その男はいつもひとを怒鳴りつけていた。

その男はいつもひとを恨んでいた。

その男はいつもひとを傷つけていた。

その男はいつもひとをうらやんでいた。

その男の周りからはひとが去っていった。

 

最後には誰もその男とは話そうとしなかったから男は

いつもポツンとしていて、通りを歩く人を怒鳴りつけていた。

 

男は年老いていき死が近づくようになった。

相変わらず、男は怒鳴り、恨み、傷つけ、羨んでいた。

 

人生最後の日、男は自分の不運を嘆きながら

世の中を恨み妬み、そして死んでいった。

 

「ありがとう」が言えたら…

「うれしい」と言えたら…

 

その男の人生も変わっていたろうに…

 

 

 

2011年3月11日 
私は東京の築地で被災した。

2回目の地震の際に壁が軋む音がして「あ、死ぬかも」と本気で思い、「妻子に会えずに死んでたまるか」と我に返った後、ビルの外に出た。いろんなビルから人が通りに出てきていた。

そうだ、近くの学校に避難することになっているのだ!と、会社のみんなで学校に向かうも、溢れかえる近くの会社から避難してきた人の数を見て諦めた。

子供たちが校舎から出れない程、人でごった返してたのだ。避難する会社員たちは皆んなでヘルメットを被り2列歩行するところもあれば、バラバラ避難する人たちもいた。会社の日頃の訓練の差がはっきり出ていた。

学校を勝手に去り、「これから暫くは暖かいものが食べられないかも」と、近くの牛丼屋に押し入り(停電していたので正にドアをこじ開けて入った)腹も減ってないのに牛丼を食べた。店員さんとこの先どうなるんだろうね?なんて取り留めない話をして。

会社の役員車庫にあった電話から横浜にかけたけど通じず、九州ならと電話したら通じたので、本部は建物も人も無事だと伝えた。

その後またふらふら街を歩いてきた。何をどうしていいか分からなかったから歩くしか思いつかなかった。

携帯が通じないので、公衆電話に並んでやっとの思いで無事を妻に伝えたら「何のこと?」と言われて脱力してテレビをつけてみればわかると話し、暫くすると驚いた声で大丈夫か?と聞かれた。2度目の脱力を感じて気が楽になった。

その夜は横浜に帰れず、会社に泊まった。会社でテレビを見て言葉を失った。マジでどうなるのか?と思った。

夜中に地下鉄が動いたので、暇だから銀座四丁目から新橋、その後地下鉄に乗って六本木やらを歩いてみた。沢山のサラリーマンが大宴会していて世紀末はこんなふうになるのだろうか?とおどりゃなソンソン♪的な切ない感じになった。

翌日からしばらく経つとスーパーマーケットから食べ物が消えた。

電車はダイヤという概念がなくなり来たのに乗るだけ。押し合いへし合いだけど、皆んなが互いに気を使う感じで妙な連帯感があったりした。知らない人と「お互い大変ですけど頑張りましょう」なんて言葉を交わすこともあった。

311のあと、何度も聞かされた緊急地震速報のチャイムは本当にトラウマになった。ギターであのチャイムコピーして克服したつもりになってたけど、今改めて本物を聞くとやっぱり胸が痛むし気持ちが塞ぐ。トラウマは続いている。

今、あの時に不自由した全てが、当たり前に手に入る暮らしている。時々、あの時の経験は何だったんだろうと思い出すけど、特別に意味を持たないようにしている。でも確かに圧倒的な何かを感じた経験だった。

