おきらくで、生きて生きたい願望を持つ、主婦 -7ページ目

おきらくで、生きて生きたい願望を持つ、主婦

好奇心だけでは生きていけないことをツクヅク実感しております。
自分の本音も勘違いをしていましたし、アラフォー世代ですがマダマダこれから柔軟な修行の必要性を感じている最中でございます。
自主的に楽しい日々を送る努力をしますね。

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昨日は青天でしたが強風で梅花際は寒かったです、エントランスにA:M11:00集合本来なら母の足が丈夫だったらおきらくは不参加でが、家の近所でもありナカナカキッカケが無いと母も梅を見る気持ちに成りませんが、お世話してくださる方がとても親切で参加するつもりに成ってくれました。


松山神社は天満宮です境内の梅は小規模ですが大阪市内では氏子が大阪で第三位の神社だそうです、最近テレビで紹介していたそうです。


住吉大社・天神橋の天満宮・松山神社の順番のようです、我が家の息子たちも小学生のころは神社主催のお祭りには、衣装を着けて参加していたことを思い出しました。


このマンションに引っ越した時も地域の催しには参加の義務があることを契約書の中に記載してありました、勘違いしていたことがあります私たちをお接待してくださる方たち自治会の役員の人と勝手に思い込んでいましたが、氏子さんたちの様でした。


梅花際はいつも梅の季節なのですが寒いときに開催されてもう少し遅くすればいいのにと思ってしまうほどでございます。


母は久しぶりに気心知ったお友達、いつもは挨拶しかしていなかった方たちと少し内容の深い話が出来て良かった様子です。


最近我が家の住人達も年齢を重ねると主に定年退職して年金生活、親の介護とそれなりに忙しかった人たちが時間的に余裕もでき地域活動に積極的に参加される人たちも徐々に増えてきています。


挨拶だけでは勝手に思い違いしていた人もいましたし、接して見なければ解らない事が多いとつくづく実感した次第です。


都会生活ですが同じところに長年住み続ける妙味を最近感じるようになりました。


御抹茶とお菓子のサービスを受けて、マゼンタ色の梅しか咲いていません、他の梅は寒そうに蕾を付けています。


学問の神様ですが、どうか息子夫婦に子供を授けてくださいと気持ちだけお祈りしてきました。


11:45分まで松山神社に滞在して昼食は集会所でちらしずしを食べさせていただきました、年に4回ほど婦人部の催しを体操教室とか、手芸教室、小さな講演会毎月だと気持ちに負担に成るので、年に3~4回のほうが良いではという事でした。


今は母メインでの出席ですがこれからは年月と共に世代交代の時期になりそうです。


このような、催しを通じて徐々に近所の方たちと親しくなっていくような気がしています。





今週の木曜に五人の会友さんと子守したんですがその時に言われた言葉がおきらくさんて、垣根が無いよね、垣根が無いと言うことはどういう事か、おきらくには意味不明でしたが。?


もう一人の方がそうなんよ垣根が無いと言うことはどうも遣り易い感じですが。


説明しにくいが垣根のある人は煙たい気がしてきました、同じ学びのお誘いの大事な子供を預かっていますからそれなりに緊張はしてるんですよ、子供たち慣れるまでお母さんを追い求めて泣き叫びます、玄関でじっと動かずに待ち続けている子もいます。


そんな時はあまりご機嫌を取らないほうが、他の子供たちと徐々に親しくなっていきます。


大人が要らないお節介は必要でないと言う気はしています。


お母さんからお弁当やお茶お菓子等を預かるのですが子供たちはお母さんが用意してくれた食べ物はあまり食べたがりません。


折角かわいいわが子のために用意してくれたものなので様子を見ながら食べてみるとお伺いを立てるのですが嫌とのこと。


他のお子さんの食べ物を欲しがるんです、幼少のころから人間の得手勝手な姿を教えられているような気がしてなりません。


良かれと思って言うことも、たいてい聞いてもらえません、子供が頼んでくることを少しだけ手助けしてあげるととてもかわいい笑顔を見せてくれますこの笑顔が楽しみで子守させてもらっている感じがします。


