昨日、さきちゃん と話をしていて思ったことなんだけれども。
感情の処理は、その感情をを出さない限り
自然に消えてしまうような事はありません。
出てきた感情を収めようと思うのならばなおさらです。
そもそも感情なんてものは
勝手に沸いてくるものです。
ここで大事なコトは、勝手に・・・なので、
「感情コントロールの方法」なんて本を読んだり
トレーニングしてもムダだってことです。
コントロールは出来るものではないでんすよ、勝手なんだから。
出来るとしたら我慢することぐらいなんですよ。
だから怒りや悲しみを我慢するってコトが
美徳になってしまうわけですね。
んで、ガマンする事が当たり前になってしまうと
適切に感情を出す事が出来なくなるし、
自分がどんな事柄でどんな感情を出したら良いかが
分からなくなってきてしまうんです。
これって怒ったら良いのか、悲しんだら良いのか。
そんな『あたりまえ』の事が分からなくなってしまうんですよ、
実際に。
例えて言うならば、トイレを我慢ばかりしていたら
出し方がわからなくなってしまったって感じかな。
感情は排泄物みたいなものですからね。
だからガマンしない方がいい!!
怒ったり悲しんだり喜んだりを
ガマンしない方がいい!!
という結論になるわけですが、問題は出し方ですね。
その場でスグ怒ったり泣いていたりすれば
そりゃ大迷惑じゃないですか。
道端で排泄物を撒き散らしているようなものです。迷惑です。
そこで『身体性』を取り戻す必要が出てくるんです。
カラダを使うってことですね。
ひとつは字を書くコト。
怒った事、悲しんだ事、自分で本当に感じたイライラ感などを
カッコつけずにそのまま字で書くこと。
「字を書く」コト自体が「カラダを使う」コトなので『身体性』を
取り戻しやすくなります。
ノートでも紙でも何でも良いんで、メチャクチャ汚くていいんで、
その時感じた、思ったことを書いてみる。
怒っている時に書いた字が、キレイなわけがありませんしね。
それがそのまま「怒っている」という感情につながるわけです。
そうやってカラダを使わなきゃ。
だからパソコンなんかでまとめちゃダメだし、
きれいに箇条書きなんかしてもダメダメです。
そこに感情が入っていないから、後で見ても
嗚呼キレイにまとまってるなぁ、で終わってしまいます。
何にも残らないし、何も感じない。
感情が及ぼす影響は、カラダの不調にもあらわれるんです。
腰が痛い人が、世間話をするようになったら良くなってしまった、
親元を離れて一人暮らしを始めたら、アトピーがなおってしまった。
そんな事実はそこらじゅうに転がってます。
だからカラダがツライからといっても、こういう「感情」が絡んでいる場合も
あるので身体構造だけ直してもダメなんですよね。
もっと深い所に原因がある、なんて言ったりしますが
つまりはそういうことなのです。
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