いろんなことを考えても、そうそう考えた通りに進まないことは多いんじゃないかと思います。
が、これも一つの思い込みだったりするんじゃないかと思いますね。
怒られたことや嫌なことはすっごい記憶や身体に残っていたりするんで、
そういうのがまあ、ブロックとかトラウマになるわけですが。
だから本当はそれに負けず劣らず楽しいことや良いこともあったりするんですよね。
でも誰も認めてくれたり、社会的に認知されにくいから、自分自身でもわかりにくいんじゃないかなぁ。
こういうことを自問自答で・・・
なんで?なんでそう思うの?って
掘り下げて行くと案外本来の自分の答えが見つかってきたりもします。
で、いい気分とか気持ちって体感なんですよね。
だから経験や感覚が良いこととか、あぁ、これは良いことってとっていいんだ、と
認識すると楽な気持ちが随分増えます。
その感覚や感情が結構重要。なんだけど・・・
楽しくてもまだまだこれじゃぁ、とか
軽くなったけどまだこの感覚が、とか
おんなじことを、経験体感しても捉え方で損をしてしまってると思うのです。
その捉え方の選択は・・・何を隠そう自分自身なんですけどね^^
ですからそれはもったいない。
それはそれでもったいない。エコじゃない。
どーせ楽しいと感じたのならばなんとなくでも楽だなーと思ったのならば
そのまま行けば良いんじゃない?
ってことが自分が動く「基本」なんでしょうね。
「こう思え」ってことじゃないんですよ。
「思えるかどうか?」じゃなくて「思っている」かどうか。
うん、ますますわかりにくくなってきた感じがします。けれども
身体で知ってしまえば驚くほど楽です、で、わかりやすいんで
そんなもんかーと知ってしまえばその人ものなんです^^