子守仲間もイロイロで貴方の班のお子さんでしょ言う感じで成るべく班の範囲で面倒を見たがる方がいますがこんな人がいるときは子守がやり難くて仕方がないときがあります。


子供たちもそうですが振り分けれない場合が多いですから。


ある程度自覚しあいながら責任分担は本当にあることは確かです、あまり助け合いすぎると要領のいい方は汚いことや力仕事を目に見えて逃げている方はあることは確かです。


正直者が複雑な気持ちに成る時はありますが、子守の経験を多くすることで助けていただかなければいけない事と各自責任を持たなければいけない事の要領がつかめてきました。


お母さんの性格もそれぞれ違いますしこれが答えだと言うことは無いんです。


毎回試行錯誤なんです、一番気を付けていることは怪我をしない事と、人の中ではあまり我がままをさせないように心がけています。


良いことをしたら思いっきり褒めてあげます、悪いことをしたら人目を気にしないで悪いことをした理由をおきらくなりに説明して怒ってあげます。


お母さんが帰ってきたらお母さんの気持ちをあまり気にしないようにして報告だけはしています。


子供って親の言うことは聞かないんですよ親の思っていることは如実にしてくれますが、我が家の子供もそうなの、全然おきらくの言うことは聞いてくれなかった、行動はシッカリ見てるので心の勉強って大切なんですよと。


なるべくお母さんが良い意味の団体の中に入っていく努力をすると子供は回数が増えるたびにたくましくなっていきます、お母さんと離れるのは辛い事ですが時間が来ると帰ってくることも解ってきますし、離れていた分ギュと抱きしめてあげる大切さを実感しています、お母さんがいなくて良い子でいてくれたお礼をお母さんが言うと本当にいい顔を子供たちはします。


始めたころはこんなこと言って言いのかしらとか迷っていましたが、あまり相手の反応を気にしないようにして本当のことは報告するようにしています。


子育てに不安満載問題意識の希薄なように感じるお母さんにはあまり報告はしません。


解らないなりに言って良い方と言ってはいけない方の判断が出来るようになってきたのかもしれません、言ってもらえない方は最近損をしてる感じがしますが、人に注意されても自分自身で柔軟に成る努力が必要なのではと?


マダマダこれからですが皆さんの胸を借りて人間作りの修行に努力しようと思っています。


良い人ばかりでは生きて行けませんので断る時は角を立てないように断っております。


最近思ってもみないお言葉を頂くときがあります。







月曜日に今週の木曜日若手学習会があるので、おきらくさん子守お願いできませんか?


班長から依頼がありました木曜は母の内科の診察日で、母に水曜はディーサービス申し訳ないのですが火曜に内科の診察してもらえないでしょうかとお伺いを立てていました。


大阪も最近本当に寒く実は粉雪交じりには成っていたんです。


母の希望は水曜のディーサービスを木曜に変更してほしいと連絡を取ってもらって、水曜に内科の診察に行きたいと言ってきました。


おきらくはどうも融通が利かないところがあるようです。


一応は水曜と決めていますが利用者のディーサービスの変更が出来ることを認識不足でございました。


早速お世話に成っている担当の方に連絡を取り快く変更して頂きました。


今日は早朝A:M8:45分に子守にでかけました家事のこともあるので早めに起床して8:00時少し過ぎに洗濯・風呂掃除夫の朝食造り済ませ、ピグのゲーム少しでも済ませておこうとネットにつないだのですがナカナカ接続が出来ず断念して出かけました。


13時過ぎに子守が終了して、遅めの昼食を食べ、お昼は疲れもあったと感じるのですがゲームはしませんでした少し昼寝をしました。


夕方に母が17時過ぎに帰宅して洗濯物をたたみ乾かしていたお風呂の蓋を風呂場にセッティングしたりして整骨院の治療に出かけて今日は遅めの夕食でした。


20時過ぎに洗い物も済ませヤットピグのゲーム再開できると思っていましたが、ナカナカネットが繋がらずイライラしました、アメーバー応答できません、ネットの解決策を点検してくださいとのことでヤット繋がりましたが、今も記事を書いていますが、パソコンのボタンは重く感じて仕方がありません。


実はメールの応答もしていませんでした。


セキュリーティーのインストロールもまめにするように心掛けていますが何かにつけて表示が横文字なので内容がよく理解できていないのです、こんなときおばさんは困ってしまうのですが今以上に自分自身を向上するつもりもありませんのでイライラしながらパソコンライフを楽しまなければいけません。


少しでもパソコンが軽くなりますように神様お願いします。


この後メールの確認を済ませます。

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南風は従姉夫婦に昼食をご馳走になったときに連れて行ってもらったお店です。


