遠いデザイン12-5
2001年 春
「お伝えしたい件があってお電話しました。また、のちほどご連絡します」
亮子に渡した自分の名刺にはたしかケイタイの番号も書かれていた。彼女はそれを見てかけてきたのだろう。ただ、土曜日はJAも休みのはずだが……。チラシ校正の返事は月曜日の約束だったが、その二日が待てないほど、何か大きなトラブルでも起きたんだろうか?
そう考えるのが自然だった。七瀬はすぐにその発信元に折り返してみた。呼び出し音一回で亮子は電話に出たが、その時、彼女が口にしたことは、彼が思わず、なぜ?と問いかけたくなるほどそっけないものだった。
たった一箇所、文字訂正が見つかったくらいで何を焦っているんだろう?
しかし、それも、印刷の現場を知らない亮子なら仕方がないかと、すぐに考え直した。不安が去って込み上げてきたのは、携帯電話の中に亮子の声が残せたという単純な喜びだった。
思ってもみない拾いもの……。七瀬は秘密の宝物でもしまい込むように、亮子の携帯電話の番号をそそくさと電話帳に登録した。そして今度は、その声の響きや音色を楽しむためだけに、もう一度、再生ボタンを押してみた。
道路向かいにあるスレート壁の鉄工所も今日は物音一つ立てていない。信号待ちの車列の中に社用車は一台もない。犬を散歩している家族がゆっくりと七瀬の前を行き過ぎる。そんなのどかな週末の風景を目にしていると、今聞いた亮子の声が何か特別な親しさをもって七瀬の耳に響いてきた。
駐車場に出て車に乗り込む前に、七瀬はもう一度、ケイタイの画面に亮子の番号を示してみた。すでに頭上に昇りきった太陽の下に、かき消えそうなくらいに弱い十一桁の数字の並びがあった。
遠いデザインとは、遺伝子の設計図のこと。
13年前の2001年が舞台。
中年男が若い女性に憧れる、よくあるテーマの小説。
この歳になると。そんなことしか書けませんので…。
地域の産業支援を本格的にやりだしてから、
コピーを前みたいに書けなくなったので、
その手慰みのつもりで書いています。