境界村の祭典 -3ページ目

リアリティの話~マンガを売るにはどうすればいいか?(その2)

「人とつながれる場」を提供するのが時代に合った

コンテンツだとすれば、

今後のマンガ家は”作品”として発表するよりも、

「ネット掲示板を用いたテーブルトークRPG」などに

表現の形式を移行したほうが良いのではないか?


そして、その形式は「人とつながってる感」「一体感」

といったリアリティをちゃんと表現できるのか?


ということについてです。


以前、書いたマンガやゲームの長所と短所について、

もう一回引用しておくと、


マンガは、作家の創作によって「理想的なコミュニティ」を作れるが、それはあくまで”過去に作られた作品”なので、リアルタイムな人のつながり・一体感は感じにくい。


ゲームは、協力プレイゲームなど、カンタンにリアルな人間とコミュニティを形成できるが、リアルな人間関係であるだけに、マンガの世界のような理想的なコミュニティにはなりにくい。


ネット掲示板も、ゲームと同様、パソコン越しにリアルな人間とコミュニティを作れるが、悪口・罵倒により、殺伐とした空気になることがある。


それに対し、

ネット上のテーブルトークRPGは、参加者同士はリアルな人間同士のコミュニティを形成するが、ホスト役・物語の語り役である作家は、創作として世界やキャラをつくっていくので、作家の理想とする世界・コミュニティを創造できる。

ようするに、ゲーム的なリアルな人間関係とマンガ的な理想的(というか平和的?)なコミュニティが、そこには同時に存在していることになる。

これは、創作としても、「人とつながれる場」としても、割かし丁度いいバランスなのではないかと思うのです。

作家がホスト役としてコミュニティを支配・管理できるので、2ちゃんねるのように、参加者同士で罵倒の嵐みたいな空気になることも、ある程度、調整できると思います。

というか、大手の掲示板でもなければ人数もそう多くないですし、そういった殺伐とした空気になることはあまりないとは思いますけどね。


そして、ネット掲示板や生放送のテレビ番組には、「リアルタイムにつながれる一体感」といったものもありました。

これはどうでしょう?

たぶん、このブログを最初から読んでくださる方はもうお分かりのように、テーブルトークRPGという形式のコンテンツはネット掲示板でつくられるので、「リアルタイムにつながれる一体感」という時代に合ったリアリティの表現は、当然可能ということになります。


さらに、世界の表現・キャラクターの描写は、作家さんがその場で絵を描いて表現するので、むしろ旧来のテーブルトークよりも創作的で面白いのではないか、という気もします。

(おそらくネット掲示板でリアルタイムに描ける絵というのは、マンガ的な線画が限界だと思いますが、十分創作的と言えましょう)



そんな感じで、「ネット掲示板を用いたテーブルトークRPG」という表現の形式は、作家さんの創作力を十分に生かしながら、今の時代に合った「コミュニティ」「人とつながれる場」「リアルタイムにつながる一体感」といった”リアリティ”の表現も十分に可能であると言えると思うので、マンガの欠点を補える次の表現として、マンガ家さんはそういった表現の形式に移行することを考えたほうが、よいのではないかと論ずる次第なのです。



といっても、旧来のテーブルに集まってワイワイ遊ぶゲームと、ネット掲示板での表現はかなり違う部分もあって、一番の違いは、やはり一つ一つの展開に少し時間がかかるのではないかという疑惑と、ネット掲示板の場合、それぞれの参加者は生活スタイルが違うので、参加メンバーは固定されず、人が出たり入ったりする、ということになります。



それほど大きな問題とは言えないかもしれないですが、それでも考えるにこしたことはないですから、次回あたり、これについても述べてみます。


リアリティの話~マンガを売るにはどうすればいいか?

今のコンテンツは”作品”というよりも、

「つながれる場」として表現するほうが、

リアリティがあるのだ。


作品という「形」をいったん崩さねばならない。

(構造改革ってことですかね。なんか政治の話みたい)


「つながれる場」をつくるという意味では、

マンガは弱い表現だが、

何もできないわけではない、と思う。


前回、2ちゃんで絵を描いたり、テーブルトークRPGをして

盛り上がってる、ということを描いたが、

やはり、こういうことに多くの人がリアリティを感じる以上、

作家はそういう方向に変わっていかないといけない。


絵と話をつくり、物語、キャラクターを表現するマンガ家さんは、

まさにテーブルトークRPGが今後の表現の形になっていくのでは

ないかと思う。

(あくまで一例としてですが)


ところで、テーブルトークRPGって知ってますか?