通常なら、お寺さんにお参りに行ってそのあと従姉の携帯に連絡を入れて迎えに来てもらっていました。


大阪も食べ物は美味しいところなのですが赤穂も結構美味しいものがたくさんあります。


最近は田舎の人達も外食をする人たちが多く、有名なお店は満員な時が結構多くありました。


今の時期は牡蠣が有名ですが、年末に知り合いの人がとれとれの岩牡蠣・剝き牡蠣を多めに冷凍パックで送ってくれます、少人数の家族お腹いっぱいに牡蠣は食べていました。


今回は従姉達と食べたいなと言いながらお店が満員で伯父のところに面会にもいかなければいけないし、母のことも気に成るのでゆっくりと食事の時間は取れていませんでした。


南風さんのホルモンうどんもお勧めですどろやきはお好み焼でももんじゃ焼きでもないですねほんとうに、今回はだし汁とねぎを付けてシャブシャブの生地を熱々の鉄板でおもてはパリッット中はトロッと姫路生まれのどろやき知りませんでした姫路生まれ、昔から明石焼きは卵焼き風で大好きでしたがどろやき独特の美味しさがあります。


関西人なんですねこんな味が大好きです。


雨もどしゃ降りでお店は空いていました、一人で寂しかったですが好物の誘惑は格別でございました。


平日メニューなのかよくわかりませんがどろやきオムやヤキソバセットを注文しました。


日曜で青天でしたら到底このお店では昼食を食べることは出来ません。


平日で雨が降っていたので入ることが出来たのだと思います。


15分前にはタクシーに乗ってお寺には行くことが出来ました。


父の法要を兼ねて美味しいものが食べれて良かったです。


身内が少なくて寂しさもありますが、簡単にお手軽ですがそれなりに供養できるのも自己満足かもしれませんがもしかして幸せなのかっも知れません、親戚にも口うるさく苦情を言われることもありませんしね。


寂しさを噛みしめてて幸せも感じる必要があるようです。



昨日一日雨の中父の13回忌法要を兼ねて、伯父の入所しているホームに初めて面会に行きましたが、

伯父のおきらくに対する反応に母とそっくりなことを痛切に感じました。


午後14時に父の法要に出かける予定だったので、朝の8:30分過ぎには家を出発しました。


お供えお布施は前日に用意していましたが、雨が結構降っていましたので用意していた袋が破れても困ると思い袋を二重にしたり。


母には食事の用意いブリ大根を温めなおして食べてもらおうと用意していました。


ガスは大丈夫だと、何事もないことを祈りつつでかけました。


結構しっかりしてますが少し心配なところもあります、あまり注意事項を言うと解っているという反応が返ってきますが、体が思うように動かない事と記憶力が痴呆ではないと感じますが少しおかしく成る時があります。


おきらくが、ドキッとするようなことを言ってくるときがありますから。


伯父も同様なところがありました、母は離婚してますので父の身内とはほとんど交流がありませんが、伯父からすればおきらくの父でもあり身内は身内というようなところがあるのです。


妹の夫が人並みに働くこともできず、親の責任も希薄なことも叔父なりには気にかけ心配してくれて父よりも優しく親切に接してくれていました。


気持がオオラカなのかどうかは理解しがたいところがありますが、同年代の男同士の同情的なところもありますし、法事は誰も参りに来ないのだろうと聞いては来ていました。


オジサンそう、おきらくだけ永代法経で個人的にお経をあげてもらうのも大変だし、この時期でおきらく助かってることを説明して叔父も理解は出来た様子でした。


11時過ぎにタクシーにホームに到着して、丁度昼食時に遭遇してしまいましたが職員の方も親切で

食堂でおきらくと面会するか部屋のほうが良いのかと聞いてくれました。


おきらくも人見知りしなくなりどんな方とでも対応できるようになりました。


伯父は緑内障を患って肺気腫でもあり、鼻に管をさしています空気を送り込む装置も設置してすこそ行動するのも大変なのです、家での介護は無理だなとつくづく感じました。


目は見えなくても職員の方がおかずの内容を説明して口に入れますか、お粥の上に置きましょうかと聞いてくれていました。


視界は狭いですがうすぼんやりと見えている様子です。


伯父の頭の中で食事の段取りがある様子でした、してほしい事柄はハッキリと言ってくれます自分でできることはなるべく自分でします、母もそうですお願いしてくれますがどうも命令口調でおきらくは気持ちよく受け取れないときがありますが、痴呆に成られるより感謝なのではと思い直す時があります。


