている短大生を目にしていると、七瀬の脳裏にも二十数年前の日々が巡ってきた。中でも、在学中、四年間住み続けたその古いアパートはいまだに彼の遠い記憶の中心に建ち残っていた。
あの若かった自分、大学生の頃の自分に戻って、亮子の前に現れたら、彼女はどんな顔をするだろう? どんな目でオレを見てくれるんだろう?
七瀬は無性にあのアパートを訪ねてみたくなった。すでに二十年以上も前のことだ、あんな古いアパートなど、とっくに取り壊されているに違いないと思いながらも。
その夜も、またあの電話が鳴った。短く鳴って止んだ呼び出し音は、自分をその場所へと誘っているようにも思えた。七瀬は遠い日の記憶を追うのがやめられなくなった。残り少ない盛夏に過ぎ去った季節の灼けるような匂いが重なった。
遠いデザインとは、遺伝子の設計図のこと。
14年前の2001年が舞台。
中年男が若い女性に憧れる、よくあるテーマの小説。
この歳になると。そんなことしか書けませんので…。
地域の産業支援を本格的にやりだしてから、
コピーを前みたいに書けなくなったので、
その手慰みのつもりで書いています。