今の任天堂とかのゲーム機がでてくる前に流行っていた

”コンピューターを使わない”古い形式のゲームなのですが、

ホスト役の人がゲーム機の役割をこなして、他の参加者は

ロールプレイングゲーム(役割を演じるゲーム)の役者として、

テーブル上で会話とかしながらゲームを楽しむという、

今のコンピューターゲームとは大分様相の違ったアナログなゲームなのです。


私もコンピューターゲーム全盛期の頃の人間なので、

ほとんどやる機会もなかったのですが、

こっちのほうが人間同士のおしゃべりがあったり、

なんというか健全そうなゲームですね。

みんなで遊ぶという点では、モンハンに近いかもしれない。


昔流行った古いゲームなので、別にこれといって新しいもの

ではないんですが、最近はこのテーブルトークRPGを

2ちゃんねるなどのネット掲示板でやってるので、

手軽にできて盛り上がるし、便利なのですよね。


テーブル上でみんなで集まってやっていたゲームを、

ネット掲示板でやる、という所は新しい点だと思います。


こういうのが盛り上がる時代になったので、

マンガ家さんの表現の形としては、

テーブルトークRPGには絶対に必要な”ホスト役”、

ようするに、ゲームの登場人物に対して、何か事件やイベント

を起こしたり、物語を提示したりという役割を、

マンガ家さんがすることで、それがコンテンツになるのではないか

と考えるわけです。


コンピューターゲームと違って、プログラムではないので、

ゲームの自由度がかなりあり、いろいろ融通が利き、

会話も楽しめるという、言ってみれば、

ゲームとマンガの中間くらいのコンテンツになります。


ゲーム・マンガ・ネット掲示板の良いとこどりをした

ような感じのゲームなのです。


これは前回までのブログで書いてきた「人とつながってる感」

とか「コミュニティ」のリアリティをちゃんと表現できる

形式なのか?

これについて次回、述べようと思います。

リアリティの話~マンガを描いても売れない時代(その10)

タッチペンが売れた理由は、ゲーム中の世界とのつながり・一体感

テレビの生放送が録画よりもいいのは、リアルタイムにテレビの向こうの世界とつながっているから


つながり・一体感ということで言うと、

2ちゃんねるの人を見てると、やっぱりそういう傾向が見られる。


2ちゃんでは、たまに絵を掲示板にアップして晒したり、

絵師が2ちゃんにいる人に注文された絵を描いてあげたり(安価スレ)、

みんなで絵の描き方を練習したり、

テーブルトークRPGなどをして遊んでいることがある。


2ちゃんを眺めていると、

そういうことがみんな楽しいらしい。


テレビ番組を見ながらリアルタイムにコメントを書き込んで

遊んだりもしている(これを2ch用語で”実況する”という)。


ニコニコ動画では、投稿された動画を共有して、

コメントを書き込んで遊んでいる人がたくさんいる。


やっぱり、世界のどこかの人とつながってるというのが

楽しいのだと思う。


今はこういった


リアルタイムに人とつながり、一体感を得られる場


というのが、受け入れられるコンテンツであり、

リアリティなのだろう。


そういう意味では、マンガはとにかく弱いコンテンツであると思う。


マンガは”作品”なので、過去に作られたもの。

マンガ中のキャラは、読者のほうを向いておらず、

キャラ同士でしゃべっている。

作家が思い描く理想のコミュニティを創作できるが、

絵に描いた餅と似ていて、リアルさを感じられない。


それにマンガやゲームはひとりで黙々とやるものなので、

これも痛いと思う。


くらい部屋に閉じこもって、ひとり黙々とゲームするのが好きな人は、

今どきほとんどいないのだろう。

そんなのが好きなのは筆者くらいしかいない

そんな孤独なコンテンツであるマンガ・ゲームが、

今売れないのは当然のことかもしれない。

(アニメの場合、実況スレで盛り上がったりするので、まだ受け入れられる。ただし、物語というよりも、ネタとしての意味合いがつよい)


これからは、”作品”としてのマンガではなく、

”つながりを作る場”としての新たなコンテンツを

作っていかねばならないのである。


それにマンガ家や同人作家はどう切り込んでいけばよいか?

プログラマーはゲームを作っていればよいのか?