伯父もそうなんです頼まれたことだけなるべく気持ちよくして余計な心遣いはいらない様子。


湯呑の場所など自分である場所を確認しているので動かさないでと言われてしまいました。


どうも余計なおせっかいおばサン的なところがおきらくにはあるようです。


オジサンと同じことを母にも言われると言いましたそうだよ頼んだことだけしてくれたらいいんだ。


そのかわりおきらくがお寺に行く時間もしっかり把握してくれタクシー料金のことまで気にかけてくれました、伯父さんそんなことは心配してくれなくていいよ、時間も気忙しく成って来たのでそろそろ帰るねと言うと、来てくれてありがとうとハッキリした言葉で言ってくれました。


この時期に来たのでお彼岸は来ないよねおきらくは今度来るときはお盆のころに来るね母も今は体調が落ち着いていることと、伯父さんのことを気にかけていることを説明して帰ってきました。


伯父さんも母のこと気にしてくれてるもんね、伯父さんはうなづちをうっていました。


母は体は不自由ですが叔父の健康状態を常に気にかけていることをつい最近説明してくれていました。


離れていても兄妹は兄妹なのです。


独立心旺盛な苦労して生きてきた伯父と母です、体も思うように動かないのであるがままを受け入れるように一生懸命に努力していることを感じとりました。


頭がしっかりしてお迎えが来るのを待つことも修業だなと思ってしまいました。


午前中は辛うじて晴れていましたがだんだん曇ってきて、寒さがからだに応えています。


暇を見つけてピグのイベントに励んでいますがだんだんと指先が冷たくなって肩もパンパン。


夫の帰宅日で最近労働時間短縮の法律が決まったようで結構早めに帰っています。


今までだったら朝昼兼用の食事の支度で良かったのですが、今日は三食作りました。


食パンの三割引きの日で、寒い寒いと感じつつ、15時過ぎからお買い物にも出かけてきました。


明日は父の13回忌で赤穂に出かける予定伯父の面会もかねて出かけますが今回初めて従姉の付き添いなしで伯父に合うのですが、何せ緑内障で、伯父の好物でも持参しようと思ったのですが食べきれなかったらどうしようとか、頭はシッカリしていますが視界が不自由でほとんど見えていません。


勝手に引き出しに入れて傷んでも困るしとだんだん心配に成ってきて従姉に連絡を取ってみました。


食べ物は気持ちだけ一つぐらいで良いよほんとだったら持っていかなくてもいいとのこと。


今まで責任が無くてチャントと観察して無かったんですね。


従姉が伯父のところは、一人で行かないようにと言ってくれた理由がハッキリ理解できました。


今回はお寺の連絡で中日にお参りくださいと注意書きが書いてあったんです。


個人でお経をあげていただくのもおきらくの負担に成ると配慮していただいていると思うのですが。


明日はどうも寒くて雨が降る感じがしますが、母のことも気に成りますので早めに出かけようと思っています。


母一人で少し心配だったんですが、いまのところ落ち着いていますので、母の了解を得て、明日に決定しました。


おきらくも食事のことなどを考慮すると夫の出勤日のほうが気軽に出かけられます。


寒い時期のお出かけは気が滅入りますがストレスを溜めないように柔軟に対処いたします。


久し振りにベランダ寄りのサッシが曇っています本当に寒いんです、風邪をひかないように気を付けます。

今年の冬は本当に寒く感じます、一昨日は暖かく感じていましたが、昨日午前中雨でお昼過ぎから雨が止んで、余計に寒く感じました。


歩いているとそんなに寒く感じませんが、少しゆっくりすると寒さを感じます。


電車に乗ったり暖房の部屋に入るとマフラーが鬱陶しくなりますが、外出時は必要品です。


我が家はマンションの7F南向きで比較的暖かいほうです。


夫の出勤日はなるべくポカポカカーペットのスイッチ入れないように心がけています今もがでーがんを羽織ってストールをまいて節電中です。


原発廃止やエネルーギーの転換期の報道を耳にするたびいざ本当に廃止に成ったときに、不自由を感じないようにしておきたいからです。


ちなみに我が家の1月分の電気代は前年対比-18パーセントです、いまの時代に暖房機器がパカポカカーペートぐらいしか使っていないの我が家くらいと夫は言いますがおきらくはケチではありませんがこれで良いと感じています。


洗濯の水も風呂の水の再利用をしていますし、使えるものは大切に感謝して利用しようと考えています。


おやすみなさい。


今日も晴天昨日ほど忙しくなく母子共気持がゆったりとしておりました。


気温も暖かく感じ過ごしやすかったです。


何時もは母スーパーのベンチが入口近くに設置していましておきらくが買い物をしている間待ってくれています、日によって私も買い物がしたいものがあると言って無理のない程度に商品を見て母の好きなものを買う時もあります。


