2001年 夏
ジョッキの底にまだビールが残っていたが、七瀬は北館を覗いてくると言って席を立った。インフォメーションカウンターで手にした出展企業の一覧に、自宅近の水産会社の名前があったからだ。展示テーマの欄には海洋深層水を使った商品名が書かれてあったが、練り製品主体の古い社屋でいつからそんな研究をしていたんだろうと興味を引いた。
「そういえば、関サバ、いい目みたねえ。あんた、せいぜいキロ五百円のところが、三千円とはね。いやぁ、うちも、大分県漁協さんにあやかりたいもんだね」
通りかかった社屋の前で、甲板員上がりの社長からそんな話しを聞かされたのは、昨年の冬だっただろうか。
七瀬は中央広場の人混みを避けて展示館の裏手へと回った。そこは無機質なコンクリートの壁面が続くばかりで、表側の喧噪とは正反対に夏の静寂を映していた。
前方には、淡いひさしの影を地面に落としながら、搬入口が規則正しい間隔をおいて開いていた。搬入口から建物の奥へ伸びる通路上には機材や段ボール、台車などが雑然と置かれていて、さながら倉庫街を歩いているような気にさせられる。
一つの搬入口に差しかかった時、七瀬は足を止めた。そこに人影を認めたからだ。顔を向けた瞬間、その柔らかな輪郭にからだが震えた。そこに亮子が立っていた。
彼女は陽の光が届かない通路の中程に立ち、じっとこちらを見続けている。薄闇の化粧が施された肌には静謐な白さの仄めきがあり、黒い瞳が潤んだように濡れている。匂うような美しさだ。
七瀬は声が出なかった。
亮子はどうしてこんな所にいるんだろう? JAのブースに何か搬入物でもあるんだろうか?
七瀬の足がほつれるように前へ出た時、亮子は身を返して建物の奥へと歩き出した。屋外の目に痛いくらいのコンクリートの反射光の中で、彼女の姿はその先の闇に溶け込んであいまいになった。
遠いデザインとは、遺伝子の設計図のこと。
14年前の2001年が舞台。
中年男が若い女性に憧れる、よくあるテーマの小説。
この歳になると。そんなことしか書けませんので…。
地域の産業支援を本格的にやりだしてから、
コピーを前みたいに書けなくなったので、
その手慰みのつもりで書いています。