作家は今、変わらなければいけないときに来ている。

そうしないと作品が売れないのだ。(←結局は商売なのですな……)

リアリティの話~マンガを描いても売れない時代(その9)

画面の中でのアナログな操作感覚を実現するWiiリモコン

対して、現実と画面の中を橋渡しするかのようなタッチペン


Wiiリモコンのほうがアクションゲーム向き、動的で能動的とすれば、

タッチペンは触れ合うゲーム、コミュニケーションゲーム、

静的で受動的


と言うこともできるかと思う。


タッチペンのほうが女性的なゲームと言えるかもしれない。

こういうのが売れるというのも、男女の境界が薄らいできた

(女みたいな男がいたり、男みたいな女が増加している)

現代という時代を如実に表しているのかもしれない。

女装趣味の筆者が言えたことでもないが。


タッチペンのような「現実と画面の向こうがつながってる感」といえば、

レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」が思い浮かぶ。

絵が飾ってある部屋と絵の中のイエス・キリスト一行がごはん食べる部屋

は、遠近法の技術によって、まるで連続した空間であるかのような

錯覚を覚えさせる。


当時の流行のことはよく知らないが、

こういった「現実とフィクションの一体感」のようなものを

表現するという発想は、当時としてはかなり新しかった

のではないかと思う。


ちなみにダ・ヴィンチは男色だったという説も残っているので、

こういった発想をする人というのは、やはりそっち系の人が

多いのかもしれない。


けっこうややっこしい話になってきたが、

ゲームとかマンガなど、”作品”として世に出されるものは、

結局のところ「過去において作られたもの」として、

読者に受け取られる。


それは、「画面の向こうの世界とリアルタイムにつながってる感」

を表現するには、決定的に不完全な表現形式なのかもしれない。


協力プレイゲームやネット掲示板は、カンタンにリアルな人間と

つながれるから、「他者とリアルタイムにつながってる感」を

表現できる。

だが、それは理想的なコミュニティではないこともある。


ゲームやマンガは、作家が理想的な世界を創作できるが、

”作品”である以上、「リアルタイムなつながり」は表現しにくく、

「コミュニケーション性」はどうしても薄くなってしまう。


そんなときにタッチペンというのは、現実とゲームの中の世界に

一体感・つながってる感を持たせ、アナログな感覚でゲーム中の

対象(キャラや動物の場合が多いかな?)とコミュニケーションする

ことを可能にした、という点で多くの人に受け入れられたのではないか?


やはり現代人の多くは、つながりやコミュニケーションを求めている

ということが推測できるのではないかと思うわけです。


テレビでも、録画したものか生放送かでけっこう価値が変わってくる。

生放送だと、今、テレビの向こうの世界とつながってる、という感じがする。

つながりを感じさせるのは、

現実と画面の向こうとの”一体感”

をうまく作り出すことによって可能になるのではないか。


それには一体どうすればいいのか?

(つづく)

リアリティの話~マンガを描いても売れない時代(その8)

コンテンツをつくる上で、軸となるべき人間の感情。

バトルマンガなら戦闘だし、ゆる萌えマンガなら、

ゆるい日常に萌え萌えする、というのが

そのマンガ・コンテンツの軸となる感情。

それをリアリティと言って、いままでいろいろ書いてきた。


しかし、リアリティの表現は完全ではなく、

マンガとかゲームという従来の形式の表現は、

どうしても不完全燃焼してしまうところがあると思う。

ネット掲示板も「コミュニティ」の表現において、

理想的な形にはなりにくいところがあった。

(それでもネット掲示板とかモバゲーはかなり人気がありますね)


実際、最近はコンテンツを出しても売れ行きが良くない。

これでは作家とかが困る。

なんとかしなきゃ。


では、どんなリアリティの表現が理想的か。

人間をよく観察して、見極めないといけないのです。


まずニンテンドーDSについて、見ていきたい。

アレ、かなり売れましたね。

自分も持ってます。

最近の3DSはちょっとビミョーですが、

タッチペン機能の付いたゲーム機ってことで、

すさまじい売り上げを記録した任天堂のハード。

(やはり宮本茂は神か……)


アレがなんで売れたのかというと、

これは自分もけっこう「なんでだろう?」と

悩んでいたのですが、


画面の向こうの世界との接触・コミュニケーション

にリアリティを感じたから、


だと自分の中では結論付けることにしました。


タッチペンのアナログな操作感覚がキモチいい

というのもあるとは思うんですが、

アナログな操作感覚はWiiリモコンとかでも、

やってることなんですよね。

宮本茂氏はそういった操作感覚の変革というのを、

ゲーム開発の現場でよくやっている気がします。


でも、Wiiリモコンには個人的にそこまで魅力を

感じなかった。


Wiiリモコンはアナログな操作で、ゲーム中のキャラを

動かすことができます。でも、それはあくまで、

ゲームの中の世界に入り込んだ状態でのリアル感。


ニンテンドーDSのタッチペンは、ゲームの中の話ではなく、


現実と画面の向こうの世界がつながっているかのような

感覚をかもし出す。


という要素もある気がする。


入り込むゲームではなく、あくまで現実と画面との間で、

ゲーム中の対象に触れるゲーム

という感じがするわけなのです。


そこがDSのタッチペンとWiiリモコンのちがい。

Wiiリモコンは画面の中の対象に触れることができない。

それはあくまでリモコンなのだから、当然といえば当然です。

(つづく)