ベンチで待ってくれているときにいろんな方と世間話をしていますがいつもならおきらくが買い物を済ませるとすぐにお別れの挨拶をして帰宅していましたが。


今回お出会いした方とは母も自分とよく似た性格の方と思われていた様子で、久しぶりの再会だったようです。


ナカナカ少し知ってる方とは詳しい内容のお話は難しかったようですが、母が聞きたかったことがある様子で、結構長く話をしました。


母より年齢は一つ下の方です、娘さんが57歳で、孫が男二人と女のお孫さんが要るようです。


下に息子さんが要るようですが、53歳で独身のようです、息子さんの行く末の心配はされてる感じでした、62歳の時にご主人が67歳で亡くなられていました。


この方のご主人も我が家の父と形は違いますがよく似た感じで、女性が苦労して生活されていしました。


息子さんはお母さんの苦労を見ているのでどうも結婚する気持ちに成れない様子ですが、立派な職業には就かれ大手企業に勤務されている様子です。


娘さんがお母さんの様子を心配して時々様子を見に来てくれるとのことでした。


やはりおきらくと同じような親子関係で親子仲良くとはいかない感じです。


生活が頻拍して、おきらくもそうですが母に優しく接して貰った記憶がありません。


緊張感ばかりで煙たくて仕方がないところがあります、心の中では嫌がっているのには離れれないところがあります。


このご婦人の息子さんもこの方を鬼婆と仰るときがあるそうです、おきらくも気持ちが可笑しくなって母のことを鬼婆と言ってしまう時があります。


貴女のご助言は聞きたくないので黙っててくださいとつい言ってしまう時があります。


実の親子なのでこのようなことも言えると感じるのですが遠慮がなさずぎて難しさもあります。


55歳の時に知り合いから中学校の購買部で仕事をしませんかと依頼され吹田の中学に75歳まで20年パートで勤めたそうです、学生たちの交流を楽しく話されていました。


忙しかったけれど楽しかった様子です。


お婆さんたちもいろんな性格の人がいますのでナカナカ母と波長が合う人は本当に少ないです、おきらくが最近母に本音で話すようになって機会があればこの方と話がしたかっいた様子でした。


形が違って境遇が似ているところが無いとナカナカ噛み合ったお話が出来ません。


この方も苦労人で結構自分見つめはされている様子でした。


社交辞令のような挨拶をする人はたくさんいますが、本音で話が出来る人は本当に少ないです。


青天で寒くもなかったので長話が出来たと感じます。


足腰もそれなりに弱ってきてる感じですが、整形外科の治療や飲み薬が体質に合っている様子で、様子を見ながら自分で自分のことは一生懸命にされています。


母の知り合いとおきらくも参加して初めて話を聞いたりしました。


お互い気持が良くて清々しい気持に成りました。


取りとめのない話でしたが楽しかったです。


苦労もプラス思考で生き抜いてこられた様子は感じ取ることが出来ました。



昨日の夜半大阪は雨で、朝は冷え込んでいましたが、晴れていましたあまり寒ければおきらく一人で痛みどめのお薬をもらいに行くつもりもシテイマシタガ、晴天で母も行く気に成ってくれました。


病院からは、なるべく本人に診察してもらってくださいと指導を受けています。


雨が降ったり、母の体調が悪いときは最近前もって本人の事情を報告して、おきらく一人で行くようになりました。


そうでないと、ドウシテデスカト何度も聞かれるからです、これらの事情もナカナカ母に理解してもらう事が困難で大変でしたが最近やっと理解してくれるようになりました。


担当の医師からは母の関節の軟骨の状態が非常に痛みが伴っていることを理解していただいているので、無理をしないようにと言っていただいていましたが、現状と診察してもらう決まりがどうも噛み合っていない様子で、職員の方たちも注意をしたくて言われていないような気がするのですが、患者の事情と診察の決まりごとが噛み合っていないような気がしてなりませんが、決まりごとはなりべく守らなければなりません。


今日も阪急電車に乗ったときに、駅員さんから乗り降りの手助けさせていただきましょうかと?