犠牲になった全ての人に、そして今も苦しむ全ての人に心の平安を祈ります。







  • 朝、決まった時間に会社に行く
  • ネクタイしなければならない環境
  • 休みの日に会社の人とゴルフする。 
  • じっと座って仕事する
  • やっても意味のないことを時間をかけてやる
  • 報告のためのカイゼン報告書
  • KPIを設定する
  • PDCAを回す
  • 目標管理
  • 数字の分析
  • 施策を打つ
  • 数字を作る
  • 数字を達成する
  • 管理する・される
  • 左様でございます
  • 上をたてる(下に気を遣う)
  • 胡麻をする
  • 根回し
  • あの人を建てて、この人を建ててとあちこちに気を使って物事を進める
  • 本音を隠して建前で物事を進める
  • 「何々あるべき」という人と仕事する
  • 怒鳴られる
  • 上下関係
  • 絶対服従
  • 何も言えない関係
  • メンツを立てる
  • 罵倒される
  • 予定調和
  • 「お前さぁ」というやつ
  • 「いいから何々しろ」というやつ
  • 残業する
  • 週5日働く
  • 休日に働く
  • 9時から6時まで仕事の有無に関わらず事務所にいる
  • 有給取るのは悪だというカルチャー
  • 声がでかいひと
  • こすいひと
  • 管理される側が自らの管理基準を策定する
  • みんな同じを強いられる
  • 無駄を分かっているのに真面目に無駄に頑張る
  • 笑いたくない場面で笑う
  • 同意したくない場面で同意する
  • じっと座っている
  • あーしろこーしろ。さもないと、、、





要は俺は幼稚園の初日にしくじった時から今の今まで変わってないということだ!!!!

  • 優劣が好きで、上下にこだわり、とにかく力尽くで押しまくる。
  • 人より「多い」「大きい」「沢山」な状態が正しくて、その逆はダメ。
  • みんなで分かち合うのは嫌いで、独り占めが好き。全部奪って何も残さない。
  • 一番が好きで、その為なら何でもする。
  • 奪い取ることが好きで与えることは嫌い。
  • 他人がどうなろうが関係なく、自分がトクならばそれでいい。トクする為なら人は道具と割り切れる。
  • 自分より上の立場の人の心を読むのが好き。そして立場の下の人をアゴで使うのが好き。
  • 何でも自分の思い通りにしたくて、いつもイライラを抱えている。
  • 好きとか嫌いじゃなくて、損か得かで選択する。
  • 友達がいないから立場を使って人を周りに置いて孤独をごまかす。
  • 少しでも自分から離れていこうとする人には徹底的に攻撃して足を引っ張る。
  • 敵か敵じゃないか。(友人でも味方ではない)
  • 自分の期待と異なる方向に物事が進むと、事実から目をそらし自分の見たい世界に閉じこもる。

私は感情を感じるのが下手です。

 

何かこころが動き始めると、それがいいことでも、悪いことでも、どちらでもいいのですが、そこに留まって気持ちを感じることに居心地が悪くなり、逃げてしまいたくなる。そこから逃げて逃げて逃げ切ってしまいたくなります。(実際に逃げていた)

 

結局、逃げても、また別の形でそれと対面するのですけど・・・

 

ある方と話をしていて昨今の世界の話になりました。

どうしても暴力がなくならないよね。。。という話。

 

で、話は世界平和から、ミクロな話へと動き、なんで人は暴力をふるうのか?という話になっていき、今日の結論は「それはたぶん、感情を言葉に表すことが苦手だから、その不安定な感情を暴力という表現で表しているのではないか?」ということで一致しました。心の動きに名前を付けられるようになると、それをもう一人の自分が「あ、今、私はこういう気持ちなんだ」と少し離れたところから見えるようになる。そして言葉にすることで、気持ちを人と分かち合うこともできる。だから、こころの動きに名前を付けるって大事だよねという話。

 

それ、何となくわかる。

 

最初に書いた通り、自分は暴力というより逃げる方にいくけど、こころが動くときって、いい方にも悪い方にもどっちに動いても居心地が悪いんです。だから、こころにふたをしたり、無いことにしたり、酒やゲームやSNSのリードを見続けたりしてこころを麻痺させたり、いっそ、その気持ちよりも刺激のある何かで「心ここにあらず」な状態にしてしまう。私はそういう人でした。

 

こころの動きに留まって、その動きを感じて名前を付けるというのは、すごいハードルが高い作業です。

でも、ここができるようになると自分との対話が豊かになる感じがします。

まだまだ逃げたくなるけど、踏みとどまるチャレンジを続けて、もっと自分を発見していきたいです。

 

さて、今年も12月に入りました。

世界はこの時も悲しみが覆っています。地球もそこに暮らす人も動物も植物も悲鳴を上げています。

 

すべての存在が調和して穏やかになれますように。。。