なるべく自分たちで出来ることはやっていこうと言う我が家の方針でしたが、母も必死で母子ともになるべく金銭的にも負担がかからないようにと母もリハビリを兼ねて一生懸命なところがあります。


ゆっくりゆっくりの行動で、客観的にみるとどうも手助けをしていただく時期が来ているようです。


自分たちで出来ることとできない事の見分けをする、境界線の難しさを感じています。


自分たちでする努力をしてると少し手伝っていただいたら本当にありがたいと感じるときはあります。


してもらって当たり前ではないときもありますから。


11時の診察で今日は結構早めに診察が済みました。


通院に出かける前に幼稚園のお迎えの依頼が来て時間的に14時15分は間に合うと思ったので引き受けることにしました。


15時から母の介護認定変更があって今までは要支援2でしたが、今回は面接官の方が母の痛み止めの薬がかなり痛みのあり人の薬であることをどうも認識してくれて様子で今回は要介護2に変更となったのです。


母もおきらくも大きな変更で驚きましたが気持ちてきにはホッとしたところもあります。


完全に歩けなくなってしまったら、特別養護老人ホームの申し込みの資格が出来ますから。

我が家の経済状態では有料のホームには入居できませんので、なるべく家で介護できるようには努力しますがおきらくも右腕の骨折もあり自信が持ちきれないものがあります。


ケアマネさんが来訪されたのは書類の書き直しのため母の印鑑も必要となって、ディーサービス費用も要支援と要介護では微妙に違ってくるのです、我が家の場合2週間に1回の参加なので要介護になったほうが料金が安くなるのです。


こんなことも経験してみないと解らない事ばかりでした。


幼稚園のお迎えをして少しだけ瑛太君に我が家に居てもらって、良い子で待っててくれました、5歳にもなるとシッカリ大人たちの話に耳を向けています、子供なりに何か感じている気がしましたよ。


用事が終わって瑛太君の自宅まで送ってゆきました。


昼食は作る時間が無くて、外食の鍋焼きうどんを食べてきました寒かったので暖かい鍋焼きうどんは体が温まって美味しゅうございました。


夫は帰宅日でしたが抵当権抹消の書類が今日の13時45分に完了していましたので法務局まで少し寝てから取りに行ってくれました。


完了書類の中から銀行に返却する書類があるのですが銀行は15時が閉店で間に合わなかったので、おきらくが様子を見て返却するつもりでいます。


風邪もひきかけていましたが忙しくて何処かに吹き飛んでいった様子で喉のヒリヒリが無くなりました。


程よい緊張感が病気を振り払うかもです。

夫の定年退職で、毎年行ってる確定申告忘れてたおきらく、2月は本当に忙しいです、


明日も月一度の母を電車に乗って、車いすで痛みどめのモルヒネの張り薬の処方に出かける予定です、近所の内科では処方してもらえません。


母が少しでも歩くことが出来るのはこのお薬のお蔭で痛みが和らいでおります。


我が家の母も3日に一回時間を決めて、袋を開封するのも、挟みの使用禁止洗剤で手を洗っても駄目です面倒なことばかりで母子共緊張していました、だんだん慣れては来ていましたが母が一人で貼るつもりに成ってくれたのは、今年の春に九州旅行に出かけるときにショートスティ担当者の方から自分でできることはなるべく自分でしてください当施設はなるべく自分でやれることは自分でして頂くようになっていますと指導してくださったからです。


独立心仰せな、母は覚悟を決めて自分でしてくれるようになりました。


おきらくは意識のないところで母や伯父・祖父に躾けられて育っていることが最近やっと理解が出来るようになりました。


母の予定では私は早死にするので娘は自分たちの事はなるべく人に甘えないように出来るようにしなければと緊張感があった様子。


その緊張感がおきらくには煙たくて仕方が無かったような気がします、あまり母のことが好きに成れないのはこのような理由のような気がしてきました。


年老いても経済的には親としては助けられないけれど、お互い親子で困らないように、娘がしたいことには協力しようと思ってくれていた様子ですが、母の厳しくもあり優しい気持ちが理解できていなかったおきらくです。


父の供養のことも、おきらくたちの家のことも知恵は貸したと思っていたようですが母が貸してくれた知恵は無一文の我々夫婦には大変でした、夫は結構のんきというのか、あまり協力してくれた気持にはなりませんでした。


今回の確定申告も源泉徴収書を貰ってきてほしいことを頼んでいましたが聞いていないと頼んだのですが耳に入っていませんでした、よくこんなことはあります。


何時ものことなので腹は立たなくなりましたが根気よく肝心なことはお願いしようと思える様になりました。


領収書もほとんど揃っています、イライラしないように心に余裕をもって準備にかかります。


おやすみなさい。